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第4章 RONDO-FINALE
op.13 偉大な芸術家の思い出に(7)
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カステルシルヴァへ戻る馬車の中で、ソルヴェーグとは今後の動き方について確認をした。
村長とは確認をとり、遺体を引き取ることは勿論問題ない旨を確認した。
確認が終わるとリコルドに一度帰り、屋敷にはすぐに電報を打った。馬車がすぐに手配できた事もあり、ベネデッティの家から荷物を引き取った後、一度カステルシルヴァに戻ろうという話になったのだ。
遺体を引き取る手筈を整えるにしてもリコルドは小さな町で、そう言ったことを差配するには少し大きな町に出た方がいい。
本当に目まぐるしく事態が動いたというのに、リコルドにきてからまだ一日しか経っていないことが不思議だった。確認が済んだ後は、ソルヴェーグもヴィオも無言でただ馬車の揺れに身を任せていた。
(多分他にも確認しないといけない事は、たくさんあるはずなのにな……)
父が死んでいたとなると、当主の座が浮くのだ。
もちろんヴィオは後継として育てられたし、周りもそう認知しているが、マイヤーが暗躍している今そう簡単にはいかないだろう。
(ちゃんと、話さないといけないはずなのに──)
どうしてだろう。少しも頭が回らなかった。
やがて西日が馬車から差し込む頃、馬車は無事カステルシルヴァに到着した。幸い宿は前回とった場所を押さえたままにしていたから、探す必要はない。
馬車から降りると、ソルヴェーグが遠慮がちに口を開いた。
「……ヴィクトル様」
「ソルヴェーグ。お前は宿に帰って少し休め」
ヴィオの言葉にソルヴェーグは目を開く。
「どちらにせよ明日からはお前に動いてもらわないといけない。だから今日くらいはゆっくりして欲しい。俺よりもお前の方が父上のそばにいた期間は長かったから──」
「…………お心遣い、痛み入ります」
ソルヴェーグは黙ったまま、そっと目を伏せた。
「ヴィクトル様は?」
「俺はリチェルを迎えに行ってくるよ。心配しているだろうし、声をかけたら俺も早めに休むから心配しなくていい」
あとのことは明日また話をしよう、と告げる。
「承知しました。御身も無理をなさらないよう」
「あぁ」
頭を下げて歩き出したソルヴェーグの後ろ姿を見送って、ヴィオもドナートの工房に向けて歩き出した。
アルフの言葉で元に戻ったと思った周囲の景色は、ここにきてまた焦点を結ばず曖昧になっていた。現実か夢かの境を歩いている心地で、ヴィオはただ黙って足を動かした。
「ヴィオさん! もう戻ってきたんですか!」
ドナートの工房に着くと、ヴィオに気づいてマルコがすぐに出てきてくれた。リチェルは? と尋ねると『あぁ……』と珍しく気まずそうにマルコが頬をかく。
「えっと、さっきまで先輩たちと話していたんですが、今は教会の方に行きましたよ。何かリチェル、オレの随分昔の先輩の娘さんだったみたいで……。いやオレ大分失礼なことしてたもしかして? ってちょっとビビりましたけど」
「教会か。すまない、礼を言う」
「あ、ちょっとヴィオさん! 教会の場所わかります⁉︎」
マルコの声にヴィオは足を止める。そういえばどこにあるか分からないな、と思い出してマルコに簡単に道順を説明してもらうと今度こそ工房を後にする。
周りの喧騒が遠い。
足を進めるごとに、非現実感が増した。
周囲の音が膜に包まれたように鈍かった。
だけどどうしてか、リチェルに会わなくてはいけない気がして。どうして気が急ぐかも分からないまま、足早に教会への道を歩いていく。
教会はドナートの工房からさして離れていない場所にあった。もう夕暮れ時だからか人の気配はなく、外の門をくぐると喧騒はさらに遠ざかった。
「──────」
その時、不意に透き通った声が聞こえてヴィオは顔を上げた。
美しいソプラノが空気に溶けて響いてくる。その歌声に引き寄せられるように、教会の扉を開けた。
ステンドグラスから差し込む茜色の光が、一人の少女の後ろ姿を照らしていた。亜麻色の髪がゆるやかに波打ち、少女の動きに合わせてかすかに揺れる。
やわらかな歌声は高い天井に届き、もう一度降りてくる。まるで天から降り注ぐようだった。
聖歌だった。
アレグリのミゼレーレ・メイ・デウス。
リチェルはヴィオが入ってきたことに気づいていないようだった。
その歌声をヴィオは黙って聞きながら、どうしてか初めてリチェルと出会った日のことを思い出した。
あの日リチェルの歌声を聞いた瞬間、着の身着のまま宿を飛び出した。
あの時も確か自分は随分と疲れていた気がする。慣れない一人旅で、父の捜索は思うようにはいかず、気持ちはザラついたまま。朝方寝入って、机の前で目を覚ました矢先にその声を聞いたのだ。
心に直接触れてくるような、優しい歌声だった。
歌いながら、ゆっくりとリチェルがこちらを向く。
そうして若葉の瞳と、目が合った。
「!」
リチェルの声が途切れる。パチパチと目を瞬く様子まで初めて会った時と同じで。だが次の瞬間、少女はふわりと花のように笑った。
「ヴィオ」
歌声と変わらない、柔らかで心地よい声が自分の名前を呼ぶ。
「ごめんなさい。もしかして、探してくれていたの?」
何の迷いもなく自分の方に駆け寄ってきたリチェルが、ヴィオを見上げる。
「びっくりしちゃった。思ってたよりずっとはや……」
その身体を。
気付けば自分の方へ引き寄せていた。
「……!」
カツン、とリチェルの靴が音を立てて同じ影を踏む。
「……あぁ、探してた」
掠れた声で、吐き出した。
そう、探してたのだ。きっと。
すぐ耳元で、リチェルが息を呑むのが分かった。思っていたよりもずっと華奢なその身体を抱きしめたまま、ヴィオは呟いた。
「君に、会いたかったんだ──」
ポツリと落とした言葉が、空気に溶けて消えた。
村長とは確認をとり、遺体を引き取ることは勿論問題ない旨を確認した。
確認が終わるとリコルドに一度帰り、屋敷にはすぐに電報を打った。馬車がすぐに手配できた事もあり、ベネデッティの家から荷物を引き取った後、一度カステルシルヴァに戻ろうという話になったのだ。
遺体を引き取る手筈を整えるにしてもリコルドは小さな町で、そう言ったことを差配するには少し大きな町に出た方がいい。
本当に目まぐるしく事態が動いたというのに、リコルドにきてからまだ一日しか経っていないことが不思議だった。確認が済んだ後は、ソルヴェーグもヴィオも無言でただ馬車の揺れに身を任せていた。
(多分他にも確認しないといけない事は、たくさんあるはずなのにな……)
父が死んでいたとなると、当主の座が浮くのだ。
もちろんヴィオは後継として育てられたし、周りもそう認知しているが、マイヤーが暗躍している今そう簡単にはいかないだろう。
(ちゃんと、話さないといけないはずなのに──)
どうしてだろう。少しも頭が回らなかった。
やがて西日が馬車から差し込む頃、馬車は無事カステルシルヴァに到着した。幸い宿は前回とった場所を押さえたままにしていたから、探す必要はない。
馬車から降りると、ソルヴェーグが遠慮がちに口を開いた。
「……ヴィクトル様」
「ソルヴェーグ。お前は宿に帰って少し休め」
ヴィオの言葉にソルヴェーグは目を開く。
「どちらにせよ明日からはお前に動いてもらわないといけない。だから今日くらいはゆっくりして欲しい。俺よりもお前の方が父上のそばにいた期間は長かったから──」
「…………お心遣い、痛み入ります」
ソルヴェーグは黙ったまま、そっと目を伏せた。
「ヴィクトル様は?」
「俺はリチェルを迎えに行ってくるよ。心配しているだろうし、声をかけたら俺も早めに休むから心配しなくていい」
あとのことは明日また話をしよう、と告げる。
「承知しました。御身も無理をなさらないよう」
「あぁ」
頭を下げて歩き出したソルヴェーグの後ろ姿を見送って、ヴィオもドナートの工房に向けて歩き出した。
アルフの言葉で元に戻ったと思った周囲の景色は、ここにきてまた焦点を結ばず曖昧になっていた。現実か夢かの境を歩いている心地で、ヴィオはただ黙って足を動かした。
「ヴィオさん! もう戻ってきたんですか!」
ドナートの工房に着くと、ヴィオに気づいてマルコがすぐに出てきてくれた。リチェルは? と尋ねると『あぁ……』と珍しく気まずそうにマルコが頬をかく。
「えっと、さっきまで先輩たちと話していたんですが、今は教会の方に行きましたよ。何かリチェル、オレの随分昔の先輩の娘さんだったみたいで……。いやオレ大分失礼なことしてたもしかして? ってちょっとビビりましたけど」
「教会か。すまない、礼を言う」
「あ、ちょっとヴィオさん! 教会の場所わかります⁉︎」
マルコの声にヴィオは足を止める。そういえばどこにあるか分からないな、と思い出してマルコに簡単に道順を説明してもらうと今度こそ工房を後にする。
周りの喧騒が遠い。
足を進めるごとに、非現実感が増した。
周囲の音が膜に包まれたように鈍かった。
だけどどうしてか、リチェルに会わなくてはいけない気がして。どうして気が急ぐかも分からないまま、足早に教会への道を歩いていく。
教会はドナートの工房からさして離れていない場所にあった。もう夕暮れ時だからか人の気配はなく、外の門をくぐると喧騒はさらに遠ざかった。
「──────」
その時、不意に透き通った声が聞こえてヴィオは顔を上げた。
美しいソプラノが空気に溶けて響いてくる。その歌声に引き寄せられるように、教会の扉を開けた。
ステンドグラスから差し込む茜色の光が、一人の少女の後ろ姿を照らしていた。亜麻色の髪がゆるやかに波打ち、少女の動きに合わせてかすかに揺れる。
やわらかな歌声は高い天井に届き、もう一度降りてくる。まるで天から降り注ぐようだった。
聖歌だった。
アレグリのミゼレーレ・メイ・デウス。
リチェルはヴィオが入ってきたことに気づいていないようだった。
その歌声をヴィオは黙って聞きながら、どうしてか初めてリチェルと出会った日のことを思い出した。
あの日リチェルの歌声を聞いた瞬間、着の身着のまま宿を飛び出した。
あの時も確か自分は随分と疲れていた気がする。慣れない一人旅で、父の捜索は思うようにはいかず、気持ちはザラついたまま。朝方寝入って、机の前で目を覚ました矢先にその声を聞いたのだ。
心に直接触れてくるような、優しい歌声だった。
歌いながら、ゆっくりとリチェルがこちらを向く。
そうして若葉の瞳と、目が合った。
「!」
リチェルの声が途切れる。パチパチと目を瞬く様子まで初めて会った時と同じで。だが次の瞬間、少女はふわりと花のように笑った。
「ヴィオ」
歌声と変わらない、柔らかで心地よい声が自分の名前を呼ぶ。
「ごめんなさい。もしかして、探してくれていたの?」
何の迷いもなく自分の方に駆け寄ってきたリチェルが、ヴィオを見上げる。
「びっくりしちゃった。思ってたよりずっとはや……」
その身体を。
気付けば自分の方へ引き寄せていた。
「……!」
カツン、とリチェルの靴が音を立てて同じ影を踏む。
「……あぁ、探してた」
掠れた声で、吐き出した。
そう、探してたのだ。きっと。
すぐ耳元で、リチェルが息を呑むのが分かった。思っていたよりもずっと華奢なその身体を抱きしめたまま、ヴィオは呟いた。
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