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シトのダンジョンの現状1
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久し振りのシトのダンジョン。
イシュタルト魔法学院の生徒会のメンバーと同行する探索に、リリスは少なからぬ不安を感じていた。
だが、使い魔の形で入ってみると、特に変わった様子もなさそうだ。
ところどころに低木の茂る草原を歩いていると、妙に穏やかな気持ちになってくる。
イライザの肩に憑依した形での探索であるが、ゴーグの闇魔法の追加効果もあって、リリスの気配は完全に消えているようだ。
そのお陰で、ダンジョンメイトと言う不名誉な称号を具現化するような現象が起きない事を祈るリリスである。
「イメルダ。向こうの低木の茂みに何か居るわよ。」
リリスの声にイメルダはその視線を向け、探知スキルを発動させた。
「うん。この反応はゴブリンね。3体かしら?」
その返答と前後して3体のゴブリンが低木の茂みから飛び出してきた。
それはギギギギギと気味の悪い声を上げながら、3方向に分かれてこちらに向かってきた。
その速度はそれほどに早くない。走って逃げても追いつかれない程度だ。
薄汚い衣服を纏い、錆びたショートソードを振り回しながら近づいてくるゴブリン。
この程度ならルイ達に任せても問題は無い。
ゴーグはそう判断してルイ達にゴブリンの退治を任せた。
ルイが魔剣を抜き、横一文字に振り回してソニックを放つと、白く光る衝撃波が幾つも放たれた。
その衝撃波が2体のゴブリンを襲い、抵抗する間も無く瞬時に倒してしまった。
残る1体にイライザがファイヤーボールを放つ。
直径が1mもある赤々と燃える火球がゴウッと音を立てて滑空し、ゴブリンの身体に向かった。
だがそのゴブリンは、向かってくるファイヤーボールを避けるように回避行動をとった。
「あっ! 逃がしちゃう!」
イライザの焦る声がリリスの耳元に響く。
だが横に平行移動しようとしたゴブリンの片足にファイヤーボールがかろうじて着弾し、ドンッと衝撃音と爆炎が上がった。
火力は充分だ。
燃え上がる爆炎に包まれて、ゴブリンは消し炭になってしまった。
その様子を見ながらイライザが呟いた。
「私って何時もあんな風になるのよね。避けられそうになるから火力でカバーしようとしているんだけど・・・効率悪いわよね。」
イライザの自虐的な言葉にリリスは忌憚なく答えた。
「それって発想を変えた方が良いわね。火力を抑えてでもスピードを上げた方が良いかも。」
「でも威力を抑えるのって嫌なのよ。クラスの中でもファイヤーボールの威力では一目置かれているんだから・・・」
う~ん。
よくあるパターンよね。
こう言うタイプの子って、命中率の高いファイヤーボルトには目を向けないだろうな。
リリスはそう思って、違う方向から提案をした。
「今放ったファイヤーボールを凝縮してみたら良いんじゃないの?」
「凝縮ってどうするの?」
「イメージよ、イメージ。火球を周りから押し固めて半分くらいに小さくするのよ。そうすれば滑空するスピードも上がるからね。」
リリスの言葉にイライザは半信半疑で試してみた。
ルイ達から少し離れた場所でファイヤーボールを発動させ、それを押し固めるように凝縮させる。
その所作で火球は少し小さくなった。
「これでスピードが上がるの?」
そう言いながらイライザは首を傾げた。
「威力が落ちるって事は無いのかなあ?」
何処までも威力に拘るイライザである。
「それなら・・・・・小さくても火力のあるファイヤーボールを発動させてみようか?」
「そんな事が出来るの?」
イライザは再び首を傾げた。
「それもイメージよ。青白く輝く炎をイメージすれば良いわ。」
「青白い炎? そんなものがあるの?」
このイライザの疑問にリリスはあっと小さく声を上げた。
青白い炎のイメージが無いのだ。
無理もない。
リリスのイメージではガスバーナーの炎であるが、そんな物はこの世界には無い。
それならどうやってイメージさせるのか?
「う~ん。そうだなあ。イライザは鍛冶職人の作業を知っているわよね。ふいごを吹いて鉄を赤く溶かす作業のイメージよ。無理矢理空気を吹き込んで、炭を高温に燃え上がらせるイメージで火球を創ってみたら良いわ。」
イライザはリリスの言葉を受けて、う~んと唸りながらも、それなりにイメージを描いて火球を出現させた。
それを圧縮し、空気を吹き込むイメージで凝縮させると、直径30cmほどではあるが青白く輝く火球となった。
「うんうん。それで良いわよ。それをあそこの岩に放ってみて。」
ピクシーの指さす方向に高さ2mほどの岩石がある。それを見定めてイライザはその青白いファイヤーボールを放った。
火球はキーンと金切り音を立てて高速で滑空し、岩石に着弾してドンッと大きな衝撃音を立てた。
滑空速度も先ほどに比べるとかなり早い。
着弾と同時に激しい爆炎が上がると、岩石は粉々に砕けて跡形も無く吹き飛ばされてしまった。
小ぶりな火球ながら威力は充分だ。
それを離れた場所から見ていたゴーグがおおっ!と驚きの声を上げた。
「リリス君のアドバイスが的確だったようだね。」
そう声を掛けられたイライザも嬉しそうに頷いた。
「上出来よ、イライザ。人から聞いて直ぐに出来るんだから、あなたの資質が高いって事よね。」
「ありがとう、リリス。でも・・・」
そう言いながらイライザはふと真顔に戻った。
「あの青白い火球を産み出すまでに少し時間が掛かっちゃったわ。その間に敵に逃げられないかしら?」
イライザの疑問ももっともだ。
リリスはうふふと笑いながら口を開いた。
「そうね。だからそうならない様に、瞬時にあの火球を発動させれば良いのよ。イライザの資質なら、イメージトレーニングを繰り返せば、瞬時に創り出せるわよ。」
「そうかなあ?」
イライザは首を傾げながらも、まんざらでもない表情を見せた。
自分なりに手ごたえを感じたのだろう。
「リリス君。僕にも的確なアドバイスをお願いするよ。」
ルイがイライザに近寄りながら声を掛けた。
「私は剣術は素人なので・・・」
そう答えたリリスであるが、本心は違っていた。
ルイに対するリリスの評価は辛辣である。
その魔剣がイマイチなのよね。
上手く使えていないし、そもそもその魔剣の潜在的な力もあまり無さそうだし・・・。
これって駄剣って言うのかしら?
リリスは自分が今、使い魔の姿で居る事にホッとしていた。
生身であれば、とても残念そうな表情を見せていたに違いない。
もっと良い魔剣を選べばルイの力も格段に発揮出来るだろう。
ソニックの威力も悪くない。
だがそれもあの弱々しいゴブリン相手だからだ。
もっと強靭な魔物が現われた時に、どこまで対処出来るのか。
リリスの心の中にはその懸念が尽きない。
ゴーグの指示で、一行は再び第1階層の奥に進み始めた。
草原の中を吹く風は爽やかだ。
上空は青空が広がっている。
勿論本物の空ではないのだが、本物の空と見分けが付かないほどの出来栄えだ。
これも恐らく仮想空間のようなものなのだろう。
しばらく草原の中の小径を歩くと、前方の低木の茂みがガサガサと揺れ始めた。その奥から再び現れたのはゴブリンだ。
先ほどと同じように3体居るのだが、そのうちの1体は小さな弓を持っている。
「イライザ! 弓持ちを仕留めてくれ!」
「分かったわ! 任せて!」
ルイの言葉に即座に反応したイライザは、青白い火球を産み出すイメージでファイヤーボールを発動させた。
イライザの手元に直径30cmほどの火球が出現した。それは瞬時に創り上げたので、先ほどのように青白く輝くほどではない。
だがそれでも少し青み掛かった火炎の色合いで、火力が凝縮されているのが分かる。
ふん!と気合を入れて放ったファイヤーボールは高速で滑空し、弓を持つゴブリンに直撃した。その際の衝撃と爆炎によって、弓持ちのゴブリンは粉々になって燃え上がり、その近くに居たもう1体のゴブリンまで巻き添えで炎に包まれた。
「うんうん。良いわね。スピードも火力も上がっているわよ。」
リリスの言葉にイライザも嬉しそうに頷いた。
「何だよ。僕の出番がなくなるじゃないか。」
ルイは不満を漏らしながらも、残る1体のゴブリンをスラッシュで一閃した。
その様子を見ていたゴーグも満足そうだ。
「これならうちの生徒達の訓練用にも使えそうだね。」
そう言いながらジークの方に目を向けたゴーグに、ジークは不敵な笑顔で呟いた。
「この程度で済んでいれば良いんだけどね。使い魔とは言え稀代のダンジョンメイトが同行しているからなあ。」
ジーク先生ったら、余計な事を言わないでよ!
そんな事は私も忘れていたのに。
リリスは若干憤激しながら、その気持ちを打ち消すようにイライザに声を掛けた。
「さあ、次の階層に行くわよ!」
イライザがピクシーの指さす方向に目を向けると、下層に向かう石造りの古びた階段が見えている。
その傍には魔物も居ないようだ。
一行はその階段を慎重に降りて行った。
第2階層。
この階層も草原で、出現するゴブリンも同じであった。
タミアが関りを持つ前のシトのダンジョンは、このようなものだったと言う。
それはひとえに怠け者のダンジョンコアに依るものだったのだが・・・。
第3階層に入ると、そこもやはり草原だった。
だが少し歩いたところで迎撃に来たのは、2体のブラックウルフであった。
距離は離れているが、その大きさは目測で体長約2m。
その放つ魔力の波動の単位結果から判断して、火属性や雷属性のスキルは持っていないようだ。
要するに普通の狼ね。
だがそれでも魔法学院の生徒が対戦するとなると、決して油断は出来ない。
イライザはファイヤーボールを発動させ、迫ってくるブラックウルフの少し手前に火球を放った。
高速で火球が滑空し、ブラックウルフの目の前に迫る。
ブラックウルフはそれを察知して少し走る速度を落とした。
ドンッと衝撃音を立てて火球が地面に着弾し、その場に爆炎が舞い上がる。
これはあくまでも牽制だ。
敵に当たればベストだが、当たらなくても魔物への牽制にはなる。
その間にルイが魔力を集中させ、魔剣を乱舞させると、その魔剣の剣身から小さなソニックが前方に向け大量に放たれた。
あらっ!
こんな技も出来るのね。
リリスの感心を他所に、ルイは再度魔力を集中させ、同じように大量の小さなソニックを放った。
小ぶりながら大量のソニックの波状攻撃がブラックウルフに襲い掛かる。その衝撃波が次々に2体のブラックウルフに着弾し、その体力や生命力を削っていく。
そうしてブラックウルフの動きが鈍って来たところを見定め、ルイは駆け寄りながらスラッシュで2体のブラックウルフを一閃した。
「ルイと上手く連携が取れているわね。」
リリスの言葉にイライザは苦笑いを見せた。
「素早い魔物は火で牽制するのが一番よ。本音を言うと、魔物に命中しないから牽制に使うようになったんだけどね。」
まあそれでもスピードも火力も上がっているから、効果も上がっている筈よ。
そう思いながらリリスは周囲を探知した。
だが近くに魔物の気配は感じられない。
若干物足りなさを感じるリリスであるが、だからと言ってとんでもない魔物を呼び出す事になっても困る。
ここは静観するのがベストだ。
そう思ってリリスは気持ちを切り替えた。
草原を奥に進み、再び現れた2体のブラックウルフを同じように倒し、一行は下層に向かう階段を降りて行った。
第4階層に入ると急に気温が高くなった。
砂漠だ。
赤茶けた大地が延々と続いている。
「これってサソリが出てくるパターンよね。」
リリスの呟きにイライザはブルっと小さく震えた。
「私、サソリって・・・嫌いなのよ。」
「まあ、サソリが好きだって人は居ないわよ。」
このリリスの言葉が終わらないうちに、遠方から砂煙が上がっているのが見えた。
黒く光る甲殻、後ろに高く上げた尻尾。
サソリに間違いない。
だが50mほど前方の盛り上がった畝の手前まで疾走してきたサソリは、突然その場で停止し、その周りをウロチョロし始めた。
「飛び越えれば良いのに。」
「私に焼き尽くされるのを嫌がっているのかしら?」
軽口を叩きながら、一応警戒モードでイライザは前方に進んだ。
少し近付いて畝を良く見ると、その畝の後方に幅3mほどの大きな亀裂が、畝に沿って走っていた。
この亀裂がサソリの前進を阻んでいたのだ。
畝と亀裂は左右に何処までも続き、回り込む場所も見当たらない。
「これってどうしろと言うの?」
イライザがそう言って肩に固定されているピクシーの方を向いた時、突然前方から緑色の塊が飛んできた。
「危ない!」
リリスの叫び声に反応してイライザは横に飛び退いた。
そのイライザの脇を通過した緑色の物体は、サソリがこちらに向けて放った毒液だった。
それは地面に落ちるとジュッと音を立てて気化し、緑色の毒霧となって漂い始めたのだが、幸いイライザは毒耐性を持っているようだ。
それでも刺激臭で頭が痛くなってくる。
「これって結局どうしたら良いの?」
イライザの疑問に背後からゴーグが声を掛けた。
「倒したら良いんじゃないのかな。それが何かのイベントの引き金になっているのかも知れないよ。」
そうねえ。
ゲームだったらそんなところよね。
「とりあえず焼き尽くしてみようかしら?」
イライザはそう言いながらも、魔力を集中させ、青白く光る火球を出現させた。
それを1体のサソリに放つと、間髪を入れずに次の火球を用意し、もう1体のサソリに放った。
その動きに無駄が無い。
「呑み込みが早いわね、イライザ。」
「まあね。」
余裕を見せるイライザだが、放たれた2発のファイヤーボールは確実にサソリに命中した。
ドンッと言う衝撃音と共に爆炎が立ち、2体のサソリは粉々になって燃え上がった。
サソリが燃え尽きると、亀裂の向こう側から幅3mほどの土の回廊が伸びて来て、こちら側の畝と連結して通路が出来上がった。
「うんうん。やはりサソリの駆除が引き金だったんだね。」
一人で満足そうに呟くゴーグである。
だがこんな仕掛けがあるとはリリスも意外だった。
シトのダンジョンコアも、多少は工夫しようとしているのだろう。
リリス達は警戒しながらもその通路を渡ったのだった。
イシュタルト魔法学院の生徒会のメンバーと同行する探索に、リリスは少なからぬ不安を感じていた。
だが、使い魔の形で入ってみると、特に変わった様子もなさそうだ。
ところどころに低木の茂る草原を歩いていると、妙に穏やかな気持ちになってくる。
イライザの肩に憑依した形での探索であるが、ゴーグの闇魔法の追加効果もあって、リリスの気配は完全に消えているようだ。
そのお陰で、ダンジョンメイトと言う不名誉な称号を具現化するような現象が起きない事を祈るリリスである。
「イメルダ。向こうの低木の茂みに何か居るわよ。」
リリスの声にイメルダはその視線を向け、探知スキルを発動させた。
「うん。この反応はゴブリンね。3体かしら?」
その返答と前後して3体のゴブリンが低木の茂みから飛び出してきた。
それはギギギギギと気味の悪い声を上げながら、3方向に分かれてこちらに向かってきた。
その速度はそれほどに早くない。走って逃げても追いつかれない程度だ。
薄汚い衣服を纏い、錆びたショートソードを振り回しながら近づいてくるゴブリン。
この程度ならルイ達に任せても問題は無い。
ゴーグはそう判断してルイ達にゴブリンの退治を任せた。
ルイが魔剣を抜き、横一文字に振り回してソニックを放つと、白く光る衝撃波が幾つも放たれた。
その衝撃波が2体のゴブリンを襲い、抵抗する間も無く瞬時に倒してしまった。
残る1体にイライザがファイヤーボールを放つ。
直径が1mもある赤々と燃える火球がゴウッと音を立てて滑空し、ゴブリンの身体に向かった。
だがそのゴブリンは、向かってくるファイヤーボールを避けるように回避行動をとった。
「あっ! 逃がしちゃう!」
イライザの焦る声がリリスの耳元に響く。
だが横に平行移動しようとしたゴブリンの片足にファイヤーボールがかろうじて着弾し、ドンッと衝撃音と爆炎が上がった。
火力は充分だ。
燃え上がる爆炎に包まれて、ゴブリンは消し炭になってしまった。
その様子を見ながらイライザが呟いた。
「私って何時もあんな風になるのよね。避けられそうになるから火力でカバーしようとしているんだけど・・・効率悪いわよね。」
イライザの自虐的な言葉にリリスは忌憚なく答えた。
「それって発想を変えた方が良いわね。火力を抑えてでもスピードを上げた方が良いかも。」
「でも威力を抑えるのって嫌なのよ。クラスの中でもファイヤーボールの威力では一目置かれているんだから・・・」
う~ん。
よくあるパターンよね。
こう言うタイプの子って、命中率の高いファイヤーボルトには目を向けないだろうな。
リリスはそう思って、違う方向から提案をした。
「今放ったファイヤーボールを凝縮してみたら良いんじゃないの?」
「凝縮ってどうするの?」
「イメージよ、イメージ。火球を周りから押し固めて半分くらいに小さくするのよ。そうすれば滑空するスピードも上がるからね。」
リリスの言葉にイライザは半信半疑で試してみた。
ルイ達から少し離れた場所でファイヤーボールを発動させ、それを押し固めるように凝縮させる。
その所作で火球は少し小さくなった。
「これでスピードが上がるの?」
そう言いながらイライザは首を傾げた。
「威力が落ちるって事は無いのかなあ?」
何処までも威力に拘るイライザである。
「それなら・・・・・小さくても火力のあるファイヤーボールを発動させてみようか?」
「そんな事が出来るの?」
イライザは再び首を傾げた。
「それもイメージよ。青白く輝く炎をイメージすれば良いわ。」
「青白い炎? そんなものがあるの?」
このイライザの疑問にリリスはあっと小さく声を上げた。
青白い炎のイメージが無いのだ。
無理もない。
リリスのイメージではガスバーナーの炎であるが、そんな物はこの世界には無い。
それならどうやってイメージさせるのか?
「う~ん。そうだなあ。イライザは鍛冶職人の作業を知っているわよね。ふいごを吹いて鉄を赤く溶かす作業のイメージよ。無理矢理空気を吹き込んで、炭を高温に燃え上がらせるイメージで火球を創ってみたら良いわ。」
イライザはリリスの言葉を受けて、う~んと唸りながらも、それなりにイメージを描いて火球を出現させた。
それを圧縮し、空気を吹き込むイメージで凝縮させると、直径30cmほどではあるが青白く輝く火球となった。
「うんうん。それで良いわよ。それをあそこの岩に放ってみて。」
ピクシーの指さす方向に高さ2mほどの岩石がある。それを見定めてイライザはその青白いファイヤーボールを放った。
火球はキーンと金切り音を立てて高速で滑空し、岩石に着弾してドンッと大きな衝撃音を立てた。
滑空速度も先ほどに比べるとかなり早い。
着弾と同時に激しい爆炎が上がると、岩石は粉々に砕けて跡形も無く吹き飛ばされてしまった。
小ぶりな火球ながら威力は充分だ。
それを離れた場所から見ていたゴーグがおおっ!と驚きの声を上げた。
「リリス君のアドバイスが的確だったようだね。」
そう声を掛けられたイライザも嬉しそうに頷いた。
「上出来よ、イライザ。人から聞いて直ぐに出来るんだから、あなたの資質が高いって事よね。」
「ありがとう、リリス。でも・・・」
そう言いながらイライザはふと真顔に戻った。
「あの青白い火球を産み出すまでに少し時間が掛かっちゃったわ。その間に敵に逃げられないかしら?」
イライザの疑問ももっともだ。
リリスはうふふと笑いながら口を開いた。
「そうね。だからそうならない様に、瞬時にあの火球を発動させれば良いのよ。イライザの資質なら、イメージトレーニングを繰り返せば、瞬時に創り出せるわよ。」
「そうかなあ?」
イライザは首を傾げながらも、まんざらでもない表情を見せた。
自分なりに手ごたえを感じたのだろう。
「リリス君。僕にも的確なアドバイスをお願いするよ。」
ルイがイライザに近寄りながら声を掛けた。
「私は剣術は素人なので・・・」
そう答えたリリスであるが、本心は違っていた。
ルイに対するリリスの評価は辛辣である。
その魔剣がイマイチなのよね。
上手く使えていないし、そもそもその魔剣の潜在的な力もあまり無さそうだし・・・。
これって駄剣って言うのかしら?
リリスは自分が今、使い魔の姿で居る事にホッとしていた。
生身であれば、とても残念そうな表情を見せていたに違いない。
もっと良い魔剣を選べばルイの力も格段に発揮出来るだろう。
ソニックの威力も悪くない。
だがそれもあの弱々しいゴブリン相手だからだ。
もっと強靭な魔物が現われた時に、どこまで対処出来るのか。
リリスの心の中にはその懸念が尽きない。
ゴーグの指示で、一行は再び第1階層の奥に進み始めた。
草原の中を吹く風は爽やかだ。
上空は青空が広がっている。
勿論本物の空ではないのだが、本物の空と見分けが付かないほどの出来栄えだ。
これも恐らく仮想空間のようなものなのだろう。
しばらく草原の中の小径を歩くと、前方の低木の茂みがガサガサと揺れ始めた。その奥から再び現れたのはゴブリンだ。
先ほどと同じように3体居るのだが、そのうちの1体は小さな弓を持っている。
「イライザ! 弓持ちを仕留めてくれ!」
「分かったわ! 任せて!」
ルイの言葉に即座に反応したイライザは、青白い火球を産み出すイメージでファイヤーボールを発動させた。
イライザの手元に直径30cmほどの火球が出現した。それは瞬時に創り上げたので、先ほどのように青白く輝くほどではない。
だがそれでも少し青み掛かった火炎の色合いで、火力が凝縮されているのが分かる。
ふん!と気合を入れて放ったファイヤーボールは高速で滑空し、弓を持つゴブリンに直撃した。その際の衝撃と爆炎によって、弓持ちのゴブリンは粉々になって燃え上がり、その近くに居たもう1体のゴブリンまで巻き添えで炎に包まれた。
「うんうん。良いわね。スピードも火力も上がっているわよ。」
リリスの言葉にイライザも嬉しそうに頷いた。
「何だよ。僕の出番がなくなるじゃないか。」
ルイは不満を漏らしながらも、残る1体のゴブリンをスラッシュで一閃した。
その様子を見ていたゴーグも満足そうだ。
「これならうちの生徒達の訓練用にも使えそうだね。」
そう言いながらジークの方に目を向けたゴーグに、ジークは不敵な笑顔で呟いた。
「この程度で済んでいれば良いんだけどね。使い魔とは言え稀代のダンジョンメイトが同行しているからなあ。」
ジーク先生ったら、余計な事を言わないでよ!
そんな事は私も忘れていたのに。
リリスは若干憤激しながら、その気持ちを打ち消すようにイライザに声を掛けた。
「さあ、次の階層に行くわよ!」
イライザがピクシーの指さす方向に目を向けると、下層に向かう石造りの古びた階段が見えている。
その傍には魔物も居ないようだ。
一行はその階段を慎重に降りて行った。
第2階層。
この階層も草原で、出現するゴブリンも同じであった。
タミアが関りを持つ前のシトのダンジョンは、このようなものだったと言う。
それはひとえに怠け者のダンジョンコアに依るものだったのだが・・・。
第3階層に入ると、そこもやはり草原だった。
だが少し歩いたところで迎撃に来たのは、2体のブラックウルフであった。
距離は離れているが、その大きさは目測で体長約2m。
その放つ魔力の波動の単位結果から判断して、火属性や雷属性のスキルは持っていないようだ。
要するに普通の狼ね。
だがそれでも魔法学院の生徒が対戦するとなると、決して油断は出来ない。
イライザはファイヤーボールを発動させ、迫ってくるブラックウルフの少し手前に火球を放った。
高速で火球が滑空し、ブラックウルフの目の前に迫る。
ブラックウルフはそれを察知して少し走る速度を落とした。
ドンッと衝撃音を立てて火球が地面に着弾し、その場に爆炎が舞い上がる。
これはあくまでも牽制だ。
敵に当たればベストだが、当たらなくても魔物への牽制にはなる。
その間にルイが魔力を集中させ、魔剣を乱舞させると、その魔剣の剣身から小さなソニックが前方に向け大量に放たれた。
あらっ!
こんな技も出来るのね。
リリスの感心を他所に、ルイは再度魔力を集中させ、同じように大量の小さなソニックを放った。
小ぶりながら大量のソニックの波状攻撃がブラックウルフに襲い掛かる。その衝撃波が次々に2体のブラックウルフに着弾し、その体力や生命力を削っていく。
そうしてブラックウルフの動きが鈍って来たところを見定め、ルイは駆け寄りながらスラッシュで2体のブラックウルフを一閃した。
「ルイと上手く連携が取れているわね。」
リリスの言葉にイライザは苦笑いを見せた。
「素早い魔物は火で牽制するのが一番よ。本音を言うと、魔物に命中しないから牽制に使うようになったんだけどね。」
まあそれでもスピードも火力も上がっているから、効果も上がっている筈よ。
そう思いながらリリスは周囲を探知した。
だが近くに魔物の気配は感じられない。
若干物足りなさを感じるリリスであるが、だからと言ってとんでもない魔物を呼び出す事になっても困る。
ここは静観するのがベストだ。
そう思ってリリスは気持ちを切り替えた。
草原を奥に進み、再び現れた2体のブラックウルフを同じように倒し、一行は下層に向かう階段を降りて行った。
第4階層に入ると急に気温が高くなった。
砂漠だ。
赤茶けた大地が延々と続いている。
「これってサソリが出てくるパターンよね。」
リリスの呟きにイライザはブルっと小さく震えた。
「私、サソリって・・・嫌いなのよ。」
「まあ、サソリが好きだって人は居ないわよ。」
このリリスの言葉が終わらないうちに、遠方から砂煙が上がっているのが見えた。
黒く光る甲殻、後ろに高く上げた尻尾。
サソリに間違いない。
だが50mほど前方の盛り上がった畝の手前まで疾走してきたサソリは、突然その場で停止し、その周りをウロチョロし始めた。
「飛び越えれば良いのに。」
「私に焼き尽くされるのを嫌がっているのかしら?」
軽口を叩きながら、一応警戒モードでイライザは前方に進んだ。
少し近付いて畝を良く見ると、その畝の後方に幅3mほどの大きな亀裂が、畝に沿って走っていた。
この亀裂がサソリの前進を阻んでいたのだ。
畝と亀裂は左右に何処までも続き、回り込む場所も見当たらない。
「これってどうしろと言うの?」
イライザがそう言って肩に固定されているピクシーの方を向いた時、突然前方から緑色の塊が飛んできた。
「危ない!」
リリスの叫び声に反応してイライザは横に飛び退いた。
そのイライザの脇を通過した緑色の物体は、サソリがこちらに向けて放った毒液だった。
それは地面に落ちるとジュッと音を立てて気化し、緑色の毒霧となって漂い始めたのだが、幸いイライザは毒耐性を持っているようだ。
それでも刺激臭で頭が痛くなってくる。
「これって結局どうしたら良いの?」
イライザの疑問に背後からゴーグが声を掛けた。
「倒したら良いんじゃないのかな。それが何かのイベントの引き金になっているのかも知れないよ。」
そうねえ。
ゲームだったらそんなところよね。
「とりあえず焼き尽くしてみようかしら?」
イライザはそう言いながらも、魔力を集中させ、青白く光る火球を出現させた。
それを1体のサソリに放つと、間髪を入れずに次の火球を用意し、もう1体のサソリに放った。
その動きに無駄が無い。
「呑み込みが早いわね、イライザ。」
「まあね。」
余裕を見せるイライザだが、放たれた2発のファイヤーボールは確実にサソリに命中した。
ドンッと言う衝撃音と共に爆炎が立ち、2体のサソリは粉々になって燃え上がった。
サソリが燃え尽きると、亀裂の向こう側から幅3mほどの土の回廊が伸びて来て、こちら側の畝と連結して通路が出来上がった。
「うんうん。やはりサソリの駆除が引き金だったんだね。」
一人で満足そうに呟くゴーグである。
だがこんな仕掛けがあるとはリリスも意外だった。
シトのダンジョンコアも、多少は工夫しようとしているのだろう。
リリス達は警戒しながらもその通路を渡ったのだった。
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記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
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