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鉱山にて3
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ミスリル鉱山の奥。
アンデッドを呼び集める装置を管理していた魔族を捕縛する為、リリスはケネスに時限監獄の発動を促した。
ケネスの魔力が魔族の身体を捉え、瞬時に魔族の周囲に時限監獄が出現した。
だが魔族に動揺の兆しは無い。
「なんだ、こんなもの。即座に解除してやるわい。」
魔族はそう言うと身体中から魔力の触手を伸ばし、時限監獄の内壁にそれを接触させ、解除の方法を探った。
それに連れて時限監獄の外壁が徐々に薄くなっていく。
だがそれはリリスには想定内の事だ。
加護の影響で強化されレベルアップされた闇魔法の魔力を放ち、リリスは時限監獄を闇で包み込んだ。
その上で更にケネスに指示を出し、その闇を再度時限監獄で包み込ませた。
これは魔族が転移で逃げない為の手の込んだ対策である。
30秒ほどで内側の時限監獄の壁はパチンと音を立てて、魔族に解除されてしまった。
だがそれと同時に内側の時限監獄を取り巻いていた闇が魔族の身体を即座に包み込み、シャドウバインドとなって顔以外の部分を完全に拘束してしまった。
それでも逃げようとする魔族だが、シャドウバインドの随所から黒い触手が伸びあがり、魔族の身体に全て食い込んでいく。
その触手は魔族の魔力を一気に吸い上げ、魔族は声を上げる間もなく気を失ってしまった。
「おいおい。今度は魔族の干物かよ。」
「容赦ねえなあ。やはり悪魔の所業だぜ。」
若い兵士の呟く声がリリスの耳に届く。
普通なら聞こえない音量なのだが、魔装を発動させているリリスにとっては聞こえるのだ。
あんたたち、聞こえているわよ!
怒りに満ちて魔族を完全に消し去ろうとしたリリスを、ケネスが身を乗り出して遮った。
「リリス様、こいつを生かしておいてください。色々と聞き出さなければならない情報を持っているはずですから。」
「まあ、そうよね。でも生かしておくとそれはそれで大変よ。魔力も回復してしまうでしょうからね。」
「魔力の復活を防ぐ魔道具はあります。」
そう言ってケネスは首輪の形の魔道具を取り出した。
小さな宝玉が幾つも埋め込まれ、銀色に輝く不気味な魔道具である。
それを手に取るとリリスは魔族の首に巻き付けようとした。
だが首の傍まで近づけると、魔道具はキューンと小さな音を立てて機能停止してしまった。
「う~ん。自己防衛機能を発動させていますね。体表部に探知による反応が無いので、おそらく体内埋め込み型の魔道具か何かでしょう。」
「それじゃあ、それを探すところから始めなきゃならないの?」
そう言って思案するリリスの脳裏に、暗黒竜の加護からの念話が浮かび上がった。
(もっと良い方法があるわよ。)
(教えてあげたいので、少し実体化してみるわね。)
どうするんだろう?
そう思っているとリリスの肩の上に小さな黒い球体が現われた。
それは次第に形を変え、ドラゴニュートのような顔に変化した。
これはクイーングレイスさんの仮の顔かしら?
でも随分小さいわね。
(今はこの姿で精一杯なのよ。)
リリスの思いが伝わったらしい。
それでどうするの?
(魔力の回復を司る部位を機能不全にすれば良いのよ。そもそも人型の生物は魔力の回復機能が脆弱だからね。)
でも魔力吸引スキルがあるわよ。
(だから、そんなスキルに頼らざるを得ないって事よね。まあ、竜の身体の構造と比較してもナンセンスだけど。)
(それは良いとして、リリスは魔力操作は得意だったわよね。方法としてはまず髪の毛ほどの魔力の触手を使って、あの魔族の脳内に侵入させるの。その触手で魔力を微量に放ちながら周囲の細胞を変形させ、魔力回復を司る部位を50%ほど圧迫させるのが段取りよ。完全にその部位を破壊してしまうと生命維持にも支障が出るから気を付けてね。私が目的の部位まで案内してあげるからやってみて。)
クイーングレイスに言われた通り、リリスは極細の魔力の触手を幾つも伸ばしながら、シャドウバインドで拘束した魔族の傍に近付いた。
捕縛した魔族の脳内の魔力回復を司る部位を破壊すると告げると、ケネスや兵士達も興味津々でリリスの傍に寄って来た。
その背後から、プラチナ色のメタルアーマーに身を包んだマキも近寄ってきた。
リリスは意識を失っている魔族の脳に極細の魔力の触手を打ち込み、慎重にゆっくりと触手を潜入させていく。
魔力の触手は暗黒竜の加護の誘導によって、自動的に魔族の脳内の一点にその先端を集中させた。
ここなの?
前頭葉に近いわね。
(今、魔力の触手の先端を一点に集中させたのが分かるわね。そこが魔力回復を司る部位よ。それが確認出来たら触手の先端から僅かに魔力弾を放つ事で、周囲の細胞を変形させなさい。言葉で説明しても限度があるから試しにやってみて。)
リリスはクイーングレイスの指示に従って、繊細な魔力操作を繰り返しながら魔力の触手の先端に集中した。
僅かな分量の魔力弾を放ちながら、周囲を変形させていく。
(間違って出血したら、触手の先端からヒールの波動を送って止血すれば良いからね。)
まるで脳外科手術だ。
素人の自分には荷が重すぎると感じたリリスだが、要所要所でクイーングレイスの的確な指示を受け、それなりに魔族の脳内での処置は出来た。
(うんうん。初めてにしては上出来よ。)
クイーングレイスの念話にホッとして、リリスは額に滲む脂汗を拭った。
事の詳細をケネスに伝えると、ケネスは魔族の身体を縄で拘束し、軍のグルジアの元に転送する段取りを始めた。
その間、リリスの肩の上に浮かぶクイーングレイスの実体化した顔が、リリスの様子を覗き込んでいたマキの姿をじっと見つめていた。
(リリス。もしかしてこいつは剣聖アリアが憑依しているの?)
あらっ!
良く分かったわね。
アリアを知っているの?
(ああ、私が生前の事だけど、アリアが憑依した聖騎士と一騎打ちをしたことがあったのよ。)
ええっ!
面識があったのね。
それで一騎打ちの結果はどうなったの?
(もちろん私が勝ったさ。剣聖アリアと言っても憑依する土台は人族だからね。竜と戦うと言っても限界がある。)
(まあ、リリスのように疑似ブレスを吐く人族なら勝機もあるかも知れないが、それだって覇竜の加護があっての能力だし、相手もドラゴニュートだからねえ。高位の竜の、しかもその長と戦うのは万に一つも勝機が無いわ。)
そうよねえ。
それは分かっているわよ。
リリスはクイーングレイスとのやり取りを終えると、マキにアンデッドを呼び込む装置の破壊を頼んだ。
マキは、ああそうだったわと言いながら、魔族が守っていたその装置に近付いた。装置の周辺を破壊し、内部から小さな闇のオーブを2個取り出すと、マキは聖魔法の魔力で包み込みその機能を完全に抑え込んだ。
「マキちゃん。それって破壊は出来ないの?」
リリスに問い掛けられたマキは浮かない表情で頷いた。
「オーブってそもそもその属性魔法の魔力を凝縮したものだからね。その同じ属性魔法で開放しないと消滅しないのよ。とは言ってもオーブを開放する為には、とんでもない力が必要なんだけどね。」
「この状態って、単に闇の属性の対極にある聖魔法で封じて、無効化しているだけなのよ。」
そう言いながら、マキは無効化された闇のオーブをリリスの目の前に突き出した。
リリスはそれを反射的に受け取ったが、どうして良いものか分からない。
これってどうしたら良いの?
リリスの思いに暗黒竜の加護が反応し、クイーングレイスからの念話が脳裏に浮かび上がった。
(それはリリスが確保しておいた方が良い。その状態ならマジックバッグにも収納出来るだろうからね。)
本当にとっておいた方が良いの?
(ありがたくいただいておきなさい、リリス。オーブは開放する事で強大な武器にもなる。特に闇のオーブは広範囲のスイーパーとしても使える。活用方法は色々とあって、必要に応じてその都度教えてあげるわよ。)
そうなのね。
リリスは受け取った闇のオーブをマジックバッグに収納した。
その間にケネスはグルジアと連絡を取り合って、捕縛した魔人を空間魔法で転移させた。
闇のオーブをリリスに預けたマキは、周囲を念入りに探知した。
もはやアンデッドの気配や魔族の気配も一切感じられない。
それを確認した上で、マキはアリアの憑依を解除し、聖剣アリアドーネをピアスの中に収納させた。
「リリス様もマキ様もお疲れさまでした。お二人のお陰でこの鉱山は、近日中に稼働出来るようになるでしょう。」
ケネスの労いの言葉にリリスとマキは笑顔でうんうんと頷いた。
ミスリル鉱山での一連の作業を終え、リリスとマキは王都の宿舎に戻った。
リリスやマキの活躍に感謝して、この日の夜は晩さん会が予定されている。
それまでまだ数時間あるので、リリスとマキは部屋のリビングスペースで寛いでいた。
だがしばらくして、部屋の天井に不思議な気配を感じ、リリスはじっと天井を見つめていた。
天井の一点に小さな黒点が現われ、それが徐々に大きくなっていく。
だがそれにも関わらず、リリスには何の警戒心も起こらない。
その黒点を介して現われようとしているものが、ロキの気配であったからだ。
だがここにはマキが居る。
ロキがマキの前で姿を現わして良いのだろうか?
あれこれと考えるリリスの意思とは裏腹に、天井の黒点から小さな赤い龍が現われた。
やはりロキだ。
赤い龍を見て驚愕するマキを制し、リリスはソファから立ち上がり、赤い龍に言葉を掛けた。
「どうしたんですか? ロキ様がここに現われるなんて・・・」
赤い龍はリリスの呼び掛けに反応し、ぐるぐると回転しながらリリスの目線の高さまで降りてきた。
ふとマキを見ると、マキはソファの上でぐったりし、その視線が定まらず朦朧としている。
これはロキの仕業だろう。
「リリス。寛いでいるところを申し訳ないが、儂に少し手を貸してくれ。」
「手を貸すって何をですか?」
リリスは反射的に答えた。
龍はふふんと鼻息を吐いて口を開いた。
「実はお前に個別進化を頼んだ孤島の様子がおかしいのだ。様々な生命体が儂の予想を超える進化を示している。その中でも植物や昆虫類に特殊な毒性を持つものが現われたのだ。」
「毒を持つ植物や昆虫なんて珍しくありませんよ。」
リリスの返答に龍はその頭部を横に振った。
「例えばだが、大陸全土で耕作されている小麦が全て未知の毒性を持ったらどうする?」
「どうするって言われても、そんな事って有り得ません。」
「普通ならあり得ぬ事だ。だが個別進化を受けた植物は大半がその形質を優性遺伝させ、自然の交配によって既存の同種の植物をも変化させてしまうのだよ。」
うっ!
そんな事って・・・。
リリスは恐る恐る尋ねてみた。
「その中に毒性を持つ小麦もあると言う事ですね。」
「そうなのだよ。お前の言う通り植物も、種の保存のために毒性を持つものも多い。例えば、じゃがいもは芽やその周りに毒がある。それは人が生きていくうえで経験的にその毒の存在を知り、それを取り除く事で食用になると分かるまで、それなりの年月が掛かったはずだ。茹でる事で毒性が消えるものもあるが、それだって長い年月の中で経験的に知り得た事だよな。」
「ロキ様の言う事は分かりますが、私達には少なからず毒を探知出来る者が居ますよ。」
リリスの言葉に龍はふんっと鼻息を吐いた。
「その毒が容易に探知出来なかったらどうする? 毒を探知するスキルと言っても、その対象はあくまでもこの世界に今存在している毒に限られているのだよ。」
「しかもローラ達が色々な作物を耕作させていたので、お前達が日頃口にする様々な植物が特殊な毒性を持ってしまった。」
ロキの言葉にリリスは唖然として言葉を失った。
「更に厄介な事に、孤島に出入りする輩が居て、転移のたびにその植物の種子や花粉を外部に撒き散らしておる。」
ああ、それってあのイヴァ族の事ね。
「でもどうすれば良いのですか?」
「うむ。あの孤島の個別進化を受けた生命体を全て、消し去ろうと思うのだ。だからと言って孤島をそのまま海に沈めるわけにもいかない。それでお前に手助けをしてもらおうと思ったのだ。」
ロキの言葉にリリスは困惑した。
「それってすべてを焼き尽くせって事ですか?」
「焼き尽くしただけですべてが消え去るとは思えない。僅かにでも残った地下の根や茎からも再生するものはあるだろう。焼き尽くした灰の中からも再生するものはあるだろう。」
「では、どうすれば・・・・・」
思案を巡らすリリスに向けて、龍はニヤッと笑った。
龍なので笑ったように感じられただけなのだが。
「お前が丁度良いものを手に入れたではないか。闇のオーブを開放して、スイーパーとして使うのだよ。」
えっ!
闇のオーブを手に入れた事をロキ様は知っているの?
リリスの思いを察して龍は口を開いた。
「個別進化の結果を確かめる過程で今回、お前とそこに居るマキの行動をたまたま見ていたのだ。」
嫌だわ。
それってストーカーじゃないの?
リリスの怪訝そうな表情をスルーして、龍は再び口を開いた。
「お前だって、闇のオーブの活用方法を知っておきたいだろう? これは良い機会だと思うぞ。」
う~ん。
良いように言いくるめられてしまいそうね。
でも確かに闇のオーブの活用方法も知りたいし・・・・・。
「分かりました。それでどうするんですか?」
「うむ。今直ぐに儂と孤島に行くんだ。お前達の晩さん会までまだ時間があるだろう? さっさと片付ければ10分で済む。」
うっ!
ロキ様の用件っていつも急なんだから。
止むを得ず了承したリリスとロキは、部屋にマキを残したまま空間魔法で転移していったのだった。
アンデッドを呼び集める装置を管理していた魔族を捕縛する為、リリスはケネスに時限監獄の発動を促した。
ケネスの魔力が魔族の身体を捉え、瞬時に魔族の周囲に時限監獄が出現した。
だが魔族に動揺の兆しは無い。
「なんだ、こんなもの。即座に解除してやるわい。」
魔族はそう言うと身体中から魔力の触手を伸ばし、時限監獄の内壁にそれを接触させ、解除の方法を探った。
それに連れて時限監獄の外壁が徐々に薄くなっていく。
だがそれはリリスには想定内の事だ。
加護の影響で強化されレベルアップされた闇魔法の魔力を放ち、リリスは時限監獄を闇で包み込んだ。
その上で更にケネスに指示を出し、その闇を再度時限監獄で包み込ませた。
これは魔族が転移で逃げない為の手の込んだ対策である。
30秒ほどで内側の時限監獄の壁はパチンと音を立てて、魔族に解除されてしまった。
だがそれと同時に内側の時限監獄を取り巻いていた闇が魔族の身体を即座に包み込み、シャドウバインドとなって顔以外の部分を完全に拘束してしまった。
それでも逃げようとする魔族だが、シャドウバインドの随所から黒い触手が伸びあがり、魔族の身体に全て食い込んでいく。
その触手は魔族の魔力を一気に吸い上げ、魔族は声を上げる間もなく気を失ってしまった。
「おいおい。今度は魔族の干物かよ。」
「容赦ねえなあ。やはり悪魔の所業だぜ。」
若い兵士の呟く声がリリスの耳に届く。
普通なら聞こえない音量なのだが、魔装を発動させているリリスにとっては聞こえるのだ。
あんたたち、聞こえているわよ!
怒りに満ちて魔族を完全に消し去ろうとしたリリスを、ケネスが身を乗り出して遮った。
「リリス様、こいつを生かしておいてください。色々と聞き出さなければならない情報を持っているはずですから。」
「まあ、そうよね。でも生かしておくとそれはそれで大変よ。魔力も回復してしまうでしょうからね。」
「魔力の復活を防ぐ魔道具はあります。」
そう言ってケネスは首輪の形の魔道具を取り出した。
小さな宝玉が幾つも埋め込まれ、銀色に輝く不気味な魔道具である。
それを手に取るとリリスは魔族の首に巻き付けようとした。
だが首の傍まで近づけると、魔道具はキューンと小さな音を立てて機能停止してしまった。
「う~ん。自己防衛機能を発動させていますね。体表部に探知による反応が無いので、おそらく体内埋め込み型の魔道具か何かでしょう。」
「それじゃあ、それを探すところから始めなきゃならないの?」
そう言って思案するリリスの脳裏に、暗黒竜の加護からの念話が浮かび上がった。
(もっと良い方法があるわよ。)
(教えてあげたいので、少し実体化してみるわね。)
どうするんだろう?
そう思っているとリリスの肩の上に小さな黒い球体が現われた。
それは次第に形を変え、ドラゴニュートのような顔に変化した。
これはクイーングレイスさんの仮の顔かしら?
でも随分小さいわね。
(今はこの姿で精一杯なのよ。)
リリスの思いが伝わったらしい。
それでどうするの?
(魔力の回復を司る部位を機能不全にすれば良いのよ。そもそも人型の生物は魔力の回復機能が脆弱だからね。)
でも魔力吸引スキルがあるわよ。
(だから、そんなスキルに頼らざるを得ないって事よね。まあ、竜の身体の構造と比較してもナンセンスだけど。)
(それは良いとして、リリスは魔力操作は得意だったわよね。方法としてはまず髪の毛ほどの魔力の触手を使って、あの魔族の脳内に侵入させるの。その触手で魔力を微量に放ちながら周囲の細胞を変形させ、魔力回復を司る部位を50%ほど圧迫させるのが段取りよ。完全にその部位を破壊してしまうと生命維持にも支障が出るから気を付けてね。私が目的の部位まで案内してあげるからやってみて。)
クイーングレイスに言われた通り、リリスは極細の魔力の触手を幾つも伸ばしながら、シャドウバインドで拘束した魔族の傍に近付いた。
捕縛した魔族の脳内の魔力回復を司る部位を破壊すると告げると、ケネスや兵士達も興味津々でリリスの傍に寄って来た。
その背後から、プラチナ色のメタルアーマーに身を包んだマキも近寄ってきた。
リリスは意識を失っている魔族の脳に極細の魔力の触手を打ち込み、慎重にゆっくりと触手を潜入させていく。
魔力の触手は暗黒竜の加護の誘導によって、自動的に魔族の脳内の一点にその先端を集中させた。
ここなの?
前頭葉に近いわね。
(今、魔力の触手の先端を一点に集中させたのが分かるわね。そこが魔力回復を司る部位よ。それが確認出来たら触手の先端から僅かに魔力弾を放つ事で、周囲の細胞を変形させなさい。言葉で説明しても限度があるから試しにやってみて。)
リリスはクイーングレイスの指示に従って、繊細な魔力操作を繰り返しながら魔力の触手の先端に集中した。
僅かな分量の魔力弾を放ちながら、周囲を変形させていく。
(間違って出血したら、触手の先端からヒールの波動を送って止血すれば良いからね。)
まるで脳外科手術だ。
素人の自分には荷が重すぎると感じたリリスだが、要所要所でクイーングレイスの的確な指示を受け、それなりに魔族の脳内での処置は出来た。
(うんうん。初めてにしては上出来よ。)
クイーングレイスの念話にホッとして、リリスは額に滲む脂汗を拭った。
事の詳細をケネスに伝えると、ケネスは魔族の身体を縄で拘束し、軍のグルジアの元に転送する段取りを始めた。
その間、リリスの肩の上に浮かぶクイーングレイスの実体化した顔が、リリスの様子を覗き込んでいたマキの姿をじっと見つめていた。
(リリス。もしかしてこいつは剣聖アリアが憑依しているの?)
あらっ!
良く分かったわね。
アリアを知っているの?
(ああ、私が生前の事だけど、アリアが憑依した聖騎士と一騎打ちをしたことがあったのよ。)
ええっ!
面識があったのね。
それで一騎打ちの結果はどうなったの?
(もちろん私が勝ったさ。剣聖アリアと言っても憑依する土台は人族だからね。竜と戦うと言っても限界がある。)
(まあ、リリスのように疑似ブレスを吐く人族なら勝機もあるかも知れないが、それだって覇竜の加護があっての能力だし、相手もドラゴニュートだからねえ。高位の竜の、しかもその長と戦うのは万に一つも勝機が無いわ。)
そうよねえ。
それは分かっているわよ。
リリスはクイーングレイスとのやり取りを終えると、マキにアンデッドを呼び込む装置の破壊を頼んだ。
マキは、ああそうだったわと言いながら、魔族が守っていたその装置に近付いた。装置の周辺を破壊し、内部から小さな闇のオーブを2個取り出すと、マキは聖魔法の魔力で包み込みその機能を完全に抑え込んだ。
「マキちゃん。それって破壊は出来ないの?」
リリスに問い掛けられたマキは浮かない表情で頷いた。
「オーブってそもそもその属性魔法の魔力を凝縮したものだからね。その同じ属性魔法で開放しないと消滅しないのよ。とは言ってもオーブを開放する為には、とんでもない力が必要なんだけどね。」
「この状態って、単に闇の属性の対極にある聖魔法で封じて、無効化しているだけなのよ。」
そう言いながら、マキは無効化された闇のオーブをリリスの目の前に突き出した。
リリスはそれを反射的に受け取ったが、どうして良いものか分からない。
これってどうしたら良いの?
リリスの思いに暗黒竜の加護が反応し、クイーングレイスからの念話が脳裏に浮かび上がった。
(それはリリスが確保しておいた方が良い。その状態ならマジックバッグにも収納出来るだろうからね。)
本当にとっておいた方が良いの?
(ありがたくいただいておきなさい、リリス。オーブは開放する事で強大な武器にもなる。特に闇のオーブは広範囲のスイーパーとしても使える。活用方法は色々とあって、必要に応じてその都度教えてあげるわよ。)
そうなのね。
リリスは受け取った闇のオーブをマジックバッグに収納した。
その間にケネスはグルジアと連絡を取り合って、捕縛した魔人を空間魔法で転移させた。
闇のオーブをリリスに預けたマキは、周囲を念入りに探知した。
もはやアンデッドの気配や魔族の気配も一切感じられない。
それを確認した上で、マキはアリアの憑依を解除し、聖剣アリアドーネをピアスの中に収納させた。
「リリス様もマキ様もお疲れさまでした。お二人のお陰でこの鉱山は、近日中に稼働出来るようになるでしょう。」
ケネスの労いの言葉にリリスとマキは笑顔でうんうんと頷いた。
ミスリル鉱山での一連の作業を終え、リリスとマキは王都の宿舎に戻った。
リリスやマキの活躍に感謝して、この日の夜は晩さん会が予定されている。
それまでまだ数時間あるので、リリスとマキは部屋のリビングスペースで寛いでいた。
だがしばらくして、部屋の天井に不思議な気配を感じ、リリスはじっと天井を見つめていた。
天井の一点に小さな黒点が現われ、それが徐々に大きくなっていく。
だがそれにも関わらず、リリスには何の警戒心も起こらない。
その黒点を介して現われようとしているものが、ロキの気配であったからだ。
だがここにはマキが居る。
ロキがマキの前で姿を現わして良いのだろうか?
あれこれと考えるリリスの意思とは裏腹に、天井の黒点から小さな赤い龍が現われた。
やはりロキだ。
赤い龍を見て驚愕するマキを制し、リリスはソファから立ち上がり、赤い龍に言葉を掛けた。
「どうしたんですか? ロキ様がここに現われるなんて・・・」
赤い龍はリリスの呼び掛けに反応し、ぐるぐると回転しながらリリスの目線の高さまで降りてきた。
ふとマキを見ると、マキはソファの上でぐったりし、その視線が定まらず朦朧としている。
これはロキの仕業だろう。
「リリス。寛いでいるところを申し訳ないが、儂に少し手を貸してくれ。」
「手を貸すって何をですか?」
リリスは反射的に答えた。
龍はふふんと鼻息を吐いて口を開いた。
「実はお前に個別進化を頼んだ孤島の様子がおかしいのだ。様々な生命体が儂の予想を超える進化を示している。その中でも植物や昆虫類に特殊な毒性を持つものが現われたのだ。」
「毒を持つ植物や昆虫なんて珍しくありませんよ。」
リリスの返答に龍はその頭部を横に振った。
「例えばだが、大陸全土で耕作されている小麦が全て未知の毒性を持ったらどうする?」
「どうするって言われても、そんな事って有り得ません。」
「普通ならあり得ぬ事だ。だが個別進化を受けた植物は大半がその形質を優性遺伝させ、自然の交配によって既存の同種の植物をも変化させてしまうのだよ。」
うっ!
そんな事って・・・。
リリスは恐る恐る尋ねてみた。
「その中に毒性を持つ小麦もあると言う事ですね。」
「そうなのだよ。お前の言う通り植物も、種の保存のために毒性を持つものも多い。例えば、じゃがいもは芽やその周りに毒がある。それは人が生きていくうえで経験的にその毒の存在を知り、それを取り除く事で食用になると分かるまで、それなりの年月が掛かったはずだ。茹でる事で毒性が消えるものもあるが、それだって長い年月の中で経験的に知り得た事だよな。」
「ロキ様の言う事は分かりますが、私達には少なからず毒を探知出来る者が居ますよ。」
リリスの言葉に龍はふんっと鼻息を吐いた。
「その毒が容易に探知出来なかったらどうする? 毒を探知するスキルと言っても、その対象はあくまでもこの世界に今存在している毒に限られているのだよ。」
「しかもローラ達が色々な作物を耕作させていたので、お前達が日頃口にする様々な植物が特殊な毒性を持ってしまった。」
ロキの言葉にリリスは唖然として言葉を失った。
「更に厄介な事に、孤島に出入りする輩が居て、転移のたびにその植物の種子や花粉を外部に撒き散らしておる。」
ああ、それってあのイヴァ族の事ね。
「でもどうすれば良いのですか?」
「うむ。あの孤島の個別進化を受けた生命体を全て、消し去ろうと思うのだ。だからと言って孤島をそのまま海に沈めるわけにもいかない。それでお前に手助けをしてもらおうと思ったのだ。」
ロキの言葉にリリスは困惑した。
「それってすべてを焼き尽くせって事ですか?」
「焼き尽くしただけですべてが消え去るとは思えない。僅かにでも残った地下の根や茎からも再生するものはあるだろう。焼き尽くした灰の中からも再生するものはあるだろう。」
「では、どうすれば・・・・・」
思案を巡らすリリスに向けて、龍はニヤッと笑った。
龍なので笑ったように感じられただけなのだが。
「お前が丁度良いものを手に入れたではないか。闇のオーブを開放して、スイーパーとして使うのだよ。」
えっ!
闇のオーブを手に入れた事をロキ様は知っているの?
リリスの思いを察して龍は口を開いた。
「個別進化の結果を確かめる過程で今回、お前とそこに居るマキの行動をたまたま見ていたのだ。」
嫌だわ。
それってストーカーじゃないの?
リリスの怪訝そうな表情をスルーして、龍は再び口を開いた。
「お前だって、闇のオーブの活用方法を知っておきたいだろう? これは良い機会だと思うぞ。」
う~ん。
良いように言いくるめられてしまいそうね。
でも確かに闇のオーブの活用方法も知りたいし・・・・・。
「分かりました。それでどうするんですか?」
「うむ。今直ぐに儂と孤島に行くんだ。お前達の晩さん会までまだ時間があるだろう? さっさと片付ければ10分で済む。」
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デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
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異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
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生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
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