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前編
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その日、私は決意した。
「惚れ薬を作るしかない」と!
少し理由を説明したいと思う。
まず、私には今とても好きな人がいる。同じクラスの男子生徒、ロイ君。人目をひく長身、サラサラしていそうな黒髪、涼しげな目元に黒縁眼鏡。もう全てがかっこいい。大好き。
私が彼のことを好きになったのは、確かちょうど一年ほど前。
その日、私は大量のノートを教室に運んでいる最中だった。別に係でも何でもないのに先生に押し付けられ、断れなかったのだ。
積み上がったノートで前が見えない中廊下を歩く私に、喋りながら歩く生徒の肩がぶつかって、私はバランスを崩しノートを全部ぶちまけてしまった。涙目になる私。その時ノートを一緒に拾い集めてくれたのが彼、ロイ君だった。
無言で拾うのを手伝ったあと、拾い集めたノートの半分以上を持って一緒に教室まで運んでくれた彼に、私は恋をした。
だがここで問題が生じる。
ロイ君はもうとにかくかっこよくて、優しくて、ついでに運動もできるし成績もいい。女子にもモテる。対して私はといえば、全てが平凡。致命的な欠点がない代わりに、突出しているものも何もない。男子にモテたことなど一度もない。
つまり、私がどれだけ彼のことを好きだったとしても、彼が私のことを好きになる理由などどこにもないのである。
もちろん、だからと言って恋の成就を諦めた訳ではない。朝は必ず挨拶をするとか、休み時間に無駄に話しかけてみるとか、私なりに近づく努力はした。結果、友達くらいにはなれたと思う。でも私はそれでは不満なのだ。私を恋愛的な意味で好きになってほしいし、恋人になっていちゃいちゃしたい。
どうしたらもっと近づけるのかと考え続けて一年。
私は一つの結論に至った。つまり、「魔法の力に頼る」。私には彼をメロメロにさせるような魅力もないし、徐々に距離を詰めようにも友達どまり。だからこその魔法だ。魔法、この道しかない。
そこでなんの魔法を使うのかという問題だ。魔力が高い人間にはたまに目を見ただけで人を魅了したり、時には意のままに操ったりできる羨まし……いや、恐ろしい力を持った者がいるらしいが、平凡な私にはもちろんそんなことはできない。というわけで、手順さえ間違えなければ誰にでも使える魔法、魔法薬を利用しようと考えたわけである。
ご理解いただけただろうか?
というわけで、私は放課後早速図書館で惚れ薬の作り方を調べ始めた。
どうやら意外と簡単な材料でできてしまうらしく、学校で用意しているものと魔法薬学の勉強用に自前で揃えた材料とで今すぐにでも作れてしまう。これは危ないんじゃない? 好きな人にこっそり盛ろうとする人が出てもおかしくないよね。
さっそく魔法薬調合室に向かおうと本をもって立ち上がった時。
「あれ? ソフィー。何か調べごと?」
「ロイ君!」
なんと張本人に出くわしてしまった。
はわぁ、いつ見てもかっこいいなもう。今日じゃなければ放課後に出会えてラッキーって思うところなんだけど。ふと、自分がさっきまで見ていた本を手に持っていることに気づき、さっと隠した。魔法薬調合法の本だから隠す必要はよく考えたらないのだが、やましい気持ちがあるので。
「今なにか隠した?」
と、目ざとく気づき聞いてくる彼。
私はふるふると首を振った。
「な、何も。何も隠してないよ」
疑わしげな目を向ける彼にえへへと曖昧な笑みを浮かべてごまかそうとする。
本をこそこそと隠しながら図書室を後にする。
「じゃあね、また!」
「うん……? またね」
危ないところだった! いや別にこの本を見られてもなんともないんだけど!
私は図書室から出てから寮の自室により、必要な材料を取って調合室に向かった。
そして夜も更けてきた頃。
「やったー!完成!」
私の手には、禍々しい紫色の液体が入った小瓶が握られていた。
まさか1日でできちゃうなんて。魔法薬学だけはほんのちょっと得意でよかった!
でも問題は、どうやってこれをロイ君に飲んでもらうかだよね。まさか「惚れ薬だから飲んでください」なんて馬鹿正直に言うわけにもいかないし。飲み物に混ぜて渡そうにも、彼が私に渡された飲み物を飲んでくれるかはわからない。
考え込んでしまった私は、いずれにせよ明日以降のことだからと寮に戻ることにした。
調合室を出て、寮まで歩く。と、その途中。
「あれ、ソフィーだ。また会ったね」
なんていうんだっけ、デジャビュ?
「ぐ、偶然だね! こんな時間まで、何か用事でもあったの?」
「俺は散歩。ソフィーこそ、何か用事?」
優しげに微笑みながら、答えにくい質問をするロイ君。
あ、と私は思った。今はいつもの黒縁眼鏡つけてないんだな。眼鏡はすごく似合ってるけど、外してても素敵……。
そんなことを考えていたせいか、つい正直に答えてしまっていた。
「うん、魔法薬の調合をしてたの」
「そうなんだ。それってもしかして」
彼は私の持っている小瓶を指差した。
「それのこと? 図書館でも何か魔法薬について調べてたよね」
「そうなの、実は惚れ薬について調べてて」
あっ、口が滑っちゃった!
彼は私の目をじっと見てきた。その青い瞳に何だか吸い込まれそうで、ドキドキしてしまう。
あれ、もしかしてこれって惚れ薬を飲んでもらうチャンスなのでは?むしろ今しかないのでは? そう思って、私はほとんど無意識のうちに怪しげな小瓶を彼に差し出していた。
「あの、これ惚れ薬なんだけど、ロイ君に飲んでもらいたくて調合したの。飲んでほしい……」
そう口に出した瞬間、私ははっとして固まってしまった。
いやいやいやいや、おかしいでしょう。馬鹿正直に「飲んでください」だけはないってさっき思ったばかりなのに。
惚れ薬を飲んでくださいなんて言われて誰が飲むっていうの。終わりだ。この世の終わりだ。
絶望している私から彼はこともなげに小瓶を取り上げ、「惚れ薬って飲んだことないなぁ」なんて言いながら首をちょっと傾げて瓶の蓋を取った。そのまま、止める間も無く中身をこくりこくりと飲み干す。
「あー!」
飲んじゃった!飲んじゃったよ!
「なんで飲んじゃったの!」
私が悲鳴のような声を上げると、ロイ君は不思議そうな顔をした。
「なんでって、ソフィーが飲んでって言ったんでしょ?」
「いやそうだけど! そうだけども!」
「でも嬉しいよ、惚れ薬を俺に飲まそうとしたってことは、ソフィーは俺のことが好きなんだよね?」
にっこりと笑うロイ君。私は素直に頷く。
「う、うん……」
「俺もソフィーのことが前から好きだったんだ。だから、俺たちはもう恋人同士だね」
「う、うん……?」
ロイ君は私をふんわりと抱きしめた。
「ああかわいい、ソフィー。大好きだよ」
それから、ロイ君は宣言通り私を恋人として扱うようになった。
話している時よく体に触れてくるし、いつもかわいいって言ってくれるし、たまにキスもしてくれる。
だけど私は彼が甘く優しく接してくれるほど、自分の中で罪悪感がどんどん膨れ上がっていくのを感じた。だって、彼は本当には私のことを好きなんかじゃないのだ。ただ、魔法薬の効果で好きだと思い込んでいるだけ。
「ソフィー、どうしたの。悩み事?」
私の髪を撫でながら顔を覗き込むロイ君。
「ううん、なんでも……」
この優しい声も仕草も表情も、本来は私に向けられるべきものじゃない。
私は彼のことが好きだなどと言いながら、彼の気持ちとか主体性とか尊厳とか、そういうものを全く尊重しようとしていなかったのだ。というか普通に考えて魔法で人の気持ちを捻じ曲げるなんて最低な人間のすることだ。私は最低だ。
どうして彼に惚れ薬を飲ませる前にそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
「本当に大丈夫? 顔色が悪いけど……」
そう言って私を心配してくれるロイ君の顔を見て、私は決意した。
「惚れ薬の解毒薬を作る」と!
「ごめんね、ロイ君。悩んでたことがあったんだけど、今どうすべきかはっきりわかったよ。私、もう間違えない!」
ぐっと拳を握り締めると、彼は、
「悩み事が解決したならよかったけど、また何か変なこととか考えてないよね……?」
と不安げな表情でちょっと首を傾げた。
大丈夫だよ、ロイ君! 私が無理に変えてしまったあなたの感情は、私が責任を持って絶対元に戻してみせるからね!
だからもう少し待っていて。
「惚れ薬を作るしかない」と!
少し理由を説明したいと思う。
まず、私には今とても好きな人がいる。同じクラスの男子生徒、ロイ君。人目をひく長身、サラサラしていそうな黒髪、涼しげな目元に黒縁眼鏡。もう全てがかっこいい。大好き。
私が彼のことを好きになったのは、確かちょうど一年ほど前。
その日、私は大量のノートを教室に運んでいる最中だった。別に係でも何でもないのに先生に押し付けられ、断れなかったのだ。
積み上がったノートで前が見えない中廊下を歩く私に、喋りながら歩く生徒の肩がぶつかって、私はバランスを崩しノートを全部ぶちまけてしまった。涙目になる私。その時ノートを一緒に拾い集めてくれたのが彼、ロイ君だった。
無言で拾うのを手伝ったあと、拾い集めたノートの半分以上を持って一緒に教室まで運んでくれた彼に、私は恋をした。
だがここで問題が生じる。
ロイ君はもうとにかくかっこよくて、優しくて、ついでに運動もできるし成績もいい。女子にもモテる。対して私はといえば、全てが平凡。致命的な欠点がない代わりに、突出しているものも何もない。男子にモテたことなど一度もない。
つまり、私がどれだけ彼のことを好きだったとしても、彼が私のことを好きになる理由などどこにもないのである。
もちろん、だからと言って恋の成就を諦めた訳ではない。朝は必ず挨拶をするとか、休み時間に無駄に話しかけてみるとか、私なりに近づく努力はした。結果、友達くらいにはなれたと思う。でも私はそれでは不満なのだ。私を恋愛的な意味で好きになってほしいし、恋人になっていちゃいちゃしたい。
どうしたらもっと近づけるのかと考え続けて一年。
私は一つの結論に至った。つまり、「魔法の力に頼る」。私には彼をメロメロにさせるような魅力もないし、徐々に距離を詰めようにも友達どまり。だからこその魔法だ。魔法、この道しかない。
そこでなんの魔法を使うのかという問題だ。魔力が高い人間にはたまに目を見ただけで人を魅了したり、時には意のままに操ったりできる羨まし……いや、恐ろしい力を持った者がいるらしいが、平凡な私にはもちろんそんなことはできない。というわけで、手順さえ間違えなければ誰にでも使える魔法、魔法薬を利用しようと考えたわけである。
ご理解いただけただろうか?
というわけで、私は放課後早速図書館で惚れ薬の作り方を調べ始めた。
どうやら意外と簡単な材料でできてしまうらしく、学校で用意しているものと魔法薬学の勉強用に自前で揃えた材料とで今すぐにでも作れてしまう。これは危ないんじゃない? 好きな人にこっそり盛ろうとする人が出てもおかしくないよね。
さっそく魔法薬調合室に向かおうと本をもって立ち上がった時。
「あれ? ソフィー。何か調べごと?」
「ロイ君!」
なんと張本人に出くわしてしまった。
はわぁ、いつ見てもかっこいいなもう。今日じゃなければ放課後に出会えてラッキーって思うところなんだけど。ふと、自分がさっきまで見ていた本を手に持っていることに気づき、さっと隠した。魔法薬調合法の本だから隠す必要はよく考えたらないのだが、やましい気持ちがあるので。
「今なにか隠した?」
と、目ざとく気づき聞いてくる彼。
私はふるふると首を振った。
「な、何も。何も隠してないよ」
疑わしげな目を向ける彼にえへへと曖昧な笑みを浮かべてごまかそうとする。
本をこそこそと隠しながら図書室を後にする。
「じゃあね、また!」
「うん……? またね」
危ないところだった! いや別にこの本を見られてもなんともないんだけど!
私は図書室から出てから寮の自室により、必要な材料を取って調合室に向かった。
そして夜も更けてきた頃。
「やったー!完成!」
私の手には、禍々しい紫色の液体が入った小瓶が握られていた。
まさか1日でできちゃうなんて。魔法薬学だけはほんのちょっと得意でよかった!
でも問題は、どうやってこれをロイ君に飲んでもらうかだよね。まさか「惚れ薬だから飲んでください」なんて馬鹿正直に言うわけにもいかないし。飲み物に混ぜて渡そうにも、彼が私に渡された飲み物を飲んでくれるかはわからない。
考え込んでしまった私は、いずれにせよ明日以降のことだからと寮に戻ることにした。
調合室を出て、寮まで歩く。と、その途中。
「あれ、ソフィーだ。また会ったね」
なんていうんだっけ、デジャビュ?
「ぐ、偶然だね! こんな時間まで、何か用事でもあったの?」
「俺は散歩。ソフィーこそ、何か用事?」
優しげに微笑みながら、答えにくい質問をするロイ君。
あ、と私は思った。今はいつもの黒縁眼鏡つけてないんだな。眼鏡はすごく似合ってるけど、外してても素敵……。
そんなことを考えていたせいか、つい正直に答えてしまっていた。
「うん、魔法薬の調合をしてたの」
「そうなんだ。それってもしかして」
彼は私の持っている小瓶を指差した。
「それのこと? 図書館でも何か魔法薬について調べてたよね」
「そうなの、実は惚れ薬について調べてて」
あっ、口が滑っちゃった!
彼は私の目をじっと見てきた。その青い瞳に何だか吸い込まれそうで、ドキドキしてしまう。
あれ、もしかしてこれって惚れ薬を飲んでもらうチャンスなのでは?むしろ今しかないのでは? そう思って、私はほとんど無意識のうちに怪しげな小瓶を彼に差し出していた。
「あの、これ惚れ薬なんだけど、ロイ君に飲んでもらいたくて調合したの。飲んでほしい……」
そう口に出した瞬間、私ははっとして固まってしまった。
いやいやいやいや、おかしいでしょう。馬鹿正直に「飲んでください」だけはないってさっき思ったばかりなのに。
惚れ薬を飲んでくださいなんて言われて誰が飲むっていうの。終わりだ。この世の終わりだ。
絶望している私から彼はこともなげに小瓶を取り上げ、「惚れ薬って飲んだことないなぁ」なんて言いながら首をちょっと傾げて瓶の蓋を取った。そのまま、止める間も無く中身をこくりこくりと飲み干す。
「あー!」
飲んじゃった!飲んじゃったよ!
「なんで飲んじゃったの!」
私が悲鳴のような声を上げると、ロイ君は不思議そうな顔をした。
「なんでって、ソフィーが飲んでって言ったんでしょ?」
「いやそうだけど! そうだけども!」
「でも嬉しいよ、惚れ薬を俺に飲まそうとしたってことは、ソフィーは俺のことが好きなんだよね?」
にっこりと笑うロイ君。私は素直に頷く。
「う、うん……」
「俺もソフィーのことが前から好きだったんだ。だから、俺たちはもう恋人同士だね」
「う、うん……?」
ロイ君は私をふんわりと抱きしめた。
「ああかわいい、ソフィー。大好きだよ」
それから、ロイ君は宣言通り私を恋人として扱うようになった。
話している時よく体に触れてくるし、いつもかわいいって言ってくれるし、たまにキスもしてくれる。
だけど私は彼が甘く優しく接してくれるほど、自分の中で罪悪感がどんどん膨れ上がっていくのを感じた。だって、彼は本当には私のことを好きなんかじゃないのだ。ただ、魔法薬の効果で好きだと思い込んでいるだけ。
「ソフィー、どうしたの。悩み事?」
私の髪を撫でながら顔を覗き込むロイ君。
「ううん、なんでも……」
この優しい声も仕草も表情も、本来は私に向けられるべきものじゃない。
私は彼のことが好きだなどと言いながら、彼の気持ちとか主体性とか尊厳とか、そういうものを全く尊重しようとしていなかったのだ。というか普通に考えて魔法で人の気持ちを捻じ曲げるなんて最低な人間のすることだ。私は最低だ。
どうして彼に惚れ薬を飲ませる前にそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
「本当に大丈夫? 顔色が悪いけど……」
そう言って私を心配してくれるロイ君の顔を見て、私は決意した。
「惚れ薬の解毒薬を作る」と!
「ごめんね、ロイ君。悩んでたことがあったんだけど、今どうすべきかはっきりわかったよ。私、もう間違えない!」
ぐっと拳を握り締めると、彼は、
「悩み事が解決したならよかったけど、また何か変なこととか考えてないよね……?」
と不安げな表情でちょっと首を傾げた。
大丈夫だよ、ロイ君! 私が無理に変えてしまったあなたの感情は、私が責任を持って絶対元に戻してみせるからね!
だからもう少し待っていて。
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