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【第一章】
26 ナイア・リュングベリ
しおりを挟む『圧空』の重圧によって床に拘束されている状態で、ナイアはこちらを見上げて言う。
「……私を殺すつもりなの? いいよ? ――だけど、どうせ殺されるならアークの手で殺されたいかな」
「だからノアだって言ってんだろ」
先程からリリーがアークという名前を聞くたびに何かを思い出しそうな表情をしていて冷や汗が流れる。
そうだよ、お前の姉の元婚約者の名前だよ!
俺はリリーの意識を逸らすために話を続けた。
「そもそも、別にお前を殺すつもりはねぇよ。まあ捕まえはするがな」
リリーは殺す、という言葉に嫌な顔をした。
地上ではクライノート教の影響で死刑は忌避されている。当然殺人もだ。
いくら胆力があったとしてもリリーは王女であり、そういった血なまぐさい話は苦手なんだろう。
リリーに訊ねる。
「こいつの場合……捕まったらどうなるんだ?」
「そうね……学園を此処まで滅茶苦茶にしたんだもの、たとえ死者がいなかったとしても、まず間違いなく追放刑でしょうね」
リリーは微妙な表情で答えた。
まあ……確かにそんな顔になるのも仕方ないだろう。
そもそもナイアが『牢獄世界』出身である以上、追放刑では実質お咎めなしのようなものだ。『牢獄世界』から抜け出してくる存在を想定していない王国法の弊害だ。
むしろナイアにとっては里帰りみたいなものである。
それは違うか? まあいい。
「ともあれ、お前はこのままなら捕まって尋問を受けた末に『牢獄世界』に逆戻りだ」
「…………」
「だが、今なら見逃してやる」
俺が言うと、ナイアが目を丸くした。
俺がそんなことを言うとは思っていなかったらしい。
「その代わり――『深層』が持ってる『牢獄世界』への入り口の場所を教えろ。そうしたら、今回俺に歯向かってきたことも許してやる」
「いや、こんな惨状を引き起こしといて、今更無罪は無理でしょう……」
リリーが呆れる。
言っておいて何だが、実は俺もそう思う。
「大丈夫だ……多分。ラヴィニア、ラヴィニアならなんとか……」
俺はラヴィニアに全て丸投げすることを決めた。
「それに、あなたが許したとしても、私は許すつもりはないわよ。学園をこんなに滅茶苦茶にして、教師を操って生徒を傷付けて――許せるわけないじゃない」
「だが、こいつを捕まえたところで結局『牢獄世界』に放流されるだけだ」
「そうだけど……」
それに、と俺は続ける。
「それに、ここでナイアから『牢獄世界』の入り口を聞き出せなかったら、お前の目標が遠ざかることになるぞ?」
倫理的に考えれば、リリーの言うとおりナイアを捕まえた方がいいのだろう。
だが――『牢獄世界』出身の人間に倫理なんてものを期待してはいけない。
俺もナイアも、あの掃き溜めで生き残るような奴は、自分のことしか考えていないクズばかりだからだ。
『結界破り』の説明をしたとき、リリーは『牢獄世界』を覆う結界を破壊した場合の影響を考えて止めたといっていたが――もしも俺がリリーの立場だったのなら、結界など躊躇いなく破壊していただろう。
その結果で地上がどれほど混乱と混沌に陥ろうとも、必要とあらば俺は躊躇わないだろう。
その考えは決定的に間違っていると自覚はしている。
だが――それでいいと俺は思っていた。
他人に配慮し、期待するのは無駄だ。
俺は、オルブライト家から追放され、兄に殺されかけたときにそれを学んだ。
「それは……」
リリーは歯噛みする。
俺の言っている手段が、ローズを救うための最短の手段であるということは理解しているのだろう。
既にアインやナイアのリリー誘拐計画は失敗した。
次の襲撃では、『深層』はもっと計画を練り、投入する戦力を増やしてくるだろう。
――そうなった場合、すぐに第二の刺客が派遣されるよりも、しばらくあちら側も入念な準備を整えるだろう。
結果、『牢獄世界』への侵入は更に遅れることになる。
「それで? 結局私はどうすればいいのかな?」
「俺がラヴィニアに言ってお前を匿ってやる。ただし、俺の命令には必ず従え。それと、一般人に手出しはするな――いいか?」
後は『暗躍星座』における俺の仕事を手伝わせて扱き使ってやろうと俺は内心で目論んだ。
「つまりアークが」
「ノアな」
ナイアの言葉を遮る。その呼び方はいただけないな。
これは……命令だ。
俺がナイアを睨むと、彼女は嘆息して言い換える。
……しかし、ちょうどそのタイミングでリリーが何かに気付いたような表情をすると、目を見開いてこちらを見てきたので内心で舌打ちした。
気付かれたか?
「……はぁ、つまりノアが私の世話をしてくれるってことでいいのかな?」
なんだか私が『牢獄世界』に落ちてきたばかりの頃みたい、と若干嬉しそうにナイア。
「言っておくが金はないぞ」
「そこはノアに期待してないから大丈夫だよ」
「そうか」
そうか。
「うん……分かった。私は負けた側だしね。ノアの命令には従うよ」
「よし、じゃあ一件落着だな」
リリーを見る。彼女はしばらく唸っていたが、やがて小さく嘆息すると。
「仕方ないわね。ノア、あなたに免じて今回だけは見逃してあげるわ――その代わり、そいつの管理をちゃんとしなさいよ」
「任せろ」
「これほど不安になる任せろは初めて聞いたわね……」
教室は酷い惨状だし、クラスメイトはそこら変に転がっているしで後始末が大変そうだが――ともあれ一件落着だ。
□
「というわけで、こいつが『深層』側からのもう一人の刺客、ナイア・リュングベリだ」
俺は首根っこを掴んだ状態で運んできたナイアをラヴィニアに向かって突き出す。
ナイアが足を宙でぶらぶらさせながら、ラヴィニアに向かって軽く手を振る。
此処は『暗躍星座』の本部だ。
――あの後、当然学園で竜が暴れまわってたりして騒動にならないわけがなく、すぐに学園都市の兵士たちが到着した。
俺はともかくナイアが見つかるのはよろしくない。
俺は合流したナタリアと――ナタリアは俺がナイアを倒すまで、他の教室を制圧していた教師たちによってひたすら足止めされていたらしい――、やって来た兵士たちにリリーを任せると、ナイアを連れて空間転移し、『暗躍星座』の本部へと移動していた。
「はーい。私、ノアの恋人のナイア・リュングベリでーす」
「は?」
ラヴィニアがぞっとするような声を出した。あまりにも酷薄な声色だった。
「いや、別に恋人ではないが」
「けど『牢獄世界』では一時期一緒に住んでたし、実質的に恋人みたいなものでしょー?」
「あら……? そうだとしたら、ナイアさんは一年前に彼に捨てられたということなのでは?」
「は?」
今度はナイアの笑みが凍る番だった。
ふう、と二人が同時に息を吐く。
「……で、あなたがラヴィニア・アヴローラ? ノアを『牢獄世界』からこっちに連れてきたっていう?」
余計なことしやがってこのおばさんが、と小さくナイアが毒づいた。
ラヴィニアがそれを聞き、整った容貌に青筋を立てる。
俺は嫌な予感を抱いた。さっさとこの場を離れたかった。
だが、ラヴィニアにこいつの立場を保証してもらうためにも、そういうわけにはいくまい。流石にこいつ一人残してラヴィニアに預けるのは不安すぎる。
リリーにも責任は取れと言われたことだし、しばらくは俺が見張ることになるだろう。
「ええ、私は地上でノアの後見人のようなものをしています」
「へぇ……」
火花が散っている光景が容易に幻視できた。
どちらも極めて整った容姿をしているだけに、顔を歪めて睨み合う光景ですら絵になっている。
先に睨み合いをやめたのはラヴィニアだった。
こほん、と咳払いをすると、俺に恐る恐るといった調子で訊ねる。
「それで、ノア……あなたはこの女を連れてきて私に何を頼むと?」
「あー、とりあえず俺みたいに立場の保証を」
「私に? この女の?」
信じられない、といった表情のラヴィニア。
「無理か?」
「いえ……無理、ではありませんけども」
「頼む」
俺はラヴィニアに頭を下げた。
ナイアを――『牢獄世界』出身者を庇うということは、爆弾を背負い込むのとほぼ同義だ。
少なくとも、もしも公になったらラヴィニアの公爵家としての権威は地に墜ちる程度には。
「……はぁ、仕方ないですね。これは貸しですよ」
「ああ、感謝する」
何だかラヴィニアに対する借りが積み重なり過ぎていて恐ろしい。
「いいでしょう。ノアを信頼して、アヴローラの名の下にあなたを庇護しましょう」
「はーい、ありがとうね、おばさん」
「おば……ッ、えっと、私はまだ二十歳なんですけど?」
ラヴィニアが若干震えながら言うと、ナイアがわざとらしく目を丸くして、掌を口元に当てて驚いたような表情を作った。
「え、そうなの? もっと老けてるかと思ってた」
「老け……っ、ちょっとノア! あなたが連れてきたんでしょうこの礼儀知らずを! 何とか言ってください!」
「くくっ……」
俺は思わず笑い声を上げた。
「何で笑ってるんですかね……?」
「いや、ラヴィニアがそんなに動揺してるところは久々に見た気がして」
「ま、周りに敵しかいない……」
ラヴィニアは呻いた。
「冗談ですよー。私からノアを奪っていったラヴィニアさんに、ちょっとした意趣返しがしたかっただけですから」
「はぁ……まあいいです。何といわれようと私は二十歳なのは確かですからね、気にしていません」
気にしていませんとわざわざ口に出す辺りだいぶ気にしているのでは――俺はそう思ったが、薮蛇の予感しかしなかったので口には出さなかった。
これ以上話が脇道に逸れては面倒だ。
「話を戻すが、こいつに地上で匿う条件として、『深層』の持つ結界の入り口を教えてもらった」
「……そうですか、リリー様は行くつもりで?」
「やっぱり、お前も知ってたのか」
「いいえ、私が知っているのはローズ様の件と、リリー様がその件を知ってしまったことだけです」
残りは状況と、リリー様の性格からの推測です、とラヴィニア。
「一応報告しとくが、俺も着いて行くことになった」
「あなたが着いて行ってくれるのなら安心ですね」
「どうだかな。あの場所が正真正銘の魔境だってことは、お前だって良く知ってるだろう?」
一年前に実行された、王国による『牢獄世界』の掃討作戦。
王国軍の一員として『牢獄世界』に赴いたラヴィニアと俺が出会ったのは――その真っ最中だったのだから。
「否定はしません。ですが、私の知っている中で最も信頼できて、かつ最も強いのがあなたなんです――ですから、どうかリリー様をお願いします」
「ああ、そのローズとやらにも親近感があるしな。できる限りの手伝いはするさ」
「え、ローズ?」
と、そこで話を黙って聞いていたナイアが声を上げた。
「……知ってるのか?」
「ノアたちの言ってるそのローズとやらと同一人物かは知らないけど、『深層』にも一人、ローズって名乗ってる女の子がいたはずだよ」
「歳は? 外見は!?」
ラヴィニアが焦ったように訊ねる。
どうしてそんなに動揺しているのだ、と事情を知らないナイアは目を丸くしつつも、ラヴィニアの放った質問に答えた。
「えーと、歳は知らないけど、かなり若い感じ……十代前半くらいかな? それで、見た目は金髪に青い瞳で――うーんと、そうだね。ちょうど王女様によく似てる感じかな」
それを聞いて、俺とラヴィニアは目を見合わせた。
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