平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎

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後日談 黛家の妊婦さん3

(165)キッチンで卵焼き

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前話の続きの、短い小話です。


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 翌朝、夫をベッドに残して起き出した七海は卵焼きを焼いていた。産休に入って仕事も無いので、進んでキッチンに立つように心掛けるようになったのだ。

 お腹が大きくなって身動きが難しくなり始めた頃もっと楽をするようにと勧められ、最近は料理の手間をかなり簡略化していた。例えばチーズトーストと出来合いのスープ、またはご飯と納豆にフリーズドライの味噌汁……など。だから近頃の七海は大層、家事について楽をしている。その上時間のある時には義父である龍一が簡単な手料理を振る舞ってくれることさえある。

 しかし元来黛家では家事も料理もほとんど外注だったのだ。そのため身重になった頃、龍一と黛は七海に対して家事代行で料理をして貰うことや宅配のサービスの利用を提案している。
 家族じゃない人間が頻繁に自宅に出入りする環境は、一般人の七海にとっては何とも落ち着かない気がする。だからこれまではその提案を断って来たのだが……産後の動けない時期をどう過ごすのかと考えた時、そう言うサービスの利用も考慮した方が良いかもしれない、と七海は考え始めている。提案を受けた当初は毎日家政婦さんが通って来るようなイメージでとらえていたのだが、色々調べてみたところ、食事を作ると言っても例えば週に一度作り置きをたくさん作ってくれるサービスもあるらしい。それくらいの頻度なら、身構えずに利用できそうだ。

 とは言え今のところは仕事も無いので、やはり料理くらいはしたい。実はと言うと黛家の他の家事は、現在ほぼ全てアウトソーシングされてしまっているのだ。ハウスクリーニングは週一、洗濯は下着など以外は全てコンシェルジュ経由でクリーニングすることになっている。黛家はもともと家事はほぼ外注だったので、本来の形に戻ったと言うべきか。しかし彼等と違って貧乏性が習い性となっている七海は、何か身の回りの仕事をやっていないと気持ちが落ち着かないと言うのも正直なところだ。



「ん~んん~・ら~らら~・ん~♪」



 鼻歌を歌いながら七海はご機嫌だった。今日は出し巻きじゃ無く、甘い卵焼きにする予定だ。卵をボウルに割入れ砂糖を小匙一、塩を一つまみだけ。カシャカシャかき混ぜ、温めたフライパンに油を引いてジュワ~ッと卵液を三分の一、流し込む。程好く火が通った処で菜箸で奥の方を剥がしちょっと寄せてクルクル巻いて行く。

 ん!今日は上手くできそう!と、七海は口元を綻ばせる。

 慣れた作業だが、ちょっとしたことで綺麗な出来上がりを逃してしまうことがあるのだ。その出来で今日一日の運勢が決まるような気がしてしまう。それは、出来具合が稀に安定しないことがあるからだ。もう完璧になった!と思うたび何かしら失敗したりするのが、卵焼きと言う料理なのだ。なかなかに気を抜けない。

 誰もいないキッチンでゆっくりと料理が出来る喜びを堪能しながら、七海は鼻歌を歌ってご機嫌だった。しかし焼き立ての卵焼きをまな板に取り、包丁を入れている時―――足音を忍ばせて来た不埒な人物に、ガっと腰を掴まれて思わず変な声が出てしまった。



「ひゃあ!」



 握っていた包丁を安全な場所に置き、一拍置いて七海はグリン!と振り返った。

「あっぶな!もー黛君!」

 怒りを露わにまだパジャマ姿にボサボサ頭の男を見上げ、睨みつける。

「包丁持ってる時はやめてって言ってるでしょ!」

 すると叱られた当の本人は、腰に手を当ててプリプリしている嫁を見下ろしながらニヤニヤといかにも楽し気に笑っている。まるで反省の色が見えないことにムッとした七海が再び口を開こうとした時、ご機嫌な様子で黛は判定を下した。

「苗字で呼んだな?」
「えっ……」
「では、遠慮なくいただきます」

 パンッと両手を合わせて黛は七海を拝んだ。そしてすぐにグッと彼女の両頬をその両手でガッチリと挟み込んだ。



「んぐぐ……!」



 そう言えば夕べ、そんな事言ってたな……!と七海が気が付いた時には、もうカプリと噛みつかれた後だった。それから存分に味見されてしまう。

「ふーっ」

 両頬を解放した黛は息を吐いて七海の口元を指で拭い、満足気な溜息を吐いた。それから一転して居住まいを正すと、再び七海の前で手を合わせてこう言ったのだった。



「―――ごちそうさまでした」



 その神妙な表情に、怒っていた七海も何だか肩の力が抜けてプハッと噴き出してしまったから、仕方が無い。しかし直ぐに(これ、本当に外でもやる気かな……いや、黛君ならやるかも)とヒヤリとしたのだった。


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余談ですが、二人とも朝イチで歯を磨く派です。

お読みいただき、誠にありがとうございました!
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