16 / 363
本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
3.突然のお誘い
しおりを挟む
「お先に失礼します」
そう言って廊下に出た時、七海のスマホが震えた。
この間放置して新に怒られたばかりだった事を思い出し、七海は慌てて鞄からスマホを取り出した。
「えっ、今?」
何とメッセージを送った主は外で待ち構えているらしい。
事前に連絡くらい入れて欲しいものだと七海は溜息を吐いた。
(まあ忙しいから仕方無いか)
すぐに諦めて、七海は少し早足でエレベーターに飛び込んだ。
会社のビルの前で、ムッツリと機嫌の悪い男が立っている。
ジーンズに白いボタンダウンシャツと言う簡素な装いに、ワンショルダーのリュックを背負っている。傍らには黒いフレームの軽そうなクロスバイク。
何と言う事も無い普通の格好なのに、とてもキラキラして見えるのは何故なのか。
久し振りに会う『友人その二』を目にして、七海は首を傾げた。
「遅い」
と低い声で言われたけれど、こっちはついさっきスマホにメッセージを貰ったばかり。ちゃんと早歩きで降りて来たのに文句を言われる筋合いは無いと、七海は胸を張った。
「そんな事ないよ。どうしたの、仕事は?」
「終わった―――終わらないかと思ったけど。腹減ったからなんか食おうぜ」
黛は、そう言って渋面を崩しニパッと笑った。
高校を卒業して八年、美少年は凛々しい美青年に成長した。激務が続く所為か少し頬がこけて精悍さが増したようで七海はクラクラしてしまう。
「いいけど……」
黛の容姿は七海の好みのドストライクなのだ。
衒いの無い笑顔を向けられると、つい思考が麻痺してしまう。
七海も久し振りに会えた友人を追い返すような真似はしたく無かったので、眩暈に耐えながら押し切られるように頷いたのだった。
黛と七海は高校一年生の時から友人関係にある。
七海が黛に告白した事が切っ掛けだった。黛は名前も知らない七海の告白をアッサリと承諾し、付き合う事になった。当時クラスメイトだった七海に全く関心が無かったのにも関わらず。
七海は違和感を感じ二週間で付き合いを解消する事を提案した。しかし以来、何故か友人関係が続いている。
七海は重度の面食い。そして黛の『顔』は七海の好みそのものだった。
黛は幼馴染の彼女で小学校からの同級生、鹿島唯を好きだった。
元々お互い恋愛感情が無い事に気が付いたのだ。
それから黛に連れられて唯と話すうちに、七海は唯の方と仲良くなってしまった。今では一番の親友と言えるくらいだ。
医大に進学した黛は三月に国家試験に合格し、晴れて大学を卒業した。
現在は研修医として大学病院に籍を置いている。大学時代も寝る暇も無いくらい忙しかったようだが、就職してからは更に忙しそうだった。現に七海は黛と一ヵ月ほど顔を合わせていなかった。メッセージアプリでも数回連絡を取っただけ、それも寝惚けたような唐突なメッセージが来て返事を送っても反応が無いと言うもの。
「なんか、大変そうだね。クマが出来てますよ」
七海が目の下を差すと、黛は笑った。
「寝てないし。ご飯食ったら寝落ちするかも」
「え!私非力だからタクシーまで運べないよ。新君も呼ぼうか」
新は昔からゲームで遊んでくれる黛の事が大好きなのだ。
「新は飲み会。任せられるのはお前しかいない」
黛が七海の肩にポンと手を乗せた。七海はイヤーな顔でその手を見る。
「唯も英語教室だしなぁ。そうだ、信さんを……」
「信と一緒に飲んだら、女が寄って来て大変だから嫌だ。ただでさえ疲れているのに」
「まーねー……」
七海はその可能性を否定できなかった。
結局二人は黛の家から歩いて五分の焼き鳥屋に向かう事になった。七海が帰る時のタクシー代を黛が持つと条件を付加し、合意に至ったのだ。七海は地下鉄で黛はクロスバイクで黛のマンションの最寄り駅で落ち合う事に決まった。
その場で別れると言ったのに、黛は駅まで七海を送り届けてから再びクロスバイクに乗って走り去った。
相変わらず無駄に親切だなぁ、と七海は思った。
黛は時折このような優しさを見せる。
婦女子の心を射抜くシステムが本能に組み込まれているに違いない、と七海は確信した。
しかし何故かつなぎとめるシステムは持ち合わせていないらしい……大学時代も聞くたびに彼女が変わっていた。もういつどんな子と付き合っているか覚えていられない程だ。
駅へ連れ立って歩くそんな二人を見ながらヒソヒソ話しているのは、またしても七海と同じ課の女性達だった。
そしてまた七海は自分が見られているなどと気が付かないまま、その場を後にしたのだった……。
そう言って廊下に出た時、七海のスマホが震えた。
この間放置して新に怒られたばかりだった事を思い出し、七海は慌てて鞄からスマホを取り出した。
「えっ、今?」
何とメッセージを送った主は外で待ち構えているらしい。
事前に連絡くらい入れて欲しいものだと七海は溜息を吐いた。
(まあ忙しいから仕方無いか)
すぐに諦めて、七海は少し早足でエレベーターに飛び込んだ。
会社のビルの前で、ムッツリと機嫌の悪い男が立っている。
ジーンズに白いボタンダウンシャツと言う簡素な装いに、ワンショルダーのリュックを背負っている。傍らには黒いフレームの軽そうなクロスバイク。
何と言う事も無い普通の格好なのに、とてもキラキラして見えるのは何故なのか。
久し振りに会う『友人その二』を目にして、七海は首を傾げた。
「遅い」
と低い声で言われたけれど、こっちはついさっきスマホにメッセージを貰ったばかり。ちゃんと早歩きで降りて来たのに文句を言われる筋合いは無いと、七海は胸を張った。
「そんな事ないよ。どうしたの、仕事は?」
「終わった―――終わらないかと思ったけど。腹減ったからなんか食おうぜ」
黛は、そう言って渋面を崩しニパッと笑った。
高校を卒業して八年、美少年は凛々しい美青年に成長した。激務が続く所為か少し頬がこけて精悍さが増したようで七海はクラクラしてしまう。
「いいけど……」
黛の容姿は七海の好みのドストライクなのだ。
衒いの無い笑顔を向けられると、つい思考が麻痺してしまう。
七海も久し振りに会えた友人を追い返すような真似はしたく無かったので、眩暈に耐えながら押し切られるように頷いたのだった。
黛と七海は高校一年生の時から友人関係にある。
七海が黛に告白した事が切っ掛けだった。黛は名前も知らない七海の告白をアッサリと承諾し、付き合う事になった。当時クラスメイトだった七海に全く関心が無かったのにも関わらず。
七海は違和感を感じ二週間で付き合いを解消する事を提案した。しかし以来、何故か友人関係が続いている。
七海は重度の面食い。そして黛の『顔』は七海の好みそのものだった。
黛は幼馴染の彼女で小学校からの同級生、鹿島唯を好きだった。
元々お互い恋愛感情が無い事に気が付いたのだ。
それから黛に連れられて唯と話すうちに、七海は唯の方と仲良くなってしまった。今では一番の親友と言えるくらいだ。
医大に進学した黛は三月に国家試験に合格し、晴れて大学を卒業した。
現在は研修医として大学病院に籍を置いている。大学時代も寝る暇も無いくらい忙しかったようだが、就職してからは更に忙しそうだった。現に七海は黛と一ヵ月ほど顔を合わせていなかった。メッセージアプリでも数回連絡を取っただけ、それも寝惚けたような唐突なメッセージが来て返事を送っても反応が無いと言うもの。
「なんか、大変そうだね。クマが出来てますよ」
七海が目の下を差すと、黛は笑った。
「寝てないし。ご飯食ったら寝落ちするかも」
「え!私非力だからタクシーまで運べないよ。新君も呼ぼうか」
新は昔からゲームで遊んでくれる黛の事が大好きなのだ。
「新は飲み会。任せられるのはお前しかいない」
黛が七海の肩にポンと手を乗せた。七海はイヤーな顔でその手を見る。
「唯も英語教室だしなぁ。そうだ、信さんを……」
「信と一緒に飲んだら、女が寄って来て大変だから嫌だ。ただでさえ疲れているのに」
「まーねー……」
七海はその可能性を否定できなかった。
結局二人は黛の家から歩いて五分の焼き鳥屋に向かう事になった。七海が帰る時のタクシー代を黛が持つと条件を付加し、合意に至ったのだ。七海は地下鉄で黛はクロスバイクで黛のマンションの最寄り駅で落ち合う事に決まった。
その場で別れると言ったのに、黛は駅まで七海を送り届けてから再びクロスバイクに乗って走り去った。
相変わらず無駄に親切だなぁ、と七海は思った。
黛は時折このような優しさを見せる。
婦女子の心を射抜くシステムが本能に組み込まれているに違いない、と七海は確信した。
しかし何故かつなぎとめるシステムは持ち合わせていないらしい……大学時代も聞くたびに彼女が変わっていた。もういつどんな子と付き合っているか覚えていられない程だ。
駅へ連れ立って歩くそんな二人を見ながらヒソヒソ話しているのは、またしても七海と同じ課の女性達だった。
そしてまた七海は自分が見られているなどと気が付かないまま、その場を後にしたのだった……。
33
あなたにおすすめの小説
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる