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後日談 黛先生の婚約者
(13)ある日の食卓
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「黛君、聞いても良い?」
「何だ?」
黛の予定に合わせて仕事終わりにマンションに泊まる事になった七海は、ホットプレートに餃子を並べ焼き上がるのを待っている間、何気なく尋ねた。
「玲子さんって、龍一お義父さんと十歳離れているんだよね?もしかしてお見合い結婚なの?」
仕事で多忙な二人は、七海が見る範囲ではほぼ別居婚状態だ。仲は良いようだが関係がアッサリしているような気がする。年も離れているので何となくそう言う印象を彼女は抱いていたのだった。黛が出入りしている本田家の両親も見合い結婚だ。良家の子女はそう言う出会いが多いのかもしれない、と七海は思っていた。
「いや?―――何て言うか……」
黛には珍しく言葉を探すように言い淀んでいる。
(あれ?違ったかな?)
と七海は、重ねて尋ねた。
「じゃ、恋愛結婚?どうやって出会ったの?」
「恋愛結婚―――なんだろうな?今風に言うとつまり―――『出来ちゃった婚』ってヤツ?」
「へえ!」
少し意外だった。何となく龍一と玲子は本田家の両親のように良家の血筋で、手順を踏んで結婚したような印象があった。特に龍一は常に泰然としており、浮ついた印象が無い。
「つーか、玲子はほぼ親父のストーカーだな。振られたのにこっそりアメリカまで追い掛けて泣き落とししたらしい」
「え!」
「結局、親父が折れて絆されたって処なんだろうな、うん」
「情熱的だね……」
「なんせ、ほぼ駆け落ちみたいなもんだからな。俺を堕ろさ無かったから、玲子は親とは絶縁状態なんだ」
「え……」
何でも無い事のように、黛はビールを飲みながら言った。
七海は少しの間言葉を返せずに黙ってしまった。何となく尋ねた事が申し訳なくなってしまったから。
それに気が付いた黛は、ニコリと笑ってテーブルの上の七海の手を握った。
「……そんな顔するなよ。玲子の実家には反対されたけど、玲子と親父は望んで俺を生んでくれたんだから」
「そっか。黛君がそう思ってるんなら……」
「返って煩わしい付き合いが無くて、楽なくらいだぞ」
「フフっ……黛君って」
「何だ?」
「前向きだよね」
そう言えば、と七海は思い出す。結婚したら別居すると主張していた黛は、少し両親に対して素っ気ないような気がしていた。けれども高校生の時、自ら進んで父親と同じ職業を迷いも無く目指すと言っていたのは―――そこに確かな愛情と信頼関係があるからだったのだと、改めて実感する。
そう言ってほんのりと微笑む七海を、黛はジッと見つめる。
何となく甘いムードが漂って来て黛が手に力を籠めた時、七海は「あっ」と叫んでその手を引き抜いた。
「餃子焦げちゃう!」
そう言ってホットプレートの蓋を開けると、水蒸気がもわっと食卓に立ち上り、プレートの上に餃子達がぷりぷりに焼き上がって行儀良く並んでいる。
「大丈夫そうだな」
「良かった~間に合って……!」
ホッと胸を撫で下ろし満面の笑顔になった七海を見ていると、肩透かしを食らった事も何だかどうでも良くなってくる気がする。
七海と一緒に餃子を食べながら、黛は細やかな幸せを噛み締めたのだった。
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ある日の食卓です。山も谷も無しの日常のヒトコマ。
お読みいただき、有難うございました。
「何だ?」
黛の予定に合わせて仕事終わりにマンションに泊まる事になった七海は、ホットプレートに餃子を並べ焼き上がるのを待っている間、何気なく尋ねた。
「玲子さんって、龍一お義父さんと十歳離れているんだよね?もしかしてお見合い結婚なの?」
仕事で多忙な二人は、七海が見る範囲ではほぼ別居婚状態だ。仲は良いようだが関係がアッサリしているような気がする。年も離れているので何となくそう言う印象を彼女は抱いていたのだった。黛が出入りしている本田家の両親も見合い結婚だ。良家の子女はそう言う出会いが多いのかもしれない、と七海は思っていた。
「いや?―――何て言うか……」
黛には珍しく言葉を探すように言い淀んでいる。
(あれ?違ったかな?)
と七海は、重ねて尋ねた。
「じゃ、恋愛結婚?どうやって出会ったの?」
「恋愛結婚―――なんだろうな?今風に言うとつまり―――『出来ちゃった婚』ってヤツ?」
「へえ!」
少し意外だった。何となく龍一と玲子は本田家の両親のように良家の血筋で、手順を踏んで結婚したような印象があった。特に龍一は常に泰然としており、浮ついた印象が無い。
「つーか、玲子はほぼ親父のストーカーだな。振られたのにこっそりアメリカまで追い掛けて泣き落とししたらしい」
「え!」
「結局、親父が折れて絆されたって処なんだろうな、うん」
「情熱的だね……」
「なんせ、ほぼ駆け落ちみたいなもんだからな。俺を堕ろさ無かったから、玲子は親とは絶縁状態なんだ」
「え……」
何でも無い事のように、黛はビールを飲みながら言った。
七海は少しの間言葉を返せずに黙ってしまった。何となく尋ねた事が申し訳なくなってしまったから。
それに気が付いた黛は、ニコリと笑ってテーブルの上の七海の手を握った。
「……そんな顔するなよ。玲子の実家には反対されたけど、玲子と親父は望んで俺を生んでくれたんだから」
「そっか。黛君がそう思ってるんなら……」
「返って煩わしい付き合いが無くて、楽なくらいだぞ」
「フフっ……黛君って」
「何だ?」
「前向きだよね」
そう言えば、と七海は思い出す。結婚したら別居すると主張していた黛は、少し両親に対して素っ気ないような気がしていた。けれども高校生の時、自ら進んで父親と同じ職業を迷いも無く目指すと言っていたのは―――そこに確かな愛情と信頼関係があるからだったのだと、改めて実感する。
そう言ってほんのりと微笑む七海を、黛はジッと見つめる。
何となく甘いムードが漂って来て黛が手に力を籠めた時、七海は「あっ」と叫んでその手を引き抜いた。
「餃子焦げちゃう!」
そう言ってホットプレートの蓋を開けると、水蒸気がもわっと食卓に立ち上り、プレートの上に餃子達がぷりぷりに焼き上がって行儀良く並んでいる。
「大丈夫そうだな」
「良かった~間に合って……!」
ホッと胸を撫で下ろし満面の笑顔になった七海を見ていると、肩透かしを食らった事も何だかどうでも良くなってくる気がする。
七海と一緒に餃子を食べながら、黛は細やかな幸せを噛み締めたのだった。
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ある日の食卓です。山も谷も無しの日常のヒトコマ。
お読みいただき、有難うございました。
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