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番外編・うさぎのきもち
13.花井さん
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花井さんの他愛無い話に頷きながら、カレーを平らげる。
目の前の花井さんは女子らしさ全開で大変可愛らしい。こういうのが目の保養ってヤツなんだろうな。話に中身が無いのもつまらないのも、見た目の可愛らしさでかなりカバーできる。彼女の話は退屈だが、若い女の子は初歩的な営業テクニックで対応するだけで喜んでくれるからストレス無く対応出来て大変楽だ。
愚痴を黙って最後まで聞き、合の手を入れる時は相手の言葉を繰り返すだけ。決して彼女の悩みを解決してやろうとか、役に立ってやろうなんて考えてはならない。この場合注意するのは程好い距離感を保つこと、相手が物足りないと感じるくらいの距離で良い。わかる、わかるよ、と言うだけで、相手は十分満足してくれる。本気の理解や感情移入など、この場合全く必要ない。
聞き手になる俺にとって、実際それはあまり楽しい時間では無いが「戸次さんって優しいですよね、彼女が羨ましいなぁ」なんて御礼を言われると、地の底に落ちた男のプライドがほんのり回復するような気がするから、そういう意味ではメリットがあるとも言える。彼女の甘えが、ここ二~三日でとみに増えてしまった擦り傷に染みるようだ。
しかし『彼女が羨ましい』と言われても、な。……本命の彼女にはこんな余裕のある態度で接するなんて絶対無理だけどね。彼女じゃないから人当たりの良い、いい加減な台詞を吐く事が出来るんだ。仕事みたいなものと割り切って物分かりの良い振りを装える。
長い間一緒にいる相手に本音を隠して付き合うなんて不可能だ。他人だから、自分の人生に関わりない相手だから、考えの足りない事を口にしようが迂闊な真似をしようが『わかるよ』『あまり無理しなくても大丈夫だよ』なんて言えるんだ。
だって出来ない所があれば直すべきだし、愚痴っている暇があるならその間にやれる事がもっとある筈だ。俺も上司についての愚痴を言って気を紛らわせているので大きな事は言えないが、本音ではこう思っている。そしてそれは、みのりが最も言いそうな台詞だった。
みのりなら、こう言う下らない愚痴は言わないだろう。愚痴を言うくらいなら、手や頭を動かした方が早い!と、言って退けるくらいサッパリした女だ。だから付き合い易かった。
とは言え、結局こうして出て行かれている訳だから、本命に対する俺の扱いは間違っていたのかもな。……なんて、今更か。
食事も終わり、花井さんの話も一区切りついたので、俺は注文票を手にして立ち上がった。
「じゃあ、出ようか」
「はい」
花井さんも頷いて立ち上がる。
俺が支払った方が良いんだろうな、一応「座ったら」って誘った側だし。派遣さんに払わせるのも、なぁ。と、支払いをしようとした俺を、花井さんが慌てて制した。
「あの!自分の分は払います。いろいろお話聞いていただきましたし……っ」
一応ちゃんと、財布を出してくれるのは好感度マルだよな。と思いつつ、笑って「いいよ、いいよ。俺が座れって言ったんだし」といなした。
すると少し頬を染めて花井さんは「ありがとうございます」と頷く。うん、素直でよろしい。
『スイマセン』より『ありがとう』のが良いよな。
この子はそういう所を、よく心得ている。
みのりはそう言うの、苦手なんだよな。頭が好過ぎるのか、偶にグサリと胸を刺すような事を平気で口にする事がある。サッパリして付き合い易い部分がある反面、そう言う可愛げの無い所があった。やり込められた時はムカムカと苛立って、暫く居心地悪く感じたものだ。これまで喧嘩らしい喧嘩をした事は無いけれど、そう言う事は度々あったんだよな……。
みのりの事をボンヤリ考えながら、花井さんの他愛無い世間話や社内の噂話に頷きつつ長町駅まで歩いた。
「じゃ、俺こっちだから」
と改札で手を上げて踵を返すと、ビン!と上着の裾が引っ掛かった。
「?」
振り向くと、花井さんが俯いたまま俺のスーツの裾を握っている。
「どうかした?」
まだ言い足りない愚痴があるのか?
女性陣の確執とか、上司のセクハラギリギリの態度とか。
「あの」
花井さんは逸らしていた視線をツイッと上げて、上目遣いに俺を見た。
「もう少し……一緒にいてくれませんか?」
目の前の花井さんは女子らしさ全開で大変可愛らしい。こういうのが目の保養ってヤツなんだろうな。話に中身が無いのもつまらないのも、見た目の可愛らしさでかなりカバーできる。彼女の話は退屈だが、若い女の子は初歩的な営業テクニックで対応するだけで喜んでくれるからストレス無く対応出来て大変楽だ。
愚痴を黙って最後まで聞き、合の手を入れる時は相手の言葉を繰り返すだけ。決して彼女の悩みを解決してやろうとか、役に立ってやろうなんて考えてはならない。この場合注意するのは程好い距離感を保つこと、相手が物足りないと感じるくらいの距離で良い。わかる、わかるよ、と言うだけで、相手は十分満足してくれる。本気の理解や感情移入など、この場合全く必要ない。
聞き手になる俺にとって、実際それはあまり楽しい時間では無いが「戸次さんって優しいですよね、彼女が羨ましいなぁ」なんて御礼を言われると、地の底に落ちた男のプライドがほんのり回復するような気がするから、そういう意味ではメリットがあるとも言える。彼女の甘えが、ここ二~三日でとみに増えてしまった擦り傷に染みるようだ。
しかし『彼女が羨ましい』と言われても、な。……本命の彼女にはこんな余裕のある態度で接するなんて絶対無理だけどね。彼女じゃないから人当たりの良い、いい加減な台詞を吐く事が出来るんだ。仕事みたいなものと割り切って物分かりの良い振りを装える。
長い間一緒にいる相手に本音を隠して付き合うなんて不可能だ。他人だから、自分の人生に関わりない相手だから、考えの足りない事を口にしようが迂闊な真似をしようが『わかるよ』『あまり無理しなくても大丈夫だよ』なんて言えるんだ。
だって出来ない所があれば直すべきだし、愚痴っている暇があるならその間にやれる事がもっとある筈だ。俺も上司についての愚痴を言って気を紛らわせているので大きな事は言えないが、本音ではこう思っている。そしてそれは、みのりが最も言いそうな台詞だった。
みのりなら、こう言う下らない愚痴は言わないだろう。愚痴を言うくらいなら、手や頭を動かした方が早い!と、言って退けるくらいサッパリした女だ。だから付き合い易かった。
とは言え、結局こうして出て行かれている訳だから、本命に対する俺の扱いは間違っていたのかもな。……なんて、今更か。
食事も終わり、花井さんの話も一区切りついたので、俺は注文票を手にして立ち上がった。
「じゃあ、出ようか」
「はい」
花井さんも頷いて立ち上がる。
俺が支払った方が良いんだろうな、一応「座ったら」って誘った側だし。派遣さんに払わせるのも、なぁ。と、支払いをしようとした俺を、花井さんが慌てて制した。
「あの!自分の分は払います。いろいろお話聞いていただきましたし……っ」
一応ちゃんと、財布を出してくれるのは好感度マルだよな。と思いつつ、笑って「いいよ、いいよ。俺が座れって言ったんだし」といなした。
すると少し頬を染めて花井さんは「ありがとうございます」と頷く。うん、素直でよろしい。
『スイマセン』より『ありがとう』のが良いよな。
この子はそういう所を、よく心得ている。
みのりはそう言うの、苦手なんだよな。頭が好過ぎるのか、偶にグサリと胸を刺すような事を平気で口にする事がある。サッパリして付き合い易い部分がある反面、そう言う可愛げの無い所があった。やり込められた時はムカムカと苛立って、暫く居心地悪く感じたものだ。これまで喧嘩らしい喧嘩をした事は無いけれど、そう言う事は度々あったんだよな……。
みのりの事をボンヤリ考えながら、花井さんの他愛無い世間話や社内の噂話に頷きつつ長町駅まで歩いた。
「じゃ、俺こっちだから」
と改札で手を上げて踵を返すと、ビン!と上着の裾が引っ掛かった。
「?」
振り向くと、花井さんが俯いたまま俺のスーツの裾を握っている。
「どうかした?」
まだ言い足りない愚痴があるのか?
女性陣の確執とか、上司のセクハラギリギリの態度とか。
「あの」
花井さんは逸らしていた視線をツイッと上げて、上目遣いに俺を見た。
「もう少し……一緒にいてくれませんか?」
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