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番外編
はじまりの水色のたまご 後編
しおりを挟む次の日、朝早く起きて、ベッドを抜け出すと裏庭に向かった。
水色のたまごの殻は、孵化した途端に女の子のドレスになって無くなってしまった。だけど、きっと天使は生まれた場所に戻ってくると思ったんだ。
ごそごそと生垣の辺りを探っていると、文字通り、フェルナンドに首根っこを掴まれて捕獲された。
そしてそのまま母上の元に連れて行かれると、困った顔の母に告げられた。
「あのね、ディーン。まだ私たちは顔合わせしていなかったのだけれど、昨日の水色の女の子は、あなたのお兄様の婚約者になった子なの。シルフィード公爵家のミレーヌちゃんよ。」
「兄上の婚約者?」
お兄様、と言われて、半分血の繋がっているはずの兄上の顔を思い浮かべる。
王宮の庭園をよくウロついているアレか。
「どうして僕の天使が、兄上の婚約者なのですか?昨日、生まれたばかりじゃないですか?」
「ディーン、、、う~ん。あなたの目には、昨日、たまごから生まれたように見えたかもしれない。けれどそうではないのよ。
だからあなたがお世話をする必要は無いの。ミレーヌちゃんにはアルフリート殿下が居るから。」
母は思い込みの激しい3歳児の僕に、ゆっくりと言い聞かせるように言った。
僕のじゃ、無い?
どうして?
意味が分からない。分からないけれど、、、、現実は理解した。
よしっ、つぶそう。
「・・・ディーン?声に出ているわよ?」
「・・・ナンノコト、デスカ?」
・・・こっそりやれば。
「だから、声に出ているってばっ。ここで物騒な言葉を言うのは止めよう、ねっ。ほらっ、私は平和主義派だから!」
母上が?・・・平和主義?
しょうがないな、平和的解決を目指すなら、、、。
じぃーっと母の顔を見ていると、母は大きくため息を吐いた。
「まだディーンは3歳だったわ。聡明で神童だと言われていても感情は普通の3歳児、だよね。」
僕の目の前でしゃがんだ母上は、目線を合わせて話を続ける。
「いい、ディーン?アルフリート殿下の婚約は王命で決まった事なの。
殿下がひどくミレーヌちゃんを蔑ろにしたり、ミレーヌちゃんが嫌がっていないのなら、あなたは邪魔をせず、ちゃんと二人を祝福してあげないといけないわ。
もし、婚約が上手くいっていなかったとしても、あなた個人の感情で、国王陛下が決めた婚約を壊してはならないのよ。
思惑がどうあれ、正式に決められた婚約を、第三者がどうこうするのは許されてはいないの。勿論、本人同士もね。それはどうしてか、分かるわね?」
まだ普通の3歳児、に話す内容ではないと思う。
母上を見つめて、そう思っていると不意に抱きしめられた。
「そうね、こんな話は、あなたにはまだ早かったわ。
諦めろ、と言うのも我慢しろ、と言うのも、、、。
私はあなたの感情を否定する気は無いわ。だから泣かないで?」
母に抱きしめられて聞こえてきた声は、しっかりと抱き込まれている僕には少し遠くに聞こえた。
そうして気付かない内に、僕の翠色の瞳からは涙が溢れていたらしい事を、母上の胸元の、だんだんと広がっていくドレスのシミで実感した。
それから程なくして、母上と僕もミレーヌに挨拶をする機会があった。
会った瞬間に『天使っ』と小さく呟いたミレーヌに、涙が出そうになったのは内緒だ。母上とフェルナンドにはバレていたようだけれど。
それからも時折、裏庭にカラフルなたまごが出来ている事があった。
彼女は王子妃教育で辛かったり落ち込んだりすると、こっそりと裏庭に来る。
そして両手に顔を埋め、体を丸めて泣き伏している内に、泣き疲れて眠ってしまうらしい。
あの体勢は母親のお腹の中に居た頃のようで落ち着くのかも知れないな。
僕はそれを見つけては、起きるまで見守っていた。僕が来た事に気づかれた時には、隠し持っていたお菓子をミレーヌの口に入れて誤魔化した。
母上とは約束をしていたんだ。
・決して二人の仲を壊すような事はしてはならない。
・必要以上にミレーヌには近づいてはいけない。
・自分の気持ちを押しつけてもいけない。
と。けれど、母上はこうも言ってくれた。
例え、叶う事はなくても気が済むまで好きでいればいい。
ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー
僕は昔の事を思い出しながらベッドの上の、昔よりも大きな卵に近づいた。
ベッドが揺れた事に気付いたのか、大きな卵がふるりと揺れる。
あぁ、やっぱりあの時と一緒だ。
そっとシーツを取ろうとする僕の手と卵が孵るのは同時だった。
髪は乱れて目を真っ赤に泣き腫らしていても、やっぱりミレーヌは可愛いままだ。奇しくもシーツの下のミレーヌは水色のドレスを着ている。
茶会から戻って、そのままたまごになってしまったんだな。
「僕の天使だ。」
今度は声は重ならない。
キョトンとした顔のミレーヌは起き抜けで、まだ思考が正常に働いていないらしい。
「ミレーヌ、具合が悪いって聞いたけれど、何があったの?」
僕の言葉にビクリと肩を揺らすミレーヌ。
「大丈夫。僕はいつもミレーヌの味方だし、ミレーヌだけを愛しているんだ。
ミレーヌが卵になっちゃう程、落ち込んでいる理由を僕に教えて?」
「たまご、、、?」
小首を傾げて呟く彼女は、3歳の頃の僕が、ミレーヌを『水色のたまご』だと思い込んでいた事を知らない。
それでもさっきの自分の姿から想像したのか、ミレーヌはクスリと笑った。その小さな小鳥の囀りのような笑い声も、元気の無い微笑みも全てが愛おしい。
ミレーヌに話を聞くのも後でいい。どうせミレーヌを傷つけた奴らの未来なんて決まっているんだ。
「今日は二人で、一緒にたまごになって眠ろうか。」
僕はもう一度、シーツをフワリと彼女に被せて、たまごが壊れないようにそっと抱きしめる。
そうしてその夜は、二人で笑い合って、抱きしめ合いながら眠ったんだ。
翌朝、ミレーヌが卵になった理由を聞くよりも先に、彼女の悩みはアッサリと解決する。
それは彼女の体調を心配して、念の為に呼んだ侍医によって告げられた言葉からだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ディーン視点(ほぼ3歳児視点)での番外編でした。
期待とは違った方向の番外編だったら申し訳ありません。
ミレーヌの断罪付近まで成長させたかったのですが、
幾つかのエピソードが纏めきれず、書き口を変えたり戻したり。
結局、今回は一つのエピソードに絞って書く事にしました。
書けなかったエピソードも形にしたいと思っていますが、、、、頑張ってみます。
いつの間にか、「完結」に変わっていたら済みません。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
応援ありがとうございます!
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