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聖騎士ウィル
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「マハークベ神様・・・」
ポツリとそう呟いて歩き出したミーシェに、ウィルは何も言わずに一緒に歩き出した。
彼女はきっと自分が歩き出した事にも気付いていないのだろう。
暫くして我に返って慌てるミーシェに、ウィルはニコリと微笑んで『問題ない』と言葉を返す。
言祝ぎの聖女が言祝ぎ草を見て、何かを感じ歩き出したのなら、それが進むべき正しい道なのだとウィルには思えた。
あまり会話をした事は無かったが、ウィルはミーシェが『言祝ぎの聖女』であると、いや、当然の事と受け止めていた。
あの神聖な『選定の儀』の場で、黄色い花弁の言祝ぎ草を咲かせたミーシェの何を疑うというのだろう?
けれど、ミーシェは断罪された。
王太子ヴァイスによる断罪を誰も止める事は出来なかった。
ミーシェが言祝ぎの聖女である事はその場の誰もが分かっていた筈だ。けれど王太子に意を唱える者などいなかった。
聖女だけでなく聖騎士も神殿関係者も、ミーシェが新年に行われる『言祝ぎの儀』で言祝ぎの聖女となる事に、内心は快く思っていないだろう事にウィルは薄々気付いていた。
今まで平民出身の聖女が、言祝ぎの聖女に選ばれた事が無いのも広く知られている事実だった。元々、平民から聖女となる者が出る事自体が稀だったのだ。
あの場に居た誰もがミーシェの味方になる事がなかったのは当然の結果だったとも言える。
それにプライドばかりが高く、傲慢で碌に聖女の務めを果たさないあのラヴィーナが、自分を差し置いて、平民のミーシェが言祝ぎの聖女になるなど許しはしないだろう事に聖女たちが気付かぬ筈はない。
彼女の意に背くのは死を意味するものだと日頃から肌身に染みていた事だろう。ミーシェを除いては。
だがそうは言っても選定の儀は王族を始め多くの人の前で行われる神事の一つだ。そこでの決定を覆す事など出来はしないだろう。
誰もがそう思っていただろうに。
それがまさかあのような事態になるなど、誰が予想出来ただろうか。
この国の王太子ヴァイスは公明正大で誠実な人との評価も高く、ウィルも常々そのように思っていた。
それがどうして一方の言葉だけを信じてしまうような愚か者に成り下がってしまったのか。
訴えたのが自身の婚約者だったからか。それとももっと違う要因でもって、ヴァイスの身に何かが起きてそうなったのかは分からない。
だがミーシェの処遇が国外追放のみ、と聞いた時、ウィルは怪しんだ。分かりきった冤罪ではあるが、言祝ぎの聖女の座を不当に奪う行為がそれだけで済むとは思えなかった。
いかにヴァイスの温情があったとしても、ミーシェから言祝ぎの聖女の座を奪ったラヴィーナが、ミーシェを生かしておくなどあり得ない。
だからウィルは隣国シーヴァとの国境までミーシェを護送する聖騎士の役目に立候補した。
立候補せずとも聖騎士の中でミーシェと同じく、平民出身のウィルにこの役目が押し付けられる事は分かっていた。それでも念の為にウィルは自ら立候補したのだ。
立候補したウィルを見る聖騎士たちの嘲るような目に、ウィルはいよいよただの国外追放だけでは済まないのだろうと確信した。
しかし、まさか馬車ごと崖から落とされる事になるとは!
ウィルの予想では、護送用の馬車を監視する様に馬で並走していた二人の聖騎士が、隣国シーヴァとの国境に着いた時に事を起こすのだと思っていた。
馬車の御者を人数に入れても三対一。監視役の二人の聖騎士は高位貴族の次男と三男で、婿入り先が見つかるまでの腰掛け騎士だった。
ウィルはいつも彼らのプライドを傷つけないよう訓練ではこっそりと勝ちを譲っていた。
だからウィル一人でもミーシェを守り切れると思っていた。
だがヤツらは国境まで馬車を監視するのも面倒くさがり、人に刃を向ける度胸もない腰抜けだったようだ。自らの手を汚さずに、出発して半日も経たずに馬車を谷底に落とす方を選んだのだから。
確かに聖女を葬る確実な方法だったといえよう。
だが俺たちは生きている。そしてヤツらは容易には生死の確認をする事は出来ない筈だ。
崖を降りる道など無く、馬車が落ちた場所へと確認に行くには早くても一日は掛かる。
愚かしく、そして間抜けなヤツらだ。
さて、聖女の扱いをどうすべきか。
ウィルはミーシェの後を歩きながら思案する。
「そのつもりは無かったのだがな」
あの王太子は、彼の国は、いつ自分達の過ちに気付くのだろうか。
何かを望んでツィオーニに来た訳ではない。
目的があって聖騎士を目指した訳でもない。
だが、救いの神が手を差し伸べてきたのなら、慎んでその手を取るべきだろう。
こうなる事を見越してミーシェに接してきた訳ではない。
あの怠惰で汚職に塗れた大神殿の中で、ただ一人、粛々と聖女の務めを果たしていたミーシェにウィルは敬意を払っていた。
自分が育てている言祝ぎ草の鉢に語りかけながら世話をする彼女を何度も見かけた。
他の聖女たちから理不尽に叱責されている姿も見かけた。
だが偶に声を掛けるぐらいで、彼女を助けようとも慰めようとも思った事はない。
ミーシェが大神殿の中で目立たずひっそりと静かに過ごしたいと思っていた様に、ウィルもまた目立たず静かに生きたいと願っていた。
それは成功していたとは言えないが、あの大神殿の中で平民のウィルに本気で深く関わろうとする者はいなかった。
このままツィオーニで生きていくつもりだったのにな。
それでもウィルに後悔の念はない。命の危険に晒されはしたが、ミーシェを守る事が出来事を誇りに思う。
まさか祖国の地に再び踏み入れることになるとは思わなかった。
ウィルの記憶が確かなら、もうすぐあの湖に着く。
マハークベ神に導かれ、言祝ぎの聖女とともにあの湖にー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでお読み下さりありがとうございます。
ポツリとそう呟いて歩き出したミーシェに、ウィルは何も言わずに一緒に歩き出した。
彼女はきっと自分が歩き出した事にも気付いていないのだろう。
暫くして我に返って慌てるミーシェに、ウィルはニコリと微笑んで『問題ない』と言葉を返す。
言祝ぎの聖女が言祝ぎ草を見て、何かを感じ歩き出したのなら、それが進むべき正しい道なのだとウィルには思えた。
あまり会話をした事は無かったが、ウィルはミーシェが『言祝ぎの聖女』であると、いや、当然の事と受け止めていた。
あの神聖な『選定の儀』の場で、黄色い花弁の言祝ぎ草を咲かせたミーシェの何を疑うというのだろう?
けれど、ミーシェは断罪された。
王太子ヴァイスによる断罪を誰も止める事は出来なかった。
ミーシェが言祝ぎの聖女である事はその場の誰もが分かっていた筈だ。けれど王太子に意を唱える者などいなかった。
聖女だけでなく聖騎士も神殿関係者も、ミーシェが新年に行われる『言祝ぎの儀』で言祝ぎの聖女となる事に、内心は快く思っていないだろう事にウィルは薄々気付いていた。
今まで平民出身の聖女が、言祝ぎの聖女に選ばれた事が無いのも広く知られている事実だった。元々、平民から聖女となる者が出る事自体が稀だったのだ。
あの場に居た誰もがミーシェの味方になる事がなかったのは当然の結果だったとも言える。
それにプライドばかりが高く、傲慢で碌に聖女の務めを果たさないあのラヴィーナが、自分を差し置いて、平民のミーシェが言祝ぎの聖女になるなど許しはしないだろう事に聖女たちが気付かぬ筈はない。
彼女の意に背くのは死を意味するものだと日頃から肌身に染みていた事だろう。ミーシェを除いては。
だがそうは言っても選定の儀は王族を始め多くの人の前で行われる神事の一つだ。そこでの決定を覆す事など出来はしないだろう。
誰もがそう思っていただろうに。
それがまさかあのような事態になるなど、誰が予想出来ただろうか。
この国の王太子ヴァイスは公明正大で誠実な人との評価も高く、ウィルも常々そのように思っていた。
それがどうして一方の言葉だけを信じてしまうような愚か者に成り下がってしまったのか。
訴えたのが自身の婚約者だったからか。それとももっと違う要因でもって、ヴァイスの身に何かが起きてそうなったのかは分からない。
だがミーシェの処遇が国外追放のみ、と聞いた時、ウィルは怪しんだ。分かりきった冤罪ではあるが、言祝ぎの聖女の座を不当に奪う行為がそれだけで済むとは思えなかった。
いかにヴァイスの温情があったとしても、ミーシェから言祝ぎの聖女の座を奪ったラヴィーナが、ミーシェを生かしておくなどあり得ない。
だからウィルは隣国シーヴァとの国境までミーシェを護送する聖騎士の役目に立候補した。
立候補せずとも聖騎士の中でミーシェと同じく、平民出身のウィルにこの役目が押し付けられる事は分かっていた。それでも念の為にウィルは自ら立候補したのだ。
立候補したウィルを見る聖騎士たちの嘲るような目に、ウィルはいよいよただの国外追放だけでは済まないのだろうと確信した。
しかし、まさか馬車ごと崖から落とされる事になるとは!
ウィルの予想では、護送用の馬車を監視する様に馬で並走していた二人の聖騎士が、隣国シーヴァとの国境に着いた時に事を起こすのだと思っていた。
馬車の御者を人数に入れても三対一。監視役の二人の聖騎士は高位貴族の次男と三男で、婿入り先が見つかるまでの腰掛け騎士だった。
ウィルはいつも彼らのプライドを傷つけないよう訓練ではこっそりと勝ちを譲っていた。
だからウィル一人でもミーシェを守り切れると思っていた。
だがヤツらは国境まで馬車を監視するのも面倒くさがり、人に刃を向ける度胸もない腰抜けだったようだ。自らの手を汚さずに、出発して半日も経たずに馬車を谷底に落とす方を選んだのだから。
確かに聖女を葬る確実な方法だったといえよう。
だが俺たちは生きている。そしてヤツらは容易には生死の確認をする事は出来ない筈だ。
崖を降りる道など無く、馬車が落ちた場所へと確認に行くには早くても一日は掛かる。
愚かしく、そして間抜けなヤツらだ。
さて、聖女の扱いをどうすべきか。
ウィルはミーシェの後を歩きながら思案する。
「そのつもりは無かったのだがな」
あの王太子は、彼の国は、いつ自分達の過ちに気付くのだろうか。
何かを望んでツィオーニに来た訳ではない。
目的があって聖騎士を目指した訳でもない。
だが、救いの神が手を差し伸べてきたのなら、慎んでその手を取るべきだろう。
こうなる事を見越してミーシェに接してきた訳ではない。
あの怠惰で汚職に塗れた大神殿の中で、ただ一人、粛々と聖女の務めを果たしていたミーシェにウィルは敬意を払っていた。
自分が育てている言祝ぎ草の鉢に語りかけながら世話をする彼女を何度も見かけた。
他の聖女たちから理不尽に叱責されている姿も見かけた。
だが偶に声を掛けるぐらいで、彼女を助けようとも慰めようとも思った事はない。
ミーシェが大神殿の中で目立たずひっそりと静かに過ごしたいと思っていた様に、ウィルもまた目立たず静かに生きたいと願っていた。
それは成功していたとは言えないが、あの大神殿の中で平民のウィルに本気で深く関わろうとする者はいなかった。
このままツィオーニで生きていくつもりだったのにな。
それでもウィルに後悔の念はない。命の危険に晒されはしたが、ミーシェを守る事が出来事を誇りに思う。
まさか祖国の地に再び踏み入れることになるとは思わなかった。
ウィルの記憶が確かなら、もうすぐあの湖に着く。
マハークベ神に導かれ、言祝ぎの聖女とともにあの湖にー。
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