天女を空に還すとき

入海月子

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 だんだん俺の生活は荒んでいった。
 仕事は最低限だけ受けて、シーナのいない虚しさを酒でごまかし、食事はしたりしなかったり。
 同情した幼なじみのチナツが俺の身の回りの世話を焼き始めた。

「放っといてくれ」
「そうはいかないわよ。ほら食べて。イワメの塩焼き、好きでしょ?」

 俺に食べさせるように身を寄せてくるチナツを押し返す。
 シーナがいなければ、生きるのも虚しい。
 彼女が戻らないなら、このまま朽ち果ててしまいたい。
 そう自暴自棄になる俺をチナツがなだめ、なんとか人間らしい生活を送らせてくれた。
 小さい村だ。それが噂になるのも早い。

 俺の家に通うチナツを娶れという圧力を感じるようになり、俺は何度めかの言葉をチナツに投げかけた。

「もう来るな。俺に構っててもいいことないぞ?」
「放っておけないよ。……だって、好きなんだもん」

 チナツが抱きついてきた。
 彼女は気立てもよく顔も可愛らしいし、結婚相手として言うことない。
 だが、俺の心は動かなかった。

(シーナじゃないと駄目なんだ)

 やんわりと押し返そうとしたところで、ドアが開いた。
 幻覚が見えたかと思った。

「シーナ……?」

 そこには目を見開いて、ショックを受けたような顔のシーナがいた。
 彼女は悲しげに瞬くと、走り去った。

「シーナ!」

 チナツを振りほどいて、追いかける。
 家のすぐ近くで捕まえて、後ろから抱きしめる。
 もう逃げられないようにしっかりと。

「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったの……」

 小さくつぶやく声を聞き咎める。

「邪魔ってなにをだ?」

 シーナの身体を反転させて、愛しい顔を覗き見る。

「ここでは何年も経ったのでしょうね。あなたが新しい家庭を築いていても仕方ないわ」

 目を逸らして言ったシーナの唇が震え、涙が一筋落ちた。
 やっと帰ってきてくれたのに、よりによってあんな場面を見られるとは!
 俺は自分の迂闊さを呪った。
 もっと早くチナツを遠ざければよかった。

「新しい家庭など作ってない! 俺はお前をずっと待っていたんだ! お前じゃないと駄目なんだ!」
「でも……」
「さっきのは幼なじみだ。俺に同情して来ただけだ」
「同情?」
「あぁ。お前がいないと生きるのもままならなくなった俺を同情したんだ。でも、誓ってなにもない!」

 そう言うと、ようやくシーナは俺の目を見てくれた。

「ごめんなさい。遅くなって……」

 謝罪なんてどうでもいい。ただ戻ってきてくれたのであれば。
 もう二度と会えないと思っていた最愛の女の顔を眺め、口づけた。
 かぐわしいシーナの香りが鼻孔をくすぐる。
 唇を割って舌を入れると懐かしいシーナの味がして、目が熱くなった。
 俺はただひたすらに、シーナの口を吸い、体に手を這わせ、彼女の実存を確かめた。
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