文字の大きさ
大
中
小
19 / 30
【番外編】
サアラの気がかり
「…………レクルム………レクルム」
か細い声で呼ばれて、レクルムは目を覚ました。
腕に抱えていたはずのサアラがいないと思ったら、壁際に転がっていっていた。
レクルムがじっと固まったように寝るのに対して、サアラは割と寝相が悪い。
彼女のそばに近寄って見ると、眼鏡なしのぼんやりとした視界でも、彼女が眉をひそめ、うなされているのが見えた。
「レクルム……」
切なそうに彼の名を呼び、手を伸ばしたサアラを後ろから抱き込んで、手を握ってやると、ほぉっと溜め息をついて、サアラは安心したように微笑んだ。
(かわいい……)
毎日朝から晩まで眺めているのに見飽きないどころか、ますます愛しく思える彼女に口づけを落とす。
くるりと寝返りを打ってレクルムの方を向いたサアラは、彼の胸に顔を擦り寄せた。
そのかわいい顔にそっとキスをする。
昨夜も愛しすぎてしまって、疲れてぐっすり眠っているサアラは、まったく目覚める様子はない。
どこまで愛しく思わせるんだろう。もう差し出すものはないもないというのに。
身も心も命でさえもすでに彼女に差し出している。
(強いて言えば、あれかな)
近いうちになんとかしなくてはとレクルムは改めて思った。
ここに来てから半年ほど経って、生活のリズムができてきた。
普段はサアラと海岸べりを散歩したり、二人でくっついて本を読んだりとまったり暮らしているが、生業としてレクルムは魔道具を作って、街に売りに行ってもいる。
試しに置いてもらった魔道具屋が彼の技術を高く評価してくれて、領主や行商にどんどん売り込んでくれるようになったので、最近は少し忙しくなってきた。
サアラを腕に抱き、幸せな時間ではあるが、一旦目が覚めると、それ以上は眠れず、レクルムは起きることにした。
彼女を起こさないようにそっと身を離し、ベッドから降りると、枕元に置いてあった眼鏡をかける。
幸せそうに眠るサアラの顔がくっきり見えて、やっぱりかわいいとその髪を撫でた。
顔を洗って服を着替えて、朝食を作ることにする。
ひとり暮らしが長いレクルムは、もともと簡単な料理は作れたものの、そんなに意欲はなかったので、食堂で済ますことが多かったが、サアラに美味しいものを食べさせてやりたいと思ったら、料理にはまった。
元来器用な彼は、本や店で新たなレシピを入手すると、次々とチャレンジして、サアラを喜ばせた。
サアラの笑顔を思い浮かべるだけで、レクルムは顔が緩んでしまう。
黙っていると不機嫌に見える彼だったが、サアラのことを考えているときは口元が綻んでいて、つまりこのところは常に微笑みを湛えていたので、街を歩くと女の子たちが釘づけになっていた。
もちろん、レクルムがそれを気にするはずもなかったが。
(今日はエッグベネディクトを作ろう)
先日卵を買ったときに教えてもらったレシピだ。
女の子が好きな味だと言う店主の言葉に、近いうちに作ろうと思っていたのだ。
昨日焼いたマフィンを半分に切り、燻製ベーコンを厚めに切る。
沸かした湯に酢と塩を入れ、そこにそっと卵を割り入れて、ポーチドエッグを作る。
ベーコンを焼こうとして、ちょっと早いかと思い、サラダを作ることにした。
サアラが好きだから、レタスをちぎった中に、アボカドをブロック状に切って、ミニトマトと混ぜる。
手作りのドレッシングをかけたら完了だ。
彩りもよく満足してレクルムが頷いたとき、「レクルム! ここにいた!」とサアラがキッチンに飛び込んできた。
『だから、キッチンにでもいるんじゃないって言ったでしょ?』
サアラの胸元でレクルムのペンダントが揺れながら、つぶやいた。
彼女の防御のために肌身離さず付けているように言っているのだ。
レクルムの独占欲の象徴でもあったが。
「だって、目が覚めたらレクルムがいないから……」
『あんなに毎晩愛されて、なにがそんなに不安なの?』
『そうよ! すぐ脱がされて、私の出番なんて、ほとんどないじゃない!』
夜着まで参戦してきて、サアラは顔を赤らめた。
「だって……」
物たちと話しているようなサアラの腰を引き寄せて、レクルムは彼女の額にこつんと自分の額をつけた。
「ごめんね? ぐっすり寝てたから」
チュッと唇をついばむと、サアラはますます赤くなった。
かわいらしいその姿にレクルムは目を細めるが、最近、サアラが今みたいに少し不安げなのが気になった。
「サアラ、なにか気になることあるの?」
先ほども夢でうなされていた。
彼女にはなんの憂いもなく微笑んでいてほしいのにと思う。
「ううん。ただ、幸せすぎて、怖いだけ」
今まで生きてきた状況と正反対の、レクルムに守り愛されて暮らす生活はとても幸せだったが、夢だったらどうしようという不安が絶えずサアラにつきまとっていた。
彼女は困ったように微笑んで、レクルムを見上げる。
(いつまでこうしてレクルムと暮らせるんだろう)
いつか彼に愛想を尽かされる日が来るのではないかとサアラは思っている。
レクルムと暮らすようになって、自分がなにも知らないし、なにもできないことを痛感している。
レクルムは、基本、サアラがいなくてもなんでもできる。
魔道具は作れるし、料理もできるし、掃除も得意だ。
一方、サアラは掃除はできるけど、料理は勉強中だし、気づくとすぐレクルムがやってしまうので、ただただ養われているだけになっている。
レクルムはひとりでも生きていけるけど、サアラがひとりになると途端に行き詰まるだろう。
本当はひとりでは……サアラなしでは生きられないのはレクルムの方だったが、彼女は全然わかっていなかった。
「バカだね。怖がることはなにもないのに」
愛おしい彼女をギュッと抱きしめて、レクルムは笑った。
「朝食を仕上げるから着替えておいで」
レクルムが言うとサアラが口を尖らせた。
「たまには私にも作らせて?」
「別にいいよ。サアラのために作るのがうれしいから」
そう言われてしまうと、サアラは頬を染めて黙るしかない。
「ありがとう……」
そうつぶやくと、彼女は着替えに行った。
それを見送ると、レクルムは昨夜の残りのコンソメスープに火をいれ、ベーコンとマフィンを焼き始めた。
そして、上にかけるソースを手早く作る。マフィンの上にベーコンとポーチドエッグを乗せ、ソースをかけたら、出来上がりだ。
彼がテーブルに皿を並べていると、サアラが戻ってきて、手伝ってくれる。
「美味しそう!」
サアラが料理を見て、目を輝かせた。
「エッグベネディクトっていうんだって」
「えっぐべ……?」
「エッグベネディクト。卵を割って、黄身と絡めながら食べてね」
へぇぇーとサアラは感心して、皿を眺める。
言われた通り、ナイフで卵を割ると、とろりと黄身が溢れてとても美味しそうだ。
「いただきまーす」
ベーコンとマフィンも切り分けて、パクッと一口頬張ると、サアラは幸せそうに微笑んだ。
「美味しい……」
気に入ってもらえたのがうれしくて、レクルムも微笑んだ。
美味しいものを食べているときのサアラは本当にかわいい。この笑顔が見たくて、レクルムはどんどん料理の腕を上げていくのだった。
「そうだ。今日は魔道具の納品に行くんだけど、サアラはどうする?」
「ついていっていいですか?」
「うん、もちろん」
心配性のレクルムは、未だに彼と一緒のときしか街へ行かせてくれない。
彼の代わりに食材を買ってきたり、なにか用事を済ませたりしたいと思うのだが、レクルムは『かわいすぎて拐われそう』と大真面目な顔で言うのだった。
「じゃあ、買い物したり、ランチしたりしよう」
「もう服も靴も要りませんよ?」
レクルムの言葉にサアラは慌てて釘を刺す。
この半年でサアラの持ち物は増える一方で、大量の物に囲まれて、サアラは目を回していた。
クローゼットを開くと、服たちが『私を着て~!』とアピールしてくるし、靴は『その服なら僕(私)が合うと思うよ』と勝手にコーディネイトしてくれる。
今日のサアラはラズベリー色のワンピースを着ているのだが、それを選んだとき、一斉に溜め息が響いて、『まだ一度も着てもらってないわ……』などという声にサアラは胸を痛めた。
幸い、装飾品は、レクルムのペンダントがあるし、指には同じ紫の宝石が嵌った指輪がきらめいているので、これ以上は増えなさそうで安心する。
「そう? じゃあ、髪留めは?」
「こないだ買ってもらったし、レクルムは髪を下ろしてた方が好きなんでしょ?」
「うん、そうだけど、でも、サアラがする格好なら、なんでも愛しいよ」
そう言って、レクルムは彼女のパール色の髪を一房手に取り、口づける。
『デレデレクルム!』
ペンダントがあきれたようにつぶやき、サアラは恥ずかしそうに笑った。
二人は街に出てきた。
家にある魔法陣と街外れに設置したものが繋がっているので、一瞬の移動だ。
レクルムはサアラと手をつなぎ、魔道具屋に向かう。
道中、やたらと見られて、レクルムは思わず、サアラの肩を引き寄せた。
「君がかわいすぎるから、男たちが狙ってる」
不機嫌そうにレクルムがつぶやくと、サアラは「レクルムを見てる女の人の方が多いですよ」と苦笑した。
お互いに焼きもちを焼いている二人に、『やれやれ』とペンダントがあきれた声を出した。
「いらっしゃい。あら、もう持ってきてくれたの?」
魔道具店の店主は妙齢の色っぽい女性だった。
レクルムを見て、パッと浮かべた笑顔は華があり、歓迎する声には熱がこもっていた。
彼も頷いて、挨拶を交わす。
「今回の依頼は手のかからないものばかりだったからね。ところで、例の話は進みそう?」
「うまく繋げそうよ。あなたのこと囲い込みたいでしょうし」
「囲い込みは遠慮するよ」
「わかってるわよ」
取引の話なのか、顔を寄せて話す二人はずいぶん気安い距離だった。
サアラは邪魔しないように、魔道具を見て回りながらも、それが気になって仕方がない。
誰にでもクールで引いた対応をするレクルムがこんなに親しげに話すのを初めて見たのだ。
それも女の人に対して。
大人の自立した女の人。しかも、魅力的で明らかに彼に好意を持っている。
お荷物な自分と比べて、どっちがいいかなんて明白だ。
(今は同情の方が勝ってるかもしれないけど、だんだんこういう人に惹かれていってしまうかも)
そう思うとひどく悲しくて、このままじゃいけないとサアラはあることを決意した。
『シワになるから、そんなにつかまないで~』
ワンピースに言われて、初めてサアラは自分がスカートを握りしめていたことに気づき、慌てて離すとシワを伸ばした。
か細い声で呼ばれて、レクルムは目を覚ました。
腕に抱えていたはずのサアラがいないと思ったら、壁際に転がっていっていた。
レクルムがじっと固まったように寝るのに対して、サアラは割と寝相が悪い。
彼女のそばに近寄って見ると、眼鏡なしのぼんやりとした視界でも、彼女が眉をひそめ、うなされているのが見えた。
「レクルム……」
切なそうに彼の名を呼び、手を伸ばしたサアラを後ろから抱き込んで、手を握ってやると、ほぉっと溜め息をついて、サアラは安心したように微笑んだ。
(かわいい……)
毎日朝から晩まで眺めているのに見飽きないどころか、ますます愛しく思える彼女に口づけを落とす。
くるりと寝返りを打ってレクルムの方を向いたサアラは、彼の胸に顔を擦り寄せた。
そのかわいい顔にそっとキスをする。
昨夜も愛しすぎてしまって、疲れてぐっすり眠っているサアラは、まったく目覚める様子はない。
どこまで愛しく思わせるんだろう。もう差し出すものはないもないというのに。
身も心も命でさえもすでに彼女に差し出している。
(強いて言えば、あれかな)
近いうちになんとかしなくてはとレクルムは改めて思った。
ここに来てから半年ほど経って、生活のリズムができてきた。
普段はサアラと海岸べりを散歩したり、二人でくっついて本を読んだりとまったり暮らしているが、生業としてレクルムは魔道具を作って、街に売りに行ってもいる。
試しに置いてもらった魔道具屋が彼の技術を高く評価してくれて、領主や行商にどんどん売り込んでくれるようになったので、最近は少し忙しくなってきた。
サアラを腕に抱き、幸せな時間ではあるが、一旦目が覚めると、それ以上は眠れず、レクルムは起きることにした。
彼女を起こさないようにそっと身を離し、ベッドから降りると、枕元に置いてあった眼鏡をかける。
幸せそうに眠るサアラの顔がくっきり見えて、やっぱりかわいいとその髪を撫でた。
顔を洗って服を着替えて、朝食を作ることにする。
ひとり暮らしが長いレクルムは、もともと簡単な料理は作れたものの、そんなに意欲はなかったので、食堂で済ますことが多かったが、サアラに美味しいものを食べさせてやりたいと思ったら、料理にはまった。
元来器用な彼は、本や店で新たなレシピを入手すると、次々とチャレンジして、サアラを喜ばせた。
サアラの笑顔を思い浮かべるだけで、レクルムは顔が緩んでしまう。
黙っていると不機嫌に見える彼だったが、サアラのことを考えているときは口元が綻んでいて、つまりこのところは常に微笑みを湛えていたので、街を歩くと女の子たちが釘づけになっていた。
もちろん、レクルムがそれを気にするはずもなかったが。
(今日はエッグベネディクトを作ろう)
先日卵を買ったときに教えてもらったレシピだ。
女の子が好きな味だと言う店主の言葉に、近いうちに作ろうと思っていたのだ。
昨日焼いたマフィンを半分に切り、燻製ベーコンを厚めに切る。
沸かした湯に酢と塩を入れ、そこにそっと卵を割り入れて、ポーチドエッグを作る。
ベーコンを焼こうとして、ちょっと早いかと思い、サラダを作ることにした。
サアラが好きだから、レタスをちぎった中に、アボカドをブロック状に切って、ミニトマトと混ぜる。
手作りのドレッシングをかけたら完了だ。
彩りもよく満足してレクルムが頷いたとき、「レクルム! ここにいた!」とサアラがキッチンに飛び込んできた。
『だから、キッチンにでもいるんじゃないって言ったでしょ?』
サアラの胸元でレクルムのペンダントが揺れながら、つぶやいた。
彼女の防御のために肌身離さず付けているように言っているのだ。
レクルムの独占欲の象徴でもあったが。
「だって、目が覚めたらレクルムがいないから……」
『あんなに毎晩愛されて、なにがそんなに不安なの?』
『そうよ! すぐ脱がされて、私の出番なんて、ほとんどないじゃない!』
夜着まで参戦してきて、サアラは顔を赤らめた。
「だって……」
物たちと話しているようなサアラの腰を引き寄せて、レクルムは彼女の額にこつんと自分の額をつけた。
「ごめんね? ぐっすり寝てたから」
チュッと唇をついばむと、サアラはますます赤くなった。
かわいらしいその姿にレクルムは目を細めるが、最近、サアラが今みたいに少し不安げなのが気になった。
「サアラ、なにか気になることあるの?」
先ほども夢でうなされていた。
彼女にはなんの憂いもなく微笑んでいてほしいのにと思う。
「ううん。ただ、幸せすぎて、怖いだけ」
今まで生きてきた状況と正反対の、レクルムに守り愛されて暮らす生活はとても幸せだったが、夢だったらどうしようという不安が絶えずサアラにつきまとっていた。
彼女は困ったように微笑んで、レクルムを見上げる。
(いつまでこうしてレクルムと暮らせるんだろう)
いつか彼に愛想を尽かされる日が来るのではないかとサアラは思っている。
レクルムと暮らすようになって、自分がなにも知らないし、なにもできないことを痛感している。
レクルムは、基本、サアラがいなくてもなんでもできる。
魔道具は作れるし、料理もできるし、掃除も得意だ。
一方、サアラは掃除はできるけど、料理は勉強中だし、気づくとすぐレクルムがやってしまうので、ただただ養われているだけになっている。
レクルムはひとりでも生きていけるけど、サアラがひとりになると途端に行き詰まるだろう。
本当はひとりでは……サアラなしでは生きられないのはレクルムの方だったが、彼女は全然わかっていなかった。
「バカだね。怖がることはなにもないのに」
愛おしい彼女をギュッと抱きしめて、レクルムは笑った。
「朝食を仕上げるから着替えておいで」
レクルムが言うとサアラが口を尖らせた。
「たまには私にも作らせて?」
「別にいいよ。サアラのために作るのがうれしいから」
そう言われてしまうと、サアラは頬を染めて黙るしかない。
「ありがとう……」
そうつぶやくと、彼女は着替えに行った。
それを見送ると、レクルムは昨夜の残りのコンソメスープに火をいれ、ベーコンとマフィンを焼き始めた。
そして、上にかけるソースを手早く作る。マフィンの上にベーコンとポーチドエッグを乗せ、ソースをかけたら、出来上がりだ。
彼がテーブルに皿を並べていると、サアラが戻ってきて、手伝ってくれる。
「美味しそう!」
サアラが料理を見て、目を輝かせた。
「エッグベネディクトっていうんだって」
「えっぐべ……?」
「エッグベネディクト。卵を割って、黄身と絡めながら食べてね」
へぇぇーとサアラは感心して、皿を眺める。
言われた通り、ナイフで卵を割ると、とろりと黄身が溢れてとても美味しそうだ。
「いただきまーす」
ベーコンとマフィンも切り分けて、パクッと一口頬張ると、サアラは幸せそうに微笑んだ。
「美味しい……」
気に入ってもらえたのがうれしくて、レクルムも微笑んだ。
美味しいものを食べているときのサアラは本当にかわいい。この笑顔が見たくて、レクルムはどんどん料理の腕を上げていくのだった。
「そうだ。今日は魔道具の納品に行くんだけど、サアラはどうする?」
「ついていっていいですか?」
「うん、もちろん」
心配性のレクルムは、未だに彼と一緒のときしか街へ行かせてくれない。
彼の代わりに食材を買ってきたり、なにか用事を済ませたりしたいと思うのだが、レクルムは『かわいすぎて拐われそう』と大真面目な顔で言うのだった。
「じゃあ、買い物したり、ランチしたりしよう」
「もう服も靴も要りませんよ?」
レクルムの言葉にサアラは慌てて釘を刺す。
この半年でサアラの持ち物は増える一方で、大量の物に囲まれて、サアラは目を回していた。
クローゼットを開くと、服たちが『私を着て~!』とアピールしてくるし、靴は『その服なら僕(私)が合うと思うよ』と勝手にコーディネイトしてくれる。
今日のサアラはラズベリー色のワンピースを着ているのだが、それを選んだとき、一斉に溜め息が響いて、『まだ一度も着てもらってないわ……』などという声にサアラは胸を痛めた。
幸い、装飾品は、レクルムのペンダントがあるし、指には同じ紫の宝石が嵌った指輪がきらめいているので、これ以上は増えなさそうで安心する。
「そう? じゃあ、髪留めは?」
「こないだ買ってもらったし、レクルムは髪を下ろしてた方が好きなんでしょ?」
「うん、そうだけど、でも、サアラがする格好なら、なんでも愛しいよ」
そう言って、レクルムは彼女のパール色の髪を一房手に取り、口づける。
『デレデレクルム!』
ペンダントがあきれたようにつぶやき、サアラは恥ずかしそうに笑った。
二人は街に出てきた。
家にある魔法陣と街外れに設置したものが繋がっているので、一瞬の移動だ。
レクルムはサアラと手をつなぎ、魔道具屋に向かう。
道中、やたらと見られて、レクルムは思わず、サアラの肩を引き寄せた。
「君がかわいすぎるから、男たちが狙ってる」
不機嫌そうにレクルムがつぶやくと、サアラは「レクルムを見てる女の人の方が多いですよ」と苦笑した。
お互いに焼きもちを焼いている二人に、『やれやれ』とペンダントがあきれた声を出した。
「いらっしゃい。あら、もう持ってきてくれたの?」
魔道具店の店主は妙齢の色っぽい女性だった。
レクルムを見て、パッと浮かべた笑顔は華があり、歓迎する声には熱がこもっていた。
彼も頷いて、挨拶を交わす。
「今回の依頼は手のかからないものばかりだったからね。ところで、例の話は進みそう?」
「うまく繋げそうよ。あなたのこと囲い込みたいでしょうし」
「囲い込みは遠慮するよ」
「わかってるわよ」
取引の話なのか、顔を寄せて話す二人はずいぶん気安い距離だった。
サアラは邪魔しないように、魔道具を見て回りながらも、それが気になって仕方がない。
誰にでもクールで引いた対応をするレクルムがこんなに親しげに話すのを初めて見たのだ。
それも女の人に対して。
大人の自立した女の人。しかも、魅力的で明らかに彼に好意を持っている。
お荷物な自分と比べて、どっちがいいかなんて明白だ。
(今は同情の方が勝ってるかもしれないけど、だんだんこういう人に惹かれていってしまうかも)
そう思うとひどく悲しくて、このままじゃいけないとサアラはあることを決意した。
『シワになるから、そんなにつかまないで~』
ワンピースに言われて、初めてサアラは自分がスカートを握りしめていたことに気づき、慌てて離すとシワを伸ばした。
感想 0
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵様は、身代わりの花嫁を檻(しんしつ)から逃さない 〜離縁するつもりでしたが、毎夜過保護に愛し抜かれています〜
「逃がすと思ったか? 20年待ったんだ、死んでも離さない」
没落寸前の実家を守るため、義理の妹の身代わりとして「冷徹公爵」と恐れられる軍事公爵スチュワート・バーンスタインに嫁ぐことになったリリアーナ。
結婚初夜、彼から冷ややかに告げられたのは
「君に構う暇はない。愛するつもりもない」
という非情な言葉。
怯えるリリアーナは「1年経ったら離縁して自由になろう」と心に決めた。
――はずだったのに。
なぜか翌朝から、スチュワートの様子がおかしい。
義務だと言いながら用意されるドレスや食事は、すべてリリアーナの好物ばかり。
庭でふらつけば、心臓を激しく脈打たせた彼に狂おしいほど強く抱きしめられ、
他の男(たとえ騎士であっても)と親しげに話すだけで、その綺麗な瞳を嫉妬で爛々と輝かせる。
(冷徹で恐ろしい公爵様のはずなのに……どうしてこんなに過保護なの!?)
スチュワートの重すぎる愛と異常な独占欲に翻弄され、戸惑うリリアーナ。
やがて耐えかねた彼女が離縁届を置いて城を出ようとした時、完璧だった公爵の仮面が、音を立てて崩れ落ちる――!
「君のすべてを買い取ったんだ。指先一本まで、二度と私の腕から逃がさない」
勘違いから始まる、冷徹(を装った)過保護公爵×健気な身代わり令嬢の、逃げられないほど甘く狂おしいシンデレラストーリー!
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
義父が私の推しでした!? ~推し活がバレたら、英雄なお義父様の愛娘になっていました~
英雄として国中から尊敬されるアルベルト公爵は、侯爵令嬢リリアの十年来の推し。
ところが政略結婚で嫁いだ先で出会った義父は、まさかのその推し本人だった!
推しを前に毎日大混乱のリリアと、そんな義娘を可愛がる義父、父に張り合う夫。
勘違いと溺愛が止まらない、笑って癒やされるファミリーラブコメ!
【完結】聖女と国王は恋仲にしか見えませんので、私は妻をやめます
王妃アリアは、国王レオンと聖女セレナが愛し合っているという噂に苦しんでいた。夜通し共に過ごし、人前で名前を呼び合い、触れ合う二人は、誰の目にも恋仲にしか見えない。
それでもレオンは「国を守るために必要なことだ」と妻の痛みに気づかず、セレナも王妃の席へ座り、妻のように振る舞い続ける。ついに礼拝堂で、アリアは皆の前で二人を問いただす。
「お二人には、本当に呆れましたわ」そして結婚指輪をレオンへ投げつけ、「私は、あなたの妻をやめます」と宣言する。だが王妃が去った直後、妻になったつもりで振る舞う聖女へ、王宮中の視線は冷たく変わっていき。
政略結婚なのに、包容力マシマシな辺境伯の溺愛が過保護過ぎて小鳥令嬢は困ってます!
辺境伯との政略結婚──お飾りの妻になるつもりだった私、エナ。
けれど夫のアシュレイは包容力の塊で、毒舌にも動じず、笑顔で甘やかしてくる。
「……子供扱いしないでって言ってるでしょ!」
「じゃあ、大人の扱いをしてもいいかな?」
そう言って大人な口付けをしてくるの、ずるいと思う!
最初は反発ばかりしていた私だけど、領民のために政務をこなし、戦地に向かう彼を見送り、少しずつ“夫婦”として歩み寄っていく。
でも、素直になれないこの性格はそう簡単に治らない。
政略結婚から始まる、ツンデレ毒舌令嬢と包容力MAX辺境伯の溺愛と成長の物語、ここに開幕!
その恋、賭けですよね? ~地味OLは全部知った上で三ヶ月後に叩き潰す~
「絶対に後悔をさせないし、大切にするから――俺の恋人になってくれませんか?」
営業部のエースから突然告白された総務部のOL・立花葵。
だが、その告白は――
「総務の地味子を三ヶ月以内にホテルへ連れ込めるか賭けようぜ」
男達の最低な遊びだった。
過去にも同じように、恋心を賭けの道具にされた葵。
初めての恋心を引き裂かれ、友人と思っていたクラスメート達に嗤われて。
……引きこもって逃げても、世界は何も変わらなかった。
恋愛なんてしない。
恋も、愛も、必要ない。
そんな物よりも、一人で生きて行く強さが欲しい。
心に鎧を纏って、恋を避け続けてきた葵。
もう二度と、誰にも傷付けられないために。
再びトラウマを刺激するエースの告白も、一人で乗り越えてみせる。
だが……そんな葵の日常は、この最低な賭けを切っ掛けに総務部の後輩達によって大きく変わっていく。
「……誰にも触れさせたくない女性を、目の前で奪われかけて……平気でいられるほど、余裕はありません」
理性的な仮面の下に、狼のような執着を隠した後輩男子・犬飼彰良。
「先輩の全部、欲しくなっちゃいました。
最後に欲しくなる相手は……私にしてあげますね?」
無邪気な笑顔で距離を詰める、獅子のように獰猛な後輩女子。
彰良と華乃。
二人からの重すぎる愛情。
逃げ場のない優しさ。
そして、少しずつ壊されていく“恋愛への恐怖”
これは、 恋も、幸せも、全てを諦めていた地味なOLが、 不器用な後輩達に愛されながら、 少しずつ“自分の幸せと恋”を知っていく物語。
執着系後輩男子×肉食系後輩女子×傷を抱えた先輩OL。
重くて優しい、じれじれオフィスラブ。
※小説家になろう等、他サイトでも投稿中です!
※恋人になってからの葵と彰良の物語。
「その恋、賭けですよね?~天然で無防備な彼女を、執着系彼氏が全力で囲い込もうとしたら周囲も癖が強すぎました~」
よろしくお願いします!
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。