契約婚ですが、エリート上司に淫らに溺愛されてます

入海月子

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1巻

1-1

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   プロローグ


「契約成立だ。その証に抱かせろよ、お嬢様?」

 理人りひとさんは、その整った顔をニッと崩して笑い、私の唇を奪った。
 そのあまりに流れるような動作に、私は身動きひとつできなかった。そんなふうに笑うとまるでイタズラっ子のようだとぼんやり思う。完璧な上司の、魅惑的な男の顔――
 彼の少し冷たい唇がもう一度戻ってきて、私の思考をさらう。
 やわらかいそれが、私の唇を挟むように動いたかと思うと、にゅるりと熱い舌が入ってきた。

(キスしたのも初めてなのに、こんなの、どうしていいのかわからない……)

 固まった私の反応に構わず、彼の舌は好き勝手に私の口の中を探り、上顎をくすぐるようにこする。
 ずくん、と感じたことのない感覚が生まれて、私は喘ぐ。
 すがるように彼の腕をつかんでしまった。
 少し顔を離した理人さんは湿った唇を指でぬぐって、私を見下ろす。
 切れ長で鋭い目が、検分するように私を見ている。
 鋭く見えるのは、長くまっすぐ生えた睫毛まつげが目の輪郭を濃く縁取ふちどっていて、目を酷使した後のようなクマがあるからかもしれない。
 それでも、魅力的なその顔は、彼が通るだけで女性がざわめくほどで、彼と結婚したいという女の人なんて星の数ほどいそう――

(それなのに、なぜ私の契約を受けてくれたのかしら?)

 そんな私の疑問も、理人さんが耳もとに唇を寄せてからは、まともに考えられなくなった。

葉月はづき……」

 ささやく声に、初めて名前を呼ばれた。



   一章 うつむくくせ


 私、水鳥川みとりかわ葉月はグローバル企業である水鳥川興産の社長の一人娘。いわゆる社長令嬢だ。
 水鳥川家は女系のようで、母も祖母も一人娘だった。
 代々、優秀な婿むこを取って、事業を繁栄させてきたという。
 二十四歳になった私もそろそろと言われながら、今現在は、父の会社の財務部で事務の仕事をしている。
 でも、名字から社長の娘であることは歴然で、みんなにれ物に触るように扱われている。

(私にどんな態度を取っても、お父様は気にしないのに)

 当然仲良くしてくれる人もなく、内気な私は自分から人の輪に入っていくこともできず、どこに行っても私は孤独だと溜め息をついた。


   ◇◆


「イ、イケメンがうちの会社にいる!」
「月曜から眼福がんぷくだわ! 誰よ、あれ?」
「今日から赴任された真宮まみや理人部長、二十八歳、独身。外資系証券会社からヘッドハンティングされてうちに来たらしいわよ」
「なに、その詳細情報⁉」
「総務の子から聞いてたの。とんでもない有望株がうちに来るって」
「二十八で財務部長って、早くない?」
「財務部長は宇部うべさんのままよ。彼は専門職で専任部長なんだって」
「私、絶対狙う~!」
「やめとけば? 秘書や受付嬢の取り合い必至よ」
「こわ~。私は観賞用でいいわ」

 きゃいきゃいと騒ぐにぎやかな声が聞こえて、ふと顔を上げたら、財務部に入ってきた噂の彼と目が合った。
 みんなが騒ぐだけあってスラリと背が高く端正な顔立ち。左から右に流した前髪は目にかかりそうなくらい長くて、妙に目力がある。
 でも、目が合った途端、それがふっとゆるんで細められた。
 ドキッとして、なにげなく視線をらす。
 彼は宇部部長に連れられて入ってくると、軽く会釈した。

「今日から一緒に働いてもらう部長の真宮理人さんだ。部長と言っても、私がお役御免ごめんになるわけではなく、彼には専任部長として、投資信託部門にたずさわってもらう」

 ははっと笑って紹介した宇部部長のあと、真宮部長は再度会釈をして挨拶を始めた。宇部部長がずんぐりとしていてちょっと猫背だから、その隣に立つと、姿勢がいい彼はよりいっそうスマートに見えて、女性達からほぅっと溜め息がれる。

「ご紹介にあずかりました真宮理人です。シルバーブレイン証券でトレーダー、ディーラーをしていました。その知識を活かして、皆さんのお役に立てるよう励みますので、よろしくお願いいたします」

 シルバーブレインと言えば超大手の証券会社で、「超エリートじゃない?」「すげーな」とまたしてもさざなみが起きた。


 そこに切羽まった様子の営業部長が駆け込んでくる。

「宇部部長! 人手を貸してくれないか⁉ ミスがあって、午後からの大井山おおいやま商会のプレゼン資料の準備ができていないんだ!」
「大井山商会って、今期の最重要案件じゃないか! 手の空いている者は応援に行ってくれ!」

 顔色を変えた宇部部長が言うので、私は立ち上がった。

「あ、水鳥川さんはいいから!」
「水鳥川さんにやらせるような仕事じゃないから!」

 宇部部長と営業部長から口々にあせったように言われた。

「私、なんでもやりますから」
「いやいや、本当にいいって!」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうですか……」

 猫の手も借りたい状況だと思うのに拒まれる。
 まただと思いながら、うつむいた。

「というわけだから、真宮部長、悪いね。午前中は書類整理でもしていてよ」

 宇部部長がそう言って、営業部長と出ていこうとしたとき、真宮部長は私を指し示し、意外なことを言った。

「それなら、彼女に社内の説明をしてもらっていいですか?」

 一瞬、止まった宇部部長は私の顔を見る。
 私がうなずくと、「あぁ、いいよ。じゃあ、水鳥川さん、よろしくね」と言い、あたふたと出ていった。


 皆が出ていき、残された私は、真宮部長の席へと歩み寄った。

「水鳥川葉月と申します。よろしくお願いします」
「水鳥川ってことは血縁なの?」
「はい。社長の娘です」
「社長令嬢か。だから、さっきのような扱いなんだ。それじゃあ、失礼のないようにしないとね。よろしく、お嬢様」

 失礼のないようにと言いつつ、真宮部長はからかうように失礼な言い草をする。私はむっとしたけど、「お気遣いなく」とスッと流して、彼のパソコンを立ち上げた。

「それでは、まず社内のシステムからご説明しますね。総務でお伝えしているパスワードを入力してログインしてください」

 そう伝えて、パスワードを見ないように目を逸らした。
「ログインしたよ」という言葉に再び画面を見て、デスクトップに設置してあるアイコンを指しながら、ひとつひとつ説明していった。
 うちはオリジナルの社内システムを採用しているから、情報のやり取りはすべてそこで行う。
 真剣に説明しているのに、真宮部長がクスッと笑うから、私は話を止めた。
 気がつくと、座っている彼に半ばおおいかぶさるような体勢になっていて、あわてて身を起こす。

「なんでしょうか?」

 頬にかかっていた髪を耳にかけながら、平静を装って私が聞くと、真宮部長はまた笑みを浮かべた。彼は笑うと鋭い眼差しが緩んで、人懐ひとなつこい表情になる。

「お嬢様は真面目だね。社内説明って、まずフロアを連れ回されるのかと思った」
「そちらの方がよろしかったでしょうか? まずはお仕事関係を確認したいかと思いまして、システムを優先してしまいました。失礼しました」

 決めつけずに、まずは聞けばよかったとうつむく。

「いや、正解だ。……お嬢様なのに、うつむくのがくせなのか?」
「申し訳ありません」
「謝る必要はない。気位きぐらいが高すぎるのもどうかと思うけど、そんなに自信なさげにしなくてもと思っただけだよ」
(自信に満ちあふれた彼には、なんの自信もない私が、不思議に見えるのかしら)

 そんなこと言われても、とまたうつむきかけてはっと気づき、視線を逸らした。
 真宮部長はそれ以上深く追及せず、「説明を続けて」と言った。
 システムの説明をして質問に答えていたのに、気がつくと、なぜか私への質問になっていた。
 仕事内容やスキルなど、あれこれ質問をされる。
 就職前に役に立つかと思って、簿記試験や秘書検定を受けてみた。ビジネススキルも身についているはずだ。
 それを言うと、真宮部長は「やっぱりお嬢様は真面目だね」と笑った。

「それで、今の仕事量はどう?」
「もっと私にできることがあればと思っています」
「つまり物足りないか」
「いえ……」
仕掛しかかりは?」
「特にありません」

 翌日に持ち越すような仕事を任せられていない。忙しいと言っている人に声をかけても遠慮されるので、最近は声をかけること自体しなくなった。
 答えながら情けなくて、だんだんうつむいてきてしまう。

「ふ~ん、わかった。ありがとう」

 真宮部長は一通り聞き終わって納得したようで、質問攻めが終わって、ほっとした。
 見た目通り、できる人、という感じの真宮部長への受け答えは緊張した。

「フロアの説明は要りますか?」
「なにか知っておくべきものはあるか?」
「部署の説明は総務部からありましたか?」
「あぁ、それはいい」
「あとは、社員食堂を利用されるなら、二階にあります。そこに自販機コーナーと、ちょっとした休憩スペースがあります。自販機はこのフロアにもありますが。喫煙室は……」
「タバコは吸わないからいい」
「では、それくらいでしょうか」
「あぁ。ありがとう」

 私は会釈をして、自席に戻った。
 その日はそれで真宮部長とのやり取りは終わり、それ以降、話すこともなかった。それなのに、翌日、真宮部長のアシスタントに指名されて、驚いた。


「今日から水鳥川さんは真宮部長のアシスタントをしてください」
「は……い?」
「席も移ってね」
「……はい」

 出社するといきなり宇部部長に言われて、私は戸惑った。
 女子を中心に周りがざわめく。

「いいなー。なんで水鳥川さんなの? 私もサポートしたい」
「水鳥川さんが一番ひまだからじゃない?」
「確かに! あ~あ、私の方が仕事できると思うんだけどな」
「こら、失礼なことを言わない。真宮部長のご指名だ」

 やっかむ声を宇部部長がとがめるのを聞き流して、ノートパソコンと書類入れを持って移動する。
 うちはフリーアドレスになっているから、この二つを移動させるだけで、引っ越し完了だ。

(真宮部長のご指名……。どうして?)

 疑問に思いながらも、真宮部長のデスクと直角になっている席についた。この一角は真宮部長のために設置されていたので、三席しかなく、私の向かいは空席だった。

「それじゃあ、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 パソコンをつなぐと真宮部長に声をかけられる。
 早速だが、と紙を渡されて、「そこにリストアップしてある会社の信用情報を集めてくれ。午前中にできるか?」と聞かれた。
 うちは専門のデータバンクと契約しているから、照会するだけで簡単に済む。

「できます」

 私がうなずくと、続けて違う紙を渡された。

「次に、そこに書いてある会社の情報を集めて、今から渡すフォーマットデータに入力していってくれ。これは今日中だ」
「承知しました」

 毎日時間を持て余していた私は、仕事ができて張り切った。
 そして、やればやるほど仕事は降ってきた。
 真宮部長の指示は的確で無駄がなく、彼の優秀さを感じた。
 十二時になり、昼休憩の時間だったけど、あと少しで切りのいいところまでできると思い、作業を続けていたら、トントンと私の机を叩く音がした。見れば、真宮部長だった。
 身をかがめて、私を流し見る姿に、胸がざわつく。

(みんなが騒ぐだけあって、この人って、端正なだけじゃなくて、なんだか色気がある)

 そんなことを考えているとは思っていないだろう彼は、上司の顔で注意してきた。

「その仕事は今日中って言っただろ? 休憩はしっかり取って、メリハリつけてやれ」
「はい。申し訳ありません」
「お嬢様はもうちょっと肩の力を抜けよ」

 真宮部長はふっと笑うと、ランチに出かけていった。
 どうやら彼の中で、私のあだ名は「お嬢様」に決まってしまったみたいだ。
 他の人から言われると疎外感そがいかんを覚えるその言葉も、真宮部長の口から出ると、なぜか親しげに感じるから不思議だ。

(仕事ができる人だから、きっと人の心をつかむのもうまいんだわ)

 今までに周りにいなかったタイプに困惑したけど、こんなふうに会社で充実感を持ったのも初めてで、ありがたくも感じた。
 やることがあるというのは本当にいい。


 ランチはいつも売店でサンドイッチやパンを買って、屋上でひとり食べている。
 入社当初、フロアの女性と食堂に行った時期もあるけれど、部長や課長のあからさまな特別扱いに不満を持っていたみたいで、遠回しに嫌味を言われた。それは聞き流すとしても、噂話や愚痴の多い会話に疲れてしまって、そのうち「今日はお弁当だから……」と離れてしまった。

(こうやってうまく人の輪に入っていけないところがダメなのね、きっと)

 タマゴサンドを食べながらそう思うけど、居心地の悪い雰囲気の中にいるより、ひとりでいた方がいいとも思ってしまう。
 昔からそうだ。
 水鳥川の名前は影響力が絶大で、女子校時代にも仲のいい子はできなかった。いつも相手を萎縮いしゅくさせたり、逆にり寄られたり、私にとっては迷惑なものでしかなかった。

(普通の家に生まれていたら、こうじゃなかったのかしら)

 溜め息をつく。けれど、それが私なんだから仕方がない。
 食事を終えると、私は仕事の続きを始めた。


   ◇◆


 毎日、真宮部長はどんどん仕事を言いつけてくれて、私にわからないことがあれば、丁寧に教えてくれた。『お嬢様は勉強熱心だな』とからかいながら。
 仮にも財務部にいたので、金融用語は知っているけど、投資関連のことはまったく未知だった。
 慌てて何冊か本を買ってきて勉強しているけど、まだまだ知識が追いついていない。
 最初はうらやましいと言っていた女子社員も、私の仕事量を見て口をつぐむようになった。宇部部長が心配して、私に尋ねてくるぐらいだったから。
 でも、真宮部長は過度な仕事を押しつけることはなく、不思議なくらいに、集中したら定時で終えられる絶妙な仕事量を与えてくれていたので、宇部部長には問題ないと伝えた。
 そのくせ、自分はワーカホリックのようで、朝早くからずっとスマホやパソコンで全世界の金融情勢を見張っていた。
 世界は二十四時間動いているからな、と。
 そして、目が疲れるのか、よく目元をんでいた。
 常に目にクマがあるのも、そのせいみたいだ。


「あの、これ、よかったら……」

 ある日、私は真宮部長に目薬を差し出した。
 そんな疲れ目なのに、目薬を使っている形跡がなかったので、余計なお世話かと思ったけど、私が愛用しているものと同じ目薬を持ってきてみた。
 昔、資格試験の勉強にこんを詰めて目が疲れているときに、お手伝いさんから教えてもらったものだ。最近、投資本を読んで疲れたときにも使っていて、とても使用感がいい。
 意外とばかりの顔で目薬を見つめたあと、ニッと笑って、真宮部長はそれを手に取ってくれた。

「ありがとう。目薬をさしたらいいんだろうなとは思うんだが、つい面倒くさくて忘れてしまうんだ」

 そのいつもよりくだけた笑みに、トクンと心臓がねた。
 真宮部長は早速目薬を使ってくれて、「思った以上にスッキリするな」とつぶやいた。
 持ってきてよかったと私は頬を緩める。
 ふいに、じっと見つめられた。
 うるおった瞳は、より魅力を増していて、吸い寄せられるように見てしまう。

「な、なにか?」

 ちょっと動揺して問いかけると、「なんでもない」と、彼は目を逸らした。


   ◇◆


「こら、また時間を忘れて仕事しているのか?」

 打合せに出かけていた真宮部長から声をかけられて、時計を見た。

(十二時五十五分。いつの間に……)
「スケジュール調整も仕事のうちだぞ?」
「すみません……」

 あきれたような真宮部長に頭を下げる。
 昼休みは一時までだから、今から売店に行く時間もないし、自販機で飲み物でも買ってこようと思い、立ち上がった。
 廊下の自販機を見ると、コーンスープがあって、少しはお腹が満たされるかと買ってみる。
 席に戻ると、真宮部長が眉を上げた。

「昼に行ったんじゃなかったのか?」
「お昼休みはもう終わるので」
融通ゆうずうの効かないお嬢様だな。ずらしたと思えばいいだけじゃないか」
「いいえ、規則ですから」

 社長の娘が会社の規則に従わないなんて、示しがつかない。
 そもそも、真宮部長の言うとおり、時間管理のできていない私が悪い。

「風紀委員かよ! お嬢様はお硬いな」

 そう揶揄やゆしながら、真宮部長はなにかを放ってよこした。慌ててキャッチする。

「仕方ないな。俺の秘蔵のチョコをやるよ」

 秘蔵の、と言うわりに、それは市販のチョコウエハースで、私は手の中のものをしげしげと眺めた。
「好きなんだ、それ。お嬢様のお口には合わないかもしれないが」と照れくさそうに言って、真宮部長はパソコンに向き直った。

「いえ、ありがとうございます」

 ありがたく、チョコウエハースとコーンスープのランチを取り、私は仕事を続けた。
 充分な仕事量、気安い軽口、たまには注意まで。そんな普通の会社生活が私にとってはとても新鮮だった。

(こんなに充実した生活は初めてだわ……)

 真宮部長をヘッドハンティングしてくれた会社と、もちろん本人にも感謝した。


   ◇◆


 そんなふうに、今までの一年分を働いたような一ヶ月が過ぎると、会社の創業パーティーの日になった。毎年取引先を呼んでホテルで盛大に開催している立食パーティーだ。
 私は髪をアップにしてもらい、化粧をしてもらうと、ロイヤルブルーのドレスを着た。
 私の髪は直毛でパーマもすぐ落ちてしまうほど。だから、まとめ髪も美容師さん泣かせなんだけど、さすがはプロ。ピンを駆使くしして、華やかに仕上げてくれる。
 フィッシュテールのドレスは小柄な体に合わせて作ってあるから、さしてスタイルのいいとは言えない私の姿もバランスよく魅力的に見せてくれる。なにより、好きな色に身を包むと、テンションが上がる。

(綺麗にしてもらえると、やっぱりうれしいものね)

 誰が見てくれるというものでもないけれど。
 そう思っていたら、私を迎えに来たお父様の秘書の河合かわいさんがめてくれた。

「お嬢様は色白だから、ロイヤルブルーが似合いますね。とても上品でお美しいです」
「河合さんこそ、とっても素敵」

 私は微笑んで返した。
 河合さんはナイスバディな美人で、黒のタイトなドレスを格好良くセクシーに着こなしている。
 大人な女性って感じで憧れる。
 準備のできた私は、河合さんと一緒にお父様の車に乗り込んで、パーティー会場に向かう。
 運転手はいつもの澤井さわいさんで、目を細めて、私のドレスアップした姿を絶賛してくれた。
 お父様はいつものように無反応だった。


 ホテルの会場に入ると開始時刻前にもかかわらず、すでに大勢の招待客が集まっていて、グラスを片手に笑いさざめいていた。
 丸テーブルがいくつも設置されており、壁際にはビュッフェコーナーがある。美味しいという噂だけど、まだ食べたことはない。
 お父様は、早速お客さんに挨拶に行ってしまった。
 パーティーが始まるまで、私には特にやることはない。

(始まってからだって、お父様の隣でにこにこしているだけだけど)

 これから始まる数時間を思って、そっと息を吐いた。
 トレーを持ったウェイターに飲み物をすすめられて、白ワインを取る。

「葉月さん、こんばんは。今日は一段と可憐で綺麗だね」

 顔に笑みを貼りつけて、内心はぼーっとしていたら、声をかけられた。
 緩やかにウェーブした茶色い髪に甘いマスク、輸入物っぽいチャコールグレーのスーツを着たとびきりオシャレな人だ。

一柳いちやなぎさん、こんばんは。本日はお越しくださり、ありがとうございます」

 私が意識的に笑みを作って挨拶すると、一柳さんは少し垂れた目を下げて、にっこり笑った。
 彼はBSCCビーエスシーシーというIT企業を経営している人だ。確か、私より十歳以上年上のはずだけど、くっきり二重のアイドルのような顔立ちのせいで、同年代に見える。
 有名人かつお金持ちで愛想もいいので、彼を狙っている女性も多いらしい。実際、今も何人もの女性がチラチラ見ている。
 見られることに慣れている一柳さんはそれを気にすることもなく、そばに寄ってきた。

「匂い立つような美しさだと思ったら、本当にいい香りがするね」

 そうささやくように、一柳さんは私の耳元に顔を寄せてきたので、一歩後ろに下がる。
 彼はにこやかなんだけど、得体が知れないというか、なんだか、いつも彼を見ると心がザワザワする。

(気軽にパーソナルスペースに踏み込んでくるからかしら?)

 もう一歩下がって、距離を取り、視線を落とした。

「葉月さんは恥ずかしがり屋だね」

 にこやかに言われて、ゾクッとする。

(違うから!)

 お父様から一柳さんは婚約者候補だと言われているけど、実はどうしても生理的に受けつけない。

「おぉ、葉月。久しぶりだな」
「お祖父じい様!」

 声をかけられて、助かったと思い振り返った。お祖父様はまだ現役で、会長をしている。今年七十になるけれど、かくしゃくとしていて、まだまだ元気に働くぞと常日頃から言っている。
 その後ろにお父様と真宮部長もいた。


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