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(弐)処女妻の時代

差し置かれて

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 いま一人の女が命を終えようとしていた。畳の上に寝かされた彼女は死神に憑りつかれていたが、それを跳ね除けるべく海外から高価な新薬が取り寄せられたが、最早彼女の結核は後戻りできないところまで進行していた。もう全ては手遅れだった。彼女の枕元に男が二人と女が三人いた。男は主治医と彼氏、女は彼の母親と看護師であった。それ以外の彼女の家族は呼び出されてはいたが、もう臨終に間に合いそうもなかった。

 「か、香織! まだ望みを捨てるな! 薬が航空便で届くはずだから!」

 彼氏はこの家の当主であったが、彼女の為に相当な財産をつぎ込んでいた。しかし、その甲斐も亡くなった、残された彼は絶望の奈落に落とされたが、唯一希望があった。彼女との間の息子が、忘れ形見の彼のために頑張らないと!

 殿下の妃に私が選ばれたのは、殿下の本命の彼女と名前が同じだったからだ! それを知った時、自分って存在は何なのよ! と思わずにはいられなかった。本当に! それにしても、いったいどうなっているのよ!

 その直後、普段は目線すら合わせようとしてこなかったお姑に呼び出された。そして恐ろしい事を言われた! あなたは死んだことにしますと!

 その理由は大まかに言えばこうだ。殿下とあの女・香織との間に生まれた息子は庶子でも昔なら跡継ぎになれた。しかし、皇帝陛下が非嫡出子が跡目を継ぐことは国民からの支持を受けれないとして、皇帝継承権を相続する皇家は嫡出子のみが相続できると決めてしまった、だから・・・

 「本当なら、あなたが殿下のお子を授かればよかったんだけど、やっぱり殿下の気持ちを変える事は出来なかったし、あの子ったら赴任地にまであの人を連れて行ってから、秘密裡に結婚して子供をもうけてから・・・可哀そうだと思わない? 正式な妃から生まれたら受けられる家督相続権が得られないのよ! それに宮内省の方に秘密裡に聞いたら養子もダメだというのよ。そんなの可哀そうよ! 一昔前なら側室が産んだ子でも出来たというのにね!」


 お姑はそういって子供に罪はないのに何故? と嘆いていた。そんなに嘆くならあの女を妃にすればよかったのに! そう思っていた。なんでもお姑は私のように若い子を妃にすれば、忘れるかもしれないと淡い期待をしていたそうだ。でも裏切られたが・・・それにしても、私の青春を返してほしかった!

 「奥様、それでは私をどうするおつもりですか?」

 私は不安げに訊いた。私を殺すつもり、替え玉として? そんな恐ろしい事も考えてしまった。

 「そうだねえ、あなたは死んだことにするからね。葬儀はあの女をあなたとして出すからね。そしてあの子はあなたが産んだ子ということにするわ。だからね、あなたは座敷牢に行ってもらうわとりあえず」

 そういって私は男たちの手によって鳳凰宮のお屋敷地下の座敷牢で幽閉されることになった。
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