冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田

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(閑話)パンドラの鍵

「彼女」の心は?

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 麗華の三大発明は「偽りの13か月の平和」では人類に希望を、「危機の13週間」では恐怖を、そして「悲劇の13日間」では悪夢を与えた。その三大発明の基礎理論を生み出したのは麗華の三姉妹であった。その三姉妹を旧麗華の世襲四代目の独裁者はプロパガンダのヒロインとして大いに宣伝したが、その三姉妹は華麗な女優のような容姿をしていたが、それらは見えの良い影武者で実際は別人だった。それらが明らかにされたのは「危機の13週間」であった。そのとき、三人は自らが生み出したエキゾチック・ブレインの中枢電脳にされていた。

 杠は麗華中枢部が純粋水爆による猛火に包まれる直前にそのエキゾチック・ブレインを見る事が出来た数少ない生存者であるが、三つの電脳によって人類抹殺計画としかいえない動作をしていたのを止めようとして失敗してしまった。その時何が起きたのかは杠は一切の情報を開示していないが、結果は辛うじて人類は存続できたわけだ。

 「電脳を起動します」

 首脳たちが見守る前でシオリのボディに接続されたエキゾチック・ブレインの中枢電脳はよみがえろうとしていた。廉価な装飾もない量産型ガイノイドのセンサーが稼働しはじめた。

 「杠先生、どうして三つあった電脳が一つしか残っていなかったのですか? 残りの電脳はどこにいったのですか? そろそろお話されてもいいんじゃないですか?」

 蔡国のマオ首相は聞きずらそうな表情を浮かべながら聞いていた。一応二つの電脳のうち一つは「連中」が持ち出したのは確実であったが、残り一つは杠がどこかに持ち出した疑惑があった。

 「それだが、まあいいだろう。私がこの電脳を回収した時には一つはなくなっていて、もう一つは叩き壊された状態だったんだ。デバイスのうちメモリーは回収できたけど、パーソナルデータしか残っていなかった。まあ記憶喪失した魂といったところだな。役に立つものではなかったので・・・
 知っているだろ、ライン・バイオテックがやっていた電脳復元事業を。そこでとある少女の機械脳にインストールしたんだが、まあ平凡な少女だったな。詳しい事はそのうち紹介するから」

 杠は三つのうちの一つについて告白したようであったが、それは予想できたことであった。確かなのは完全な形で残っていた電脳が暗号でロックされていたことだ。そのロックを愛莉が解読した方法で解き放った。

 「それにしても、基本的な事ですが連中はなんでロックしたうえで持ち出さなかったのですか? 父から聞いた話ではそこんところが分からなかったのですが」

 中華の鄭はそう聞いて来た。鄭の父と杠は友人同士であったが、父が事故死したのは「連中」が関わっているのは間違いなかった。しかし、「連中」の正体ははっきりしないので誰も想像しようがなかった。もしかすると味方だと思っている者がそうかもしれなかった。

 「それなんだが、ある時点でエキゾチック・ブレインの電脳はすりかえられていたのかもしれない。そのかわりダミーの電脳が入れられたかもな。まあ、起動すればわかることだ、彼女が意識を覚ませばな」

 杠は静かにいったが、周囲にいた者たちは少し興奮気味だった。世界人類を殲滅しようとした中枢電脳が目覚めようとしていたからだ。あの悲劇の13日は生き残った人類すべてに試練を与えた判断をした理由が聞けるかもしれなかった。

 「インストールされた電脳の意識を回復させました。ボディの制御権限は移管しませんが、自由に会話できます。これより一分後に会話可能になります」

 シオリの無機質な人工音声が流れた。機械的なボディに囚われた電脳が何かを語ろうとしていた。まず最初に何を言うのか一同静まり返っていた。シオリの傍には麗華の技師が遠隔操作するロボットが脇を固めていた。一分が過ぎそのロボットが質問し始めた。

 「お目覚めですか? あなたは誰ですか?」

 本来、電脳化された元人間の脳漿なら愛莉のように仮想現実を通じて意識にアクセスすることは可能であったが、そうすればハッキングされる危険もあったし、もしかするとアクセスする事も不可能かもしれなかった。だから、こんなアナクロな方法を試していた。

 「誰って・・・今はいつだ? 頭を殴打されてから覚えていないが、それよりもそっちこそ誰だ! 私はな麗華の領袖の・・・」

 麗華の領袖。そう名乗っていたのは旧麗華の指導者でも最高位にいたはずの、四代目のリャンのようだった。リャンは第一次新世界大戦で混乱した国際社会を巧みに分断し、自国に都合のいい様にしようとした毒女だとされていた。彼女の最期は明らかになっておらず死亡したとも逃亡したとも言われていたが。

 「そういうことは君はリャンさんていうことか?」

 杠が話すと、リャンの意識が出す人工音声が急に口調がきつくなった。

 「お前は・・・日本人の小癪こしゃくなおっさんか? 何様のつもりでここにいるのだ?」

 「小癪なおっさんか? 話をしたこともないのに覚えてくれてありがとう。今は日本政府の代表者さ。それはともかく、領袖だった君がどうして電脳化されたのかね?」

 杠はリャンの電脳がインストールされたサオリに接近していた。リャンは当時27歳で三代目領袖の兄がストレスによる生活習慣病の悪化によって、職務代理人として麗華の国家元首の座に就いた。その後で開明的な国家政策を実行したのだが・・・世界を破滅の淵に追い込んだとされていた。

 「それはな、暗殺から身を護るためさ。それにしても何が起きたのか? せっかく世界を復興させようとしたというのに、エキゾチック・ブレインの製造方法が非人道的なんて非難を浴びせられたかと思ったら・・・それよりも、ここはどこなんだ?」

 どうもリャンは何が起きたのか分からないようだった。もちろんウソを言っているかもしれなかったが、意識を回復させる際に制御プログラムをインストールしたので、正直に話しているはずであった。

 「ここは麗華の行政院長公邸さ! 新しく設けられた麗華の地位だがな」

 マオが話し始めた。彼は現在の麗華の最高指導者だから。もっとも、麗華の国民になったのは戦後のことであったが。

 「行政委員長? なんだそれは? まさか?」

 「滅亡したのだよ、あんたの一族が世襲してきた麗華は。いまは、大して民主的ではないが真面な国に生まれ変わったのさ」

 マオの顔は軽蔑の眼差しだった。麗華の独裁者の憐れな末路に対し。それにしても、なんでエキゾチック・ブレインの中枢電脳にされていたのだろう?

 「ああ、やっぱりね。彼女たちを電脳にしてやったんだけど、歯向かったというわけなんだ。なんか信用できなかったけど仕方なかったのよ。あんな無茶苦茶な経済制裁を解除してもらうために相談したあいつの仕業なんだ、きっと」

 その言葉に杠の頭の中でずっと考えていた仮説が実体化しはじめていた。旧麗華を操っていた者がいたという仮説が。
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