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焚き火
しおりを挟む「ケガはありませんでしたか?」
その声にハッと我に返る。
温もりを含んだ優しい声色。
「う、うん!お陰様でね。」
腰を抜かして変な格好で座り込んでいるオレに、華奢な手が差し伸べられる。
「クレインこそ、大丈夫か?大丈夫そうではあるけど・・・。」
「大丈夫ですよ、言ったでしょう。おとうさんはボクが守りますって。」
にっこりと微笑む目元。
こうして見ると、本当にただの少年なのに。
草や石ころまみれの獣道みたいな場所をもう何時間歩いただろう。
辺りはうっすらと白んできた。
革靴で歩く場所でも距離でも無いな、と思いながら
普段歩いていた鋪装道路がいかに素晴らしいかを思い知った。
「ク、クレインあとどれくらい・・・はぁはぁ・・・いや、歩こうと思えばまだ歩けるんだけど、はぁ、ちょっと
この辺で休憩なんてどうかな。ぜぇはぁ」
息も絶え絶えとはこの事。
みっともなく肩で息をしてなりふり構っていられないくらいにはクタクタだ。
汗もかいているし、何せ数時間前までは意識を失って倒れてた身だ、もう少し自分を労わらないとまた倒れるかも知れないだろ。
誰に言うでも無く脳内でごちゃごちゃと不満を垂れる。
「そうですね、思ったより進めたので十分でしょう、この辺で野営しましょうか。」
先を行く少年は立ち止まり、そう言った。
さっきの戦闘といい、今といい、クレインからは呼吸の乱れが見られない。
これが若さか。
ゴーグル越しの瞳はにこりと笑った。
手早く、テキパキと簡易テントらしきものを組み立てていくクレイン。
オレは近場での薪拾いを仰せつかった。
スーツで革靴の男が腰を曲げてちまちまと薪を拾っている絵面は我ながら滑稽である。
「クレイン、これくらいで足りるかな。」
設営地に戻ると、もう既にテントは張られていた。
・・・が、クレインの姿が見当たらない。
「カァ!!」
「わぁ!!」
ふいに大きな鳴き声に驚いて薪を全て落としてしまった。
あの時のカラスだ。
クレインのペットなのだろうか。
「も、もう、驚かせるなよ全く。お前のご主人はどこ行ったんだ?」
薪を拾い直しているオレのそう遠くない場所から返答が来る。
「ボクならここですー」
崖下?
覗き込むと小さなため池らしき場所からクレインの声。
着衣のまま肩まで水に浸かっている。
「お、おい!汗を流すにしたって、まだ肌寒い季節だろ。」
「そろそろ戻ります。」
焚き火!!そうだ焚き火だっ!
急いで戻って薪を重ねる。
ポケットから使い捨てライターを取り出して着火する。
「ただいま戻りました。」
全身ずぶぬれのクレインが戻って来た。
両手には大ぶりの魚が数匹。
既に血抜きがされている。
成程、魚を捕りに行ってたのか。
「ほらほら、早く火に当たれ。風邪ひくぞ。」
「あれ???」
その焚き火を見て目を丸くするクレイン。
「ボク、火点けて行きましたっけ?」
「いや?今オレが点けたんだけどマズかったか?」
「え、どうやって・・・」
ポケットから再び取り出した使い捨てライター。
カチ、シュボッと小気味良い音と共に小さな火を灯してみせる。
「!!!!!!!」
声にならない感じで明らかに動揺しているクレイン。
キラキラとした羨望の眼差しがオレの手の中の使い捨てライターに注がれている。
そうか、こういう文明の利器が無い世界なのか。
「おとうさん、魔法使えるんですね!凄い。」
魔法・・・?
まぁ、魔法みたいなもんか?
「魔法が使えるのは竜人族くらいなのに、もしかしておとうさん竜人なの?」
いやいや、バリバリの一般人ですサラリーマン。
この使い捨てライターだって、接客の時用に持ってただけのどこにでもある100円ライターだ。
説明しようとした矢先、可愛いくしゃみが聞こえる。
「っくしゅん」
「ほらほら!言わんこっちゃない!体温下がるから急いで服脱いで乾かそう。オレのジャケット羽織ってればいいから。ほい。」
背中を向けて後ろ手にジャケットを差し出す。
「濡れた服はこっちに渡して。あと、魚も。塩はある?」
「う、うん、有り難う。ナイフや塩はそこのバッグに。」
ぐしょぐしょの重量ある服をある程度絞ってから、テントと木を繋いでいるロープに手際よく掛けて行く。
一人暮らしの賜物、炊事洗濯は任せろ任せろ♪
鼻歌を歌いながらバッグから取り出したナイフで魚のウロコを剥ぐ。
そのままささっと内臓を取り出し、内にも外にも塩を多めにまぶす。
ヒレが焦げない様に化粧塩も忘れずに。
焚き火用の枝で使えそうなものを見繕って、オドリ串風に刺して行く。
後は遠火でじっくり焼き上がるのを待つだけ♪
ふと、隣で魚の残滓を凝視しているカラスに気付いた。
いつの間にこんなに近くに来てたのか。
「このカラスに魚の内臓与えても平気か?クレイン」
つい、勢いよく振りむいてしまった。
ジャケット1枚羽織ってるだけだという事を忘れて。
「うん。」
膝を抱えて焚き火に照らされているクレインは、サイズが合わないオレのジャケットで頭以外の全てが覆われていた。
ぷっ・・・
「?何で笑うんですか。」
「いや、だって、お前・・・可愛いなぁ。」
「可愛い??」
「だって、ほら。手も足も出てないじゃないか。でも良かったな、とりあえず寒くはないだろ?」
小さく頷くクレイン。
マスクを取った顔の、なんと幼い事か。
焚き火のせいか、心なしか頬が赤らんでる様な気もする。
川魚に似た上質な白身の串焼きにかぶりつき、腹を満たしたオレ達はその後テントで暫く眠る事にした。
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