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第19話 デイジー、弟子を奪い返しに行く②
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魔法学園〈ユグドラシル〉はゼファニヤの中心部にあった。そもそもゼファニヤは〈ユグドラシル〉を中心にできた街だから当たり前といえば当たり前だが。
王国中の魔法の才あるものがこの街に集まり、ゼファニヤは魔法学園都市として王国外にもその名が知れ渡っていた。
デイジーたちは〈ユグドラシル〉の広大な敷地をアレキサンダーに乗って空から眺めていた。
「…どこにいるかわかるの?」
シャロワが口にしたのは当然の疑問だった。
おそらくセイフリッドの研究棟は〈ユグドラシル〉にあるはずだ。研究するのにここ以上の条件はないし、ルーファスが師匠と曲りなりに呼んでいたということは、〈ユグドラシル〉で出会ったと考えるのが自然だ。
「自分でも〈ユグドラシル〉の名誉教授だって言ってたから、ここのどこかだと思うんだけど…」
無数の建物があった。
石造り、木造り、木をそのままくり抜いたもの、未知の金属で作られたもの。それらが雑多かつ多層的に重なり合っていた。まるで一個の巨大な獣のようだった。
「う~ん、有名人ではあるだろうから、そこらへんの人に聞いてみる?」とベニマルがたいへん建設的な意見を言った。
「うん、そうしよう。アレキサンダー、あの広場に降りて」
デイジーは眼下に一番最初に目についた広場を指定した。
アギャ!とアレキサンダーは返事をして降り立つ。
まわりにいた人々は突然のワイバーンの来訪に驚いたが、さらにはその背中に乗っていたのが三人の子供であることになおのこと驚いた。
「なんだ?どこかの大貴族か商人の子供か?」そんな声が漏れ聞こえる。
好都合だ。せっかく注目を浴びているのだから、逃す手はない。
デイジーは息を深く吸い込み「セイフリッド・アームストロングの研究室を探しています!どなたか場所を知りませんか?」と大声を出した。
すると、集中していた視線が一気に逸らされてしまった。関わり合いになりたくないのだ。それほどまでに“凶兆のセイフリッド・アームストロング”の名前は恐ろしいらしい。とんだ名誉教授だ。
「あれっ?デイジーちゃんじゃん!」
しかし、聞き覚えのある声が群衆から聞こえた。
「アベルくん!」
群衆の中から出てきたのはアベル・オブライエ第四王子だった。
「よー、よーこんなところでどうしたの?」
甲ハムのスターも胸ポケットから飛び出してきて、キメ顔をくれた。
「アベルくん!セイフリッド・アームストロングの居場所知らない?」
「はあ!?凶兆の?」
「そうそう!それそれ!」
「え?なんの用?あんなのに関わるのやめとけよ。危ないぜ?」
「ルーファス君が連れてかれちゃったの!だから、とりかえしに行くの!」
するとアベルはなにか得心いったかのように真面目な顔でうなずいた。
「…俺も行こう」
「え?なんで?」
「友のピンチには駆けつけるものさ。それにデイジーちゃんにいいとこ見せたいっスからね!」
アベルとスターはウィンクしてアレキサンダーの背中に飛び乗った。
「あ、ありがとう…!場所は知ってるんだよね?」
「うん、あそこだ」
アベルが指さしたのは〈ユグドラシル〉のど真ん中に聳えたつ超巨大な大木であった。多くの枝や幹に窓があり、光が漏れている。人が洞に住んでいるのだ。
「あそこの一番高いところだ。だれでも知ってるよ」
アレキサンダーが浮上しだした。
「あの、もしかしてアベル第四王子ですか?」シャロワがおそるおそるという感じで聞く。
「そうだよ。可愛らしいお嬢さんだね。お名前は?」
「シャロワ・フルリエールと申します」
「ほう、フルリエール家の。これは将来有望だな。お姉さんにはいつもお世話になってるよ」
「そ、そうですか。あの、どうか今日会ったことはお姉さまには言わないでくださいましね」
「ハッハッハッ、秘密の冒険というわけだね。了解したっス。そちらの男の子は?」
「ベニマル・イガといいます」
「…なるほど。これは頼もしい護衛だな。おじいさんは元気かい?」
「ええ。殺しても死にません」
「アハハ、“夢幻”の名は健在というわけだね。今日はよろしく」
アベルとベニマルが握手をした。
なにやらいろいろ因縁あるらしい。
公爵家の娘でありながら外界と隔絶して生きてきたデイジーには想像もつかない豊かな人間関係だった。
与えられた人間関係は乏しくとも、ルーファスとの関係は大切にしたいとデイジーは思った。
「…ルーファス君とあのセイフリッドってどういう関係なのか知ってる?一応師匠とは呼んでたけど…」
デイジーはアベルに聞いた。
「ああ、まあ、これは〈ユグドラシル〉では有名な公然の秘密だから言ってしまって構わないと思うんだけど」
有名な公然の秘密ってなんだ?とデイジーは思ったが黙っていた。
「アベルは伝説の杖を抜いたんだよ」
「は?」
「セイフリッドがどっかの神殿からかっぱらってきた岩付きの杖があってさ、これがどんな力持ちだろうが大魔術師だろうが、それこそ最古の魔法使いの誰一人として抜けなかったんだよ。それをあっさり抜いたのがルーファスってわけ」
デイジーは知らなかった。いくら有名な公然の秘密とはいえ、さすがに盗品に関連することを書類に記すのは憚られたということだろうか。
「そこからがルーファスとセイフリッドの関係の始まりだろうね。師匠呼びしてるのは、貴族じゃない子息は優秀な魔法使いと師弟関係を結ぶことで〈ユグドラシル〉に入れるっつーかび臭い規則があるから一応呼んでるだけだと思うよ」
「そうなんだ。親しい間柄ってわけでもなさそうだったし納得」
「まあ、セイフリッドと親しい人っていうのはちょっと思いつかないっスね」
アベルは巨大樹に近づくと指示を出してセイフリッドの研究棟へと案内した。
「ああ、これだよ。一年前に肝試しで来た事あるから間違いない」
「なにをやってるんだか…」
デイジーは呆れたが、その建物にはもっと呆れた。
それは巨大な墓の形をしていた。直方体で真っ黒で、真正面に白字で『セイフリッド・アームストロング、世界の中心で生を貪るもの、ここに眠る』と書いてあった。
…なんというかこちらが恥ずかしくなってくるセンスだ。
これを見てデイジーは決めた。
「どうします?一応玄関ありますから、わたしが迷子でも装って」シャロワの提案をさえぎって「じゃ、ちょっくら行ってくるから、キミらはここで待機」デイジーは大空に身を投げ出た。
「え、ええっ!?」
シャロワもベニマルもアベルもアレキサンダーでさえも咄嗟のことに驚いていた。その顔が遠ざかり、セイフリッドの墓のような家の天板が近づいてくる。
デイジーは宙返りした。クロは器用にデイジーの肩につかまっている。
デイジーは体中の気を丹田に集め、凝縮し、着地の瞬間かかとに集めて天板を踏みぬいた。
ドォンッ!
巨大樹全体が揺れた。生息している鳥の群れが飛び立つ。
デイジーはもう家のなかに侵入していた。
そして、やはりいた。
バカは高いとこにのぼりたがる。ましてやこんな巨大樹のてっぺんに居を構えるバカだ。
じゃあ、どうせその建物の一番上の階にいるだろう。
予想は当たった。
ホコリ舞う部屋のなかに呆気にとられたセイフリッドの姿。
「よぉ、爺。ルーファス君とりかえしに来たぜ」
デイジーは好戦的に笑った。
血がたぎってきた。
久しぶりの感覚だった。
王国中の魔法の才あるものがこの街に集まり、ゼファニヤは魔法学園都市として王国外にもその名が知れ渡っていた。
デイジーたちは〈ユグドラシル〉の広大な敷地をアレキサンダーに乗って空から眺めていた。
「…どこにいるかわかるの?」
シャロワが口にしたのは当然の疑問だった。
おそらくセイフリッドの研究棟は〈ユグドラシル〉にあるはずだ。研究するのにここ以上の条件はないし、ルーファスが師匠と曲りなりに呼んでいたということは、〈ユグドラシル〉で出会ったと考えるのが自然だ。
「自分でも〈ユグドラシル〉の名誉教授だって言ってたから、ここのどこかだと思うんだけど…」
無数の建物があった。
石造り、木造り、木をそのままくり抜いたもの、未知の金属で作られたもの。それらが雑多かつ多層的に重なり合っていた。まるで一個の巨大な獣のようだった。
「う~ん、有名人ではあるだろうから、そこらへんの人に聞いてみる?」とベニマルがたいへん建設的な意見を言った。
「うん、そうしよう。アレキサンダー、あの広場に降りて」
デイジーは眼下に一番最初に目についた広場を指定した。
アギャ!とアレキサンダーは返事をして降り立つ。
まわりにいた人々は突然のワイバーンの来訪に驚いたが、さらにはその背中に乗っていたのが三人の子供であることになおのこと驚いた。
「なんだ?どこかの大貴族か商人の子供か?」そんな声が漏れ聞こえる。
好都合だ。せっかく注目を浴びているのだから、逃す手はない。
デイジーは息を深く吸い込み「セイフリッド・アームストロングの研究室を探しています!どなたか場所を知りませんか?」と大声を出した。
すると、集中していた視線が一気に逸らされてしまった。関わり合いになりたくないのだ。それほどまでに“凶兆のセイフリッド・アームストロング”の名前は恐ろしいらしい。とんだ名誉教授だ。
「あれっ?デイジーちゃんじゃん!」
しかし、聞き覚えのある声が群衆から聞こえた。
「アベルくん!」
群衆の中から出てきたのはアベル・オブライエ第四王子だった。
「よー、よーこんなところでどうしたの?」
甲ハムのスターも胸ポケットから飛び出してきて、キメ顔をくれた。
「アベルくん!セイフリッド・アームストロングの居場所知らない?」
「はあ!?凶兆の?」
「そうそう!それそれ!」
「え?なんの用?あんなのに関わるのやめとけよ。危ないぜ?」
「ルーファス君が連れてかれちゃったの!だから、とりかえしに行くの!」
するとアベルはなにか得心いったかのように真面目な顔でうなずいた。
「…俺も行こう」
「え?なんで?」
「友のピンチには駆けつけるものさ。それにデイジーちゃんにいいとこ見せたいっスからね!」
アベルとスターはウィンクしてアレキサンダーの背中に飛び乗った。
「あ、ありがとう…!場所は知ってるんだよね?」
「うん、あそこだ」
アベルが指さしたのは〈ユグドラシル〉のど真ん中に聳えたつ超巨大な大木であった。多くの枝や幹に窓があり、光が漏れている。人が洞に住んでいるのだ。
「あそこの一番高いところだ。だれでも知ってるよ」
アレキサンダーが浮上しだした。
「あの、もしかしてアベル第四王子ですか?」シャロワがおそるおそるという感じで聞く。
「そうだよ。可愛らしいお嬢さんだね。お名前は?」
「シャロワ・フルリエールと申します」
「ほう、フルリエール家の。これは将来有望だな。お姉さんにはいつもお世話になってるよ」
「そ、そうですか。あの、どうか今日会ったことはお姉さまには言わないでくださいましね」
「ハッハッハッ、秘密の冒険というわけだね。了解したっス。そちらの男の子は?」
「ベニマル・イガといいます」
「…なるほど。これは頼もしい護衛だな。おじいさんは元気かい?」
「ええ。殺しても死にません」
「アハハ、“夢幻”の名は健在というわけだね。今日はよろしく」
アベルとベニマルが握手をした。
なにやらいろいろ因縁あるらしい。
公爵家の娘でありながら外界と隔絶して生きてきたデイジーには想像もつかない豊かな人間関係だった。
与えられた人間関係は乏しくとも、ルーファスとの関係は大切にしたいとデイジーは思った。
「…ルーファス君とあのセイフリッドってどういう関係なのか知ってる?一応師匠とは呼んでたけど…」
デイジーはアベルに聞いた。
「ああ、まあ、これは〈ユグドラシル〉では有名な公然の秘密だから言ってしまって構わないと思うんだけど」
有名な公然の秘密ってなんだ?とデイジーは思ったが黙っていた。
「アベルは伝説の杖を抜いたんだよ」
「は?」
「セイフリッドがどっかの神殿からかっぱらってきた岩付きの杖があってさ、これがどんな力持ちだろうが大魔術師だろうが、それこそ最古の魔法使いの誰一人として抜けなかったんだよ。それをあっさり抜いたのがルーファスってわけ」
デイジーは知らなかった。いくら有名な公然の秘密とはいえ、さすがに盗品に関連することを書類に記すのは憚られたということだろうか。
「そこからがルーファスとセイフリッドの関係の始まりだろうね。師匠呼びしてるのは、貴族じゃない子息は優秀な魔法使いと師弟関係を結ぶことで〈ユグドラシル〉に入れるっつーかび臭い規則があるから一応呼んでるだけだと思うよ」
「そうなんだ。親しい間柄ってわけでもなさそうだったし納得」
「まあ、セイフリッドと親しい人っていうのはちょっと思いつかないっスね」
アベルは巨大樹に近づくと指示を出してセイフリッドの研究棟へと案内した。
「ああ、これだよ。一年前に肝試しで来た事あるから間違いない」
「なにをやってるんだか…」
デイジーは呆れたが、その建物にはもっと呆れた。
それは巨大な墓の形をしていた。直方体で真っ黒で、真正面に白字で『セイフリッド・アームストロング、世界の中心で生を貪るもの、ここに眠る』と書いてあった。
…なんというかこちらが恥ずかしくなってくるセンスだ。
これを見てデイジーは決めた。
「どうします?一応玄関ありますから、わたしが迷子でも装って」シャロワの提案をさえぎって「じゃ、ちょっくら行ってくるから、キミらはここで待機」デイジーは大空に身を投げ出た。
「え、ええっ!?」
シャロワもベニマルもアベルもアレキサンダーでさえも咄嗟のことに驚いていた。その顔が遠ざかり、セイフリッドの墓のような家の天板が近づいてくる。
デイジーは宙返りした。クロは器用にデイジーの肩につかまっている。
デイジーは体中の気を丹田に集め、凝縮し、着地の瞬間かかとに集めて天板を踏みぬいた。
ドォンッ!
巨大樹全体が揺れた。生息している鳥の群れが飛び立つ。
デイジーはもう家のなかに侵入していた。
そして、やはりいた。
バカは高いとこにのぼりたがる。ましてやこんな巨大樹のてっぺんに居を構えるバカだ。
じゃあ、どうせその建物の一番上の階にいるだろう。
予想は当たった。
ホコリ舞う部屋のなかに呆気にとられたセイフリッドの姿。
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