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帰らず
壱
しおりを挟む鬼門をくぐり抜けた瞬間、押し入れの奥の粉っぽくて喉に引っかかるような湿気た埃の強烈な匂いがぶわりと肺を埋めつくした。
みんなは一斉に顔を顰め袖で鼻を隠すも、声は出さずただひたすら進む。
ここからは時間との戦いだ。ふくらの社が現世に戻ってきたことはまだ私たちしか知らないけれど、直にその話は方々へ伝わるだろう。ともなれば三種の神器を探している芽さんの耳にも届く。
私たちはそうなる前にいち早く払日揮毫筆を見つけ出し、隠れ家へ戻らなければならない。
立ち止まる暇はない。
社頭は伸び切った草木が枯れ果てて、まるで乾いた藁の上を歩いているようだった。少し歩けばすぐに本殿の後が見えた。かつては色が塗られていたであろう柱は、木目の荒さだけがむき出しになっている。屋根の一部は落ち、欠けた瓦の隙間から枯れ葉と土が入り込み、内部に静かな堆積をつくっていた。
私たちはそのまま本殿の前まで回り込んだ。
拝殿へ続く階段は抜け落ちて、正面の鈴緒は途中でちぎれ、縄の繊維が獣の毛のように乱れて垂れ下がっている。
胸が詰まる思いだった。
絶望的な状況で鳥居を閉じて、朽ちゆくのをただ静かに待つしかなかった。なんて寂しいことなんだろう。
手を合わせる時間はないけれど、皆静かに目を瞑って小さく頭を下げる。私たちを守ろうとしたこのお社に敬意を示したかった。
「宝物殿だ。皆、気を引き締めて」
宝物殿は神楽殿の裏にあった。ふくらの社の宝物殿はわくたかむの社と同じで、誰でも中の宝物を鑑賞できるように常時解放している。
どの建物も激しく腐食が進む中、宝物殿の建物だけはおそらく昔の姿から寸分たがわない状態でそこに建っていた。
真っ白な土壁に朱色の柱には厳かな金の細工が施されており、黒屋根は美しく弓なりにしなってずしりと構えている。
「嘉正、来光。行け!」
恵衣くんの号令で二人が隊列を飛び出した。私たちの中でとりわけ失せ物探しの呪歌が得意な二人だ。
残った私たち三人も二手にわかれる。正面の入口は私と恵衣くんで、裏口は慶賀くんが守る。何が起きるのか分からない現状、全員で中へ入るのは危険だと判断したからだ。
みんなが配置に着いた。
緊張した面持ちの嘉正くんと来光くんが「行ってくる」と私たちに告げる。「頼んだ」と二人の目を見て深く頷いた恵衣くん。
黒塗りの扉は長年閉ざされていたせいか鈍い金属音と共にゆっくりと開いた。懐中電灯を照らした二人が中へ入り、バタンと重い音を立てて閉まる。
両手を顔の前で握った。
どうか、払日揮毫筆が見つかりますように。
「大丈夫だ、必ず神器は見つかる。二時間後には風呂に入って寝てる」
まっすぐ前を見つめる恵衣くんがそう零した。
「そうだね」と小さく笑って隣に並ぶ。空はすっかり日が沈み月が登っていた。
宝物殿の重い扉は5分と経たずして中から開いた。険しい顔をした嘉正くんたちが飛び出してきて、「何事だ?」と恵衣くんが眉根を寄せる。
答えるよりも先に来光くんが「シッ」と唇に人差し指を当てた。その隣で嘉正くんが両耳に手を当てて静かに目を閉じている。
中で何かが起きたんだ。
すぐさまグループLINEで慶賀くんへ「集合!」とメッセージを送る。
嘉正くんが「こっちだ」と呟き走り出したのは、宝物殿でも本殿でもなく、社務所がある方角だった。
「何があった!? 宝物殿になかったのか!?」
合流した慶賀くんが額に汗を浮かべながら早口で尋ねる。
「宝物殿にはね。筆が保存されていたケースの蓋が空いてたんだよ。だから慌てて失せ物探しを奏上したら、別の場所から音が聞こえて」
走りながら来光くんが答えた。
別の場所から? つまり誰かが宝物殿から神器を持ち出したということ?
「払日揮毫筆はこの社の中にあるんだな?」
「ああ。たぶん────あそこに」
先頭を走っていた嘉正くんの足が建物の前で止まった。
朽ちかけた建物を見上げる。扉の横には「社務所」と書かれた看板がかけられていた。
「間違いない、この中から聞こえる」
「社務所から? なんでこんなところから……」
「とにかく行くぞ」
土埃で開けづらくなった扉を3人係でこじ開ける。
中は薄暗く、住む人がいなくなった家特有の乾いた埃とカビの匂いで充満していた。
30
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