言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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秘された祝詞

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本庁の役人たちはほとんどが専科生の卒業式に出席しているので庁舎内はとても静かだった。

手薄になっているとはいえ堂々と廊下を曲がり階段を登っていく双子に、泰紀は怯えながらもついていく。


「そんなに堂々と歩いて大丈夫なのかよ?」


きょろきょろと当たりを見回しながら声を潜めて尋ねると、亀代は眼鏡を押し上げて「問題ない」と笑う。

「そもそも役人があまり使わない道を選んで歩いてる」

「なんでそんな事知ってんだよ……」

「軽く三十回はバレずに忍び込んでいるからな」


五十回はバレたけどな、と鶴吉が笑って付け足す。

何やってんだよこの人達は。


コソコソしている自分が馬鹿らしくなって、身を縮めるのはやめた。階段を上りながら踊り場の窓の外を見る。

この時期の神修は、上から見下ろせば桃色の絨毯が敷き詰められたかように桃の花が咲き誇っている景色が見える。

去年の今頃、まだ付き合う前だった恵理えりを誘ってひな祭りの神事を見に行った。一年前だと言うのに、もう随分と遠い昔のような気がする。

恵理と春休みに会う約束はしていない。暫く会えないかもしれない事を伝えると、泣かせてしまった。

親友の巫寿とも連絡が取れなくなって、現世も行方不明事件がまだ続いている。なんとなく"こちら側"が危ない状況であることを察していたらしい。

心配させたくなかったから詳しい話はしなかった。夜は出歩かないこと、外を歩く時は自分が渡したお守りを持ち歩くことを約束させた。

『泰紀や巫寿のために、何も出来ない自分が悔しい。私にも特別な力があれば良かったのに』

涙の理由をそう語った恵理に、体の芯が震えた。


こういう人だから、俺は惚れたんだ。

思わず笑ってしまうと、『何笑ってんのよ』と盛大に鼻をかみながら怒られた。

そういう所をひっくるめて全部が愛おしい。彼女の全てを守りたい。だから自分はここに残って、大切な人たちを守ることに決めたんだ。


「さて、こっからが難関だぞ」


先頭を歩いていた鶴吉が扉の前で足を止めた。

顔をあげると『資料室』と書かれた木札がかかってある。


「難関? 通交札があれば問題ないんじゃなかったのか?」


泰紀の質問に鼻で笑った亀代は「入れば分かる」と目で先に入るよう促した。

なんだか嫌な予感がする。

ごくりと唾を飲み込んで扉に手をかける。腹を括って勢いよく扉を開けた瞬間、まるで渦巻きの中を落ちていくような目が回る感覚と浮遊感に襲われて、視界が暗転した。

ドスンッと派手に尻もちを着いて唸り声をあげた。

いてぇと顔を歪めて顔をあげる。頭上はブラックホールのように何も見えない真っ暗闇が広がっている。かなり上の方から派手に落ちてきた感覚だった。

顔を顰めながら見上げていると、文字通り双子が上から降ってきた。泰紀の隣に難なく着地する。


「おいおいおい! 何だよこれ!?」

「本庁の役人たちが仕掛けたトラップだ。秘匿性の高い資料が保管されているからだろうな。御札の保有者と異なる名前の者が通行したら、このトラップが作動するようになっている」

「知ってたなら先に言ってくんね!?」


激しくぶつけたしりを撫でながら涙目で抗議する。

鶴吉に手を借りて立ち上がって辺りを見渡す。そこは日本の城の中にある廊下のような場所だった。床は板張りで、閉め切られた障子が果てしなく続いている。

大人が二人両手を広げて通れるくらいの広さだろうか。天井は真っ暗闇が広がるだけで高さは測れない。ひたすら真っ直ぐ前に続いており、等間隔に鈍く光る行灯が置いてあった。


「……これ、脱出方法は?」

「この廊下をひたすら進むしかない」


行灯の光でゆらゆらと揺れる影を見つめて唾を飲み込む。


「本庁が仕掛けたトラップってことは、ただ進むだけじゃないんだろ?」

「おっ、察しがいいな」


今鶴吉に褒められても嬉しくない。

一体どんな仕掛けなんだ、と廊下の先を睨んでいると奥の方から青白い光がぼわりと浮かび上がったのが見えた。

あれは……怪し火だ。

来たな、と亀代が不敵に笑う。


「ここは知解ちかいの座というらしい。資料室を閲覧するに値する神職か、知識が試される」

「知解の座……」


聞いてねぇよ恵衣。

頼んだ、と通行札を託してきた同級生を思い出して恨む。

そういう情報は事前共有してくれよ。


「脱出条件は"祝詞を正しく奏上して、この廊下を抜けること"────ただそれだけだ」

「ただそれだけって……」


奥から迫り来る怪し火を睨む。

"祝詞を正しく奏上する"つまり怪し火を祓除すればいいと言うことか。

ふぅとひとつ息を吐いて胸の前で手を合わせた。

妖し火の祓除は「鎮火祝詞」。高等部1年の必修祝詞だ。これまでも嫌という程使ってきた。


「習ってない祝詞の奏上が必要な時は、手伝ってくれよ!」

「おう、任せとけ」


鶴吉が泰紀の肩を叩いて不敵に笑うと隣に立った。二人のそんなやり取りに欠伸をこぼした亀代は廊下の隅に腰を下ろした。


「よし、あとはお前らに任せた」

「ずりーぞ亀代、ジャン負けだろ!」


文句を言う鶴吉に泰紀はずっこける。


「ゲーム感覚で順番決めるなよッ!」


クラスメイトたちと一緒ならボケる側の方が多いのに、今朝からツッコんでばかりだ。

この調子で大丈夫なんだろうか。一抹の不安を抱きながら合わせた手のひらに力を込めた。

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