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第21話 生存者確保
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巨人が崩れ落ちる。怒りを燃やす眼は開いたまま。
どん、と地面が揺れて、土埃が舞い上がる。俺は思わず咳き込んで、曲がって割れた盾に視線を落とす。これまでよくもってくれたものだ、ありがとう。
「終わったな」
誰にいうでもなく、そうつぶやいた。静かだった。あれだけ暴れていた巨人が動かない。それだけで、周囲の空気がまるで別物に感じる。
「まったく、随分暴れてくれたものだ」
いつの間にか隣にいたセオが、埃まみれの服を払いながらため息をついた。相変わらず冷静な口調だったけど、肩はわずかに上下している。こいつも緊張していたんだ。
「セオ。巨人……あれは何だったと思う?」
「おそらく作られた物だろう。あんなに都合のいい魔物を生み出していたんだ、自然発生したとは考えられん。今はそれ以上考えても妄想にしかならない」
「つまり、わからないってことか」
「そうだ。わからないものはわからないと理解できるのは、賢さの一部だと私は思っているよ」
皮肉混じりにそう言って、セオは口元をゆがめた。けれどその目は真剣だった。
「それに、データは取れた。崩落前の様子、魔力の流れ、そしてあの輝くエネルギー。……最低限の成果はあるさ。まあ、地下そのものは潰れてしまったがね」
崩れた遺跡を振り返ると、今はただ瓦礫の山になっていた。謎は残った。だが魔物の発生は止められたんだ。
「――ああ、そうだ。フォルクは?」
俺があたりを見回すと、少し離れた木の陰からフォルクが現れた。額には汗がにじんでいる。
「疲れたー!緊張感が半端なかったわ!」
「そうだな、お互いよく生き延びたもんだ」
最後の投擲は凄かったな。あれは俺じゃ決められなかった。本当に良い相棒に育ってくれた。
「そうだ、地下であの男を追ったけど逃げられたんだ。また魔物を出しやがった」
「仕方ない。何かの組織が活動している事がわかっただけ良しとしよう」
「悪いな。ところで、あの魔石……すげぇサイズだがどうする?俺の槍が刺さってるから抜きたいんだけど」
フォルクが指差す先には、巨大な魔石が、崩れた巨人の体の中心から露出していた。槍が貫いているが。砕かれず輝きを保ったままだ。
「でかすぎる、いらな――」
「絶対に持ち帰るぞ。解析すれば何か分かるかも知れないし、ただの魔石としても有用だ。問題は運搬手段だが……まあ、なんとかなるだろう。君たちが馬鹿みたいな力で引きずればな」
「ひでぇな」
苦笑しながらそう言った俺たちは、重たい空気を一度振り払うように、拳を軽くぶつけ合った。
「さて……」
俺は、まだ微かにうごめいている森の気配に目を向ける。
「先に残った魔物を片付けよう。あの魔物がまだ残っているはずだ」
フォルクとセオも、無言でうなずく。
戦いは終わった。だがきっちり殲滅して安全を確保しないとな。
◇◆◇◆◇
森の中は、すでに薄暗くなり始めていた。
木々の影が長く伸びて、落ち葉の上にまだらな模様を作っている。遠くで鳥の声が一つ、静かに響いて、それきりになった。
「だいぶ静かになったな」
フォルクが槍を軽く払って血を振り落とす。俺は武器が無いので任せきりだ。
あれから出てきた魔物はどれも単発で、フォルクが片付けるのに手間はかからなかった。柔らかいのでその気になれば俺も素手で倒せなくはない。やりたくないが。
セオもすでに戦いの余熱を抜いた体で、折れた枝を足で払いながら歩いてくる。
「まだ全部は回れてないが。ガルド、撤収しようぜ。今日はもう遅い」
「……ああ、そうだな」
俺たちが動き始めたのは朝早くだったが、もう何時間も経っている。森の手前での殲滅、巨人との戦闘、魔物の掃討、そして何よりセオの調査。どれも短くはなかった。
「まずは森を出よう。例の巨人の魔石を取りに行くとするか」
「ああ。引きずっていくのは重いけどな、なんとかなるさ」
「割れかけているんだ、丁重に運びたまえ」
セオが言うたび、フォルクは肩をすくめて笑う。
それに俺もつられて、ようやく少しだけ力が抜けた。
戦いが終わって、今度こそ帰るだけ――そう思っていた。
「……まだいるな」
先を歩くフォルクが、立ち止まってつぶやいた。目を細め、木立の向こうを見据えている。
フォルクはすぐに体を低くして駆けだした。俺もセオも、すぐに後を追う。
数十メートルも進まないうちに、土の匂いに混じって、血と肉の生臭さが鼻を突いた。
風向きが変わり、朽ちた木々の間から、ぬらりと光る何かが見えた。
「……いた」
フォルクが小声で言い、手で制止の合図を出す。視線の先には、岩陰のような空間があった。小さな窪み。その中で、魔物が何かを喰んでいた。
「人間だな」
セオが静かに呟いた。俺の背筋に、冷たいものが走る。
数匹の魔物がかたまり、中心に置いた人を喰っている。
「このツルツル野郎が!」
「死ねッ!」
全力で拳を振り抜いて柔らかい体を貫く。それでも動くが首を掴んで捻りきってやった。地面に叩き付けて次を探すが、俺が一体倒す間にフォルクが槍で残りを処理していた。
「無茶すんじゃねぇよ」
「あぁ、すまん。まずは埋葬しよう」
酷い状態だ。ほとんど食われてしまっている。
「待て、生きているぞ」
「は?」
コレが?
腕も、脚も、無かった。肌は血と泥と魔物の粘液に塗れ、原型を留めないほどに裂け、崩れ、腫れ上がっていた。
顔も判別できず、かろうじて人型であるとわかるその体は、もはや性別すら不明だった。
「生きてる……?」
フォルクが、絶句する。
確かに、微かに、呼吸をしていた。いや、呼吸ではない。魔力だ。
その体からは、僅かに魔力の揺らぎが放たれていた。
「……治癒魔法だな。だがこれは……」
セオが低く呟く。
「完全に意識を失っている。無意識で治癒魔法が発動しているようだ。魔物たちが神聖魔法を嫌がって、端から少しずつ喰っていたんだろう」
それで、この状態で喰われながら生きていたってことか。
自らを癒やし続け、ただ、生存本能だけで生きながらえている。それでも少しずつ、少しずつ喰われ、やがて顔も体も失い――
「……くそ……!」
怒りと、恐怖と、胸を締めつけるようなやるせなさが渦を巻く。
けれどその中で、ひとつだけ確かな想いがあった。
「助ける」
俺はしゃがみ込み、そっとその体に手を添えた。
「介錯してやれ。その状態で意識を取り戻してどうなる」
「俺の能力なら治せる。必ず治してみせる」
「この状態からか?聞いていないぞ。しかし治したいなら今はやめておけ、痛みが消えたらおそらく安心して死ぬぞ」
「なに?どうすればいい?」
「出来るなら、痛みを残したまま状態を安定させろ。後は安全な場所で時間をかけて治療すれば、あるいは」
「わかった」
セオが言うならそうなんだろう。今はこの人物の為に出来る事をする。
「フォルク、頼めるか」
「分かってるよ。村まで走って馬車を取ってくる。しばらくここで待っててくれ」
「頼む」
フォルクはうなずくと、そのまま森を抜けて駆け出した。
頼りになる相棒だ。本当に、こういう時にいてくれて助かる。
俺はゆっくりと呼吸を整えた。今やれるのは――ほんの僅かな応急処置だけ。
「すまんが、まだ頑張ってくれ。もう少しだからな」
指先に力を込めて、傷口から魔力の漏出を抑えるよう、薄く魔力を流し込む。
組織を癒やすのではなく、維持するための最小限の処置。
皮膚や肉の再生は後回しだ。今は、生き延びさせることだけに集中する。
「……絶対に、無駄にはしない」
森の中は既に暗くなっていた。
数時間後。出来るだけの治療を施して暫く、フォルクが戻ってきた。
「馬車、持ってきたぞ。森の入り口に置いてある」
フォルクは息を切らせながら戻ってきた。頼もしい奴だ。
「よし。じゃあ、慎重に運ぶぞ」
近くにこの人物が着ていたと思われる服がぼろぼろの状態で落ちていた。女物の服だ。神聖魔法を使う女性。彼女こそが、村人を庇って犠牲になったという教会の治癒師かもしれない。
俺たちは三人がかりで、彼女の身体を覆うように布を巻き、担架のようにして持ち上げた。
体は驚くほど軽かった。血も肉も、もうほとんど残っていない。
けれど、その中に宿る命の灯火は、確かに感じられた。
村までは戻らず、そのまま森の外れに馬車を停めて、その場で今夜は泊まることにした。
彼女を揺らすわけにはいかないし、万が一の変化にもすぐ対応できるようにしておきたかった。
俺たちは馬車の中を少しでも快適に整て彼女を横たえ、治療を再開した。
◇◆◇◆◇
「ひどい状態だったな。本当に治るのか?」
「さあな。だがガルドがやると言っているのだ、失敗したら慰めてやるんだな」
「えぇぇ、ガルドを慰めるって想像つかねぇぞ」
焚き火で暖を取りながら、乾燥した豆と干し肉を一緒に煮て簡単な飯を作る。
夜の冷え込みは思ったよりも厳しくて、毛布を羽織っていても肩が冷える。
だけど、それ以上に心に刺さって離れないのは……馬車の中から、時折漏れる少女のうめき声だ。
「生きていたのが奇跡だな。というより……“死ねなかった”というべきか」
「どゆこと?」
「状況と魔力の痕跡から見て、ほぼ間違いない。本人の意思じゃない。反射のような、魔力の暴走だ」
セオは目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「治癒魔法は、本来、明確な目的と魔力操作がなければ維持できない。だが……彼女は無意識にそれを続けていた。そしてそれが魔物を退け、少しずつ喰われていたんだろう」
「……地獄だな」
「神聖魔法、特に治癒魔法の天賦の才があったのだろうが、仮に傷が治ったところで、失った手や足まで全て戻ったとしても、まともな精神が残っているとは思えんね」
「はぁ。やるせねぇなぁ」
「慰めの言葉を考えておきたまえ」
今回は散々だ。
こんな遠い所まで来て、村人は陰鬱、でかい魔物を倒したのに保存食しか食うものがない、最後にコレとはなぁ。
干し肉の塩気だけで調理された豆を食って毛布にくるまった。
明日は早く村に帰って、何か美味い物が食いてぇ。
翌朝。
鳥のさえずりで目を覚ました。
昨夜は森の縁で、セオと毛布を分け合って地面に寝転んだ。湿った草の匂いと冷たい朝の空気に包まれながら、体を伸ばしてあくびをひとつ。焚き火はとうに消えていたが、まだ煙の匂いがかすかに残っていた。
「……ま、無事に朝が来ただけでも良し、か」
もぞもぞと起き上がり、隣を見ると、セオも目を開けていた。寝癖で跳ねた髪を直す気配もなく、ぼんやりと空を見上げている。
「起きてるなら火を起こしてくれよ。腹減ったろ」
「……ああ。朝は君のほうが働き者のようだな」
セオが皮肉まじりに言いながら、ゆっくりと腰を上げた。
セオが魔馬の世話をする間に小さな火を起こし、保存していた干し肉と硬いパンを簡単に炙った。皮臭い水で口をすすぎ、木皿を取って炙った物を乗せてやる。
「……ガルドの分、持っていくわ。たぶん徹夜だろ」
「彼のことだ、あれからずっと張りつきだろう。中の様子も気になる」
木皿を手に、そっと馬車の覆いをめくった。
そこで見たのは――
「ガ、ガルドぉぉ!?」
目に飛び込んできたのは、毛布に包まって眠るガルドの姿。そして、その腕の中に、白磁のような肌と淡い紫色の髪を持つ少女が、静かに寄り添っていた。
「セオ!セオ!!ちょっと来い!」
セオはいつもの無表情のまま、のそのそと近づいてきたが、馬車の中を覗き込んだ瞬間、わずかに目を見開いた。
「……まさか、ここまで……。信じられん」
「なあ、これ……大丈夫なのか? 動かしても……」
セオが女の子の胸を凝視している。やめろよ、そういうのよくないぜ?
「呼吸は安定している。意識はないが、容態は明らかに改善している。……揺れで悪化することもないだろう」
セオは馬車の扉を軽く叩き、軽く息を吐いた。
「ガルド。君は少し眠れ」
そのまま馬車の前へと向かい、魔馬を馬車に繋いで御者台にひらりと乗り込む。俺も隣に腰を下ろした。
「なんかすげえな、あの子。昨日はもう、人かどうかも分からんぐらいだったのに……」
「ガルドの魔法と、彼の執念だろうな」
「すげえな、ほんと。すげぇ可愛かった」
「……ああ、皮肉抜きに感心するよ」
馬車は静かに森を離れ、一時拠点の村へと向かって進み出した。
色々あったけど、今回の旅はよかったな!
――――――――――
「男性向けの癖に女性キャラ少なくない?」
「エボロロロロロ ! すまない、久々の女性キャラで吐き気が」
「ナンデ!?女性キャラナンデ!?」
「無理だよぉ!わかんないよぉ!お嬢様部の知識しかないですわよ!」
「しっかりですわ!お嬢様部の経験で乗り切りますわよ!」
女性キャラはスタメンになれますかしら!?
どん、と地面が揺れて、土埃が舞い上がる。俺は思わず咳き込んで、曲がって割れた盾に視線を落とす。これまでよくもってくれたものだ、ありがとう。
「終わったな」
誰にいうでもなく、そうつぶやいた。静かだった。あれだけ暴れていた巨人が動かない。それだけで、周囲の空気がまるで別物に感じる。
「まったく、随分暴れてくれたものだ」
いつの間にか隣にいたセオが、埃まみれの服を払いながらため息をついた。相変わらず冷静な口調だったけど、肩はわずかに上下している。こいつも緊張していたんだ。
「セオ。巨人……あれは何だったと思う?」
「おそらく作られた物だろう。あんなに都合のいい魔物を生み出していたんだ、自然発生したとは考えられん。今はそれ以上考えても妄想にしかならない」
「つまり、わからないってことか」
「そうだ。わからないものはわからないと理解できるのは、賢さの一部だと私は思っているよ」
皮肉混じりにそう言って、セオは口元をゆがめた。けれどその目は真剣だった。
「それに、データは取れた。崩落前の様子、魔力の流れ、そしてあの輝くエネルギー。……最低限の成果はあるさ。まあ、地下そのものは潰れてしまったがね」
崩れた遺跡を振り返ると、今はただ瓦礫の山になっていた。謎は残った。だが魔物の発生は止められたんだ。
「――ああ、そうだ。フォルクは?」
俺があたりを見回すと、少し離れた木の陰からフォルクが現れた。額には汗がにじんでいる。
「疲れたー!緊張感が半端なかったわ!」
「そうだな、お互いよく生き延びたもんだ」
最後の投擲は凄かったな。あれは俺じゃ決められなかった。本当に良い相棒に育ってくれた。
「そうだ、地下であの男を追ったけど逃げられたんだ。また魔物を出しやがった」
「仕方ない。何かの組織が活動している事がわかっただけ良しとしよう」
「悪いな。ところで、あの魔石……すげぇサイズだがどうする?俺の槍が刺さってるから抜きたいんだけど」
フォルクが指差す先には、巨大な魔石が、崩れた巨人の体の中心から露出していた。槍が貫いているが。砕かれず輝きを保ったままだ。
「でかすぎる、いらな――」
「絶対に持ち帰るぞ。解析すれば何か分かるかも知れないし、ただの魔石としても有用だ。問題は運搬手段だが……まあ、なんとかなるだろう。君たちが馬鹿みたいな力で引きずればな」
「ひでぇな」
苦笑しながらそう言った俺たちは、重たい空気を一度振り払うように、拳を軽くぶつけ合った。
「さて……」
俺は、まだ微かにうごめいている森の気配に目を向ける。
「先に残った魔物を片付けよう。あの魔物がまだ残っているはずだ」
フォルクとセオも、無言でうなずく。
戦いは終わった。だがきっちり殲滅して安全を確保しないとな。
◇◆◇◆◇
森の中は、すでに薄暗くなり始めていた。
木々の影が長く伸びて、落ち葉の上にまだらな模様を作っている。遠くで鳥の声が一つ、静かに響いて、それきりになった。
「だいぶ静かになったな」
フォルクが槍を軽く払って血を振り落とす。俺は武器が無いので任せきりだ。
あれから出てきた魔物はどれも単発で、フォルクが片付けるのに手間はかからなかった。柔らかいのでその気になれば俺も素手で倒せなくはない。やりたくないが。
セオもすでに戦いの余熱を抜いた体で、折れた枝を足で払いながら歩いてくる。
「まだ全部は回れてないが。ガルド、撤収しようぜ。今日はもう遅い」
「……ああ、そうだな」
俺たちが動き始めたのは朝早くだったが、もう何時間も経っている。森の手前での殲滅、巨人との戦闘、魔物の掃討、そして何よりセオの調査。どれも短くはなかった。
「まずは森を出よう。例の巨人の魔石を取りに行くとするか」
「ああ。引きずっていくのは重いけどな、なんとかなるさ」
「割れかけているんだ、丁重に運びたまえ」
セオが言うたび、フォルクは肩をすくめて笑う。
それに俺もつられて、ようやく少しだけ力が抜けた。
戦いが終わって、今度こそ帰るだけ――そう思っていた。
「……まだいるな」
先を歩くフォルクが、立ち止まってつぶやいた。目を細め、木立の向こうを見据えている。
フォルクはすぐに体を低くして駆けだした。俺もセオも、すぐに後を追う。
数十メートルも進まないうちに、土の匂いに混じって、血と肉の生臭さが鼻を突いた。
風向きが変わり、朽ちた木々の間から、ぬらりと光る何かが見えた。
「……いた」
フォルクが小声で言い、手で制止の合図を出す。視線の先には、岩陰のような空間があった。小さな窪み。その中で、魔物が何かを喰んでいた。
「人間だな」
セオが静かに呟いた。俺の背筋に、冷たいものが走る。
数匹の魔物がかたまり、中心に置いた人を喰っている。
「このツルツル野郎が!」
「死ねッ!」
全力で拳を振り抜いて柔らかい体を貫く。それでも動くが首を掴んで捻りきってやった。地面に叩き付けて次を探すが、俺が一体倒す間にフォルクが槍で残りを処理していた。
「無茶すんじゃねぇよ」
「あぁ、すまん。まずは埋葬しよう」
酷い状態だ。ほとんど食われてしまっている。
「待て、生きているぞ」
「は?」
コレが?
腕も、脚も、無かった。肌は血と泥と魔物の粘液に塗れ、原型を留めないほどに裂け、崩れ、腫れ上がっていた。
顔も判別できず、かろうじて人型であるとわかるその体は、もはや性別すら不明だった。
「生きてる……?」
フォルクが、絶句する。
確かに、微かに、呼吸をしていた。いや、呼吸ではない。魔力だ。
その体からは、僅かに魔力の揺らぎが放たれていた。
「……治癒魔法だな。だがこれは……」
セオが低く呟く。
「完全に意識を失っている。無意識で治癒魔法が発動しているようだ。魔物たちが神聖魔法を嫌がって、端から少しずつ喰っていたんだろう」
それで、この状態で喰われながら生きていたってことか。
自らを癒やし続け、ただ、生存本能だけで生きながらえている。それでも少しずつ、少しずつ喰われ、やがて顔も体も失い――
「……くそ……!」
怒りと、恐怖と、胸を締めつけるようなやるせなさが渦を巻く。
けれどその中で、ひとつだけ確かな想いがあった。
「助ける」
俺はしゃがみ込み、そっとその体に手を添えた。
「介錯してやれ。その状態で意識を取り戻してどうなる」
「俺の能力なら治せる。必ず治してみせる」
「この状態からか?聞いていないぞ。しかし治したいなら今はやめておけ、痛みが消えたらおそらく安心して死ぬぞ」
「なに?どうすればいい?」
「出来るなら、痛みを残したまま状態を安定させろ。後は安全な場所で時間をかけて治療すれば、あるいは」
「わかった」
セオが言うならそうなんだろう。今はこの人物の為に出来る事をする。
「フォルク、頼めるか」
「分かってるよ。村まで走って馬車を取ってくる。しばらくここで待っててくれ」
「頼む」
フォルクはうなずくと、そのまま森を抜けて駆け出した。
頼りになる相棒だ。本当に、こういう時にいてくれて助かる。
俺はゆっくりと呼吸を整えた。今やれるのは――ほんの僅かな応急処置だけ。
「すまんが、まだ頑張ってくれ。もう少しだからな」
指先に力を込めて、傷口から魔力の漏出を抑えるよう、薄く魔力を流し込む。
組織を癒やすのではなく、維持するための最小限の処置。
皮膚や肉の再生は後回しだ。今は、生き延びさせることだけに集中する。
「……絶対に、無駄にはしない」
森の中は既に暗くなっていた。
数時間後。出来るだけの治療を施して暫く、フォルクが戻ってきた。
「馬車、持ってきたぞ。森の入り口に置いてある」
フォルクは息を切らせながら戻ってきた。頼もしい奴だ。
「よし。じゃあ、慎重に運ぶぞ」
近くにこの人物が着ていたと思われる服がぼろぼろの状態で落ちていた。女物の服だ。神聖魔法を使う女性。彼女こそが、村人を庇って犠牲になったという教会の治癒師かもしれない。
俺たちは三人がかりで、彼女の身体を覆うように布を巻き、担架のようにして持ち上げた。
体は驚くほど軽かった。血も肉も、もうほとんど残っていない。
けれど、その中に宿る命の灯火は、確かに感じられた。
村までは戻らず、そのまま森の外れに馬車を停めて、その場で今夜は泊まることにした。
彼女を揺らすわけにはいかないし、万が一の変化にもすぐ対応できるようにしておきたかった。
俺たちは馬車の中を少しでも快適に整て彼女を横たえ、治療を再開した。
◇◆◇◆◇
「ひどい状態だったな。本当に治るのか?」
「さあな。だがガルドがやると言っているのだ、失敗したら慰めてやるんだな」
「えぇぇ、ガルドを慰めるって想像つかねぇぞ」
焚き火で暖を取りながら、乾燥した豆と干し肉を一緒に煮て簡単な飯を作る。
夜の冷え込みは思ったよりも厳しくて、毛布を羽織っていても肩が冷える。
だけど、それ以上に心に刺さって離れないのは……馬車の中から、時折漏れる少女のうめき声だ。
「生きていたのが奇跡だな。というより……“死ねなかった”というべきか」
「どゆこと?」
「状況と魔力の痕跡から見て、ほぼ間違いない。本人の意思じゃない。反射のような、魔力の暴走だ」
セオは目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「治癒魔法は、本来、明確な目的と魔力操作がなければ維持できない。だが……彼女は無意識にそれを続けていた。そしてそれが魔物を退け、少しずつ喰われていたんだろう」
「……地獄だな」
「神聖魔法、特に治癒魔法の天賦の才があったのだろうが、仮に傷が治ったところで、失った手や足まで全て戻ったとしても、まともな精神が残っているとは思えんね」
「はぁ。やるせねぇなぁ」
「慰めの言葉を考えておきたまえ」
今回は散々だ。
こんな遠い所まで来て、村人は陰鬱、でかい魔物を倒したのに保存食しか食うものがない、最後にコレとはなぁ。
干し肉の塩気だけで調理された豆を食って毛布にくるまった。
明日は早く村に帰って、何か美味い物が食いてぇ。
翌朝。
鳥のさえずりで目を覚ました。
昨夜は森の縁で、セオと毛布を分け合って地面に寝転んだ。湿った草の匂いと冷たい朝の空気に包まれながら、体を伸ばしてあくびをひとつ。焚き火はとうに消えていたが、まだ煙の匂いがかすかに残っていた。
「……ま、無事に朝が来ただけでも良し、か」
もぞもぞと起き上がり、隣を見ると、セオも目を開けていた。寝癖で跳ねた髪を直す気配もなく、ぼんやりと空を見上げている。
「起きてるなら火を起こしてくれよ。腹減ったろ」
「……ああ。朝は君のほうが働き者のようだな」
セオが皮肉まじりに言いながら、ゆっくりと腰を上げた。
セオが魔馬の世話をする間に小さな火を起こし、保存していた干し肉と硬いパンを簡単に炙った。皮臭い水で口をすすぎ、木皿を取って炙った物を乗せてやる。
「……ガルドの分、持っていくわ。たぶん徹夜だろ」
「彼のことだ、あれからずっと張りつきだろう。中の様子も気になる」
木皿を手に、そっと馬車の覆いをめくった。
そこで見たのは――
「ガ、ガルドぉぉ!?」
目に飛び込んできたのは、毛布に包まって眠るガルドの姿。そして、その腕の中に、白磁のような肌と淡い紫色の髪を持つ少女が、静かに寄り添っていた。
「セオ!セオ!!ちょっと来い!」
セオはいつもの無表情のまま、のそのそと近づいてきたが、馬車の中を覗き込んだ瞬間、わずかに目を見開いた。
「……まさか、ここまで……。信じられん」
「なあ、これ……大丈夫なのか? 動かしても……」
セオが女の子の胸を凝視している。やめろよ、そういうのよくないぜ?
「呼吸は安定している。意識はないが、容態は明らかに改善している。……揺れで悪化することもないだろう」
セオは馬車の扉を軽く叩き、軽く息を吐いた。
「ガルド。君は少し眠れ」
そのまま馬車の前へと向かい、魔馬を馬車に繋いで御者台にひらりと乗り込む。俺も隣に腰を下ろした。
「なんかすげえな、あの子。昨日はもう、人かどうかも分からんぐらいだったのに……」
「ガルドの魔法と、彼の執念だろうな」
「すげえな、ほんと。すげぇ可愛かった」
「……ああ、皮肉抜きに感心するよ」
馬車は静かに森を離れ、一時拠点の村へと向かって進み出した。
色々あったけど、今回の旅はよかったな!
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「男性向けの癖に女性キャラ少なくない?」
「エボロロロロロ ! すまない、久々の女性キャラで吐き気が」
「ナンデ!?女性キャラナンデ!?」
「無理だよぉ!わかんないよぉ!お嬢様部の知識しかないですわよ!」
「しっかりですわ!お嬢様部の経験で乗り切りますわよ!」
女性キャラはスタメンになれますかしら!?
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ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
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調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
盾の間違った使い方
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その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
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