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それからも彼が大学へ来ることは無かった。僕もあの日以来彼とは会っておらず、連絡も取れていない。何となく、彼と会うのが怖かった。
あのまま見て見ぬ振りをして、彼はどうなってしまうのだろうか。そう考えることさえも怖かった。僕が何とかしなければ、そう思ってみても成す術などなく頭を悩ませるばかりだった。
何かの間違いだ、夢であって欲しいと何度願っても、彼は僕の前に姿を現さない。
僕の周りを取り巻く環境は、彼のことなど忘れてしまったかのように淡々と、そして平穏に時が流れている。それがとても辛く哀しかった。
やはり、このまま見過ごすわけにはいかない。しかし彼は僕の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。本当のことを伝え彼を悲しませることが、本当に彼のためになるのだろうか。
決心が鈍る。地に足がついていないような心地の悪さが全身を襲う。
零れ落ちそうになる溜め息を必死で飲み込み、自分自身を奮い立たせた。
「頑張れ、僕……」
そう独り言を呟いて拳を固く握りしめた。“今から行く”と、たった一言メッセージを送信し、足早に彼の元を目指した。
力強く大地を踏む。周りの景色などは目に映らない。ただあるのは、一刻も早く友人を救い出さなければという強い信念だけだった。
彼の住むアパートへ着くなり、僕は断りも入れずに上がり込んだ。そして彼の居る部屋の戸を勢いよく開け放つ。しかし彼は振り返ることもしなかった。
「慶介! 僕の話を聞いてくれ」
声を掛けられても尚彼はこちらを見向きもしない。今までに感じたこともないようなとてつもない怒りが込み上げる。
気付けば僕は彼の向かう机に拳を振り下ろしていた。
彼の肩がビクリと跳ねるその瞬間を僕は見逃さなかった。襟元を掴み強く引き上げ、彼の瞳をまっすぐに睨みつけた。
「気付いてるだろ、こっち向けよ」
空虚で冷たい瞳がこちらを捉える。瞬きひとつしないその瞳に、今までの彼の面影などは一切感じられなかった。
「来てたのか……」
冷たく言い放たれたその言葉に憤りを覚えた。吐き出してしまいそうになる暴言の数々を押し殺して、声を絞り出す。
「僕はお前と、話しをしに来た」
「わざわざ何だ、改まって……変な奴だな」
「……変なのは、お前の方だよ」
反射的に呟いてしまった。途端に彼の眼の色が変わる。空虚な世界に悲しみを帯びたように見えた。
「気付いているんじゃないのか、本当は──……」
「やめてくれ。そんなことを言いに来たのなら、帰ってくれ!」
振り払われた僕の手は虚しく宙を舞う。拒絶されることも悲しませてしまうことも分かっていたはずなのに、何故こんなにも胸が締め付けられるのだろうか。
本当は、僕の言葉をすぐに受け入れ立ち直ってくれることを期待していたのかもしれない。
僕は振り払われた手をどうすることも出来なかった。
「理解した上で、こんなことやってるのか」
「こんなこと……?」
彼の瞳は先程までとは一変し、怒りの色に染まった。
「シュウちゃんにとっては“こんなこと”でも、俺にとっては生きる希望なんだよ。大切なモノを失ったこともないお前に……お前なんかに、俺の気持が分かるのかよ!」
衝撃だった。声を荒げて自身の想いを主張する彼を見るのは、長い付き合いの中でもこれが初めてだった。
“生きる希望”彼は確かにそう言った。しかし僕には今の彼が生きているとは到底思えなかった。こんなもの、死んだも同然ではないか。本当に彼はこんなことを望んでいるのだろうか。
彼の言う通り、僕には理解し得ないことなのだろうか。
「慶介は、それで幸せなのか?」
「幸せだよ、このまま死ねるなら本望だってくらい……」
「そうか……」
僕が間違っていたよ、そう告げて僕は彼に背を向けた。彼は歯切れの悪い返事をすると、押し黙ったまま僕を玄関先まで見送ってくれた。
家に着くなり、僕は床に倒れ込んだ。緊張の糸が解けたのだろう。足に、全身に力が入らない。このまま眠ってしまおう。
そして僕はすべてを忘れ去る様に眠りについた。
それから数週間後、彼が自宅で亡くなっていたという知らせが僕の元へ届いた。睡眠不足による過労と栄養失調が原因だったという噂を耳にしたが、実際のところは誰も分からない。
不思議と涙は出なかった。むしろある種の喜びさえ感じられていた。これで僕も彼の言った“大切なモノを失った気持ち”を理解してあげられるのだから。
気が付けば僕は、一台のパソコンと向き合っていた。
そう、あの日の彼と同じように──……。
それからも彼が大学へ来ることは無かった。僕もあの日以来彼とは会っておらず、連絡も取れていない。何となく、彼と会うのが怖かった。
あのまま見て見ぬ振りをして、彼はどうなってしまうのだろうか。そう考えることさえも怖かった。僕が何とかしなければ、そう思ってみても成す術などなく頭を悩ませるばかりだった。
何かの間違いだ、夢であって欲しいと何度願っても、彼は僕の前に姿を現さない。
僕の周りを取り巻く環境は、彼のことなど忘れてしまったかのように淡々と、そして平穏に時が流れている。それがとても辛く哀しかった。
やはり、このまま見過ごすわけにはいかない。しかし彼は僕の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。本当のことを伝え彼を悲しませることが、本当に彼のためになるのだろうか。
決心が鈍る。地に足がついていないような心地の悪さが全身を襲う。
零れ落ちそうになる溜め息を必死で飲み込み、自分自身を奮い立たせた。
「頑張れ、僕……」
そう独り言を呟いて拳を固く握りしめた。“今から行く”と、たった一言メッセージを送信し、足早に彼の元を目指した。
力強く大地を踏む。周りの景色などは目に映らない。ただあるのは、一刻も早く友人を救い出さなければという強い信念だけだった。
彼の住むアパートへ着くなり、僕は断りも入れずに上がり込んだ。そして彼の居る部屋の戸を勢いよく開け放つ。しかし彼は振り返ることもしなかった。
「慶介! 僕の話を聞いてくれ」
声を掛けられても尚彼はこちらを見向きもしない。今までに感じたこともないようなとてつもない怒りが込み上げる。
気付けば僕は彼の向かう机に拳を振り下ろしていた。
彼の肩がビクリと跳ねるその瞬間を僕は見逃さなかった。襟元を掴み強く引き上げ、彼の瞳をまっすぐに睨みつけた。
「気付いてるだろ、こっち向けよ」
空虚で冷たい瞳がこちらを捉える。瞬きひとつしないその瞳に、今までの彼の面影などは一切感じられなかった。
「来てたのか……」
冷たく言い放たれたその言葉に憤りを覚えた。吐き出してしまいそうになる暴言の数々を押し殺して、声を絞り出す。
「僕はお前と、話しをしに来た」
「わざわざ何だ、改まって……変な奴だな」
「……変なのは、お前の方だよ」
反射的に呟いてしまった。途端に彼の眼の色が変わる。空虚な世界に悲しみを帯びたように見えた。
「気付いているんじゃないのか、本当は──……」
「やめてくれ。そんなことを言いに来たのなら、帰ってくれ!」
振り払われた僕の手は虚しく宙を舞う。拒絶されることも悲しませてしまうことも分かっていたはずなのに、何故こんなにも胸が締め付けられるのだろうか。
本当は、僕の言葉をすぐに受け入れ立ち直ってくれることを期待していたのかもしれない。
僕は振り払われた手をどうすることも出来なかった。
「理解した上で、こんなことやってるのか」
「こんなこと……?」
彼の瞳は先程までとは一変し、怒りの色に染まった。
「シュウちゃんにとっては“こんなこと”でも、俺にとっては生きる希望なんだよ。大切なモノを失ったこともないお前に……お前なんかに、俺の気持が分かるのかよ!」
衝撃だった。声を荒げて自身の想いを主張する彼を見るのは、長い付き合いの中でもこれが初めてだった。
“生きる希望”彼は確かにそう言った。しかし僕には今の彼が生きているとは到底思えなかった。こんなもの、死んだも同然ではないか。本当に彼はこんなことを望んでいるのだろうか。
彼の言う通り、僕には理解し得ないことなのだろうか。
「慶介は、それで幸せなのか?」
「幸せだよ、このまま死ねるなら本望だってくらい……」
「そうか……」
僕が間違っていたよ、そう告げて僕は彼に背を向けた。彼は歯切れの悪い返事をすると、押し黙ったまま僕を玄関先まで見送ってくれた。
家に着くなり、僕は床に倒れ込んだ。緊張の糸が解けたのだろう。足に、全身に力が入らない。このまま眠ってしまおう。
そして僕はすべてを忘れ去る様に眠りについた。
それから数週間後、彼が自宅で亡くなっていたという知らせが僕の元へ届いた。睡眠不足による過労と栄養失調が原因だったという噂を耳にしたが、実際のところは誰も分からない。
不思議と涙は出なかった。むしろある種の喜びさえ感じられていた。これで僕も彼の言った“大切なモノを失った気持ち”を理解してあげられるのだから。
気が付けば僕は、一台のパソコンと向き合っていた。
そう、あの日の彼と同じように──……。
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