盲目少年

相模とまこ

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ふうっと短い溜息が耳に届いた。

はっとして顔を上げると、いつの間にか辺りは真っ暗。僕が此処へ来てどれくらいの時間が経ったのだろうか。そんなことを考えていると、友人から声を掛けられた。


「シュウちゃん、お待たせ。ご飯行こうか」


夕方に見たときとは打って変わって、にっこりと気持ちの良い笑顔を見せる彼。僅かな安心感を覚え、つられて僕も微笑んだ。


「完成した?」
「そうなんだ、漸くね。二、三日続けて画面と向き合ってたから、さすがに疲れた」
「じゃあ、今日は美味しいものでも食べてしっかり休もうよ」


彼は僕の言葉に賛同すると、せかせかと身支度をはじめた。

その後は二人で近所にある小さなファミリーレストランへ行き、食事をした。お膳の上の食べ物ももうすぐ無くなりそうな頃、僕は彼に先程のプログラムについて問いかけた。


「それで、結局アレは何をつくってたの?」


僕の言葉を耳にした彼は一瞬だけ怪訝な顔をした。そしてぽつりと呟いた。


「里沙のこと、覚えてる?」


突然の質問に驚き、慌てて頷いた。里沙とは、半年程前に不慮の事故により亡くなってしまった慶介の婚約者である。


「どうしても忘れられなくてさ。写真とか動画とか観ているうちに、また会いたくなっちゃって……せめて機械の中で生かしてやれないかなって思ってね……」


僕には彼の言っていることが分からない。けれど彼があまりにも悲しそうに笑うせいで、それ以上追求することは出来なかった。

食事を終えた後、僕は彼をアパートまで送り届けた。レストランでそのまま解散してもよかったのだが、何ともいえない不安を感じ彼を一人帰すのは心許無かった。


「それじゃあ僕も帰るから。今日のところはしっかり休んで。明日からはちゃんと寝て、ちゃんと起きてご飯食べて……
「分かってるって、子供じゃ無いんだから。気をつけて帰れよ」


保護者みたいだな、なんて言いながら二人で笑い合った。そして軽く手を振り、僕はアパートを後にした。

それから数週後、長期休みが明けた。僕は学校にバイトと忙しい毎日を送り、彼とは会えない日々が続いていた。そんなある日、他学部に通う友人から彼の噂を聞いた。

噂によると彼は、休みが明けてから一度も大学に姿を見せていないらしい。心配になった。そして多大な不安を覚えた。僕の脳裏に過ぎるのは、あの日の彼の姿。

僕は友人に軽い挨拶をして、その場を離れ急いで彼の家へ向かった。

大学から彼の家までは、電車で三十分ほどを要する。電車を降りて彼の家までの道中で連絡を入れてみるものの、返信は無かった。

玄関先でもう一度電話を掛けるが、やはり反応は無い。柄にも無く慌てていたのか、僕はチャイムも鳴らさずに室内に上がりこんだ。

目の前には、あの日と同じ光景が広がっていた。

突然、あの日彼が “せめて機械の中で生かしてやれないか……”と寂しそうに語っていたことを思い出した。

徐に扉を開け放つ。やはり彼はそこに居た。しかし此方を見向きもしない。

彼はあの日と同じように、ただ只管、画面に向かっている。あの日と違うのは、画面に映る光景だけ。

彼はまっすぐに、そして虚ろに画面を見つめて微笑んでいる。その視線の先には、僕と彼がよく知る女性にとてもよく似た姿で此方に笑いかける、CG映像があった。


「……里沙」


彼は静かに呟いた。やはり間違いない。画面の中の彼女は“彼女”だ。


「慶介! 何やってるんだよ、お前……」
「ああ、シュウちゃん。久し振り」


彼の肩を掴んで声を荒げた。彼はそれをものともせず、僕に壊れた笑顔を向けたまま彼女の紹介をした。


「里沙が帰ってきたんだ。だから忙しくて……暫く顔見せられなくてごめんな」


帰ってきた? 彼は何を言って居るのだろうか。その痛ましい姿に、僕は息を飲んだ。

彼の言葉を否定するべきなのか。それとも話しを合わせて彼の気持ちの安定を図るべきなのか。いずれにしてもこの場を上手く乗り切れる自信など、僕には無かった。

彼は淡々と、彼女について語った。事故以来、記憶喪失になってしまったとか、はじめは自分の名前すら覚えていてくれておらずショックを受けたこと、少しずつ色んなことを覚え始め今では殆ど以前と変わらない彼女になったこと。

僕は黙って彼の話に耳を傾けるしか無かった。否定をしたところで、今の彼にはこの現実は重過ぎる。それこそ本当に彼の心を壊してしまう恐れがあった。

一頻り話をした後、彼はまた画面に向き直り彼女との会話を楽しんだ。

僕にはやはりどうすることも出来ない。これ以上この場に居ては、僕の心までどうにかなってしまう様な気がした。言葉にならない恐怖心を覚え、僕は彼を残したまま部屋を後にした。









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