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第3章 秋

第4話 すれ違い

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 次の日、葵姫と紅之介が顔を合わせても、お互いに素っ気なかった。ただ何も言わず、かすかに頭を下げるだけであった。葵姫は部屋に入るとそこに座ったきり動こうとしない。ただじっとしてため息をついていた。

「今日は庭に下りられないのですか?」

菊が尋ねた。いつもなら紅之介をお供にして出歩くはずだが・・・。いや、剣術の稽古や馬に乗って出かけることもあったのに今日はおとなしく部屋に籠っている。

「いや、よいのだ。もうしばらく出かけなくてもよい。」

葵姫はわざと紅之介に聞こえるように言った。紅之介の方も葵姫を散策や遠乗りに誘おうとしなかった。ただ廊下に座り、葵姫に背を向けているようでもあった。
 紅之介も葵姫も2人とも、一方的な好意を押し付けて困らせないようにと思っていた。だからわざとお互いに相手を遠ざけようと、無理にそうしていた。そうすることでいざ別れの時に取り乱さないだろうと考えていた。

 だがそうすればそうするほど、その心は相手に向けられていくようだった。葵姫は自然に廊下の方に目をやっていた。そして「それではいけない」と思い直して、すぐにそこから目をそらせた。だがまた気付かずに目をやって・・・それを何度も繰り返していた。紅之介も何かそわそわして心が落ち着かなかった。そして襖越しにでも葵姫の影を目で追いかけていたのであった。

「紅之介様。どうしたのです? いつもなら姫様にお話しかけるのに。」

廊下に出て来た菊が紅之介に声をかけた。いつもと違う紅之介に違和感を覚えたようだ。

「いや、何でもない。気分が乗らぬだけだ。」

紅之介はぶっきらぼうにそう答えた。その声は葵姫にも聞こえていた。彼女は紅之介に何か声をかけたい衝動にかられたものの、はっと思い直してそれをしなかった。麻山城に戻れることを喜んでくれる紅之介に、何と言えばいいのかがわからなかったのだ。それは紅之介も同じだった。話せば心とは裏腹の偽りの言葉を言わねばならぬし、心の中のにある葵姫への思いを正直に告げることは許されぬことだった。紅之介も葵姫に話しかけることもなく一日が過ぎた。

 それは次の日も、また次の日も同じだった。まるで葵姫がこの里に来た頃のようにお互いに無関心を装っていた。その様子が2人の間を行き来する菊には不思議に見えた。

(あれほど親しくなさっていたのに、喧嘩でもされたのだろうか・・・。もう明日には姫様には城から迎えが来るはず。このままでいいのだろうか・・・)

明日の別れのことは葵姫も紅之介も知っているはずだった。「このままではいけない」と菊は彼女なりに気を回そうとしていた。菊は葵姫に言った。

「ここ3日ばかり、紅之介様にお声をかけておられませんが・・・」
「いや、いいのじゃ。」

葵姫は素気なく答えて、顔をうつむけた。まるで意地になっているかのようでもあった。

(ここは紅之介様の方から言っていただかないと・・・)

菊はそうっと廊下に出て、紅之介にささやいた。

「明日はお別れになるはず。何があったのかはわかりませぬが、せめて姫様に一言ご挨拶申し上げては。明日になればその暇もないかもしれませぬ。」

だが紅之介は首を横に振った。

「いえ、このままで。このままの方がよろしいのです。いらぬ気づかいをされぬように。」

それだけ言って、また紅之介は庭の方を見ていた。菊はため息をついてそこから離れて行った。
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