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第5章

① 最後のかけらを求めて

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「なぜでしょうか。まったく白いもやもやが見えません」

 私たちは人間界に戻り、いづなの住む神社にきていた。

 最後の勇者のかけらを見つけたいのだが、その手がかりが全くなかった。

 これまでは、私の頭からもやもやとしたものが出ていて、それをたどっていくと見つけることができたのだが。



「例えばかけらが動物に食べられたとして、その場合はもやもやがつながらないとかあるのかな」

「生命体に完全に包まれた場合はありえます。しかし動物が食べた場合、ヘビなら丸呑みするでしょうが、そのほかの動物なら食い散らかして死骸は残ります。その場合はしばらくすると生き返るはずです」

「ヘビに呑まれた場合は?」

「排泄されたときに生き返ります」

 となると、何日も見つからないというのはどういうことだろうか?

「飛行機とかに乗ってしまって、遠くの外国に行ってしまったとかはありうるだろうか?」

「ダーリンのステータスからすると、たとえ地球の反対側にいたとしても、もやもやは見えていておかしくありません。仮に月まで行ったとしてもわかると思われます」

「うーん、じゃあどういうことなんだろうか」

 いきなり行き詰まってしまっていた。



「先に勇者の鎧を修理したらどう?」

「どうやったら直せるの?」

「ど……どうなんだろう?」

 こっちも行き詰まりだ。



「仙崎先生、パソコンのほうがすごいことになっとります」

 パソコンでユーチューブチェックをしてくれていた京香ちゃんがちょっと慌てていた。

「コメ欄が大荒れです」

「え? この前見たときは、結構好評だったのにな」

 神界にいたせいでこっちもずいぶんと時間が進んでしまっていたようで、以前チェックしたときから一ヶ月近く経っていた。



『クソ』

『こんなのつくる暇があったら働け』

『なんでおっさんの戦うところなんか見せられるんだ。美少女にしろ』

『動画の意図が不明瞭。自己満足をさらすな』

『我キリトなり。やはり。我、微塵にも感じず。しかし集いし豪傑達は皆、口を揃えて我をキリトに相違無きと申す。其れは先日のこと。軟派な者達、我に挑む。戦の最中、意識を失う我。次に覚醒の時、目に映るは血を纏いし挑戦者達』

 最後のはよくわからないが、私たちのあらゆる動画に貼りつけてある。

 しかも低評価だらけだし。

 こういうのって荒らされると、荒らしたい奴らばっかりが集まるから手が付けられないんだよな。

 くっそー。



 その時だった。

 ぴろりろりん♪

 画面右下に新着コメントの通知が現れた。

 あんまりいいことが書かれているとは思えないが、見てみよう。



『ようやく人間界に戻ってきたかね、勇者アスラン』



「!?」

 さらに続けて新着コメントが入る。

『最後のかけらは見つかったかね?』

 このコメントにはぞっとするものがあった。

 このコメ主は、こちらが誰かを知っているとともに、勇者のかけらを七つのうち六つまで集めてしまっていることを把握しているのだ。

 いったいどうやって?

 私の仲間に内通者がいるとは思えないので、監視していたとしか考えられない。

「まるでストーカーばい」



『最後のかけらについて情報があるのだが、会ってみたいと思わんかね?』



「なんだって?」

 コメントに続いてどこかのホームページのURLが表示される。

『パスワードはアスランの妻の名とその誕生月日だ』

 なるほど、これなら不特定多数に見られるコメント欄であっても、パスワードを知ることは不可能だろう。

 早速そのホームページへジャンプすると、何もない画面に「このページは10分後に削除されます」とだけ書かれていて、パスワードだけ要求してきた。

 おそらく興味本位でパスワード解析をする者がいても時間を与えないということか。本物のハッカーならこんなもの数秒で解析してしまうんだろうけど、そんな人がこんな動画を見にきてることはまずないだろう。



 早速パスワードを打ち込んでみたが、「パスワードが違います」と出るだけだった。

 漢字でもひらかなでもカタカナでもアウトだった。

「うーん、じゃあローマ字かな? 『MikogamiIzuna0630』……うーん、ダメですばい」

「全部大文字とか、全部小文字とか、名前が先だとか。仙崎いづなにしてみるとか、名字を入れないとか」

「意外とパターンは多いのね」

 ところがどのパターンでも受け付けられなかった。

 そのままあれこれ試しているうちに10分が過ぎたらしく、パスワードを打ち込んだ後、そのページが存在しないというエラーメッセージが出た。



『アスラン、きみは最後のかけらはいらないのかね?』

 しばらくして、ご丁寧に追加コメントが入った。

「申し訳ありません。いろいろと試したのですが、どのパスワードも受け付けませんでした」

 仕方ないのでこのように返信した。

『ローマ字で姓名の順でそれぞれ頭文字は大文字、それ以外は小文字にしてください。名前や月日の間にハイフンやスペースは入りません』

 おお、すごく丁寧な返信が返ってきた。

『もう一度アクセスできるようにしました。よろしくお願いします』

 さっきまでは高飛車な感じのコメントだったのに、なんだかビジネスライクな感じになったぞ。

 そしてさらにコメントが入った。

 これは別のアカウントからだ。

『誰だよ、コメ欄でチャットしてるのは。ウケるwwww』

『知り合いならメールでやり取りしろよ』

 いや、知り合いではないと思うんだけど。

 でも、この反応は普通だよな。



「このタイプの入力はもう試しとるばい。打ち込みミスも考えて五回いくらはやったと思います」

「どういうことかしら?」

「これだけ丁寧に対応しといて、嘘でしたなんて考えにくいわね」

 うーん、相手の意図がよくわからないなぁ。

「もしかすると、ダーリンが勇者に目覚める前の奥様のことではないでしょうか?」

 あ、それは思いつかなかったな。

 彼女には悪いが完全に忘れていた。

「そんなら、前の奥様はどのようなお名前ですか?」

「真純だ。仙崎真純……誕生日は十二月十四日」

「なるほど」

 京香ちゃんが打ち込んでくれた。

 同時にいづなもメモって何をしているのかと思えば、藁人形をつくってその中に埋め込み始めた。



「あ! 入れました!」

「これは!?」

 画面に現れたのは地図だった。しかも、S県の。

 中心に矢印があって……って、ここは私が暮らしていた家じゃないか!!

「どういうことだ?」

「ここはどこ?」

「ファラナークさんがアジ・ダハーカとなって人間界にやってきた場所の近くだよ」

「まあ!」

「あのときももやもやの反応はありませんでした」



「アスラン、これは罠よ」

「私もそう思うとです」

 ファラナークも京香ちゃんも乗り気ではないようだ。だけど……

「だけど、罠とわかってても乗るしかないわね」

 そう言ったのはみーはんだった。

 その後ろでいづなは藁人形を踏みにじっていた。

「確かに……罠だとしても、この先に進みたいなら乗るしかなさそうだ。あと二〇日のうちに最後のかけらを見つけないと魔王が目覚めてしまうというのに、こちらは情報が全然ないのだから」

「最後のかけらを手に入れないと、魔王様には絶対に勝つことはできないでしょうから」

「ただ、このコメントを送ってきた相手の状況はかなりわかったわ」

 みーはんはこれだけのやり取りでかなりの分析ができたようだ。



 そう言えばなんだけど、みーはんにステータスに書き込まれたエッチしないと爆発する件はきちんと削除してもらった。これからは安心できる。



「まず、この相手はおっさんが勇者のかけらを六つまで集めたことはわかっているけど、おねえちゃんと結婚したことまではわかってないわ」

「そうね。わかってたら前の奥さんの名前をパスワードにはしないでしょうね」

「仮に自動的に追跡するドローンみたいなので追跡していたとして、視覚的にわかるかけらを取り戻すシーンは見えていたけど、音声までは届いてないのだとすると結婚したとかはわからないでしょうね。少なくとも確信は持てない」



「それから、魔王の配下って人間界にかなり来てるんでしょ。この相手はおそらく人間界に住み着いてる魔王の配下。そして、社会人として人間社会に溶け込んでいるわ」

「なんでわかるとですか?」

「相手のもっている情報が断片的だということは、積極的にこちらの情報を得ようと努力しているけど、時間や人材に限りがあるから必ずしもうまくいっていないことを物語っているわ。つまり、時間的な拘束がある。ということは会社で普通に働いている」

「なるほど。こっちの返信に対してはコメントがビジネスっぽかったしね」



「はっきりとした根拠があるわけじゃないけど、この相手は間違いなく魔王四将軍の最後の一人よ!」



「最後の将軍!?」

「そうね。亀王・アスピドケローネらしいやり口だわ」

「おばちゃん、知ってるの?」

「もちろんよ。妾も四将軍の一人だったんだから。彼は四将軍の中でも知恵者よ。策略家と言ったほうが正しいかしら」



「ダーリンの『元』奥様は魔王の配下で、ダーリンにばれないようにさまざまな嫌がらせをしていた姑息で卑劣で下賤なビッチです。おそらく彼女も関係しているでしょう」

 さらに藁人形を踏みにじってもはや原型をとどめていなかった。

「行くしかない。何があるかわからない。きみたちの力が必要だ」

「ダーリン、お任せください」

「アスラン、あなたのためなら何でもするわ」

「おっさんは私がいなけりゃ困るでしょうし」

「仙崎先生は私がお守りします」

 あの事故以来、近づきたくなかった我が家だが……

 迷いなどない。

 私たちはS県へ向かった。
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