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日常編
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しおりを挟む酒宴はなおも盛況さを増していき、冒険者ギルドの業務を終えたジェイミーやアルマ、それに何故だか酒宴の話を聞きつけた商店街の連中までもが参加しており、酒場の中は人で溢れかえっていた。
そんな中、俺の背中を軽く小突く者がいた。振り向いた先にいたのはおばばであった。
読んだ覚えはないのに、いつの間にか酒宴の席上に現れていたのである。
「わしをたばかっておったな。あのように強力な力を隠し持っていたとは、一生の不覚じゃったわい。魅惑のポーション飲んで既成事実を――」
お袋代わりのおばばに色仕掛けされたら、悪夢でうなされそうなので、丁重にお断りすることにした。
「おばば、俺の力に関しては黙っていたのは悪かったと思うが。かといって、薬を盛るのはやめてくれるとありがたいぞ」
「へぇ、へぇ、へぇ。相変わらずクソ真面目で冗談が通じない男だねぇ」
「おばばの場合、冗談か本気か分かりかねる時があるからなぁ」
「まぁ、わしの話は置いておくが、それでこれからはどうするんだい? えーっと、ブラックミルズ商店街連合会長と冒険者ギルドマスターと領主の代官職を全部兼任するんだろ? こりゃ、ブラックミルズ一の権力者って言えるほどの権勢を持つ男になるというわけじゃな」
「俺が一番やりたくない仕事だな。人の上になんて立っても、なんの得もないぞ。面倒ごとだけが増える」
「そう言ってくれるな。グレイズがトップに座れば、わしら商店街の連中は落ち着いて仕事ができるし、冒険者ギルドとの協業を一段と進めることもできそうじゃ。その辺はメリーがすでにアルマと調整に入っているからのぅ。グレイズのところに話があがってきた段階では、判子を打つだけになっているはずじゃ」
おばばはアルガドの更迭を知ると、すぐにメリーを動かして、ギルマス代行者に有力視されていたアルマへ冒険者ギルド内への売店設置を持ちかけていた。
「冒険者ギルドに売店ねぇ。そんなことすると商店街まで客が来なくなるぞ?」
「それでも、いいさね。グレイズがやった需要の高い場所での商売は旨味も多かったということをみんな知ったからのぅ。わしら商人は売れる場所を新しく作り出すつもりじゃわい」
おばばは店で客が来るのを待つのではなく、客がいる場所への出店に舵を切ることにしたようだ。
確かに日中、冒険者ギルドが開いている間はそれなりに人はいるし、冒険前に朝の受注ラッシュ時に買い忘れの消耗品を買えるのはありがたい。
ダンジョン内は補給ポイントとして、第一〇階層に俺たちの店が出るけども割高だし、出発前にできれば地上で買い揃えておきたいはずである。
そういった冒険者心理を見て、冒険者ギルド内での売店スペース設置は大いに商機があると見越したのだろう。
「まぁ、アルマが王都の冒険者ギルド本店と連絡取り合って、設置許可もらったら俺は判子打つだけだけどな。あっちがどう言うかは分らんぞ」
「ふひぃひひ。国王が直々に任命したギルマスの申請を本店が受理しないわけがなかろう」
おばばは、国王であるジェネシスが俺を直々にブラックミルズのギルドマスターに任命していたを利用してメリーを通じて話を進めているらしい。
あれ? おばばは商店街連合会会長を引退しはずだよな。なのに、俺が詳細を知らないっていいのかそれで……。
俺抜きで話が進んでいるのだが、まぁ、メリーとアルマが上手く処理をしてくれることを期待しておくことにした。
元々、お飾りの役目だしな。二人が色々と詳細を詰めた後、きちんと説明はしてくれるだろう。
「そういうことか……。まったく、油断も隙も無い……」
「商人なんてのはそういったものじゃわい。グレイズも冒険者にうつつを抜かしておらずにもっと商人としても精進せねばならんぞ。このままだと嫁たちのヒモまっしぐらじゃからな」
「うるせー」
俺はおばばのお説教から逃げ出すようにその場を去り、メンバーたちが給仕をしている場所へいった。
酒場では冒険者たちの要請でウエイトレスの格好をしたメンバーのみんなが忙しそうに酒を注いで回っていた。
「ファーマちゃん、かわいいよ。似合ってるぜ、その恰好」
いつもの鎧姿からひらひらのスカートをなびかせて、酒場の中をエールやワインを持ち忙しそうに配り回っている。
「ありがとー。はい、エール三つお待たせー」
「ファーマちゃんがウエイトレスしてくれるなら、オレらは通い詰めるだろうなぁ。って、ってって」
「ファーマ可愛い当然、当たり前、鼻の下伸ばすダメ」
ファーマのウエイトレス姿に鼻の下を伸ばしていた冒険者に背後からカーラが背中をつねっていた。
危ない、危ない。俺もちょっと見惚れてたな。
カーラにつねられた冒険者が慌てて顔を引き締めるのを見て、俺も少し緩みかけた頬を引き締めていた。
「カーラちゃんにはかなわねえなぁ。ごめん、ごめん。でも、カーラちゃんも結構その恰好似合ってるぜ。その恰好ならグレイズさんを悩殺できるかもよ」
「本当か!? その話、実に興味深い。議論深めるべき題材」
別の冒険者に服装を褒められたカーラは、『俺を悩殺できる』という話に興味を持ち、詳しく聞き出そうとしていた。
カ、カーラさんや。そういうのは研究しなくていいから。ほら、ファーマも興味持っちゃって猫耳ピクピクさせて聞いてるし。
俺は二人の興味が危ない方へ流れる前に咳ばらいをして断ち切ることにした。
「んんっ!! 二人ともお手伝いありがとうな。あっちのテーブルからエールの追加が入ったから、持っていってくれるとありがたい」
「グレイズ、今、大事な話をしようと……」
「グレイズさん、ファーマも気になるのー」
気にしちゃダメです。
「ちょっと、俺がこいつらと話がしたくてね。さぁ、さぁあっちのテーブルにお客さんがお待ちかねだ」
冒険者たちから話を聞き出そうとする二人に対して心の中でツッコミを入れると、別のテーブルへ送り出すために背中を押していく。
「グレイズ、今、いいところだった。あっちのテーブルに運んだら、もう一度聞きに来る。良いか?」
「ああ、いいとも。それまでにこっちの用事は終わらせておくさ」
「ファーマも聞きた―い!」
「じゃあ、あっちに先にエールを運んできてくれ。お話はその後すればいいさ」
「はーいっ!! 行ってくるー。カーラさん行こう」
「ファーマ、走ったら転ぶから危ないゆっくり行く」
ファーマが、カーラの手を引き別のテーブルに運ぶためのエールを取りにカウンターへ戻っていった。
それを見送ってから冒険者たちの方に向き直る。
「グ、グレイズさん、嫌だなぁ。冗談っすよ。冗談。ベ、別に俺らがカーラちゃんやファーマちゃん推しだからけしかけた――」
「お前らも参加してるのか?」
「しょ、少額ですよ。少額。二口か三口かの本当に少額ですって、ほら冒険者やってると娯楽が少ないから、息抜き程度の話っス」
おばばが胴元の賭けはついに街全体に広がりつつある。
下手をすると闇市より危険な気もするのは俺の気のせいだろうか。いっそのこと、ギルマス権限で参加者を取り締まった方が……
俺はふぅとため息を吐くと、冒険者たちに対して、さきほどの話をしないように協力を要請することにした。
「悪いが、ああいった話はなるべく二人の耳に入れんでやってくれ。まだ若いからな。間違いが起きる可能性もある」
「分かってますよ。ファーマちゃんもカーラちゃんもグレイズさんの嫁になるんで、誰も手は出しませんって」
「いやいや、そういう意味でなくてな。俺もそういった話はなるようにしかならんと思っているんだ。だから、本人たちに任せているしな。だから、周囲がやんや言うよりはなるべく自由に考えさせてやりたいわけだ。分かってくれるか?」
「なら、100パーセントで二人とも嫁っすね。本人の意志は固そうっす。とはいえ、グレイズさんの気持ちも分かる気はしますんで、陰ながら応援することにしますよ。とりあえず、寝込みを襲うのはいい女とは言えないって伝えておきます」
なんだか分かったのか、分かってないのか、分からない返答をもらったが、一応は俺の思いは伝わったと思いたい。
「くれぐれも慎重に頼むぞ」
「はいはい。分かってますよ。それよりもグレイズさんこそ、モテない男に刺されないようにしてくださいね。って言ってもグレイズさんなら死なないか」
「馬鹿、俺は不死身じゃないぞ。刺されたら死ぬこともあるさ。ただ、短剣が折れるかもしれんが……」
軽口を叩いた冒険者が目を点にしていた。
俺流の冗談だったが、どうやら本気としてとらえたようだ。
実際、非力な者であれば短剣を俺の脇腹に突き立てることは難しいだろうが。
「マジっすか。さすがグレイズさん、暴漢対策もバッチリっすね」
「そんな事態にならないようにはする気だがな。そのためにはお前らの協力にかかっていると思ってくれ」
「了解っすっ!」
なんとか、冒険者たちを納得させてファーマとカーラへの教育を阻止することを成功した。
結婚云々の前にまずはみんなをSランク冒険者まで育て上げるのが、俺の最大の目標である。
その目標を達成したあとでなら、そういった話もまあ進めてもいいのかもしれないとは思っていた。
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