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ムエル外伝(本編とは関係ありません)
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しおりを挟む「遅かったわね。ローマンもあたしも待ちくたびれたわ」
先にダンジョンの入り口にきて待っていたミラとローマンが、オレの姿を見つけて話しかけてきた。
元々痩せていたミラであるが、この苦行ともいえる一ヵ月でさらに体は絞り込まれ、眼つきは野生の獣のような目に変化している。
一方、ローマンも顔はこけて緩み始めていた身体も引き締まってきていた。
「すまんな。今日を生き残る方法を考えていたら遅れた」
「生き残ったところで何かが変わるわけではないだろう。だが、私は死にたくないぞ」
収監されてから続く、命の危険が常に付きまとう探索の日々に、どこか冒険者としての自覚が薄かったローマンも覚悟を決めているようだ。
「看守から今日はD地区と聞いてるわ。あそこは魔物の出現率高い場所よ。慎重に行かないとすぐに肉塊にされるわね……」
感情が前面に出て常にカリカリしていたミラも、毎日、命を削るような探索の日々が続いたことで怒りや焦りが自らの寿命を縮めると悟ったようで、以前とは比べ物にならないほど感情に起伏がなくなっている。
ミラもローマンもオレも、生き残ることを最重要視したことで以前のオレたちとは変わり果てている。
悔しいがこの一ヵ月はあのグレイズが、オレたちにうざいほど言い続けていた小言を忠実に実施することで生き延びられていた。
「D地区だからあまり戦いたくはないが、かといって成果物がなければ、オレたちは食い物を減らされ、装備もランクを落とされる。そうなれば、あとはあいつらと同じ道だ」
オレはダンジョンの入り口付近にたむろって死を待っている者たちへ視線を向けた。
重傷を負ってダンジョンから帰還し、回復不能と判定され、廃棄され死を待つ人間だった物であった。
ああなってしまえば、もうどうしようもなくなる。ただ、徐々に弱る身体から与えられる苦痛だけが生きている証拠になるのだろう。
あんなのには絶対なりたくない……。生きてさえいれば、何か変わる日が訪れるかもしれない。それまではなんとしても生き残り続けてやる。
「今回は大鉤爪熊だけ狙う。それ以外は無視して逃げるぞ。大鉤爪熊は動きも緩慢である程度軟らかい。ミラが牽制してオレがトドメってやれば数は狩れるはずだ。それ以外のは危険度が高いし、回復役のローマンが狙われるしな」
「そうしてもらえると助かる。この一ヵ月私も逃げ足だけは鍛えられたからな」
「了解、大鉤爪熊狙いね。他のが寄ってきたらすぐに警告するわ」
「よし、じゃあD地区に行くぞ」
今回の討伐魔物を決めると、オレたちはお互いに命を託す装備の再確認をしてダンジョンの奥に入っていった。
オレたちの収監されている牢獄は、新発見されたダンジョンの近くに併設されている施設だ。
その発見されたダンジョンはブラックミルズのダンジョンとは違い、廃墟型のダンジョンで入り口である大きな門を潜り抜けると、そこには廃墟化した街が広がっている。
未だダンジョンの正式名称は決められていないが、収監されている者たちから『絶望都市』と言われている。
発見されて数年の『絶望都市』はすでに多くの犯罪者の命を喰らい、年々門の内側のダンジョンを複雑化させ広げているそうだ。
そんな『絶望都市』は比較的新しく作られた地域からA、B、C、Dと区画割りされており、オレたちが潜る予定のD地区は一番古い区画になっている。
当然、古い区画はダンジョン主に近く、発生する魔物はブラックミルズの深層階に出てくるような強敵ばかりで死傷率も高い。
「さて、そろそろD地区に入るぞ。各自、体調を申告しろ」
「あたしは問題なし」
「私もない」
すぐに返答が二人から返ってくる。ここにくるまでには消耗を抑えるため、最小限の戦闘しかしてこなかった。
「じゃあ、ミラ。先頭を頼む。ローマンも遅れるなよ」
「了解、先行するわね」
「分かっている。私は死にたくないからな」
すぐにミラが先行して地区を隔てる大きな金属製の門の扉を開けていた。
錆び付いた蝶番が奏でる軋んだ音とともにD地区と言われるこの『絶望都市』の最古の場所が目に飛び込んできた。
そこは壁や屋根が崩れた街が軒を連ねているが、この世界で見る建築様式とは似ても似つかない形をしている。
金属やガラスが建材として多用された街は、ここが異世界のように思えた。
先行して魔物の気配を探っていたミラが立ち止まったかと思うと、オレたちに止まるよう手で制した。
「右奥の建物の中に一匹いるわ。左奥には別のがいるから手早くやりましょう」
ミラの視線を追うと、右側の三軒先の廃墟に大鉤爪熊が一体いて、何かを漁っている様子だった。
「了解、ローマンは少しだけ間をおいてから来い」
「ああ、回復はすぐに発動させられるようにしておく」
「できれば、温存しておきたいが、誰かが怪我したら頼む。ミラ、行くぞ」
「了解。先に仕掛ける」
ミラがオレとともに何かを漁っている大鉤爪熊に向かい駆け出した。
駆け出していくと、こちらに気付いた大鉤爪熊が漁るのをやめて身体をこちらに向ける。
漁っていたのは、探索奴隷としてこの場所に送り込まれた受刑者の死体であった。
恨めしそうにこちらに顔を向け、事切れた死体はすでに内臓を食いつくされ、顔と手足しか残っていなかった。
そんなに恨めしそうにこっちを見るな。オレもヘマすれば、すぐに仲間入りしちまう身だ。
凄惨な死にざまの死体を見ても、何ら感情は動揺することなく、ミラの牽制攻撃によって、意識が彼女に向いた大鉤爪熊の一番軟らかい脇の下を狙い、オンボロの鉄の剣を突き入れていく。
以前なら装備の力で圧倒できた魔物だが、今のオンボロ装備では下手な打ち込みをすれば折れる可能性があるため、一撃を放つのにも細心の注意を払って最高の一撃を打ち込む癖がつき始めている。
「ムエル、まだ生きてる。援護するわ」
ミラが未だ生きている大鉤爪熊の動きを見て警告を発し、手にした短刀を正確に敵の目に打ち込んでいた。
「助かる」
大鉤爪熊の筋肉に締め付けられた剣刃をもう一段奥へ向け押し込む。
やがて、鼓動がゆっくりとなりだらりと腕が垂れたかと思うと、白煙となってドロップ品に変化していた。
「一匹目。ミラ、近づく魔物はいるか?」
「大丈夫。左側のは気付いてないわ」
ミラは魔物を倒しても警戒を解くことなく、短剣を拾いながら周囲の気配を探っている。
「ドロップ品は私が持つ」
追いついたローマンが手早く、ドロップ品を背中の背嚢にしまい込む。
「今日は当たりの武器らしい。切れ味もなんとかなりそうだ」
「了解したわ。D地区だから装備が当たりだと助かる確率があがるわね」
「私の魔法はあまり当てにするなよ。回復魔法は止血くらいまでしかできないからな。折れたら直せん」
魔法に関しては看守たちも厳しく管理しており、ローマンが与えられた杖も普通の武具屋なら廃棄されるようなゴミに近い杖であるのだ。
「分かっているわよ。次、行くわ」
ミラは別の大鉤爪熊を見つけたようで、すぐに戦闘態勢に入り、廃墟を奥に向かって進んでいった。
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