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2巻
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しおりを挟む第一章 グレイズの正体
四〇歳で商人の俺――グレイズは、五年所属していたSランクパーティー『白狼』をある日突然追い出された。さてどうしたものかと思っていたら、なりゆきから、同じくパーティを追い出された『武闘家』ファーマ、『精霊術士』カーラ、『魔術師』アウリースと、パーティー『追放者』を結成することになる。
俺は商人ながら、冒険者たちから得た数々の知識と、呪いによってMAXになったステータスを駆使し、まだまだ未熟な彼女たちの成長を手助けしていくことになったのだが――
ダンジョンの第二階層に閉じ込められた俺たちが、ゴブリンキングを倒して無事地上に帰還すると、泣き顔をしたギルド職員のアルマと鑑定屋のメリーに抱きつかれた。
「グレイズさん、無事でよかったです。まさか第二階層に、ゴブリンキングが巣を作っているなんて思わなかったんです。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「だから、冒険者を引退してうちに永久就職しなさいって言ったじゃないの。こうなるのが、怖かったんだからね!」
第二階層にゴブリンキングがいるなんて普通、誰も思わないだろうし、閉じ込められることも非常に稀な事態なのだが。とにかく、どうやら二人とも、俺のことを心配していたようだ。
特にメリーは目が真っ赤で、見ているこちらが申し訳なくなってくる。
彼女は俺を婿にしたがっているが、俺はまだ冒険者を引退するわけにはいかない。少なくとも俺を仲間と認めてくれた三人が、独立できるほどの実力がつくまでは、冒険者を続けるつもりだ。
「まあまあ、メリーもアルマも。俺は無事に帰ってきたんだし、問題なしということにしておこうか」
そこへ、二人を優しく諭す俺の様子を見ていたカーラ、ファーマ、アウリースから、冷やかしの言葉が飛ぶ。
「グレイズ、モテモテ仕方ない。甲斐性ある、優しい、わりとイケメン」
「アルマさんもメリーさんもグレイズさんが大好きなんだー。ファーマの仲間だぁー」
「グレイズさんは、みなさんに好かれているんですね。やはり、私の目に狂いはなかった」
そんなやりとりをしていたら、ダンジョンから一緒に出てきた男性冒険者たちの視線が厳しさを増した。
「おい、グレイズのやつ、あんなにいっぱい女を侍らせて喜んでやがる」
「こっちは必死で救出に向かったのにな! 中でも女たちといいことしてたんじゃねえのか」
俺としては、彼女たちは仲間や親しい友人だと思いこそすれ、侍らせているわけではないし、ダンジョンの中でいかがわしいことなんてもちろんしていない。風評被害も甚だしい。
救出作業にあたってくれた冒険者たちのやっかみを聞き流しつつも、彼らの人数が非常に多いことが気になった。
討伐費用はゴブリンキングを討伐したパーティーにしか支払われないはずだし、冒険者ギルドが支払う遭難パーティーの救出費用なんて雀の涙なのに、駆け出しと思われる冒険者まで集まるのは不可解だ。
「ちょっと二人に聞きたいが、今回はどういった依頼が出ているんだ? 参加している冒険者がやたらと多いが……」
「あ、はい。今回はゴブリンキングの討伐に付帯して、グレイズさんたちの救出依頼も出ているんです……。商店街の店主たちから一〇〇〇万ウェル。メリーさんが個人で二〇〇〇万ウェル。だから、一獲千金を狙って多くの冒険者が参加しました……」
「え? なんだって?」
アルマの声が小さくて聞き取りにくいので、俺は聞き返していた。
「総額三〇〇〇万ウェルの救出報酬よっ! もう、大損したわ。うちは二〇〇〇万出したからねっ! 今後はグレイズさんが、うちでアルバイトする日を増やしてもいいわよね?」
メリーが俺に抱きついたまま、ちょっと怒った声で言う。
「ちょ、ちょっと待て。救出費用が三〇〇〇万ウェルとか、王族じゃないんだから、出しすぎだろっ!」
彼女たちが俺の救出のためにかなり無茶をしたせいで、冒険者たちが救出に大挙したことは理解できた。
まったく、商店街の奴らといい、メリーといい、限度というものを考えて欲しい。救出依頼報酬が通常の一千倍とか、やりすぎだろう。
膨大な金額となった俺の救出依頼報酬に驚きながらも、誰にその報酬が支払われるのかも気になる。
「今回は誰に支払われるんだ、その金?」
アルマが少し考えて答えてくれる。
「ゴブリンキングの討伐依頼に付帯された依頼ですので、ゴブリンキングを討伐された方というのが、私の見解ですが……。一応、冒険者ギルド上層部の見解を聞かないといけませんが、多分そうなるかと……」
「なるほど……。つまり、ゴブリンキングを退治した者へ救出の報酬も支払われるのかい?」
「ええ、そうなるはずです」
「なら、その依頼達成者は俺たちになるな……。これ、証拠のドロップ品、ゴブリンキングの血結晶だ」
周囲にいた冒険者が、俺の持つドス黒く輝く宝石を見てざわつく。
例のステータスを下げる腕輪を外して戦ったおかげで、運の方の制限も解かれた。おかげで、超レアドロップとして幻とまで言われる『ゴブリンキングの血結晶』を入手していたのだ。
「こ、ここ、これって超レアものよね……。最低二〇〇〇万ウェルはするという」
メリーの目がキラリと光ると、ドロップ品に向けられた。すでに鑑定作業に入っているのだろう。
傷のない超極上品なので、メリーの言った値がオークションのスタート価格になると思われる。
「え? え? ちょっと待ってください。あ、あの? グレイズさんたちがゴブリンキングを倒されたのですか?」
アルマが困惑している。
いつもなら違うと答えていたが、今回の場合、黙っていると三〇〇〇万ウェル分の貸しを商店街の連中に作ってしまうことになる。払えない額ではないが、結構な大金なので、なんとか俺たちを依頼達成者と認定してもらい、三〇〇〇万ウェルは返却をしておきたかった。貸し借りはあまり作らない主義を貫いているからだ。
「おい、あいつら『追放者』の連中が、ゴブリンキングを倒したらしいぞ」
「嘘吐くなよ。あいつらFランクパーティーだろ?」
「そもそも、本当にゴブリンキングはいたのかよ。俺は姿を見てないぞ」
「でも、あれ超レアドロップの血結晶だろ? ゴブリンキングのは見たことないが、ゴブリン系の超レアなやつ」
「どうせゴブリンウォーリアーのじゃないのか? なんだよっ! 人騒がせな」
といった言葉を、周囲の冒険者たちから浴びせられる。
どうも、Fランクパーティーの俺たちが、ゴブリンキングを退治したことを信じたくないらしい。気持ちはわからんでもないが。
実際のところ、実物のゴブリンキングを見たのは、仲間を殺されたパーティーと、俺たちのパーティーだけだと思う。しかも退治したのを見たのは、全員俺のパーティーメンバーだ。他の冒険者たちが信じられないのもしょうがない。
救出に参加した冒険者たちから不穏な気配が流れはじめたので、俺は事態の収束を図ることに決めた。まずは、ギルドとの話し合いだ。それに、今回の件は不可解な点が多すぎるのも気になるしな。
「アルマ、冒険者ギルドの上層部との話し合いの席を設けてくれるか。気になる点がいくつかあるし、確認したいこともある」
「え? あ、はい。分かりました。では、今回の討伐依頼の達成者認定という名目で、その旨を冒険者ギルド上層部に伝えます」
「ああ、それでいいよ。じゃあ、装備を置いて出直すから、救出に参加した冒険者たちには、冒険者ギルドの規定の救出報酬を均等にして日当くらい出してあげてくれ。じゃあ、後でな」
「ちょ、ちょっと、グレイズさ~ん」
俺はアルマにその場を任せると、メンバーとともに一旦郊外の家に戻ることにした。
さて、ここで困ったことが発生した。何が困ったか分かるか?
俺は、時折頭の中に響く声に問いかけた。
『分かりました! グレイズ殿がモテすぎて、男性冒険者から目の敵にされたことですねっ!』
んー。惜しい。違った、惜しくないぞ。お前まで俺をハーレム主とか言うのかよ。困り事はそっちじゃなくて、例のゴブリンキングの件なんだ。
『あー、グレイズさんが瞬殺したアレですか』
瞬殺とか言われると、倒した俺がバケモノっぽい気がするが、まあいいや。そのゴブリンキングの件なんだが、救出に参加した冒険者パーティーから『Fランクパーティーにゴブリンキングが倒せるわけねえ』って批難殺到中。果ては、俺たちの前に脱出したパーティーの奴らに対し『お前らが見たのは、ただのゴブリンウォーリアーじゃないのか!』って、食ってかかる奴まで出てきたんだ。
『でも、倒したのはゴブリンキングですし、グレイズさんが提出した血結晶をメリーさんに鑑定してもらえば済む話ではないのですか』
それが、そうはいかない事態にまで陥っているんだ。文句を言っている連中は、どうやっても俺たちがゴブリンキングを討ったのを信用できないらしい。
『ですが、グレイズ殿は人外クラスの力を持っていますし、仲間のみなさんも天啓子という稀な能力者たちなので、当然の結果だとあたしは思いますが』
確かにそうなんだが、俺も自分の能力のことや、仲間たちの力のことを知らなければ、Fランクパーティーが、中層階の最終ボスであるゴブリンキングを討ち取ることなど信じられないのも理解はできるんだ。それに、まだそのことをおおっぴらにするわけにもいかないしな。
『そんなものなんですねえ。最近になってグレイズ殿を通して色々と教えてもらいましたが、人間のそういったところだけは理解不能です』
まあ、それだけランク付けってのに価値観を縛られた人は多いとも言えるな。
なので、これからギルドマスターと取引してケリをつけないといけないから、また後でな。
『はいはい。グレイズ殿も苦労が多いですね。あっとそうだ。この件が片付いたら、神殿に顔を出してください。あたしの上司からのお呼び出しがかかりました』
お前の上司からの呼び出しだって? ところで、ずっと聞きそびれていたが、お前は何者だ? ムエルたちに追放されたあの日から、俺の頭の中に住んでいるようだが。
『それを含めて、色々とお話を聞いてもらいたいのです』
大概のことには驚かなくなった俺だが、わりとあのとき動転していたんだぜ。なんせ、頭の中から他人の声が聞こえるようになったんだからな。追放のショックで精神を病んだのかと一瞬思ったが、自分の神経の図太さを思い出したら、ありえないって結論に達したわ。
『でも、意外と神経細やかだとあたしは思いますよ。女性に対しても優しいし、面倒見もよいですし』
お前が褒めてくれるのは嬉しい限りだが……名前があるんなら、教えてもらえるとありがてえ。いつまでも『お前』って呼ぶわけにもいかないからな。
『名前ですか……一応、上司からは許可もらいましたんで、名前くらいは名乗ります。アクセルリオン神の使徒ハクと申します』
はあ? はあ!? アクセルリオン神の使徒ハク? もしかして神族とかか?
『まあ、そんなようなものです。そのへんは上司から説明があるかと思いますが』
それにしても、分からんことだらけだな。一旦、ギルドのことを片付けたら、言われたとおり神殿長のところに顔を出すから、ちょっとだけ待っていてくれ。ああ、悪いようにはしない。お前のことは気に入っていると言ったはずだろ。またあとでな、ハク。
俺はハクと名乗った声の主に別れを告げると、冒険者ギルドの二階にあるギルドマスターの執務室に、パーティーのメンバーたちと顔を出した。
「よう、グレイズ。困ったことになったなあ」
右目に眼帯をつけたスキンヘッドの筋肉男が、あんまり困ってなさそうに話しかけてきた。この男が、ブラックミルズの冒険者ギルドのギルドマスターをしているジェイミーだ。
「おう、ジェイミー。困ったことになったな。どうするつもりだ?」
ブラックミルズで権力を持つ冒険者ギルドのギルドマスターに対し、俺も気楽に話しかける。ジェイミーとは、俺が商売人をしていたときからの付き合いで、古い知り合いの一人なのだ。
「俺もよー。どうしようか困っているんだわ。お前らが、このゴブリンキングのドロップ品を持ってなかったら、あれはやっぱりゴブリンウォーリアーだったと言えるんだがな。これがなきゃ……なあ……」
ジェイミーの視線が、机に置かれたゴブリンキングの血結晶に注がれている。このドロップ品が、あの場にゴブリンキングがいた決定的な証拠となっていたのだ。
最低でもAランクパーティーが複数いないと討伐は不可能だと言われているゴブリンキングを、Fランクパーティーが単体で倒せるとは誰も思わない。
なので、俺は事を丸く収めるべく、ゴブリンキングが発生した巣の周辺に散乱していた壺の破片を、ジェイミーに差し出した。
「実は、あのゴブリンキングは封印の壺に捕らわれた個体で、かなり衰弱していた。戦うときも動きがよくなかった。要は、死にかけたゴブリンキングだったんだ」
実際は弱っていない個体だったが、弱り切ったゴブリンキングを棚ぼたで退治したという、俺の能力や仲間たちの力を知られずに、みんなが納得できるシナリオをジェイミーに伝えた。
事情を知っているカーラ、ファーマ、アウリースは何か言いたげであるが、そこは俺が手で制しておく。俺たちがゴブリンキングすら倒せる実力を持っているのを知られるのは、デメリットの方が大きい。地道に経験を積んで、パーティーの実力を上げ、堂々とSランクを目指すことが大事だ。
俺はもうおっさんだが、彼女らはまだ若い。経験に裏打ちされない高ランクは脆さを伴うことも多い。みんなには実力、経験を兼ね備えた、立派な冒険者になってもらいたいのだ。これはリーダーとしての俺のわがままである。
倒したのが、封印の壺に閉じ込められていたゴブリンキングだと聞いて、ジェイミーの眉がピクリと動く。
「封印の壺だと!? あ!? だから、こんな低階層にゴブリンキングが出たのか。それに弱っていたとなれば、グレイズたちに倒せたのも理解できる。元Aランクのアウリースもいるからな」
ジェイミーが、事実を自分に都合よく解釈しているようだ。
「そうそう。俺もゴブリンキングに出会ったときはビビったぞ。前にムエルたちと一緒に戦ったことがあるが、俺はいつも後方支援だったんでな。でも、今回の個体はやたらと傷を負っていて、元気もなくて、これなら俺たちでもいけると判断した。うちに加入してくれた元Aランクのアウリースを攻撃の中心に据え、みんなで協力してなんとか倒せたんだ。なあ、みんな」
俺は仲間の方へ振り返ると、ジェイミーに見えないように目配せする。
「え? あ、はい。グレイズさんの冷静な指示のおかげでなんとか」
「私、頑張った、はず」
「ファ、ファーマも頑張ったよー」
アウリース、カーラのみならず、ファーマまでも俺の意図を理解してくれた。やっぱり、このパーティーは息が合っている。彼女たちは最高の仲間だ。
「みんな、頑張ったのねえ。うんうん、やっぱりパーティー組んでもらってよかったわ。えぐ、えぐ。みんなが立派に戦ったから勝てたのよね」
ハンカチを目元に押し当てたアルマが、困った顔をしているファーマの頭をグシグシ撫でていた。
あー、すまん。アルマを騙す気はないが、事態を上手く収束させるには、この作り話が一番、みんなの納得を得られると思う。
「それにしても、魔物入りの封印の壺がなぜ低層階にあったのか……。魔物を捕獲した壺は、冒険者ギルドが管理しているんだがなあ。それも、ゴブリンキングなんて凶悪な魔物入りなら、なおさら厳重に管理しているはずなんだが……」
ジェイミーは腑に落ちないようで、しきりに首を捻っていた。
ただ、それは俺も疑問に思っている。だが、あの場に壺の欠片があったのは事実だ。
「できればジェイミーの方で、この封印の壺を購入した者を特定して欲しいんだ。ゴブリンキング入りの封印の壺となると、きっと闇市くらいでしか扱ってない品物だろうが、あいにくと俺はそっちに伝手がないから、冒険者ギルドの方で探ってくれるとありがたい。二度と同じようなことが起きないようにしたいからな」
今回のゴブリンキング事件は、何者かが故意に封印の壺を用いておこなったテロ行為の気配を感じていた。
俺たちが狙われたのか、前に入ったパーティーが狙われたのか、はたまたあそこでゴブリンキングやゴブリンを繁殖させて、地上の街を狙ったのかまでは判断できない。だが、犠牲者が出ている以上、放置できる問題ではない。
「それは、こちらで早急に調査する。確かに封印の壺を使えば、中層や深層の魔物を低階層に連れてこられちまう。そんなことをされたら、こっちの商売にも影響が出るからな」
封印の壺に関してはそれでいいとして、問題はもう一つあった。それは、俺たちの救出作業に参加した冒険者たちについてだ。
救出報酬三〇〇〇万ウェルという一獲千金を求めて、ダンジョンの通路の復旧作業をしたのに、雀の涙ほどの日当しか支給されなかったため、彼らの不満が高まっている。
「で、本題の方はどうする?」
「そっちが大問題だ……。俺もどう処理すればいいか、皆目見当がつかないぞ」
「ジェイミーがよければの話だが、冒険者ギルドが受けた俺の救出依頼はなかったことにして、商店街とメリーに依頼料を返金してもらいたい。そうすれば、このゴブリンキングの血結晶を冒険者ギルドの言い値で売る。その金を参加した冒険者たちにバラ撒けば、今の問題も収まると思うが」
超レアドロップであるゴブリンキングの血結晶だが、これがあるおかげで事態はややこしくなっていた。
それに俺としては、棚ぼたの大金で仲間たちが楽することを覚えるのは、前回の経験に鑑みるとよろしくない。そこで、リーダー権限で自分たちの懐には入れないと決めさせてもらった。
「いいのか? ある程度の金額を積まないとみんな納得しないと思うが、それだけバラ撒いたら、お前らのところにはほとんど残らないぞ? なにせ、地上にいた冒険者の大半が救出に参加したからな。アルマ、今回の救出に何人の冒険者が参加した?」
ジェイミーの片方しかない目が、アルマを見る。隣にいたアルマは持っていた書類を取り出し、参加者の数を確認した。
「えっと、五〇〇名ほどですかね。一二〇パーティー以上は救出に潜ったはずなので……」
「するってーと、ゴブリンキングの血結晶をうちが即金一〇〇〇万ウェルで買い取って、五〇〇人に分配したら……一人頭二万ウェルか。まあ、日当分くらいには……。確かにこれならみんな納得してくれるかな。本当にそれでいいのか?」
ジェイミーは、ゴブリンキングの血結晶を、俺から即金一〇〇〇万ウェルで買い取ってくれるらしい。オークションにかければ最低二〇〇〇万ウェルから始まる品物だが、即金支給とはいえ一〇〇〇万ウェルは買い叩きすぎかと思われた。
さすが、荒くれ者の冒険者たちを統括する、冒険者ギルドのギルドマスター。金稼ぎに関しては、商人よりシビアというかあくどいというか……
「ああ、それでいい。みんなには崩落から助けてもらったからな。それがなければ無事帰還もできなかったし、冒険者ギルドも商店街の連中に返金しないといけないから、迷惑料として一〇〇〇万ウェルは取ってくれていいぞ。俺らはゴブリン討伐の報酬があるんで大丈夫だ。ただ、一つだけ頼まれて欲しいことがある」
俺はジェイミーの提示した条件を受け入れる意味の握手を求めようとする前に、一つ頼みごとをすることにした。
「ちっ、さすがグレイズ。ただで一〇〇〇万ウェルはやれねえってわけか。しかたねえな。いいぜ、聞いてやる」
さすがにジェイミーも気が咎めたらしく、俺の頼みごとを内容も聞かずに承諾した。
「すまんな、助かる。それじゃあ、ゴブリンキングの犠牲になった冒険者パーティーに手厚い支援をしてやってくれ。今回の件では、あのパーティーも色々と言われているからな。冒険者ギルドの方で守ってやってくれ」
俺たちの前にあの洞窟に入り、仲間を一人失ったあのパーティーも、今回の騒動の槍玉にあげられて苦境に立たされていると聞いている。
「そんなことか。ああ、いいぜ。あのパーティーに関しては、ギルドマスターの権限で、ギルド付きの育成パーティーにしてやるよ。名誉回復もキチンとやってやる」
「頼んだぞ。それをやってもらえれば、俺は一〇〇〇万ウェルでゴブリンキングの血結晶を売却する」
俺はジェイミーの手を握ると、しっかり握手を交わした。
「おう、これで交渉成立。アルマ、買い取り証を書いてやれ。これで月末のランク査定会議で、お前らの冒険者ランクやパーティーランクの昇格は確定だな。ギルド幹部たちが難色を示しても、ギルドマスター権限で押し通してやるから、安心しろ」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、昇格は辞退する。ゴブリンキングを倒す実力があったわけでもないのに昇格すれば、また新しい問題が発生する。そんなのに巻き込まれたくないんで、今まで通りFランクで地道に経験を積んでいくつもりさ。ジェイミーも実力に見合わない冒険者の末路はよく知っているだろ?」
「まあ、グレイズならそう言うと思っていたが、アルマがどうしてもお前らを昇格させて欲しいと言って聞かないんだ。アルマはどうやらお前に惚れて――」
「ジェ、ジェイミーさん!! グレイズさんが辞退しているんで、この話はなかったことになります!! はいっ!! 買い取り証が書けました。それと、ゴブリン討伐の報酬の方はグレイズさんの口座にしておきますからねっ!!」
ジェイミーの言葉を遮るように、顔を真っ赤にしたアルマが一〇〇〇万ウェルの買い取り証を俺に手渡してきた。
「アルマ、分かりやすい。今度お茶会開いて色々と聞き出すことにする」
「アルマさんの顔が真っ赤ー」
「カーラさん、そのお茶会には是非私も参加させてくださいね」
「承知。あとメリーも呼んで色々と確認する」
背後で仲間たちのヒソヒソ声が聞こえてきたが、突っ込むとこちらが炎上しかねないので、聞かなかったことにしておいた。
「もてる男は辛いなあ。グレイズ」
仲間たちの話を聞いたジェイミーが、ニヤニヤした顔で俺を見ていた。
「うるせえ。彼女たちは仲間の俺を大事に思っているだけで――」
「んんっ!! では最終確認ですが、ゴブリンキング討伐者はグレイズさんたち『追放者』。ただし、倒したのは衰弱した個体であった。付帯事項として契約していたグレイズさんの救出依頼は、依頼者に返金処理。そして、グレイズさん救出に参加した冒険者には、一人頭二万ウェル支給することを決定。ゴブリンキングによって犠牲になったパーティーを、ギルド付きの育成パーティーに採用。最後に、今回の結果による昇格は辞退する、ということでいいですね」
アルマはやりとりを書き留めていたメモを見ながら、冒険者ギルドと俺の間で決めた取り決めを復唱した。特に不備はないので同意の頷きを返し、これで一件落着となった。
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