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2巻

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「わふう(グレイズ殿、あたし、みんなの玩具おもちゃにされてしまいました。クスン)」

 あー、すまんかった。でも、みんなハクのことを随分と気に入ってくれたようだし、嫌いにはならないでやってくれ。
 夕食の時間となり、みんなから存分にモフられて疲れ切ったハクは、俺の椅子の隣に来て丸まっている。

「ハクちゃん、お肉食べる? ファーマの分けてあげるから一緒に食べようよ」

 特にファーマがハクのことをいたく気に入り、自分の食事をハクの前に並べていた。

「グレイズさんが連れてきたハクちゃんのことは、急でビックリしたものの、新しい仲間が増えてよかったんですが……。冒険者ギルドとの取り決めの件は、本当にあれでよかったのですか? あのゴブリンキングは、弱体化なんてしてなかったじゃないですか……」

 アウリースが疑問に思ったことを口にした。

「そう、ファーマもなんでグレイズさんが倒したって言わないのか、気になったよー。グレイズさんが言うなって顔したから誤魔化ごまかしたけど」

 どうやらファーマも気になっていたらしい。

「私も気になった。けど、みんな誤魔化ごまかしたから、私も誤魔化ごまかした」

 カーラもまた、同じようだ。
 神様の使徒であるハクの件は話が大事おおごとになるので、一旦置いておくことに決めていたが、ゴブリンキングの件は彼女たちの今後に関わってくるため、キチンと説明をすることにした。

「本当なら俺が倒したと言ってもいいんだが、それじゃあ、君らのためにならないと思ってね。パーティーはチームワークだって言っただろ? 俺だけ強くてもしょうがないのさ。全員が強くなってこそ、ダンジョンの深層階まで潜れるようになる。強い奴頼りのパーティーは、そいつが負傷したり離脱すると、一気に弱くなるからな。俺は『追放者アウトキャスト』の仲間を、そんな寄生冒険者にするつもりはないよ。みんな一線級の才能を持っているはずだからさ。今回は、独断で昇格や報酬を断ったけど、次からはキチンとみんなに説明するようにするから、大目に見てもらえると助かる」
「そうでしたか。そのように深いお考えがあったとは……。グレイズさんの言う通りですね。確かに私はあのゴブリンキングとの戦いで、グレイズさんに助けられているばかりじゃダメだと感じました。もっと、強く賢くなって、グレイズさんの隣に立っても恥ずかしくない自分になりたいと今は思っています」
「ファーマも今度は絶対に避けて攻撃を食らわせてやるんだー。本気のグレイズさんの攻撃が見えなかったこと、結構ファーマはショックだった。絶対に強くなって、グレイズさんの攻撃を見切れるようになるー」
「グレイズ、有能。だけど、私、もっと有能なはず。絶対、『カーラ、お前は有能だな』って、グレイズに言わせる」

 三人とも、俺の本気の姿を見ているため、先程の言葉の意味を理解してくれたようだ。人外の力を持った俺をパーティーの主力に据えれば、中層階も深層階も突破は容易だ。だがそれは、個人の力で到達しただけである。彼女たちの実力が伴ってなければ、ムエルたちのように勘違かんちがいを起こさせて、その才能をつぶしかねない。
 それに、自分の冒険者生活で得た知恵や知識をもっと彼女たちに教え伝えたいという、内からき上がる欲求にもあらがえないでいる。

「ありがとうな。みんながそう思ってくれていれば、きっと俺たちは世界一のパーティーを目指すことができるさ。きっとな」
「当たり前。グレイズがリーダーをしている『追放者アウトキャスト』は、三年以内に全員Sランク冒険者のSランクの、世界一のパーティーになっているはず」
「世界一でSランクかあー。すごいねー。ファーマなりたい!」
「きっと、このパーティーならなれますよ。みなさん真面目まじめですし、すごい才能の持ち主ですし、リーダーがグレイズさんですから」

 みんなが顔を輝かせて、『世界一のパーティー』になるという目標に賛同してくれた。

「わふうう(きっと、みなさんでしたら、すぐにでも世界一になると思いますよ。あたしもお手伝いしますし)」

 仲間外れにされたと思ったのか、ハクが俺の膝の上にのぼってきて、みんなの顔を見回した。

「どうやらハクも仲間に入れて欲しいらしいぞ」
「ハクちゃんも一緒にSランク目指そうねー!!」
「では、お祝いというか、誓いというか、みなさんで乾杯をしましょう。ちょうど、おいしいお酒をいただいていますので」

 みんながアウリースの準備したワイングラスを手に取る。全員に行き渡ったところで、俺が乾杯の音頭おんどをとった。

「『世界一のパーティー』を目指して頑張がんばるぞ! 乾杯!」
「「「はい」」」

 チンというグラスの当たる音とともに、みんながワインを飲み干していった。
 俺たちは『世界一のパーティー』を目指し、歩みを止めることはないだろう。

「ぷはー。酒場の親父のやつ。ちょーうまいやつをくれたなあ」

 こうして俺たちは、無事の帰還と新たな目標を祝うための酒盛りを、夜遅くまで楽しんだ。ちなみに三人とも酒の方はかなりイケる口で、終始楽しいお酒の時間が続き、俺は少し飲みすぎてしまった。


         ■


「ミラ、やべえぞ!! 冒険者ギルドの密偵がぎ回りはじめやがった。例の封印の壺を買った奴を捜しているらしいぞ」

 オレムエルは知り合いの冒険者から聞いた話を、ミラに伝えた。
 ゴブリンキングの入った封印の壺を仕掛け、今回の騒動の元を作ったのは、オレたちであるからだ。
 冒険者ギルドに露見すれば、冒険者資格を剥奪はくだつされ、犯罪者にされてしまうだろう。
 冒険者資格の抹消まっしょう。それは、冒険者として生きてきたオレの人生全てを失うことに等しい。豪華な食事も、家も、名声すらも消え去り、犯罪者として逃げ回る逃亡生活が脳裏をよぎった。

「そんなにあわてなくてもいいわよ。すでに手は回してあるわ。あたしに直接売った闇市の売人が、もうじきここに来る。元々、ヤバい品物だし、内密に進めていた話だから、あたしたちとその売人しか、例の封印の壺のことは知らないわ」

 売人との密会場所に選んだこのアジトの小屋は、ミラが闇社会の者たちとの会談に使ったり、禁制品を手に入れたりするための場所だそうだ。ミラが闇社会の連中とつるんでいることはうっすらと知っていたが、こんな場所を隠し持っているとは全く知らなかった。
 そして、家主であるミラは、あわてる様子を見せず椅子に座りながらテーブルに足を載せ、丁寧に自分の短剣をみがいていた。

「だが、そいつが冒険者ギルドの密偵に捕まれば、オレたち二人はおしまいだぞ。冒険者資格剥奪はくだつのうえ、官憲に引っ立てられちまう」
「大丈夫よ。大丈夫。これから来る奴の口を永遠に閉じてしまえば、この件を知るのは、あたしとムエルだけになるからさ」

 ミラが短剣をみがく手を止めて、ニヤリと怪しげに笑う。その顔を見て、背筋がゾクリと冷えた。
 こいつは、秘密を知る闇市の売人を殺して、証拠の隠滅を図ろうとしている。なんていう女だ。性格は悪いと思っていたが、根性までひねくれているじゃねえか。

「お、おい。ミラ、お前、その売人を殺すのか? 本当に?」
「当たり前じゃない。生かしておいたら、あたしたちが安心して生活できないじゃないの。それとも、ムエルは犯罪者として冒険者資格を剥奪はくだつされ、街から追われたいのかしら?」
「そ、それは……。追われたくない。だが、殺すのは……」
「なに、甘いこと言っているのよ。人の命を心配するよりも、あたしたちの生活を守る方が大事でしょうが。あんたも男なら覚悟を決めな!!」

 ミラがドスの利いた声とともに、テーブルに短剣を突き立てた。
 殺すしかないか……。ああ、そうだな。こうなったからには生活を守るため、殺すしかない。
 オレはミラの圧力に耐えかねて、売人を殺す手伝いをすることに決めた。


 しばらくして、小屋のドアをたたく音がした。外は日が落ちて、夜の闇が広がっている。

「どうぞ。鍵はかかってないわ」

 ミラが意外にも丁寧に答える。ドアが開くと、小太りの中年男がのそりと入ってきた。こいつが、例の封印の壺を売りつけた闇市の売人なのか。

「これは、ムエル殿もいたのですか。こたびは、あの封印の壺をお買い上げいただき、ありがとうございます。いやー、扱いに困っていた商品でしてねー。こちらも助かりましたわー」

 男が顔の汗を布できながら、にんまりと笑う。

「売ってもらったのはよかったのだけど、実はとても困ったことが発生してね。今日はそのために呼んだのよ」
「そうでしたな。あの封印の壺はきちんとしたものだと思いましたが、なにか不具合でもありましたか? キッチリ今話題のゴブリンキングを封入してあったはずですが……」

 闇市の売人は、オレたちが低層階にゴブリンキングを解き放ったと犯人だと言わんばかりのわざとらしさで聞いてきた。

「ああ、とってもマズい不具合だ」

 オレは男の背後に立つと、動けないように羽交はがい締めにした。

「な、なにを。ムエル殿!? ミラ殿!? なにを」
「なにをって、あんたに生きていられたら、こちらが困ることになるのよ。悪いけど、死んでね」

 ミラが男の口を押さえると、心臓に向けてみがいていた短剣を突き立てた。

「ふぐぅううううう」

 ジタバタもがいていた男が、ゆっくりと動かなくなり、オレの腕を引きがそうとしていた手がプランと垂れる。ついにオレは、殺人まで犯してしまった。

「これで、冒険者ギルドの密偵はあたしたちまで迫れなくなったわ。あとは、あたしたちがいつも通りの生活をしていれば、ゴブリンキングの件はそのうち収まるわ」

 ミラは平然とした顔のまま、血に濡れた短剣を男の衣服でぬぐっていた。彼女は殺しに慣れているのか、まったく動揺した様子を見せていない。元々怖い女だとは思っていたが、本当のミラはとんでもなくヤバい女なのではと、オレは思いはじめていた。

「死体はどうするんだ? ここにめるわけにもいかないだろう? 死体が見つかれば、オレたちにまた疑惑が向くぞ」
「そんなの、天然の墓場が近くにあるじゃないの。ダンジョンにてておけば、魔物たちが勝手に処理してくれるわ。そうすれば、証拠も何も残らない」
「なるほど、ダンジョン内にいる魔物が死体を食って証拠を隠滅してくれるということか。さすが、ミラだな。それならオレたちが疑われることもなくなるな」
「そういうこと。じゃあ、コレ処分するから、布袋に入れてムエルが背負ってね。三階層か四階層の端に転がしておけば、一日で綺麗きれいにしてくれるでしょうよ」

 ミラが事前に準備していたと思われる布袋を、こちらに投げた。
 オレは言われるがまま、床に転がった男を布袋に詰めていく。体格がいいので多少重いが、持ち上がらない重さでもなかった。
 くそぉおおっ! グレイズのせいで、オレたちは殺人者という十字架まで背負うハメになったじゃねえか! ここまで来たら、絶対にあの野郎を生かしておかねえ! 今度は別の方法でぶっ殺してやる!
 物言わぬ死体となった男が入った布袋をかつぎながら、心の中で決意を新たにする。

「夜のうちにダンジョンに放り込んでくるわよ。今なら入り口の衛兵もいない時間帯だし、すぐに行くわよ」

 オレはミラとともに、ダンジョンの奥に潜っていった。




   第二章 成長する仲間



「さて、魔法というのは誰にだって使えるものじゃない。使えるジョブが限られているのだ。ちなみに、俺のジョブである『商人』は、魔法を使えない。『魔術士』『魔術師』『回復術士』『神官』『精霊術士』『神殿騎士』『召喚士』の七つのジョブが、今のところ魔法を使えるジョブとして認定されている。これは理解してもらっているだろうか?」
「ファーマ知ってるー。カーラさんは『精霊術士』、アウリースさんは『魔術師』だよね」
「『魔術士』と『回復術士』は会ったことある。それ以外のジョブは、アウリースの『魔術師』しか会ったことない」

 質問に答えつつ、カリカリとファーマが冒険者手帳に俺の講義内容を書き留めていく。その隣では、カーラもまた同じようにしていた。
 今何をしているかと言えば、冒険者としての知識をほとんど持ち合わせていない二人に向けて、初心者向け講義をしているのだ。

「まあ、上級職なんてレアなジョブだしな。そう簡単に会えるほどブラックミルズにもいない。それと魔法系統は『回復』『攻撃』『支援』『精霊』『召喚』の五系統で、ジョブによって使えるものと使えないものとに分かれているぞ。またこれらは、純然たる魔素マナの力を使った『回復』『攻撃』『支援』魔法と、精霊や魔物の力を借りる『精霊』『召喚』の二つに分類できる。カーラの『精霊術士』は回復支援魔法の揃う『精霊魔法』、アウリースの『魔術師』は『攻撃魔法』が使える。あと魔法は、魔術書店で魔法書を購入し、それを見て自らの魔力で発動できたときのみ、習得できるという仕様だ。ここはよく覚えておくように」
「わふうう。わん、わん(神術もありますよー。グレイズさん、使ってみます? 街一個くらいなら吹っ飛ばせる威力がありますよ)」

 おい、そんな魔法なんて聞いたことないぞ。というか、街一つとか不穏すぎるだろ。
 カーラとファーマが俺の講義をしっかり聞いている間、二人の隣で丸くなって尻尾しっぽ振っていたハクが、俺の方を向いてしゃべった。ハクの言葉を聞けるのは俺だけなので、二人にトンデモ魔法のことを知られなくてよかった。

「はーい。魔法職と魔法の系統について分かった気がするー。ファーマは魔法を使えないけど、みんながどんな魔法を使えるか知っておくのは大事ー」
「私もアウリースも、みんなには何が使えるか隠さずに全部教えてある」

 魔法に関しては、ステータスなどに表記されないため、完全に個人の申請頼りであるのだ。そのため、魔法職では自分を高く売り込もうと、使えない魔法を使えると偽って、パーティー入りする猛者もさもいるらしい。バレたら、仲間から詐欺師さぎしのレッテルを貼られ追放されるか、賠償金として装備をぎ取られるかの二択だが、それは自業自得というものだろう。
 カーラとアウリースの習得した魔法は、仲間になった際に本人から確認を取っていた。
 まず、カーラ。彼女は駆け出しの冒険者なので、低位の魔法しか覚えていない。裂傷などの傷をいやす『生命の水ライフウォーター』、スタミナの限界値を増やす『精力増強タフネス』、攻撃命中率を上げる『焦点距離フォーカスレンジ』の三つである。
 次にアウリース。元Aランク冒険者だったが、パーティー財政が苦しかったようで、『炎の矢ファイヤーアロー』『火球ファイヤーボール』『氷弾丸アイスバレット』『突風ガイストウインド』『大地の槍アーススピア』の五種類しか覚えていない。
 魔法の種類を聞いたとき、よく低位魔法だけでAランクまで上がれたなと思ったが、『天啓子てんけいし』の影響で知力が高いために、低位魔法でも普通より威力が高く、それだけで押せたそうだ。
 魔法は色々と使えると便利だが、魔法習得は金がかかる。それに、魔法を発動させられるかどうかは、知力のステータスに依存している。冒険者ランクが高くて金があっても、知力のステータスが低い魔法職は、強力な上位レベルの魔法を使えずに、低位レベルの魔法を駆使して戦うしかない。幸い、カーラもアウリースも標準以上の知力を持ち合わせているから、上位魔法の習得にも制限はかからなそうだな。

「魔法は魔法書店で買うことは知ってるよー。前にカーラさんに教えてもらったー」
「でも、値段が高い。今の私では買える魔法少ない。けど、いっぱい覚えたい」

 二人とも、俺の講義を真剣に聞き、少しでも冒険者として一人前になろうと頑張がんばっているので、ご褒美ほうびを出そうかとも思っていた。

「きちんと講義を聞いていたご褒美ほうびに、このあと魔法書店をのぞきに行ってみるか?」
「行きたーい!! ハクちゃんも一緒に行こうー」
「わふ、わふうう!(お、お散歩ですね、お散歩!! 行く、行きます!!)」

 散歩だと喜んだハクはファーマの袖をくわえ、尻尾しっぽをブンブンと勢いよく振り回していた。

「ハクもお散歩がてら行きたいみたい。私も何か掘り出し物ないか、チェックしたいから行く」
「じゃあ、私もお供しますよ。魔法書店のおばば様には何度もお世話になっていますし」

 いつの間にかそばにいたアウリースもそう言った。

「なら、昼飯を食べに行きがてら、みんなでおばばのところに行ってみるか」
「「「行きます」」」

 こうして俺たちは、ハクの散歩も兼ねて、商店街の外れにある魔法書店に向かうことにした。


「こりゃあ、グレイズかい。珍しい子が顔を出したのう。それはそうと、ダンジョンでは死に損なったみたいだねえ。ひぇひぇひぇ」

 顔中をしわだらけにして笑う老女が、この魔法書店のオーナーであった。元凄腕すごうでの魔術師だったらしいが、召喚士の旦那と結婚して以来、この店を切り盛りしてきた。その旦那もすでに亡くなり、今は老女一人だけで営業している。

「おばばも、俺が生きて帰ってこない方に賭けていたのか?」

 この話は、魔法書店に行く前に、商店街の連中から聞いた。救出金の出資の裏で、俺たちが『無事帰還する』『死んで帰還する』という賭けが行われていたらしい。本当にこの商店街の連中は、油断すると人を賭け事の対象にしやがるから、困ったもんだ。

「ひぇひぇひぇ、そんなわけないじゃろうが。わしはいつも勝つ方にしか賭けんよ。へぇへぇへぇ」
「勝ったのか?」
「当たり前じゃ。随分と稼がせてもらったから、今日は極上品を出してやってもいいぞ」

 上機嫌なおばばが、カウンターの奥の棚に消えると、ゴソゴソと何かを捜しはじめた。

「あった、あった。これじゃよ。あんたらのパーティーには『精霊術士』と『魔術師』がおるんじゃったな。どうじゃ、この『大地の回復アースヒール』や『連鎖の雷チェインライトニング』なんかは」

 奥の棚から取り出してきた魔法書を、カウンターの上に出してくれた。一つは回復魔法、もう一つは攻撃魔法の魔法書であった。

「『連鎖の雷チェインライトニング』!? こ、これって、上位魔法ですよね?」

 魔法書を見たアウリースが、驚いた顔をする。おばばが出してきたのはレア度の高い魔法書で、とても俺たちが買える金額の品物ではないのだ。

「『大地の回復アースヒール』。グレイズ、これ。私、欲しい」

 いやいや、ゴブリン討伐で得た報奨金一万七〇〇〇ウェルと、素材売却代をプラスしたところでも、総額二万ウェルの予算しかない。けたが一つ違うんだ、けたが。『連鎖の雷チェインライトニング』なんて、けたが二つ違うんだよ。

「予算オーバーだ。さすがに買えないぞ」
「へぇへぇへぇ、そういうじゃろうと思ってな。ちょいと、わしの依頼を受けてくれたら、どっちも格安で売ってやろうと思っとる」

 おばばが妖しい笑みを浮かべ、こちらを見る。
 嫌な予感しかしない。大概、商店街の連中が困って持ち込む依頼は面倒なものが多く、普通の冒険者は嫌がって受けないのだ。

「か、格安ですか!? 『連鎖の雷チェインライトニング』が格安に……」

 魔法職のアウリースは、おばばが差し出した魔法書を欲しそうに眺めていた。
 だが、二〇〇万ウェル級の魔法書を格安販売するほどのおばばの依頼は、きっと即死レベルの難題のはずだ。

「お嬢ちゃん。やる気があるみたいだねえ。じゃあ、ちょっと不死の王ノーライフキングの魔導書を手に入れてくれるかい?」

 あ、はい。即死案件でした。不死の王ノーライフキングの魔導書なんて、深層階にまで潜らないと手に入れられない代物しろものだ。

「む、むりです。出会った瞬間に命が消えますから……」

 不死の王ノーライフキングの魔導書と聞いたアウリースが、うなだれた。

「なら、『大地の回復アースヒール』にする。こっち、どんな依頼?」
「あら、こっちのお嬢ちゃんもやる気だね。そっちは簡単だよ。ゾンビの腐肉とスケルトンの骨を三〇個ずつ納品してくれるだけでいい。どうじゃ、簡単じゃろう?」

 おばばらしからぬ、低難度の依頼だった。ゾンビやスケルトンは第四階層から出現する魔物で、個々は大した強さではないのだ。

「グレイズ、これならいける」

 カーラが目を輝かせてこちらを見てくる。やはり魔法職にとって、魔法書はのどから手が出るほど欲しいものなのだ。

「カーラさんの目が輝いているー。やっぱり魔法書ってすごいんだねー」
「そうですね。ゾンビやスケルトンでしたら、私の火属性の魔法攻撃が特に効きますから、受けても損はないかと。カーラさんの精霊魔法が充実すれば、回復の手段も増えますしね。『連鎖の雷チェインライトニング』はまたいつか挑戦できればと思います」

 アウリースも『連鎖の雷チェインライトニング』をあきらめ、カーラの『大地の回復アースヒール』を手に入れる方に賛成してくれた。
 それにしても、おばばがこんなに簡単な依頼で、二〇万ウェルもする魔法書を格安で販売してくれるとは……。なにか、裏があるんじゃないだろうか。大概、こういった美味うまい話には裏があって、よくよく確認しておかないと、痛い目にうことになるんだよな。

「おばば、本当にゾンビの腐肉とスケルトンの骨三〇個ずつでいいのか?」
「他のパーティーならお断りだが、グレイズのパーティーになら譲ってやる。そもそも、ゾンビとスケルトンと聞いた時点で、他のパーティーは話を蹴りおったからな。『ゾンビは麻痺まひ毒とか持ってるし、スケルトンは剣が効かないし』とか抜かして、挙句あげくに『効率悪いからパスするわ』などと言い放つ始末。まったく、最近の若い冒険者は『効率化』なんぞと抜かして、実入りのいい魔物しか狩らなくなっておる。昔なら、駆け出しは色々と試行錯誤してダンジョンの魔物と戦っていたのだがのう。今は『攻略法』頼りのダンジョン探索が主流となっておるのはなげかわしい」
「ああ、そういった事情があったのか。まあ、今時ゾンビやスケルトンを狩ろうなんてのは、俺たちくらいだろうさ。ドロップ品は金にならないし、一気に第一〇階層へ向かうのが流行はやっているからな」
「その通りじゃ。今回の依頼は冒険者ギルドに出してあるから、アルマに言って依頼を受けておくれ。報酬とは別に『大地の回復アースヒール』を二万ウェルでおろす約束もしておく。腐肉と骨は魔法書のインク作りの必需品なのじゃわい」

 そう言いながら、おばばは取り出した紙にサラサラと『大地の回復アースヒール』の予約票を書き込んでいた。

「おや、冒険者相手だから口約束だと思ったが、書類までくれるのか?」
「ああ、冒険者と言っても、グレイズは商売人。きちんとやらないとうるさいじゃろ。それに、おぬしたちは、そこらの冒険者パーティーとは一味違うようじゃ。応援の意味も込めての出血大サービスじゃよ」

 値段は一八万ウェル引きの二万ウェルとしっかり書き込まれている。おばばが商人である俺を納得させるために、契約書類を作成したのだ。
 おばばが書き上がった魔法書の予約票をカーラに渡す。

「任せろ。私、ゾンビ、スケルトン、すぐに蹴散らす。おばば、待っているだけ。ファーマ、アウリース、アルマのところへ行って、すぐに依頼受ける」
「カーラさん、ファーマも頑張がんばるー!! だから絶対に魔法書を手に入れるのー」
「そうですね。アルマさんのところに行って、早く依頼を受けましょう」
「わふ、わふう。わふ(お散歩継続ですか!? いいんですか!? やったーお散歩。お散歩です!!)」

 ファーマの袖を引っ張って尻尾しっぽを振っているハクの姿に微笑ほほえましさを感じる。
 ハクは本当に狼か? なんか犬の血が強いような気がするんだが。

「じゃあ、先に行ってアルマから依頼を受けといてくれ。頼んだぞ」

 仲間たちは、俺がおばばに手付の一万ウェルを払っている間に、店を出ていった。三人を見送ったところで、俺はおばばに今一度たずねることにした。

「ところで、おばば。例のには賭けてないだろうな?」
「なんのことだい? ああ、グレイズの嫁レースのことかい? ありゃあ、全嫁に賭けているから、しっかりやっておくれよ。聞くところによると、三年でみんなをSランク冒険者にするって言い切ったらしいね。三年後なら、あの子たちもいい年だ。もちろんメリーもね。でも、グレイズ。あんたはそんときでもまだ四三だろ。わしは旦那と二〇離れとったからな。歳の差などあってないようなものじゃわい。男ならきちんと甲斐性かいしょうを見せてみい」

 そう言ったおばばが俺の背中をバンバンとたたいた。
 親子ほどの年の差はさすがに厳しいぞ。仮に俺がよくても、相手がある問題だからな。
 おばばも例の賭け事に参加していると聞いて、俺はがっくり肩を落とした。商店街の連中は、なんでそこまで俺を結婚させたがるのだろうか。この呪われた身体では、きっと普通の生活は送れない気がするんだよな。

「ふう、おばばも参加者だったか。だが、ご期待には沿えないかもしれないぞ」
「ひぇひぇひぇ、そういうことにしておいてやるわい」

 妖しい笑みを浮かべていたおばばに手付の一万ウェルを支払った俺は、足早に仲間の後を追って冒険者ギルドに向かった。

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