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第1部
#35 もう誰も
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「ふー。ご馳走様!」
食後のデザートであるプリンを頬張り、両手を合わせた。
「レイセンさん、ご馳走様でしたわ」
「あぁ、えっと……僕も、ご馳走様でした、レイセンさん」
「はい。では、もう片付けてもよろしいでしょうか」
レイセン君が席を立って、僕の皿とスプーンを回収した。するとフィリアが慌ただしくレイセン君を止めた。
「あー! あの、食器洗いはフィリアとノアがやりますわ!」
「しかし、あなた方の準備は……」
断られそうな雰囲気を悟ったのか、ノアが挟み撃ちに出た。
「そ、そうだよ! ご飯も無償で頂いちゃってるし、これくらいは当然ですよ。タダより怖いものはないって言いますし」
「……私を何だとお思いで?」
「ノア余計ですわ! ……準備なら、半分くらいは済ませてありますし……ね、ノア?」
ノアは咄嗟に話を投げられ困惑しつつも、首を二回縦に振った。
「……そこまで仰るのであれば、遠慮する理由がありませんね」
フィリアとノアが顔を見合わせて頬を緩ませた。僕は、食器洗いなんて真っ平御免だ。
「その精神を是非、ご主人様にも見習ってもらいたいものです」
僕は対応に困って、ただ苦笑いをしていた。
***
フィリアとノアが食器の片付けをしている間に、僕とレイセン君は寝室に戻り支度を始める。
その前に、時間が経って、温もりが微塵も残ってない自分のベッドに飛び込んだ。
「はあぁぁぁぁ……布団って最高だよねー」
「またですか……。今度こそ、置いていきますよ」
「そんなこと言って、君が僕を置いていかないのは知ってるんだから」
その言葉に返事はなかった。僕は死体のように寝転がっていた身体を仰向けにして、大の字になった。
何も言い返してこないレイセン君に、僕は他の話を持ち出す。
「あ……ねぇ、次はどこに行くつもりなの? 聞いてなかったけど」
レイセン君は寝間着を脱ぎ、いつもの鎧を身に纏う準備を始めた。
「えぇ、その話なのですが……実はまだ決まっていなくて」
「そうだったんだ」
それから彼は上半身に着用する鎧の肩を、両手で掴んだ。それから、背後に翻して羽織った。
「…………」
僕が見ていることに気がついているのだろうか。
上着の襟元を留め具で挟み、釦代わりの紐を留める。引き締まった背筋が垣間見えたと思ったら、そこを白く細い布で隠し始めた。レイセン君はいつも腹部に包帯を巻いているけど、巻く瞬間を見るのは初めてだった。
「ねー……そういえば、さーあ」
レイセン君はズボンを脱ぐ前に、彼の足の長さ程ある反物を腰に当て、ベルトで腰回りを固定する。それから履いていたものを下ろした。
僕は何度も瞬きをしながら、眠り目で聞いた。
「ユーサネイジアに行った時……杖を持った時に、頭の中で何かが見えたんだ……」
「……はい」
ベッドの端に腰掛け、膝上まであるブーツを履いているレイセン君は、こちらを見ようともしない。
「ヴェーダって…………なに?」
「……! そうか、すみませんご主人様、失念していました」
「え? どういう事……?」
「はい、では先にご説明を。ヴェーダ。つまり聖典とは、神或いは超越的な存在が記した言行録の事で──」
「あの、何を言ってるのか全然わからないよ…………」
僕は涙目でレイセン君に訴えかけた。
「……つまり、過去に起きた事柄と、未来に起こるであろう事項が、聖典には書かれているのです」
「……ということは?」
「聖典に、貴方の事が書かれている可能性があります。閲覧する価値は十分にあるかと」
「へぇ……そんなすごいものが存在するんだ……うーん、でも……」
僕は、レイセン君の話を聞いても、いまいちピンと来なかった。
そんな大層な書物の中に、僕のことなんか書かれているのだろうか?
僕は記録に残るような何かをしてしまった?
神の言葉なんて、どうやって聞くの?
「貴方の反応は冴えないようですが、次の目的地は決まりました」
「えっ、どこどこ?」
途端に思いついたらしい彼の行き先を気にかけているうちに、疑問はどこか遠くへと走り去ってしまった。
「旧市街アトロシティです。そうと決まれば、この事をノアとフィリアにも伝えましょう。彼等にも同行を願いたいのです」
「あぁ、そうか……」
失念していたのは、僕も同じだった。
ノアとフィリアは、僕やレイセン君とはまた違った目的で旅をしている。だから、必ず僕たちについてきてくれるとは限らない。
「でも、なんで二人にも一緒に来てほしいの? 二人だけでも問題はないと思うんだけど……」
レイセン君が、重い口を開いて、僕に打ち明けた。
「それは……。実は、この先、もう殆ど地図が使い物にならないのです」
僕は然程気にしていなかったが、事ある度に地図を確認していたレイセン君からすれば、かなりの痛手だろう。
「なんで? 破けてるとか?」
「いえ、そうではないのです。実際に見て頂いた方が早いでしょう」
左右別々の形をした手袋を嵌めると、レイセン君は机に地図を広げ、本当はそうしなくても十分なほど皺になった四辺に重しを乗せた。
僕はベッドから起き上がり、覚束ない足取りで地形の浮かぶ紙を見に行く。僅かばかり、床の軋む音がした。
「……うわ、なにこれ!?」
縦の長方形をした地図の、上半分が黒で覆われていた。まさにちぐはぐな感じを表現したようだった。
「酷いなぁ……悪戯されたみたい……」
「そうですね。まるで、この世界そのものが不安定であると、叫んでいるかの様です。……こちらが、現在私たちがいる場所、そして旧市街は……ここに」
レイセン君が指さした魔法学校ユーサネイジアを、北東に向かって進むと、地図上では名前だけが辛うじて読める程度の街──旧市街アトロシティがあるという。
「うーん、なんか不安だな……嫌な予感がバリバリするし……」
「それについては同感です。度々現れては私たちを殺害しようとする魔獣、それに、悪魔と呼ばれる者たちの動向を警戒すべきかと。奴等こそ今後何を仕出かすか……」
「そうだね……もう仲間を失いたくは……せめて、君だけでも…………」
僕は本音に近いものを呟いていた。レイセン君は埃を被った地図の重りを外し、丁寧に丸めた。
「この世界の地図は私が暗記していますから、特に異常がなければいいのですが……」
「異常って?」
「例えば、万が一、地形が明白に変わるとしたら──それは、私の脳内に収めた地形も当てにならないということです」
「へ……?」
地形が、変わる?
「前にあったの? そんなことが……」
「はい、以前にもありました。それも、三度に渡って」
本来の地形がわかるはずのない僕は、それがどれほどの天変地異なのかか理解できなかった。
僕が質問を重ねて返そうとすると、レイセン君は眉一つ動かすことなく言葉を連ね続けた。
「一度目は死都ナブディスの位置。二度目は港町オレイアスと王国フォシルを繋ぐ海。三度目は監獄メイ周辺の海の水量です」
「どうしてそんな事が起きるんだろう……」
「変化した、という点に置いてはこの限りではありませんが。他にも、王国フォシルや監獄メイ、魔法学校ユーサネイジア間に広がる森林の面積も増えています。しかしこれは、自然現象に近いものでしょう」
「そうだね、人はいないし、化物は滅茶苦茶いるし……変だし」
これは私の推測なのですが、とレイセン君は口を開いた。
「この三つの異変は繋がっているのではないでしょうか?」
「……なんで?」
「元々、死都は港町オレイアスとと王国フォシルの間にありました。貴方が目を覚ました街に本来あるべきなのは海なんです。それに、監獄で私たちは海に飲み込まれた。ご主人様は気が付かれませんでしたか?」
そう言われると、文字で表すことはとても困難で、そもそも知力の足りない僕には一向に晴れない霧の正体を伝えることはできない。
「えっと……引っかかっていることはあるんだけど……うまく言葉にできない……」
「承知しました。ではこうしましょう。監獄メイを見た時、周りには何がありましたか?」
「んー……森……。森の中を急いで走ったから、記憶が曖昧だけど……」
「はい。監獄メイの周囲は森だった。けれど、私たちが建物の中へと入り、第八の悪魔を斃した後、突如として天井が崩壊し、海に沈んだ……」
「待ってよ。じゃあ、僕たちが森にあったと思っていたメイは、海だったの!?」
レイセン君は掌を僕に向けた。何かを閃いたような気がして、熱くなった僕を落ち着かせようとしたのだろう。
「その結論に至るのは、少々お待ちください。確かに監獄は森の中に建っていますが、なにも全く水がないわけではないのですよ。建造物の背後には、狭く浅い池があったのです」
「じゃあ、その池とメイの奥が繋がってた……?」
「池は『狭くて且つ浅い』のです。私たちが体験したような、建物が飲み込まれるほどの水量があると思いますか?」
僕は両手を組んで苦悶した。
「もう一つ、そんな場所でノアとフィリアに出会うと思いますか?」
「──あ」
レイセン君は、まるで確実にとどめを刺すかのように、更に追い打ちをかけた。
「景色は緑一色、浅く面積もない池で、ボートを漕ぐ人はまずいないでしょう」
咄嗟に気になったのは、ノアとフィリアの事だった。
「それはそれとして。推測を交えて今迄の話を一元化しますと、一度目に死都と海が入れ替わり、二度目にノアたちがボートを漕いでいた海と監獄周囲が入れ替わった……と、私は考えております」
納得したのか疲弊したのか或いはその両方を看取したような溜息が溢れた。
この世界は、一つの大きなスライドパズルのように、大きく変化することもあるということなのだろうか。
一体誰が、どうやって、何のために。考えるだけ無駄だろう、少なくとも今は。
「そしたら、もうオレイアスとフォシルの間はもう森になっていて、船なんてないかもね」
僕はベッドに座り込んで、両手を一直線に伸ばし倒れた。けれど眠る気はないことを彼に分からせるために、三秒ばかりで身体を起こした。
「つまりは未知数。この世界の何もかもが。さあ、ノアたちにも声をかけましょう。そろそろ出発のお時間です」
***
旅の支度を済ませた僕は、一緒に旅をしないかとノアとフィリアに提案した。
ノアとフィリアは顔を見合わせて頷くと、二つ返事で了承してくれた。実は、ノアとフィリアも魔法学校ユーサネイジアより上には行ったことがないとか。
通常であれば、こういった交渉もレイセン君がするものだけれど、僕にもできる気がした。そしたらレイセン君は「存外、成長しているではありませんか」と少し捻くれた口調で微笑んだ。
そして僕たち四人は、聖典を探すためにノアの家を出る。
旧市街アトロシティへ────向かうために。
食後のデザートであるプリンを頬張り、両手を合わせた。
「レイセンさん、ご馳走様でしたわ」
「あぁ、えっと……僕も、ご馳走様でした、レイセンさん」
「はい。では、もう片付けてもよろしいでしょうか」
レイセン君が席を立って、僕の皿とスプーンを回収した。するとフィリアが慌ただしくレイセン君を止めた。
「あー! あの、食器洗いはフィリアとノアがやりますわ!」
「しかし、あなた方の準備は……」
断られそうな雰囲気を悟ったのか、ノアが挟み撃ちに出た。
「そ、そうだよ! ご飯も無償で頂いちゃってるし、これくらいは当然ですよ。タダより怖いものはないって言いますし」
「……私を何だとお思いで?」
「ノア余計ですわ! ……準備なら、半分くらいは済ませてありますし……ね、ノア?」
ノアは咄嗟に話を投げられ困惑しつつも、首を二回縦に振った。
「……そこまで仰るのであれば、遠慮する理由がありませんね」
フィリアとノアが顔を見合わせて頬を緩ませた。僕は、食器洗いなんて真っ平御免だ。
「その精神を是非、ご主人様にも見習ってもらいたいものです」
僕は対応に困って、ただ苦笑いをしていた。
***
フィリアとノアが食器の片付けをしている間に、僕とレイセン君は寝室に戻り支度を始める。
その前に、時間が経って、温もりが微塵も残ってない自分のベッドに飛び込んだ。
「はあぁぁぁぁ……布団って最高だよねー」
「またですか……。今度こそ、置いていきますよ」
「そんなこと言って、君が僕を置いていかないのは知ってるんだから」
その言葉に返事はなかった。僕は死体のように寝転がっていた身体を仰向けにして、大の字になった。
何も言い返してこないレイセン君に、僕は他の話を持ち出す。
「あ……ねぇ、次はどこに行くつもりなの? 聞いてなかったけど」
レイセン君は寝間着を脱ぎ、いつもの鎧を身に纏う準備を始めた。
「えぇ、その話なのですが……実はまだ決まっていなくて」
「そうだったんだ」
それから彼は上半身に着用する鎧の肩を、両手で掴んだ。それから、背後に翻して羽織った。
「…………」
僕が見ていることに気がついているのだろうか。
上着の襟元を留め具で挟み、釦代わりの紐を留める。引き締まった背筋が垣間見えたと思ったら、そこを白く細い布で隠し始めた。レイセン君はいつも腹部に包帯を巻いているけど、巻く瞬間を見るのは初めてだった。
「ねー……そういえば、さーあ」
レイセン君はズボンを脱ぐ前に、彼の足の長さ程ある反物を腰に当て、ベルトで腰回りを固定する。それから履いていたものを下ろした。
僕は何度も瞬きをしながら、眠り目で聞いた。
「ユーサネイジアに行った時……杖を持った時に、頭の中で何かが見えたんだ……」
「……はい」
ベッドの端に腰掛け、膝上まであるブーツを履いているレイセン君は、こちらを見ようともしない。
「ヴェーダって…………なに?」
「……! そうか、すみませんご主人様、失念していました」
「え? どういう事……?」
「はい、では先にご説明を。ヴェーダ。つまり聖典とは、神或いは超越的な存在が記した言行録の事で──」
「あの、何を言ってるのか全然わからないよ…………」
僕は涙目でレイセン君に訴えかけた。
「……つまり、過去に起きた事柄と、未来に起こるであろう事項が、聖典には書かれているのです」
「……ということは?」
「聖典に、貴方の事が書かれている可能性があります。閲覧する価値は十分にあるかと」
「へぇ……そんなすごいものが存在するんだ……うーん、でも……」
僕は、レイセン君の話を聞いても、いまいちピンと来なかった。
そんな大層な書物の中に、僕のことなんか書かれているのだろうか?
僕は記録に残るような何かをしてしまった?
神の言葉なんて、どうやって聞くの?
「貴方の反応は冴えないようですが、次の目的地は決まりました」
「えっ、どこどこ?」
途端に思いついたらしい彼の行き先を気にかけているうちに、疑問はどこか遠くへと走り去ってしまった。
「旧市街アトロシティです。そうと決まれば、この事をノアとフィリアにも伝えましょう。彼等にも同行を願いたいのです」
「あぁ、そうか……」
失念していたのは、僕も同じだった。
ノアとフィリアは、僕やレイセン君とはまた違った目的で旅をしている。だから、必ず僕たちについてきてくれるとは限らない。
「でも、なんで二人にも一緒に来てほしいの? 二人だけでも問題はないと思うんだけど……」
レイセン君が、重い口を開いて、僕に打ち明けた。
「それは……。実は、この先、もう殆ど地図が使い物にならないのです」
僕は然程気にしていなかったが、事ある度に地図を確認していたレイセン君からすれば、かなりの痛手だろう。
「なんで? 破けてるとか?」
「いえ、そうではないのです。実際に見て頂いた方が早いでしょう」
左右別々の形をした手袋を嵌めると、レイセン君は机に地図を広げ、本当はそうしなくても十分なほど皺になった四辺に重しを乗せた。
僕はベッドから起き上がり、覚束ない足取りで地形の浮かぶ紙を見に行く。僅かばかり、床の軋む音がした。
「……うわ、なにこれ!?」
縦の長方形をした地図の、上半分が黒で覆われていた。まさにちぐはぐな感じを表現したようだった。
「酷いなぁ……悪戯されたみたい……」
「そうですね。まるで、この世界そのものが不安定であると、叫んでいるかの様です。……こちらが、現在私たちがいる場所、そして旧市街は……ここに」
レイセン君が指さした魔法学校ユーサネイジアを、北東に向かって進むと、地図上では名前だけが辛うじて読める程度の街──旧市街アトロシティがあるという。
「うーん、なんか不安だな……嫌な予感がバリバリするし……」
「それについては同感です。度々現れては私たちを殺害しようとする魔獣、それに、悪魔と呼ばれる者たちの動向を警戒すべきかと。奴等こそ今後何を仕出かすか……」
「そうだね……もう仲間を失いたくは……せめて、君だけでも…………」
僕は本音に近いものを呟いていた。レイセン君は埃を被った地図の重りを外し、丁寧に丸めた。
「この世界の地図は私が暗記していますから、特に異常がなければいいのですが……」
「異常って?」
「例えば、万が一、地形が明白に変わるとしたら──それは、私の脳内に収めた地形も当てにならないということです」
「へ……?」
地形が、変わる?
「前にあったの? そんなことが……」
「はい、以前にもありました。それも、三度に渡って」
本来の地形がわかるはずのない僕は、それがどれほどの天変地異なのかか理解できなかった。
僕が質問を重ねて返そうとすると、レイセン君は眉一つ動かすことなく言葉を連ね続けた。
「一度目は死都ナブディスの位置。二度目は港町オレイアスと王国フォシルを繋ぐ海。三度目は監獄メイ周辺の海の水量です」
「どうしてそんな事が起きるんだろう……」
「変化した、という点に置いてはこの限りではありませんが。他にも、王国フォシルや監獄メイ、魔法学校ユーサネイジア間に広がる森林の面積も増えています。しかしこれは、自然現象に近いものでしょう」
「そうだね、人はいないし、化物は滅茶苦茶いるし……変だし」
これは私の推測なのですが、とレイセン君は口を開いた。
「この三つの異変は繋がっているのではないでしょうか?」
「……なんで?」
「元々、死都は港町オレイアスとと王国フォシルの間にありました。貴方が目を覚ました街に本来あるべきなのは海なんです。それに、監獄で私たちは海に飲み込まれた。ご主人様は気が付かれませんでしたか?」
そう言われると、文字で表すことはとても困難で、そもそも知力の足りない僕には一向に晴れない霧の正体を伝えることはできない。
「えっと……引っかかっていることはあるんだけど……うまく言葉にできない……」
「承知しました。ではこうしましょう。監獄メイを見た時、周りには何がありましたか?」
「んー……森……。森の中を急いで走ったから、記憶が曖昧だけど……」
「はい。監獄メイの周囲は森だった。けれど、私たちが建物の中へと入り、第八の悪魔を斃した後、突如として天井が崩壊し、海に沈んだ……」
「待ってよ。じゃあ、僕たちが森にあったと思っていたメイは、海だったの!?」
レイセン君は掌を僕に向けた。何かを閃いたような気がして、熱くなった僕を落ち着かせようとしたのだろう。
「その結論に至るのは、少々お待ちください。確かに監獄は森の中に建っていますが、なにも全く水がないわけではないのですよ。建造物の背後には、狭く浅い池があったのです」
「じゃあ、その池とメイの奥が繋がってた……?」
「池は『狭くて且つ浅い』のです。私たちが体験したような、建物が飲み込まれるほどの水量があると思いますか?」
僕は両手を組んで苦悶した。
「もう一つ、そんな場所でノアとフィリアに出会うと思いますか?」
「──あ」
レイセン君は、まるで確実にとどめを刺すかのように、更に追い打ちをかけた。
「景色は緑一色、浅く面積もない池で、ボートを漕ぐ人はまずいないでしょう」
咄嗟に気になったのは、ノアとフィリアの事だった。
「それはそれとして。推測を交えて今迄の話を一元化しますと、一度目に死都と海が入れ替わり、二度目にノアたちがボートを漕いでいた海と監獄周囲が入れ替わった……と、私は考えております」
納得したのか疲弊したのか或いはその両方を看取したような溜息が溢れた。
この世界は、一つの大きなスライドパズルのように、大きく変化することもあるということなのだろうか。
一体誰が、どうやって、何のために。考えるだけ無駄だろう、少なくとも今は。
「そしたら、もうオレイアスとフォシルの間はもう森になっていて、船なんてないかもね」
僕はベッドに座り込んで、両手を一直線に伸ばし倒れた。けれど眠る気はないことを彼に分からせるために、三秒ばかりで身体を起こした。
「つまりは未知数。この世界の何もかもが。さあ、ノアたちにも声をかけましょう。そろそろ出発のお時間です」
***
旅の支度を済ませた僕は、一緒に旅をしないかとノアとフィリアに提案した。
ノアとフィリアは顔を見合わせて頷くと、二つ返事で了承してくれた。実は、ノアとフィリアも魔法学校ユーサネイジアより上には行ったことがないとか。
通常であれば、こういった交渉もレイセン君がするものだけれど、僕にもできる気がした。そしたらレイセン君は「存外、成長しているではありませんか」と少し捻くれた口調で微笑んだ。
そして僕たち四人は、聖典を探すためにノアの家を出る。
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