死の餞ヲ、君ニ

弋慎司

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第2部

#56 双子の塔

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「レイセン君……どこ!!」
 僕は攫われた青年の名を叫んだ。塔の中で、僕の声がこだました。天井が見えないほど遠くにある。
 レイセン君は、どこにいるのだろう。
「待ってよ、ねえアクア、一旦戻ろうよ」
「そうですよお、もし仮にですけど、罠だったらどうするんです?」
 一人突き進む僕の後ろで、やっと追いついたエレナとアイネに引き止められる。
「嫌なら二人はついて来なくてもいいよ。罠でも、僕が助けに行かなきゃ」
 塔を登っていくには、壁際の螺旋階段しか見当たらない。僕は今すぐにでも駆けていきたかった。
「待って! アクアがそこまで言うなら、あたしもついていく。だけど、無理はしないで……危険だと思ったら、みんなで逃げよう……」
「エレナ様は、貴方を心配しているんです。それにアイネさんからも言わせてもらいますけど、あの悪魔からは怪しい香りしかしませんよ。プンプンです」
「……わかった。みんなも気をつけて、行こう」
 僕を先頭にして、最初の一段に足をかける。エレナ、そしてアイネが後ろに続いた。

「魔獣の数が……多い……」
「まだ……やっと半分ってところかな……」
 僕たちは、ただ階段を上がるという事に苦戦を強いられていた。
 上から魔獣が降ってくるのだ。
 飛行型の魔獣が群れになって襲ってくるのを、エレナの魔術で焼き払う。取りこぼした魔獣は、アイネが的確に処理をした。
「まるで、アイネさんたちを足止めしているかってくらい来ますねえ」
「それもそうだけど……アイネ、君のピクトはどうしたの? 銃で戦ってたみたいだけど」
 神父服には似つかない、片手銃を握っているアイネに、些か違和感を覚える。
「いえ、それが……中に入りたがらなくて。これは何かあると思い、秘密兵器として持っていたものを、こうして仕方なく……」
 会話をしながら、アイネは手際よく銃弾を込めた。
「へえ……どうして銃弾を?」
「アイネさんだって、こんな物騒なモノ持ちたくないですけど、このご時世何があるかわかりませんからねえ。──それにピクトたちは小間使いのような役割しかできないので、過度に期待しないほうがいいです」
「とにかく、先へ進みましょう。ここまで来たら、もう戻れない……そうでしょ、アクア」
 僕は頷く。青天井宛らの上層を見上げて、足を上げた。

 塔の天辺まで登りつめた。
 部屋を端から端まで見渡し、ひっそり閑としている部屋を見て、虚無感に襲われる。
「いない……?」
「ここまで、来たのに……」
 エレナは膝をついて、床に伏した。
 同じようにしたい気持ちを抑えながら、夕日差し込む窓の外を見遣る。僕は目を丸くした。
「あれは……!!」
「え、なんですアクアさま──は、なんでえ?!」
 目線の先には、黒い蝶が入り込んだと思われるものと、寸分違わず同じ建物が聳え立っていた。
 霧がかっていて、僕たちが今いる塔と同じ外観をしていることくらいしかわからない。
「どうして、ここに来るときはなかったのに……」
 来るときはなかったものが、今になって姿を現す。これほど巨大な塔を隠蔽するなんて、可能なのだろうか。
 もしかして、なかったのではなく、見えなかったとしたら──。
「ああーー!!」
「ちょ……びっくりした……どうしたのさ」
 アイネが間髪入れずに叫んだのに対して、僕は反射的に耳を塞いでいた。
「アイネさん、分かってしまいました!! そうです、あの塔は隠れていたんですよ!!」
「……と、いうと?」
「遠近法です。外から見たときには、この塔しか見えなかった。それは、ちょうどアクア様が見ていた向きから、この塔があの塔を隠してしまっていたからですよお」
 アイネが床下を指差したり、向こう側にある塔を指差したりしながら、説明を続けた。
「螺旋階段を登った後で方向感覚を失ってますけど、アイネさん的には、あちらの塔と今いる塔、更にアクア様が立っていた位置はほぼ直線だったからだと思うんです。黒い蝶はこの塔に訪れたように見せかけて、実は真後ろの塔へと向かったわけですよ。それにこの霧でしょう? 少し向きを変えた程度では気付きますまい」
 遂に、僕は納得の声を上げる。
「じゃあ、レイセン君はあそこに──」
「──アクア様、今日はやめましょう」
 低い声が冷たい刃になって刺さる。
「なんで……急いでるって言ったよね、僕……」
「急がば回れと言うじゃあないですか。夜は悪魔の時間。敢えて我々が不利になる状況は望ましくありません。更に、ここに来るまでの戦闘。これから向かったとして、全力の三割も出せましょうか」
「…………」
 つい、僕は我を失って、残った体力のことなど考えられなくなっていた。
 エレナは何も言わずに、僕から目を逸らした。彼女も、アイネと同意見なのだろう。
「……わかった」
 階段を降りていく。帰りは悔しいほどに静かで、事もなく外に出ることができた。
「待ってて、すぐ、助けに行くから……」
 コテージを建てて、僕たちは次の朝に備えることにした。

 ***

 塔の最上階に匿ったお兄様を、僕は目に焼き付けるように眺めていた。口元を抑えて、悟られないように考え事をする。
「はあ、なんて美しいのでしょう……お兄様……」
 思わずため息が漏れてしまう。
 人生で最も愛する人を、漸う取り戻すことができた──。正気と狂喜の狭間で思考が揺れている。
 もう会えないと思っていた、僕の想い人。お兄様を連れ戻すことができたという事実に、酔いしれてしまいそうになる。
「……私を囚えて、何をするつもりですか」
「ああ、本当に、夢のよう……です……」
 サファイアの瞳が、僕を見ている。それだけでも体は熱くなっていくというのに、まさか話しかけられているなんて──。
 まあだだよ。酔狂しきった自分自身を押さえつけるように、ため息が出る。
 思えば、僕たちは双子なのに、似ている部位といえば瞳の色と目付きくらいだった。
「お兄様──」
 恐らく──否、間違いなく、僕は悪魔のような顔をしている。
「気分は如何です?」
「…………」
 僕は顎に指をあてがい、舌舐めずりをする。
 簡単に逃げられては、苦労が水の泡になってしまう。
 お兄様の四肢をベッドの四隅に括り付けた。透明な糸だが、僕には見える。僕はそれを自由に操る権利を有しているからだ。
 今まで見てきた他の誰よりも美しい青年は、銀の髪を垂らして、抗おうとしている。彼の心をとどめる必要なんてない。体だけで十分。
 どうしてだろうか。逃げても良いことなんて一つもないのに。
「少し……いえ、かなり苦しいようですね。ですがこの程度用心深くなければ、貴方はすぐにどこかへ行ってしまうでしょう?」
 色白の頬は桃のように色づき、荒々しい呼吸を繰り返すばかり──。
「お兄様は本当に、僕にだけは弱みを見せてくださらないですよね。……今となっては──それも、愛おしいのですが」
「…………」
 僕はベッドの上で静止している彼の元に近寄った。お兄様は背後のベッドに背中を貼り付けられても尚、僕から距離を取ろうとしている。
「お兄様にずっと、僕はずっと、触れたかったんですよ。どんな方法でも、どんなに貴方に拒まれたって構わない」
 相手を射殺さんと、刺すような視線が逸らされてしまう。叶うことならば、未来永劫見つめあっていたい。
「あまり動かない方がよろしいかと。糸が食い込んでしまいます」
 ベッドに両手をついて、膝を乗せる。このまま唇を重ねたくなる衝動を抑えて、彼の顎を持ち上げた。
「…………」
「ふふ、今のお顔がとても可愛らしいので、僕はこのままでもいいんですけどね」
 艶やかな肌から手を離す。お兄様の体を隅々まで舐るように見つめる。
 生まれて初めての昂揚感、愉悦感、幸福感、陶酔感、恍惚感が堪らない。
「──触るな」
 僕は喉を鳴らしながら、首を傾げた。
「そう、ですか……。──なあんて」
「……っ」
 逃げようとするお兄様の肩を押し戻し、その上に跨る。両腕は頭の上、足は片方引っ張ってしまえばいい。
「はぁ……おにいさま、僕……お慕い申し上げております……」
「おやめなさ、いや──」
 お兄様の声が、聞こえない。いいえ、耳にはちゃんと届いている。
 けれど、愛が暴走して、もう自分で自分を止められそうにない。
 鎧の下に手を入れて弄ると、眉根を寄せて、本当に困ったような顔をする。すぐに嫌がっているのがわかった。お兄様には零か一しかないから。
「お兄さま……僕、貴方とこんなに触れ合うことができて……ああ、はやく……ひとつになりたい……」
「っ……離しなさい……」
 お兄様の声はまるで蜂蜜のように甘くて、僕の脳はそれを媚薬と判断してしまう。
 時々、その口から吐息が漏れているのに気が付かない僕ではない。彼の体は、感度が良すぎる。
「ええ……でも……僕お兄様としたいんです。この日を迎えるために、僕は……」
 前から準備をしていた。好きでもない相手と何度もなんどもセックスして、喘ぐことだけが上手になっていった。
 望まない相手との一夜を終えたら、決まってお兄様のことばかり考えて──。
 経験を重ねた僕の勘が告げる。きっと貴方と体の相性は──良い。
「それは、あなたの都合でしょう。私が嫌だと言っているのがわかりませんか」
 胸の膨らみを人差し指の腹で小突いて、それ以上の言葉を塞いだ。
──そんなこと、わかっています。正直に告げたところで、拒まれるどころか距離を置かれてしまうのは織り込み済み。もとい既に敬遠されてしまっているし。
 僕は乱暴にしたい気持ちを堪えて、お兄様の衣服を上から下まで暴いていった。
「お兄様、この状態で、まだ僕を止められると思っていらっしゃるんですか」
「……今直ぐに去ればいい」
「ふふ、僕がそれほど単純だとは思ってもいないくせに」
 中途にはだけた体躯は、どこから見ても人を誘惑し、魅了させるに足る完璧な形状をしていた。
「…………」
 呆れたように顔を逸らすお兄様は、明後日の方向を見ている。まるで関心のない、冷たい魚の目だ。
 僕はそれを良いことに、手袋を外して彼の体を貪った。
 胸元から首筋へ、それから鎖骨にお臍、腿の内側まで。味わい尽くすように舌を這わせる。次第に痙攣したようにびくりと跳ねたり、呼吸が荒々しくなったりと、僕を昂ぶらせるには十分な体に仕上がっていった。
「あぁ……お兄様、もう……」
 僕は再び、お兄様の腹の上にまたがってスーツに手をかけた。ベルトを外して、声音という名の媚薬で濡れたズボンと下着を、手際よく一気に下ろす。
 息遣いが荒い彼は、反論さえしてこない。
 ここへ来る前に解しておいた、自らの穴を広げて相手の先端に触れる。
「んんっ、あっ、おにいさまのが……入ってきてます……うう、先走りで、滑りがよくって……」
「……っ、うる……さ……」
「もう、すこし、もう少しでぜんぶ──んうっ!?」
 最後まで時間をかけて味わうつもりが、力が抜けて最奥まで駆け抜けていった。最奥にぶつかる音が聞こえたような気がした。
 三秒ほど思考停止してしまう。僕は何度もまばたきをしていた。全身がじんじんとして、これが堪らなく感じる原因だという事に気づく。
 動かしたいけれど、この余韻に浸っていたいという欲は天秤にかけたくなってしまう。
「はぁ、は……。お兄さまあ……」
 お兄様のモノを下の口に咥えている。その事実だけで、アヌスの内側がきゅうと窄まった。僕自身も、先走りを溢すほど擡げてしまっている。
 愛する人とのセックスは、こんなにも気持ち良くて、どこまでも高ぶってしまうものなのか。
 この状態で動いたら、僕はどうなってしまうのだろう。好奇心からか、体は勝手に動き始めた。
「ああっ、あっ、ぞくぞくして……止まらな……い、です……」
 どう動けば相手が気持ちよくなるかは、人によって少しずつ違う。探りながら段々とその場所を掴んでいく。
 いつもならそれだけで終わっている。だのに、これではお兄様の感覚を図れない。体が動かされているような気さえ起こさせる。彼は何もしていないのに。
「っあ……あ、ああ……」
 お兄様の先端と僕の前立腺が何度もキスをして、その度に酔いが回ったような快感に襲われる。
 そして、お兄様に思いの丈をすべてぶつけた。
 お兄様の腹の上が、僕の精液で汚れている。お兄様を穢したのだ。体の熱が冷めやらない。
「……はぁ……お兄様……すきです、だいすき……愛してる……ああ……」
「…………」
 僕はうわ言のように、恋慕の言葉を囁いた。お兄様の体に倒れ込むように、肌を寄せた。
 愛の形を、唇で重ね重ね残して、お兄様の拘束を少し緩める。
 はじめてお兄様の隣で、枕に頭を預けた。
 お兄様の目だけがこちらを見ていて、僕の鼓動は落ち着くことを知らなかった。僕は隠すように笑顔を作る。
──前よりも、お兄様に恋をしている。その気持ちだけで、胸が張り裂けそうだった。
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