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第2部
#57 二匹の蛇
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「……ねえ、お兄様」
「…………」
「今度は、僕が挿れてもよろしいでしょうか」
仰向けに寝そべるお兄様の胸元を撫でながら、お願いをする。
僕が触れても、お兄様は怒らなくなった。僕が言うことを聞かない子だとわかったのだろう。
「……敢えてこう言いましょう、どうでもいいです」
僕の耳には、許可を与えられたように届いた。
「……ふふ、僕は本気ですよ」
被せていた毛布を剥いで、体を起こした。
二人共ほとんど服を着ていない。けれど、暖炉の火が燃えているこの部屋は、それが気にならなくなるくらいに温かかった。
「所詮は泡沫の夢……ですから」
お兄様は小さい声でそう呟く。
確かにお兄様の言う通りだ。僕がここにいて、お兄様が生きていることこそが奇跡。
幸福を味わって何が悪い。愛を体で証明して何が悪い。いいえ、悪くない。悪いはずがない。
「お兄様……」
僕の心は醜い。彼の隣で横になっている間、ずっとお兄様に挿れることばかり考えていた。
シャツ一枚羽織っただけの僕は、妄想を膨らませながら、布団の中で性器を硬くしていた。
「…………」
「僕が解してさしあげますね。多分、そうしないと痛いだけですから」
お兄様の「どうでもいい」は、何をしても構わないが自分は関与しないフリをする、という言葉の裏返し。
ならば、僕は、お兄様と二人で心満たされるまで快楽に溺れたい。
僕はスーツの懐に隠していた媚薬を兼ねたローションを急いで取り出して、指にたっぷりとつけた。
「慣らさなくてもいいのに」
「もう、お兄様を痛めつけたいわけではありません……一緒に気持ちよくなりたいんです……」
彼の蕾に、粘性の液体がついた指を押し当てる。
お兄様は、幼い頃に薬を打たれて体を壊された。痛みに鈍感になって、鞭打ちをされていても無反応で僕の顔を見ていた時は、恐怖さえ覚えた。
だから、快楽だったはずのものでも、それが嫌悪の対象でしかない貴方は苦しい顔をするのでしょう。血の滴る白い床が思い起こされる。
「……っ」
口元を手で隠して、目を瞑るお兄様が視界に入る。少し力が入ってしまったかもしれない。
けれどそんな表情とは裏腹に、僕の指は奥の方まで届きかけていた。
反対の手でシーツを握りしめる、そんなお兄様の姿が可愛らしく、愛おしい。
「あっ、お兄さま、そろそろ……中に入りたい、です……」
僕は三本とも入った指を、不自然なほどゆっくりと抜いた。そしてびくびくと脈打って止まない僕自身を、今度は蕾に押し当てる。
「挿れ、ます……ね?」
弾む息をなんとか抑えようとしている彼は、しばらくまともに口が利けそうになかった。
ほとんど全裸に近いお兄様の体躯を見ながら、下の口に大きくなった僕自身を咥えさせる。
お兄様の女性的な男性器は、僕の方を向いてしまっている。その形すら美しく、呼吸を忘れてしまいそうになる。
「お兄様……あと少し、もう少しだけですから……」
そう言いながら、結合部を覗いてみると、まだ全体の半分は外に出ている。亀頭が入りきっただけにも見えた。
前のめりになりながら、狭くて温かい中を突き進む。かなりの量のローションを塗っていても、締りがきつい。
あと少しですべて入り切る──。その一歩手前で、最奥の壁にぶつかった。
「……はっ、はぁ……結構、入りましたよ、でもまだ全部じゃないです」
「っ、それ以上……」
嘘だと言わんばかりの、お兄様の表情が目に焼き付いた。
だけれど、止められなかった。このままでは僕の気が済まない。
「許せよ」
お兄様の細い体を思い切り引き寄せて、中をこじ開けようと試みる。
──嗚呼僕は、貴方があまり痛がらないのを良いことに、最低な行いをしています。神がおわしますならば、必ずや罰が与えられるでしょう。
苦悶に乱れる兄に脇目も振らず、前後に腰を動かした。
最初は理性的な速度で。次第に気遣いなどできなくなっていき、種付けをしたいという本能に駆られる。
こんなにも見目麗しい青年を前にして、誰が理性を保てましょうか。叶うなら、共に壊れてしまいたい。そんな思いを、ぶつけるように。
「あ、おに、さま……ぜんぶ、はいった……はぁ……」
「…………」
僕の昂りは収まることを知らず、お兄様の中を無理やり押し広げて、壁を壊してしまった。
隙間がなくなった結合部を眺めて、忘我の境に入る。しばらく、この余韻に浸っていたいと思った。
お兄様の顔を覗く。腕で目元を隠してしまっていたが、その口から大きく息を吸っては吐いていた。呼吸の度に、胸が上下している。
「お兄様……動きますね。嫌なら、僕の背中に爪を立ててもいいです」
僕はお兄様を抱いた。背中に腕を回し、枷が外れないようにときつく。
耳元で、お兄様の喘ぐ声がする。上ずったような喚声と、背中の痛みがスパイスとなって、僕は飢えた獣みたいにその体を食い千切った。
二人の秘め事は、僕が性を放って、お兄様を三度穿つまで留まることはなかった。
一通りの濡れ事を終えた僕たちは、ベッドの端に二人並んで座っていた。
「お兄様、とても、気持ちよかったですよ。ん……」
「もうやめなさい、一体いくつ跡をつけるつもりですか」
「それはもちろん、お兄様への愛の数だけ……体中につけても、まだ足りないくらいです」
お兄様は乱れた髪を少し整えて、首筋に手をあてがった。僕がつけた印を気にしているのだろう。
体が汗と唾液と精液で塗れたまま、体を寄せ合っていたのには訳がある。お兄様が疲れ切っていたのがありありと分かったからで──僕はまだ、愛し足りないくらいだが──彼の息が整うまではこうしていようと、お兄様を後ろから抱きしめた。
「これからどうなさいます、お兄様……」
「……シャワーを浴びたい」
「ふふ、では、一緒に参りましょう。僕がお背中を流して差し上げます」
***
その夜、僕は寝付けなかった。
寝なければと、自己暗示をかければかけるほどに、焦燥感が増して眠れなくなる。
ならばいっそ、頭を爽快にさせてしまえばいい。そう思って、僕はコテージの扉を開けた。
「……う。なんだろう、この臭い」
煙たい臭いがする。体にはあまり良くなさそうな刺激臭が、外で蔓延していた。
「あ……アイネ……?」
「──ん、おやぁ。アクア様でしたか。こんな夜更けに、どうされました」
単眼の男──アイネが、昼間と同じ祭服を着て、白い棒状の枝を咥えていた。
棒の先はかすかに燃えていて、そこから鳩羽色の煙が湧き上がっていた。あたりの視界が悪いのは、この煙が広がったせいだろう。
小さな扉がついたランプを腰に下げ、その灯りを頼りに手を動かしている。
「ちょっと……眠れなくて。寝ようとしても、なんか……」
「……まあ、普通はそうなりますよねえ。アイネさんも同情していますよ」
アイネは、親指と人差指で持った枝の先を左右に振った。
「ところで、それ……けほ、けほ、何?」
「ああ、これ、大人の嗜みというやつです。一度くらい、見たことがあるでしょう? ……健康な体をお持ちなアクア様の前では吸うなと、お咎めを受けましてねえ」
「え、誰から?」
「あの方ですよお、そりゃ。まあ人目を避けて嗜んでいた所に、アクア様が来られたので判定は微妙です。多分吸ってたアイネさんが悪いって言われそうですけど」
「ああ、そうだったんだ……知らなかった」
アイネの黒いローブが、ランプの光とともに大きく揺れた。
目には見えない距離で、茂みが囁く。
「……なんでしょう、この音」
「魔獣──?! 武器置いてきちゃった」
「いえ、魔獣にしては、サイズが小さすぎる」
茂みの囁き声が、段々と大きくなっていく。
そして、僕たちに近づいた。
「蛇……?」
「ひえ──って、蛇かあ……んん? よく見ると面白いですねえ、白黒ですよこの子たち」
「ほんとだ……なんかすごい絡まっちゃってる」
地を這う二匹の蛇は、明かりに照らされても怯むことなく佇んでいる。
首から下は、斜めがけのストライプを一部切り取ったように交差していた。
「魔獣……というか、ただの生き物ですよね。これは」
蛇は舌を出したり引っ込めたりしている。
呑気なものだなあ、と僕は思った。
すると、二匹の蛇は動き出して僕の足を登ってきた。
「うわ、うわわわ」
「アクア様?! ちょっとそれ毒蛇じゃあないですよねえ?! 噛まれたら死んでしまいますよー!!」
「それ先に言って?!」
蛇は器用に太腿まで駆け上がると、左腕に巻き付いて静止した。
また呑気に舌を出している。ここが落ち着くんだと、僕に訴えているような気さえした。
「アクア様、ご無事ですか? 気分はどうです」
「え、わ、わかんない……。寒気がしたけど、それ以外は特に……」
「そうですか、それは良かった。……一体、何がしたいんでしょう」
首を左右に振っている白と黒の蛇を、単眼の男は怪訝そうに見つめた。
「どうすればいいかな……」
「流石のアイネさんも、蛇を飼ったことはありませんねえ……。悪意も攻撃性も感じられないのでしたら、旅のお供にしてはいかがです?」
僕は嫌忌めいた声音で、左腕の蛇たちを見た。
「……おとなしくしてる?」
蛇に人の言葉がわかるはずもなく、僕とアイネは目を合わせた。
間延びした僕たちは、それぞれの部屋に戻って眠ることにした。
僕は左腕で装飾のようになっている蛇たちに気を取られ、右手に何かを握りしめている感触に気づけなかった。
「──ん?! これ、弓矢……?」
寝ぼけてずっと握りしめていた──というわけではなさそうだ。
もしそうならば、アイネが出会い頭に指摘してくれていたはずである。
そして、今僕が手に持っているのは、見慣れた矢筒に入っている矢ではない。
薄く金色がかった光を放つ、物語の中でしか登場しない、幻想の弓矢のようだった。
「あっ──」
矢は両手に乗せようとした途端、きらきらと音を奏でながら消滅した。
僕は慌てて、この手に乗るはずだった矢の形を思い起こした。もし消えてはならないものだったら、責任が取れないと思ったからだ。
「……!」
消失した弓矢を再生させたこと。更にはその再現度の高さに、我ながら無言で感嘆する。
きっと、この光景を二匹の蛇も見ていたに違いない。今はもう僕の体を離れてしまって、部屋を旋回している。
この矢が本物なら、矢筒から取り出すという工程が不要になる。と、いうことになる。
──今すぐ、外に出て試したい。
そう思うと同時に、僕は正反対の行動をとっていた。
「ふぁ~あ。起きてからでいいや」
ブーツを緩めてから、いち、にの、さん、でベッドに飛び込む。
手間が省けるからといって、僕が強くなるわけではない。悪魔の能力は、僕たちとは根本的に違うのだ。
僕が毛布に包まると、二色の蛇がベッドに登ってきて、枕元で丸くなった。
「君たちも寝るの? ふぅん、おやすみ……」
拍子抜けな出来事を振り払って、起きた後のことを考えながら、眠りにつこうとした。
希望は、まだ残っていると信じて。
「…………」
「今度は、僕が挿れてもよろしいでしょうか」
仰向けに寝そべるお兄様の胸元を撫でながら、お願いをする。
僕が触れても、お兄様は怒らなくなった。僕が言うことを聞かない子だとわかったのだろう。
「……敢えてこう言いましょう、どうでもいいです」
僕の耳には、許可を与えられたように届いた。
「……ふふ、僕は本気ですよ」
被せていた毛布を剥いで、体を起こした。
二人共ほとんど服を着ていない。けれど、暖炉の火が燃えているこの部屋は、それが気にならなくなるくらいに温かかった。
「所詮は泡沫の夢……ですから」
お兄様は小さい声でそう呟く。
確かにお兄様の言う通りだ。僕がここにいて、お兄様が生きていることこそが奇跡。
幸福を味わって何が悪い。愛を体で証明して何が悪い。いいえ、悪くない。悪いはずがない。
「お兄様……」
僕の心は醜い。彼の隣で横になっている間、ずっとお兄様に挿れることばかり考えていた。
シャツ一枚羽織っただけの僕は、妄想を膨らませながら、布団の中で性器を硬くしていた。
「…………」
「僕が解してさしあげますね。多分、そうしないと痛いだけですから」
お兄様の「どうでもいい」は、何をしても構わないが自分は関与しないフリをする、という言葉の裏返し。
ならば、僕は、お兄様と二人で心満たされるまで快楽に溺れたい。
僕はスーツの懐に隠していた媚薬を兼ねたローションを急いで取り出して、指にたっぷりとつけた。
「慣らさなくてもいいのに」
「もう、お兄様を痛めつけたいわけではありません……一緒に気持ちよくなりたいんです……」
彼の蕾に、粘性の液体がついた指を押し当てる。
お兄様は、幼い頃に薬を打たれて体を壊された。痛みに鈍感になって、鞭打ちをされていても無反応で僕の顔を見ていた時は、恐怖さえ覚えた。
だから、快楽だったはずのものでも、それが嫌悪の対象でしかない貴方は苦しい顔をするのでしょう。血の滴る白い床が思い起こされる。
「……っ」
口元を手で隠して、目を瞑るお兄様が視界に入る。少し力が入ってしまったかもしれない。
けれどそんな表情とは裏腹に、僕の指は奥の方まで届きかけていた。
反対の手でシーツを握りしめる、そんなお兄様の姿が可愛らしく、愛おしい。
「あっ、お兄さま、そろそろ……中に入りたい、です……」
僕は三本とも入った指を、不自然なほどゆっくりと抜いた。そしてびくびくと脈打って止まない僕自身を、今度は蕾に押し当てる。
「挿れ、ます……ね?」
弾む息をなんとか抑えようとしている彼は、しばらくまともに口が利けそうになかった。
ほとんど全裸に近いお兄様の体躯を見ながら、下の口に大きくなった僕自身を咥えさせる。
お兄様の女性的な男性器は、僕の方を向いてしまっている。その形すら美しく、呼吸を忘れてしまいそうになる。
「お兄様……あと少し、もう少しだけですから……」
そう言いながら、結合部を覗いてみると、まだ全体の半分は外に出ている。亀頭が入りきっただけにも見えた。
前のめりになりながら、狭くて温かい中を突き進む。かなりの量のローションを塗っていても、締りがきつい。
あと少しですべて入り切る──。その一歩手前で、最奥の壁にぶつかった。
「……はっ、はぁ……結構、入りましたよ、でもまだ全部じゃないです」
「っ、それ以上……」
嘘だと言わんばかりの、お兄様の表情が目に焼き付いた。
だけれど、止められなかった。このままでは僕の気が済まない。
「許せよ」
お兄様の細い体を思い切り引き寄せて、中をこじ開けようと試みる。
──嗚呼僕は、貴方があまり痛がらないのを良いことに、最低な行いをしています。神がおわしますならば、必ずや罰が与えられるでしょう。
苦悶に乱れる兄に脇目も振らず、前後に腰を動かした。
最初は理性的な速度で。次第に気遣いなどできなくなっていき、種付けをしたいという本能に駆られる。
こんなにも見目麗しい青年を前にして、誰が理性を保てましょうか。叶うなら、共に壊れてしまいたい。そんな思いを、ぶつけるように。
「あ、おに、さま……ぜんぶ、はいった……はぁ……」
「…………」
僕の昂りは収まることを知らず、お兄様の中を無理やり押し広げて、壁を壊してしまった。
隙間がなくなった結合部を眺めて、忘我の境に入る。しばらく、この余韻に浸っていたいと思った。
お兄様の顔を覗く。腕で目元を隠してしまっていたが、その口から大きく息を吸っては吐いていた。呼吸の度に、胸が上下している。
「お兄様……動きますね。嫌なら、僕の背中に爪を立ててもいいです」
僕はお兄様を抱いた。背中に腕を回し、枷が外れないようにときつく。
耳元で、お兄様の喘ぐ声がする。上ずったような喚声と、背中の痛みがスパイスとなって、僕は飢えた獣みたいにその体を食い千切った。
二人の秘め事は、僕が性を放って、お兄様を三度穿つまで留まることはなかった。
一通りの濡れ事を終えた僕たちは、ベッドの端に二人並んで座っていた。
「お兄様、とても、気持ちよかったですよ。ん……」
「もうやめなさい、一体いくつ跡をつけるつもりですか」
「それはもちろん、お兄様への愛の数だけ……体中につけても、まだ足りないくらいです」
お兄様は乱れた髪を少し整えて、首筋に手をあてがった。僕がつけた印を気にしているのだろう。
体が汗と唾液と精液で塗れたまま、体を寄せ合っていたのには訳がある。お兄様が疲れ切っていたのがありありと分かったからで──僕はまだ、愛し足りないくらいだが──彼の息が整うまではこうしていようと、お兄様を後ろから抱きしめた。
「これからどうなさいます、お兄様……」
「……シャワーを浴びたい」
「ふふ、では、一緒に参りましょう。僕がお背中を流して差し上げます」
***
その夜、僕は寝付けなかった。
寝なければと、自己暗示をかければかけるほどに、焦燥感が増して眠れなくなる。
ならばいっそ、頭を爽快にさせてしまえばいい。そう思って、僕はコテージの扉を開けた。
「……う。なんだろう、この臭い」
煙たい臭いがする。体にはあまり良くなさそうな刺激臭が、外で蔓延していた。
「あ……アイネ……?」
「──ん、おやぁ。アクア様でしたか。こんな夜更けに、どうされました」
単眼の男──アイネが、昼間と同じ祭服を着て、白い棒状の枝を咥えていた。
棒の先はかすかに燃えていて、そこから鳩羽色の煙が湧き上がっていた。あたりの視界が悪いのは、この煙が広がったせいだろう。
小さな扉がついたランプを腰に下げ、その灯りを頼りに手を動かしている。
「ちょっと……眠れなくて。寝ようとしても、なんか……」
「……まあ、普通はそうなりますよねえ。アイネさんも同情していますよ」
アイネは、親指と人差指で持った枝の先を左右に振った。
「ところで、それ……けほ、けほ、何?」
「ああ、これ、大人の嗜みというやつです。一度くらい、見たことがあるでしょう? ……健康な体をお持ちなアクア様の前では吸うなと、お咎めを受けましてねえ」
「え、誰から?」
「あの方ですよお、そりゃ。まあ人目を避けて嗜んでいた所に、アクア様が来られたので判定は微妙です。多分吸ってたアイネさんが悪いって言われそうですけど」
「ああ、そうだったんだ……知らなかった」
アイネの黒いローブが、ランプの光とともに大きく揺れた。
目には見えない距離で、茂みが囁く。
「……なんでしょう、この音」
「魔獣──?! 武器置いてきちゃった」
「いえ、魔獣にしては、サイズが小さすぎる」
茂みの囁き声が、段々と大きくなっていく。
そして、僕たちに近づいた。
「蛇……?」
「ひえ──って、蛇かあ……んん? よく見ると面白いですねえ、白黒ですよこの子たち」
「ほんとだ……なんかすごい絡まっちゃってる」
地を這う二匹の蛇は、明かりに照らされても怯むことなく佇んでいる。
首から下は、斜めがけのストライプを一部切り取ったように交差していた。
「魔獣……というか、ただの生き物ですよね。これは」
蛇は舌を出したり引っ込めたりしている。
呑気なものだなあ、と僕は思った。
すると、二匹の蛇は動き出して僕の足を登ってきた。
「うわ、うわわわ」
「アクア様?! ちょっとそれ毒蛇じゃあないですよねえ?! 噛まれたら死んでしまいますよー!!」
「それ先に言って?!」
蛇は器用に太腿まで駆け上がると、左腕に巻き付いて静止した。
また呑気に舌を出している。ここが落ち着くんだと、僕に訴えているような気さえした。
「アクア様、ご無事ですか? 気分はどうです」
「え、わ、わかんない……。寒気がしたけど、それ以外は特に……」
「そうですか、それは良かった。……一体、何がしたいんでしょう」
首を左右に振っている白と黒の蛇を、単眼の男は怪訝そうに見つめた。
「どうすればいいかな……」
「流石のアイネさんも、蛇を飼ったことはありませんねえ……。悪意も攻撃性も感じられないのでしたら、旅のお供にしてはいかがです?」
僕は嫌忌めいた声音で、左腕の蛇たちを見た。
「……おとなしくしてる?」
蛇に人の言葉がわかるはずもなく、僕とアイネは目を合わせた。
間延びした僕たちは、それぞれの部屋に戻って眠ることにした。
僕は左腕で装飾のようになっている蛇たちに気を取られ、右手に何かを握りしめている感触に気づけなかった。
「──ん?! これ、弓矢……?」
寝ぼけてずっと握りしめていた──というわけではなさそうだ。
もしそうならば、アイネが出会い頭に指摘してくれていたはずである。
そして、今僕が手に持っているのは、見慣れた矢筒に入っている矢ではない。
薄く金色がかった光を放つ、物語の中でしか登場しない、幻想の弓矢のようだった。
「あっ──」
矢は両手に乗せようとした途端、きらきらと音を奏でながら消滅した。
僕は慌てて、この手に乗るはずだった矢の形を思い起こした。もし消えてはならないものだったら、責任が取れないと思ったからだ。
「……!」
消失した弓矢を再生させたこと。更にはその再現度の高さに、我ながら無言で感嘆する。
きっと、この光景を二匹の蛇も見ていたに違いない。今はもう僕の体を離れてしまって、部屋を旋回している。
この矢が本物なら、矢筒から取り出すという工程が不要になる。と、いうことになる。
──今すぐ、外に出て試したい。
そう思うと同時に、僕は正反対の行動をとっていた。
「ふぁ~あ。起きてからでいいや」
ブーツを緩めてから、いち、にの、さん、でベッドに飛び込む。
手間が省けるからといって、僕が強くなるわけではない。悪魔の能力は、僕たちとは根本的に違うのだ。
僕が毛布に包まると、二色の蛇がベッドに登ってきて、枕元で丸くなった。
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