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VIPでBIGなご褒美

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 パソコンのモニターに、『世界で一番クズな男の名を言え』というメッセージが表示されている。
「世界で一番、クズな男?」
 久遠はあごに手を当てて、モニターの映像を眼鏡に映す。
 背後では、今にも穴があきそうなくらい、相羽がドアを破壊している。
 久遠は弟を押し退け、カタカタとキーボードを叩いて、『金田』と入力した所で、すぐにエラーが表示される。
 バンと金田が机を叩いて、
「遊んでいる場合か!」
 それから久遠は、思いつく限りの歴史上クズと称される男の名前を入力して、エンターを押すが、どれもエラーと表示される。
 八木が一つ離れた所からその様子を見ていた。
「これでトドメでしゅよ!」
 トゲ付きの鉄球がドアを突き破ってこちらへ飛び出して来る。
「うわー! もうダメだ、ドアが突破される!」
 ドアの穴から手が伸びて来て、手探りでドアノブの鍵を開けると、月輪刀を抜き出した相羽の姿が現れる。
「許さないでしゅよ、あんたたち! あたしからハルキ様を奪うなんて、ただで済むと思っているでしゅか!」
「ま、待て、ちょっと待て、もう少しで終わるんだ! な、もう少し、そのまま、そのまま」
 金田は両手を前に出して、それを上下に振りながら、相羽と一定の距離を取る。
 その後ろで八木がそっとキーボードに指を置く。
「待つって、何を待つでしゅか! さんざんあたしの事をだまして、もう許しましぇん」
「…………………!」
 突然のくノ一の乱入により、面食らった様子のユタカだったが、何気なくモニターを振り返って、
「あ! パスワードが解除されている! ウィルスの駆除が完了している!」
「なに! 本当か!」
 金田が机にあったタブレットをつかんで、それを相羽へ投げつける。
「ほらよ、相羽! お前の大切なハルキ様だ!」
 おたおたして、両手を広げてタブレットをキャッチする相羽、そのまま急いで『ハルキの古城』のアプリを起動させる。
「ハルキ様、ぶ、無事でしゅか!」
「やあのり子じゃないか。なんだか久しぶりな気がするね。いい子にしていたかな?」
「きゃーハルキ様―、良かったでしゅ、無事に会えたでしゅ、のり子いい子していましたよ♡」
 どはー、とみんな床に転がる。
 起き上がって、何か言いたそうにユタカが口を開くと、シーッと人差し指を口に当てた八木が顔を出す。
「…………………」


「第四回、シャンデリア・ナイト実行委員会を始める!」
 放課後の教室を広々と見渡して、口元を緩ませる金田、
「なんか、人、増えたな」
 教室にはいつものメンバーに加え、高木たちアンドロックスのメンバーと、相羽、それから三人のクラスメートが座っていた。
 金田は順々にみんなの顔を見て行って、
「うんうん、相羽も実行委員会に参加してくれるようになったし、って、
 うぉい! なんでお前まだコスプレやってんだよ!」
 相羽は魔法少女の格好をして、机に向かっていた。
「だって、ハルキ様がどうしてもあたしの魔女っ子姿が見たいって言うでしゅよ」
 八木がハンカチで汗を拭きながら、
「コスプレごっこは、コンピューターウィルスのせいではなかったようね」
「さらっと流したけど、それが今回一番のミステリーだって」と雛形がドン引きしている。
 八木がチョークを置いて、改まった口調で、
「相羽さん、今日の実行委員会に参加してくれたって事は、シャンデリア・ナイトに参加してくれるって事で、いいのよね?」
 相羽がタブレットに頬ずりをしながら、
「ハルキ様が参加しても良いって言ってくれているでしゅから、問題ないでしゅよ」
「コンピューターウィルスはちゃんと除去できているみたいだな」と久遠がドア修理の請求書を手にして、
「それにしても高くついたな、ドアの修理代。これ、誰に請求すればいいんだ?」
 早川がマンガ本を見ながら大きく手を挙げる。
「委員長、ごちゃごちゃ言ってないで早く始めようぜ。こっちはこの後バンド練習が控えているんだ」
「おっと、お前らケツが決まっているんだったな。すまんすまん」と言って、金田は教卓の前でオホンと咳払いを見せる。
「えーと、ま、これだけ人が集まるようになったから、C組のシャンデリア・ナイトのコンセプトについて、そろそろみんなで話し合いたいと思う」
 黒板に『C組のコンセプト』と書き始める八木、その横顔の向こうで、ガラガラと教室の戸が開いて、めずらしく校長が顔を出す。
「お、やっているわねー」
 キラキラ輝くアマケースマイルを見せて、校長は教室の中へと入って来る。
「あら! 前よりだいぶ人数が増えたじゃない。委員長、副委員長、ちょっとずつ前進しているようね」
 金田がホクホクとした顔を見せて、体をくねらせながら、
「あ、分かっちゃいます? 第一回実行委員会は、こーんだけしかいなかったのが、今では俺の力でこーんなに」
 バンと机に両手を突いて雛形が立ち上がる。
「あたしだって、死ぬ思いでタブレットを守ったんだからね!」
 久遠も請求書をひらひらさせて、
「そうだそうだ。俺の弟の部屋のドアだって、いまだ修理中だ」
 金田はポリポリと頬を指で掻く。
「えーと、まあ、ここにいるみんなのおかげで、なんとかここまで」
 校長は人差し指を立てて、それを左右に振って、
「でも、もっとがんばらないとダメね。本来ならもうとっくにクラス全員でイベントの内容について話し合っているくらいじゃないと、卒業式までにシャンデリア・ナイトは間に合わない。そろそろ下級生にも先を越され始めるわ」
 と、ここで校長は急に声のトーンを明るくして、
「という事で、ハーイみなさん、注目、注目!」と手を打ち鳴らす。
「突然ですが、今この場にいる人たちは、とてもラッキーです。そこの君、そこのあなた、運が良いー!」
 一人ではしゃぐ校長。
「なぜみなさんがラッキーかと言うと、第四回シャンデリア・ナイト実行委員会に参加している人たち限定で、ご褒美を用意したからです」
「?」
 金田と八木は顔を見合わせる。
 校長は教卓の前に立って、パーティーで使うような抽選箱を取り出す。
「速報です! 来週の日曜日、二年B組がシャンデリア・ナイトを開催する事に決定しました!」
「えーっ!」
 教室に驚きの声が上がる。ひときわ大きな声を出した金田が、がっくりと肩を落として、
「やべー、二年にも先を越された。これからは下級生にもバカにされる」
 校長は笑顔で金田を見てから、みんなの方へ顔を戻して、
「開催時間は十九時ジャスト、みなさんがよく知っている大手芸能事務所社長らもお見えになります。
 という事でみなさん、今からこの箱からくじを引いてもらいます。そして当たりくじを引いた人は、校長推薦の特別枠として、なんと今回のシャンデリア・ナイトにご招待しまーす!」
 教室が水を打ったように静かになる。
「え、ヤバくない?」
 雛形が居住まいを正す。
「確かに、信じられないくらいヤバい」と久遠が眼鏡を掛け直して、
「通常だと、全学生、希望する保護者、OBの人たち、それから芸能関係者などを対象として抽選をするから、シャンデリア城への入場券はとんでもない倍率になる。誰かが宝くじを当てるようなものだと嘆いていた」
 井岡が後ろの席で手を挙げて、
「校長先生、ハズレはなんぼ入ってます? 喜ぶのは、それからですわ」
 校長はピースサインを出して、
「ハズレくじはたったの二つ。今この場に十二人いるから、十人はシャンデリア・ナイトに出席できます」
 うおーっと教室が歓喜に包まれる。
「やべー、ほぼ勝ち確定じゃねーか!」と金田は飛び上がってガッツポーズを見せる。
「お、俺、実は生でシャンデリア・ナイトを観た事がない。シャンデリア城にだって、入った事がない」
 高木が指の震えを押さえながら、視線を下へ向ける。
「あたしだって、この三年間で一度もない。当選確率を見て、もうあきらめていたから、B組の時は抽選に参加しなかったんだー。これは千載一遇のチャーンス!」
 その様子を笑顔で眺めて、校長はカサカサと抽選箱を振る。
「それじゃ、みなさん、さっそくくじを引いてもらいます。あ、この事は他言無用ですよ。他の学生が羨ましがるから」
 ガタガタとみんな席を立って、教卓に向かって一列に並ぶ。そして順々に抽選箱に手を入れてくじを取り出す。
「でもさあ、どうせだったらここにいる全員に、シャンデリア・ナイトに出席させてくれたら良いのに」
 金田がぼやきながら抽選箱に腕を突っ込む。
「まあまあ贅沢は言わないの。ここにいるほとんどの人が当たる抽選なんだから、ね、十二人中、二人、その人は相当くじ運が悪かったって事で」
 興奮を押さえながら、みんな元の席に戻った所で、どこからか校長がマイクを取り出して、
「ではみなさん、一斉にくじを開けて下さい」
 カサカサと、教室に紙を擦る音が響く。
「お、よっしゃー! 当たりだー」
「きゃー、あたしも当たり!」
「あ、当たっているでしゅよ! ハルキ様も見るでしゅよ」
「良かったぁ、僕のくじ運はまずまずみたいだな」
 紙ふぶきが舞うような祝賀ムードの中、教室の一角だけ、何やら黒く渦巻く場所があった。
「あれ? ちょっと待って」と雛形が眉を寄せて、
「ここにいるみんなが当たっているって事は、じゃあ誰がハズレを引いたの?」
 みんな教室のあちこちを見回す。
「う、嘘だろう?」
 震えた手つきでハズレくじを見詰める金田、
「こんなのありえねーだろ、なんで俺が。俺は委員長だぞ!」
 黒板の前まで早川が走って行って、金田のくじを取り上げる。
「おいマジか! こいつ、委員長なのにハズレを引いてる!」
 雛形も黒板の前まで行って、もう一つの異変に気が付く。
「あれ? ちょっと待って、八木さんの様子もおかしい」
 八木が白目になって立っている。
「やだー、シャンデリア・ナイト実行委員長と副委員長が、ハズレのくじを引いているー! なにこれウケるー」
「うっせー雛形、くじ引きで当たったからって、いい気になってんじゃねー! そうだ、よこせ、お前の当たりくじを委員長に寄付しろ!」
「やだー、あたしだって初めてシャンデリア・ナイトが観られるんだから、絶対にあげない!」
 次に金田は校長の肩に泣きついて、
「校長ぉー! 実行委員長たるものがシャンデリア・ナイトに出席できないなんて、こんなのあんまりだー。お願いだ、この通り、校長先生の鶴の一声で、なんとか俺たちの分も追加して」
 今まで笑顔でいた校長が、急にキリリと厳しい顔を見せる。
「ダメです。この校長推薦の特別枠は、思いつきなどではなく、しっかりと校則で決められているのです。くじの確率まで、指定されているのです。それを破る事は校則違反になります」
「えー、そーんなー」と金田が床に崩れ落ちる。
 その時校長がふと顔を上げて、
「あら? 九条くんじゃない、どうしたの?」
 みんないっせいに教室の後ろを振り返る。
 九条は髪を掻き上げながら、自分の机に立ち寄る。
「別に、忘れ物を取りに来ただけっスから」
 そういってカバンを開けて、机の中から教科書を取り出す。
 校長が抽選箱を上げて見せて、
「九条くんも、どう? シャンデリア・ナイトに出席できる抽選」
 ちっと舌打ちを見せて、九条が席を離れる。
「バカ言わないで下さいよ、誰がそんな下らないイベントに出席しますか。みんな勝手にやってろって感じっスよ」
 急いで金田が九条の所へ走って行って、
「おい、九条、そんな事言わないでくじを引いてくれ。俺のために引いてくれ。当たりが出たら、その席を俺に譲ってくれ!」
 九条は激しく金田を押しのけ、カバンを肩に掛ける。
「人をダフ屋代わりに使うな、アホ。委員長がハズレを引くなんて、話にならねえ。それから副委員長、お前もだ」と九条は八木を指差して、そのまま教室を出て行く。
「なにあれ、感じ悪―い」
 雛形が廊下に向かって舌を出す。
「ま、気を取り直して」と久遠が眼鏡につかんで、
「みんな何着て行く?」
「礼服? カクテルドレス?」
「婦警さんの格好でもいいでしゅか?」
「俺は硬派に革ジャンだ」
「まいったなー、今あるスーツはもう入らないや」
「今からみんなで衣装を買いに行かなーい?」
「おーし、今日のバンド練習はキャンセルだ!」
 盛り上がって、わいわいとみんな教室から出て行く中、金田と八木は 魂が抜けたように黒板の下で体育座りをしていた。


 閉め切った暗い部屋の中、四角いパソコンのモニターだけが白く光っている。
「あのお姉さんは一体どうやってパスワードを解除したんだろう」
 カタカタとユタカがキーボードを叩く。
「そうだ。キーボードの入力を自動記録するソフトを使って、お姉さんがどんなパスワードを入力したのか、検索しちゃお」
 パソコンのモニターに次々と複雑なプログラムが流れて行く。
「えーと、タブレットのウィルス駆除をしていた時だから、確かこの辺りだと」
 プログラムの流れる速度が落ちて、モニターに八木が入力したパスワードが現れる。
「あー、あったあった、これだ。えーと、ローマ字入力されて、漢字変換されて と。
 ん?『涼真』? 誰このひと、この名前の人が、世界で一番クズ男ってこと?」
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