歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

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二人の再会

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 メイトリアール教会は草原の真ん中に建っていた。上空から見ると周囲には何もなく、ただたくさんの雲の影が教会の屋根を乗り越えていた。
 教会の裏口から顔を出し、赤土の小道をたどると、少し駆け足になる窪地があった。それまでちろちろと穏やかに流れて来た川の水も、そこへ差し掛かると急流となり、丸い石の上でつややかに水は盛り上がり、細かいしぶきが上がって、それが日の光にキラキラと輝いていた。
 それらのどかな様子を横目に、ぐらぐら揺れる丸太橋の上を渡り切った所で、木蔦に覆われた一棟の小屋が見えて来る。この白板の小屋では昔、親善会などの主要な催し物が行われていたが、今となっては木蔦に覆われて見る影もなく、四等クラスの歌のレッスン場に使われるのがせいぜいだった。
「先生!」
 中から少女たちの元気な声が聞こえて来る。蔦と蔦の間から、室内の様子をのぞいてみると、ピアノの前で譜面をめくるソフィの姿が。
「先生、もう一回最初から歌っても良いですか?」
「もう一回? ええ良いわ。本当はもう十分なのだけど、歌いたいのなら構わないわ」
 少女たちの目は、やる気に満ちあふれていた。歌の途中の息継ぎが、みんなぴったりと合って、一糸乱れぬ肩の動きを見せた。一人一人の歌を取り出せば、技術の差こそあるけれど、全体としてはうまくまとまっていて、それこそ親善会に立ち会わせても恥ずかしくないくらいにまでコーラスは仕上がっていた。
「まあ あなたたちと来たら なんて優秀なクラスなのかしら? 今のは三等クラスの課題曲よ? それをもう完璧に歌い終えてしまって、さあ先生、このさき困ってしまったわ」
 歌い終えたネリー・シャープは、先生のお褒めにあずかり 人一倍胸を高鳴らせた。このクラスは、新人教師であるソフィが実習の意味も兼ねて集められた特別なクラスで、四等クラスの中でも少数精鋭の集まりだった。そしてここに集結した少女たちは その多くがソフィの信者たちで、彼女からレッスンをつけてもらえる事を夢のように思っているのだった。
「全てはソフィ先生のために!」
 これがネリーを中心とする少女たちの誓いの言葉だった。
「ほかの四等クラスなんて、可哀想よ。だってヒルトン先生の歌のレッスンなんて、あっちこっちで人が倒れるらしいわ。そんで、担ぎ出された人にあなたはどうして倒れたのか聞いてみると、レッスンの途中で急に目の前が真っ暗になったって言うの。それはきっと、ヒルトン先生があまりに厳しくて、あまりにつまらなくて、頭がおかしくなってしまったのよ。
 それに引き換えあたしたちは本当に幸せだわ。ソフィ先生は綺麗だし、優しいし、本当に歌を教えるのが上手、そして、何と言ってもレッスンがとても楽しいもの」
 大きな額を見せびらかして、ネリーはみんなの中心に立った。
「ほら、歌うものを全部歌ってしまったから、こんなに時間が余ってしまったわ。どうしましょう? そうね、じゃあ休みたい人は休んでいいし、歌いたい人は歌ってもいいわ。もしも伴奏が必要なら、先生が幾らでも弾いてあげる」
 ソフィは譜面を閉じて、低音から高音へピアノの鍵盤を鳴らした。
 わあっと少女たちは歓声をあげてピアノの周りに集まって来る。
「先生! お話をしてもいいですか?」
 赤毛で背の高いレベッカ・ハミルトンが、みんなを押しのけて一番に口を開く。
「ええ、いいわ」
「先生は、歌の天才だって聞いたけど、それ本当なの? あたし知りたいわ」
 鼻が詰まったような声を出すレベッカ。
「誰がそんな事を言ったの?」
「うちのお父さんが言っていたわ。それに、べっぴんさんだって」
 屈託のない笑いが周りに起こる。
 ソフィは首筋をくすぐられたように、
「わたしは天才ではないわ。世の中にはね、もっとうんと歌が上手な人がいるの」
「先生よりも?」
「そう!」
 額を突き出して、ネリーはレベッカを押しのけた。
「でも! でも! あたしのお母さんがこう言っていたわ! 先生の歌声は法王さまも絶賛するくらいだから、じきと先生を辞めて大学へ進学してしまうんだって、先生それ本当?」
 ソフィは一瞬だけ視線を落とし、それから再びネリーの顔に目を戻して、
「ネリーのお母さんは大袈裟ね。わたしは聖歌隊の歌手としては落ちこぼれなの。だからね、わたしは大学なんて行かないわ。ずっとここで歌の先生をしているわ」
「本当? やったー!」
「でもあなたたちはとても優秀だから、この中から音楽の学校へ進学する子が出て来ると思うわ」
 ピアノに寄り掛かっていたブリアンヌ・ブューグルが、一人だけ顔をそらす。
「?」
 ブリアンヌはソフィの取り巻きから離れ、教室の入口へ向かった。
「どうした?」
「知らない顔、あたしここの人の顔ならぜんぶ知っているの。でもあんな顔 見たことない」
 そう言って、片目が髪の毛で隠れているスーザン・オートンは、戸の隙間から顔を抜いた。それと入れ代わりに、ブリアンヌが戸の隙間に顔を差し入れる。
「本当だ、見たことない奴」
 ブリアンヌの視線の先には、自分たちと同じような歳の少女が立っていた。
「どうしたの?」
「うわぁ」
 戸の隙間が大きく開いて、ブリアンヌの頭の上にソフィが現れる。いつの間にか彼女の背後に少女たちが集まっていた。
「先生、あれ誰?」
 子供の遊びに付き合うように、ソフィはブリアンヌの指差す方向に顔を向けた。
 するとそこには、メイトリアール教会の修道服を着た金髪の少女が立っていた。
「!」
 ソフィの瞳は大きく見開かれた。そして、この一年でうんと成長をした、シエラ・クロウの姿をその目に映した。
「ウソ、どうして」
 シエラは憧れの修道服をくるりと回し、胸に光る栄光のバッチに手のひらを当てた。
「ソフィ! わたしはついにメイトリアール教会に入ることが叶ったわ! まあなんて壮絶な一年だったのでしょう。まあなんて過酷な一年だったのでしょう。
 でもここにこうして メイトリアール教会の服を着てソフィの前に立っていられるのだから、きっと素晴らしい一年だったのに違いないわね」
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