転生勇者はスマホで殴ると死ぬ

服部ユタカ

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二.人生経験があれば顔は関係ない

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二.人生経験があれば顔は関係ない

 俺は過去に対する、たられば、が嫌いだ。

 「ああなっていたら」「こうしていれば」「もしそうだったならば」

 そんなのはもはや平行世界の、異なる世界線に生きる俺がなんとかすればいいと思っていたからだ。


 さて、話は二週間前に遡る。

 俺は定刻にワンルームのアパートから出て、定刻の電車に乗り、いつもの交差点で赤信号に引っかかっていた。

 俺は派遣社員であるがゆえに、本社においてはあってないようなシステム、フレックス勤務が適用されず、遅刻は許されない。当然、遅れた分はしっかり給与が削られる。

 その上、毎朝のやる意味がない朝礼前にはタイムカードを切って、本質的に金にならない時間を過ごさなければならない。

 そんなこんなでリスク負わないために出勤時間は早めていたのだが、ゆえに周囲に人のいないタイミングだった。そこへ耳をつんざくような自動車のスキム音。

 察しのいい昨今のお歴々なら、お判りだろう。異世界転移への入り口、暴走トラックだ。

 正直、ちょっと躊躇した。

 走馬灯のように駆け巡る記憶を上塗りするように、こんな言葉が浮かび上がったからだ。


 ──万一、異世界に行ってしまって派遣切り候補の筆頭にされたら困るのは自分だよなあ。


 笑ってくれ。ファンタジー脳をしていることと、このタイミングでも、俺は保身に走るタイプだということに。

 トラックの運転手と目があったような気がした時、判断した。

 ちょっと今回の転生イベントは回避だな、と。まあ横っ飛びに避ければギリ労災がおりるような怪我で済むだろ、と。

 その時だ。邪魔が入ったのは。

「危ないです!」

 飛び退こうとしていた俺の左から、声変わりしたばかりのような間抜けな声がした。


 次の瞬間、という体感の時間経過で、俺が見たのは病院の天井だった。消毒液の匂いと加齢臭。俺のではない。隣のベッドのオジ様からして漂っているやつだ。

「おお! にいちゃん起きたか! どれ、ナースコールしたろか」

「あ、自分でやれます。どうも」

 ご厚意に甘えることを非としたわけではなく、オジ様の口臭が割とひどいことが、離れていても分かったからだった。

「松浦さん、ご気分はいかがですか」

 看護師と共に現れた女医が尋ねてきた。俺はよそゆきの顔を作って、悪くないです、と答えた。一人称もきちんと揃えて。

「あの、わたしはなんで脚骨折してるんですか?」

「……ショックを受けないでくださいね。あなたは中学生の男の子に助けられました」

 そして、蘇る記憶。

「ああ、ああー。そういう……ってショック? なぜわたしがショックを?」

「その男子中学生が身代わりになって、亡くなったんです」

「は? 亡くなった?」

 簡潔に流れを示せば以下の通りだった。

 暴走トラック来る→男子中学生が俺を突き飛ばす→俺脚が車に当たって折れる→男子中学生そのまま撥ねられる

「今、遺族の方がこちらに向かわれています。是非、感謝の気持ちを伝えてあげてください」

 もちろん俺は遺族に礼を言った。できる派遣社員は頭を下げるのが上手い。

 思いがけず俺がヘマした時の、絶望感溢れる正社員たちの衆目を集める完璧な謝罪。定時上がり直後の申し訳なさアピールをするちょっと深い会釈。契約更新時の喜び溢れる風お辞儀。数え上げればキリがないが、まあそういうものだ。

 そうして時間を過ごしたわけだが、遺族の方々には申し訳ないが(いや、心からそう思っていたわけではないが)、顔を見る暇もない一瞬で、俺の避けようとした方向から突き飛ばしてきた中学生。彼への感謝の気持ちが湧いてこなかった。

 「俺の異世界転移あるいは転生のチャンス!」なんてのはもちろん八割脳内ジョークだったし、実際のところ、死ぬところだったのが片脚を骨折するにとどまったのは彼のおかげであった。

「すみません」

「ユウキは優しい子どもでした。本当に、優しい、子で……」

 が。

 感謝しきれないのは、残った脳内領域の一割で転生やらへの期待があった上に、最後の一割には死んでしまうことをなんとなく望んでいる節があったからだった。そう自己分析していた。

「ユウキのためにも、精一杯生きてください」

「……すみません」

 余計なことをしてくれた。これが本音だったのかもしれなかった。

 頭を下げ続けるのは楽だ。謝っていたり感謝していたりするポーズを取っている間は魔法の五文字「すみません」でなんとかなる。謝罪に感謝に両方使える便利ワードだ。

 そんなわけで、遺族方から一切の言葉が出てこなくなるまで面を下げていたところ、どこからか小さな振動音が耳に届いた。三三七拍子めいたそれは、どうやらベッドサイドに置かれた俺の荷物の中から聴こえるようだった。

 脚が上に吊られていたために手が届かなかったのだが、遺族の一人が気を利かせてバッグを取ってくれた。魔法の五文字をもう一つ。

「……『異世界メール』?」

 スマホのホーム画面上に見知らぬアプリがダウンロードされており、通知数を示すバッジが一つ、ついていた。

 落とした記憶のないアプリを簡単に開くほど、俺は情報リテラシーに疎くない。無視だ無視。

 すると、画面上部にポップアップが表示された。

『異世界メール:松浦さん、この声届いていますか? 届……』

 文字の表示制限にかかっていたのか、以下の文面は読み取れなかった。魔法の五文字を口から吐きつつ、遺族たちに軽く頭を下げると、暫時思案した。

 詐欺にしては指向性が高い。俺の苗字を押さえて送られてくる、これはなんだ? 誰がこんな手の込んだいたずらを?

 通知は、なおも続いた。

『異世界メール:おかしいな。マキナさん、本当にこれで……』

『異世界メール:松浦さん。あなたの力が必要なんです。……』

 視線を病室の天井に送ったあと、俺はついに好奇心に負けてアプリをタップしていた。

 フッと視界が暗転した。


「ああ! 松浦さん! よかった、本当に助かっていたんですね!」

 どこかで聞いた、声変わりしたばかりの少年の肉声が間近で響き、俺は右手を握られた。そして、喜びMAXを示す、力強いシェイクハンド。

 そこには皮の胸当てやらをつけた、童顔の、いや、イケメンが育つ前の顔をしている、少年剣士のような子どもがいた。というのも眼前の人物は、わかりやすく腰に帯剣しており、そうとしか表現できなかったからだ。

「どうも、ユウキです。あなたの命を助けた!」

「あ、うん。君なんか若干恩着せがましいね」

「ようこそいらっしゃいました、松浦さん。私はマキナ。あなた方の概念で言うところの、神に近い存在です」

 少年のとなりには白いフードを目深にかぶった、少女の声の何某かが立っていた。その声は、近くにいるのに遠くから響くような奇妙なものだった。

「ははあ……」

 さては、と思った。さては、俺は異世界との狭間に立たされているのだな、と合点した。そして、これからなんらかのイベントがあって、なんかこう、すごい何かが起きるのだろう、とも。

 この辺の非現実を鵜呑みにできるほどには、脳みそが麻痺していたようだ。交通事故以来に意識を取り戻したからこそできた芸当だ。アクロバティックな思考の飛躍。やるじゃないか俺。ファンタジー脳最高。

「そう、お察しのことかと存じますが、彼、ユウキくんはそちらの世界で亡くなり、別世界で転生しました」

「転生? 転移じゃなく?」

 生まれ変わりってことなら、なんでこの子はこんなに成長してるんだ? まだ事故から一日そこそこしか経ってないのに。

「別世界の時間の流れを歪めて、十三年の歳月を過ごしていただいた後に、こうしてあなたをお呼びたてしたのです」

「へえ、便利なもんですね」

 鵜呑み力の高い松浦氏、ここでもサクッと話を飲み込んだ。あっちは十三年分生きて色々と世界の勝手を学んでいたわけだ。転生者としてなんらかのボーナスを受けつつ。

「松浦さん、お願いがあるんです。ぼくを助けてください」

「助けろ、ってまさか、俺をそっちに転移させ」

「ません」

 マキナがばっさりと俺の言葉を切ったものだから、開いた口の中で後半部分をごまかした。

「あなたには、彼の後見人として、その端末を介した補助をお願いしたいのです」

 そう言って俺の手にあるスマホを指差したマキナ。

「ってことはこれを使って魔法的な現象を用いて超遠距離からの火力支援をし」

「ません」

 この自称神さま、基本的に最後まで言わせてくれないんだな。

「あなたの端末に私のかけうる限りの加護を与えました。これで、いつでもユウキくんのサポートができます。ユウキくんは念じることで、その文面を送信できます。松浦さん、あなたはそれに対応してアドバイスをしてあげてください」

「質問なんだけど」

 どうぞ、とマキナは手のひらを出した。

「それ俺じゃないとダメなことなのか? 悪いが俺より頼りになる人に依頼した方がいい。めんどくさ、いやいや、大切なことなんじゃないのか?」

「ぼくからの希望なんです。ぼくでも人を助けられたんだ、っていう証であるあなたとお話しができるっていうのは、多分、すごく励まされるんじゃないかって」

 輝く目で言うセリフがやはり、少し恩着せがましかった。少年ってこんなんだったか。それに、俺が中学生の頃はもっと他者に対して、色々とねじくれた感情を持っていたような気がするが。

「そういうわけで、異世界メール、お願いしますね! これから王様にカツミしてくるんで!」

 どうやら謁見のことを「喝」+「見」に誤認しているらしく、なんともはやコメントに困るセリフを残し、発光して、ユウキ少年は姿を消した。

「マキナ、さん?」

「はい、なんでしょう。まだ質問が?」

「はっきり言って、俺必要なくないか。普通はほら、現代日本の知識やらアンタみたいなのが付与したチートスキルとか、運用次第でそうなるアイテムとかで、勝手にのし上がっていくもんだろ?」

 ここにきて初めて、マキナは言葉に詰まった。

「……あの子、そういうのよりも顔面偏差値上げることに注力したんですよね」

 ……?

「努力は必ず実を結ぶ、過程良ければ全て良し、結果は後からついてくる」

 なにやらどこかで聞いたことあるようなセンテンスだ。

「そう言って、泥臭く頑張れば開花する能力があるはずだ、と転生時に付与する加護の大部分を残して、顔の良さだけ整えていって、ですね……」

「コンプレックス、あったんだな……」

「はい……」

 その残り物が俺のスマホに宿った、ということを説明され、もはや神さまが不憫にもなってきたので、そこそこに俺は状況を飲み込んだ。

「あの、本当にサポートの方、お願いしますね。彼には一応『不滅の加護』も与えてあるので、なんとかなるとは思うのですが」

 聞けば死なないわけではないが、魂が滅びることさえなければ、最後に心を留めた場所で復活ができるということだった。「しんでしまうとはなさけない」システムだ。

「なんか、苦労人だな、あんたも」

 乾いた笑いが返ってきて、俺も同じく口元だけ笑わせてみた。不器用に、いつもクラスで寝たふりして休み時間を過ごす子どもの作った、精一杯の笑顔みたいなそれだったと思った。


「松浦さん? 松浦さん? いかがされました?」

「はい?」

 唐突に俺の意識が病室に戻った。

「急に放心されて驚きましたよ」

 腕に違和感を覚え、そちらを見やった。駆けつけたらしき看護師に脈を計られていた。

 そのあと、遺族たちは「自分たちが自責の念を起こさせてしまった、すまないことをした」と言い残し、勝手に後悔の色を浮かべて帰っていった。いや、なんていうかさ。

 顔がいいだけじゃ生き抜けなくねえか……? と、ユウキ少年の浅はかさをぼんやりと考えてただけなんだけどさ。


 はい、そして現在。朝七時。

『ソフィアさんがぼくの装備品と所持金全て持っていなくなってしまいました、、、』

「あー、うん」

『盗賊だったっけ、彼女』

『はい、、、』

 新宿でぼったくりのオトナの店で十万円むしり取られたことを思い返しながら、俺はゆっくりと返信のメッセージを打つ。

『オトナになれたと思ってなんとか前向きにな』

 「俺は、たられば、が嫌いなんでね」と付け加えつつ、これからの展開に頭を抱えているのは、俺もだった。
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