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第二章 セレスティアの伝承
第二十二話 #『触れられたくない、他の誰にも』
しおりを挟む花に触れると、不思議と心が落ち着いた。
花生みとしての力を、これまで嬉しいと思ったことなんて、数えるほどしかなくて。
けれど、こうして花の手入れをしていると、自分でも驚くほど自然に、心がほどけていくのがわかった。
「ここ、ちょっと葉が黄ばんでますね。根詰まりかもしれません」
「えっ、根詰まり……?」
「鉢の中に根が回りすぎて、ぎゅうぎゅうになってしまうことです」
ロジェが隣にしゃがみ込み、俺の手をそっと取って、苗の根元を指し示す。
ロジェの手は大きく、節がごつごつと目立っていて、土の感触を知る者そのものだった。指先には優しさが宿り、花へ触れる姿は、深い愛情が滲んでいた。
「やっぱり、生まれ持った花生み様の手ですね。ちゃんと花が応えてくれている」
「……そ、そんな……。大したこと、ないです……」
まぶしい朝日に照らされながら、つい視線を落とす。こんな風に褒められることに慣れていなくて、少しだけ心があたたかくなる。
その時だった。
「ルイス様、失礼いたします」
背後から名を呼ばれ、びくりと肩が跳ねる。振り返ると、見慣れない青年が立っていた。
「お初にお目にかかります。殿下の専属従者、ザイン・アベルと申します」
「は、初めまして……!」
「殿下よりお呼びです。すぐに執務室へお越しくださいとのことです」
「……えっ、い、今……ですか?」
「はい。『個人的な理由』で、と」
なぜか強調された『個人的』の部分に、嫌な予感が背筋を走る。
(えっ、なんか怒らせること……したっけ……?)
朝食をひとりで食べたから? いや、侍女と朝から窓を拭いていたせいかも? それとも、「おはようございます」って今日は殿下に言いそびれたから……?!
頭の中で心当たりが爆発的に増えていく。もはや、原因がどれかすら分からない。
「ロジェ、ごめんね。ありがとう。また、よろしくお願いします」
「ぜひ。またお待ちしております」
慌てて礼を述べて、踵を返す。けれど、どこか背中に張りつくような視線を感じて、思わず立ち止まった。
「……なにか、忘れ物でも?」
「あ、いや……また来るね」
「はい!」
そのまま小走りで廊下へ向かう。執務室に近づくにつれ、胸の奥がざわついた。
(……怒っていても……少しだけ……会えるのが嬉しいなんて……バカみたい)
手のひらにはうっすらと汗が滲む。扉の前に立った時には、すでに緊張で呼吸が浅くなっていた。
ノックもできぬまま従者に促され、扉を開けた瞬間ーー空気が変わった。
冷えた静寂。張りつめた空気。その中心に立つ、リアム殿下。翠の瞳が、獲物を捉えるように俺を射抜いた。
「…………殿下」
「来たか、ルイス」
声は静かで。けれど、声の奥にこもる熱に、思わず、足がすくむ。
一歩踏み出すと、リアム殿下がゆっくりと執務机を離れ、こちらへ歩み寄ってきた。ひたり、ひたり、と靴音が床を打つたびに、胸の鼓動が跳ね上がる。
「……頬が土で汚れている」
「あ……お庭で、花の手入れをしていたので……」
気まずさに視線を逸らすと、リアム殿下の足がぴたりと止まった。気づいた時には、ほんの数歩先まで迫っていた。
「……そんなに楽しかったか?」
「え?」
「知らぬ男と、花を愛でて、笑い合って……随分と仲睦まじく見えた。私の目には」
吐き捨てるような声の中に、確かに嫉妬が滲んでいる。
「お前は……誰の花だと思っている?」
顎を掴まれ、顔が強引に持ち上げられる。視線がリアム殿下とぶつかった。その瞳には、独占欲が滾るように燃えていた。
「……私は、自分の花嫁が他の男に触れられるのを、良しとしない!」
「そ、それは……違っ……花の手入れで……」
「ルイスに触れていいのは、私だけだ」
耳元に落ちた囁きが、熱くて、身体がびくりと震える。
「っ……で、ん……っ、ぁ、んっ……!」
顎を引き寄せられ、唇が奪われた。腰を抱かれ、全身に火がついたような熱が巡る。
「今から、花の世話をしよう」
「……や、ちょ……あっ、だめっ……!」
身体を抱き上げられると、執務机の上に押し倒された。書類がぐしゃりと潰れる音とともに、世界が反転した。
*
手はすでに衣の留め具へとかかっていた。
ひとつずつ留め具を外すと、ルイスの衣が乱れ、机の上に広がっていく。白い肌が露わになり、細い首筋が私を誘うように震えた。誘われるまま首筋に口付ける。
「あっ……んっ、やめっ……」
ちらりと見えた桜色の胸の尖りに下腹が熱くなる。そっと指先で尖りを押しつぶすと、ルイスから小さな甘い鳴き声が零れた。
その声が、あまりにも愛おしくて、欲しくて。彼を咲かせたいという衝動が、抑えきれなくなる。
「……可愛い。愛しい……」
「……うれしく、ない……っ!」
涙声で言い返すルイスに、胸を鋭く刺された。
私は、ルイスを愛したいと思っていたはずだ。彼の心を抱きたかったはずなのに、欲に溺れて、ルイスの涙さえ見えなくなっていた。
だが、もう手は止められなくて。いや、止めようとしなかった。花生みの身体に宿る力に触れたい。その花が、自分だけに咲くことを確かめたかった。
「……お前を咲かせられるのは、私だけだ」
その言葉が、呪いのように口から零れ落ちる。それでも、ルイスは私の名を呼びながら、全身を震わせ、泣きながら拒んだ。
「あっ……やっ……はぁっ、リ、リアム殿下っ、これ以上、シたら、俺、リアム殿下のこと嫌いになりますっ……!」
ルイスの言葉に、すべてが止まった。
私は、何をしている?
ルイスの肌に触れたまま、動けなくなる。目の前のルイスは、泣いていて。私の手の中で、震えていた。
「……それは困る」
搾り出すように言った声が、自分でも驚くほど掠れていた。すると、ルイスが勢いよく起き上がり、両手で私の頬を引っ張った。
「痛いよ、ルイス」
「俺の心の方が痛いです、殿下」
その言葉が、あまりにも正しくて、あまりにも優しくて。私は何も言い返せなかった。
「この涙も、この身体も、貴方のものです。……どうか、自分のしたことを今一度考えてみては?」
悔しさと恥ずかしさと、後悔が湧き上がり、思わず俯く。そして情けなく呟いた。
「……そうだな……」
「俺に何かいうことは?」
「え? あ、すまなかった」
「『すまなかった』~~?!?!」
ぐい、と頬がさらに引っ張られ、痛みに顔をしかめる。
「ルイス、痛い……!」
「他に何か俺に言うことは?」
……わかっている。ちゃんと謝らなければ。淡い紫の瞳を真っ直ぐ見つめ、小さく零した。
「……ゴメンナサイ」
不満げに呟いたのに、ルイスはくすりと笑った。その笑顔を見た瞬間、胸が、きゅうと締め付けられる。
(ああ、やっぱり、愛しい……)
頬から手が離れ、唇が触れ合った。やわらかくて、あたたかくて。すべてを許してくれるようなキスだった。
「これで許してあげよう」
「……可愛い。もっとキスして」
「やだ!!」
「ならば、私からする」
冗談めかして言ったつもりが、欲望が再び顔を出す。開かれた脚に顔を埋め、唇を落とした。
「……な、なんでっ、そこっ?! あっ、やっ……そこっ、だ、だめっ……おろしちゃ、やだっ……」
「……蜜が溢れてるね、ルイス」
「ぁっ、あっ、んっ……殿下っ、ここ、執務室……っ!」
「リアム殿下。こんなところで何やっているんですか。自分の立場をわきまえてください」
「わぁあぁあっっ!」
背後から聞こえた声に、ルイスが飛び上がる。扉の前には、ザインが立っていた。何故、従者は入ってくるタイミングを考えないのだろう。
ルイスが顔を真っ赤に染め、衣を掻き寄せる。そんなルイスに、ザインがにっこりと微笑んだ。
「嫌われなくて、良かったですね、殿下」
「……余計なお世話だ」
そう言いながら、私はルイスの衣をそっと直した。震えていた彼の指に、自分の指を重ねて。
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