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第二章 セレスティアの伝承
第二十三話 『君の笑顔が咲く場所へ』
しおりを挟む散らばった書類を片付けながら、私はそっと視線を横へ送る。窓辺に立つルイスが、光に包まれ揺れていた。
涙の名残を隠そうと、懸命に平静を装っていて。けれど、その姿さえ、どうしようもなく愛しく思えてしまう。
(……本当に、嫌われなくてよかった)
だが、あの庭で、他の男に手を取られ、無防備に笑いかけていたルイスの姿は、今も心に引っかかっていた。
もう二度と、あんな顔を誰にも見せてほしくない。
「……ルイス」
静かに名前を呼ぶと、ルイスは肩を小さく震わせて、こちらを振り向いた。
「は、はいっ……?」
怯えたような目を向けてくるのが、かえって胸に痛い。咳払いをして、言葉を整えた。
「……さっきのことは、本当に私が悪かった。……感情的になりすぎた。だから今日はーー街に出よう」
「……街、ですか?」
ルイスがぱちくりと瞬きをする。戸惑いながらも、その声にわずかな好奇心が混じっていた。
「昼食を一緒にとろう。それから、婚儀の礼服を仕立てに行こうと思う」
「……これはお詫び、ですか?」
「昼食は、な。……私なりに、君と向き合いたい。だから……君に似合うものを、オーダーメイドで作ろう」
真っ直ぐに向けられた淡い紫の瞳が、ふと揺らぐ。やがて、ルイスは、頬をわずかに染め、こくりと頷いた。
「……はい。ご一緒させてください、殿下」
その返事に、思わず口元が緩む。控えていたザインが一歩、前へ出た。
「街へ出られるなら、私も同行いたします」
「ああ、頼む」
ルイスが不思議そうにザインを見つめると、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ルイス様と殿下の身をお守りするのが、私の役目ですから」
「は、はいっ」
窓辺へと歩み寄り、ルイスに手を差し出す。白い小さな手が触れ、そっと指先が絡まった。
「……では、支度が整い次第、出発しよう」
ルイスの手のひらは、少しだけ熱を帯びていた。
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ーーーー
王都の石畳に、柔らかな陽光と笑い声が降り注ぐ。休日の街は穏やかで、屋台の甘い香りや布地の揺れる音、子どもの声までもが、どこか幸福に満ちていた。
だが、何より今日の空気を特別にしているのはーー隣に、ルイスがいるということだった。
「……こんなに賑やかなんですね!」
目を輝かせるように辺りを見渡すルイスが、白銀の髪を揺らして歩くたびに、人々の視線が集まる。
民族衣装を軽やかにまとい、光を受けて微かに煌めくその姿は、誰の目にも美しく映るだろう。
けれど、それがどうしようもなく、胸をざわつかせた。
「……あまり離れるなよ」
「えっ?」
「迷子になるなという意味だ。……君は、方向音痴だろう?」
「そ、それは偏見です……っ!」
頬を膨らませるルイスの横顔を見て、こっそり息をつく。可愛い、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。口にすれば、きっと、もっと可愛い顔で怒るだろう。
その愛らしさを、誰かと分け合いたくなどない。
「まずは、昼食だ。……予約してある」
「えっ、予約してくださったんですか?」
「当然だろう。君は『特別』だからな」
その一言で、ルイスの顔が真っ赤になるのを見て、口元が緩む。この反応が見たくて、つい口にしてしまう自分は、ズルいと思う。
笑顔を浮かべながら、私はルイスの手を取り、再び石畳の通りを歩き出した。
「……こちらだ」
「えっ、こ、こんな立派なお店だったんですか……!」
ルイスが目を丸くする。古い煉瓦造りの建物に、金色の飾り文字が控えめに掲げられている、歴史ある王都の老舗レストランだ。
店主は、私たちの姿を見るなり緊張した面持ちで深く頭を下げる。ルイスが控えめに笑いかけると、その空気がふわりと和らいだ。
「……素敵なお店ですね!」
そう呟いた声が、どこか嬉しそうだった。
案内されたのは奥の静かな個室で。白いクロスがかけられたテーブル。壁に飾られた絵画、窓から差す柔らかな光。すべてが優美で、けれど気取らない雰囲気があった。
ルイスが椅子に腰掛けながら、私に目を向ける。
「街、楽しいです!」
「まだ始まったばかりだろう」
「でも……人がいっぱいで、みんな笑っていて……なんだか嬉しいですっ」
(……こんな小さなことで、喜んでくれるなんて)
今までそんな経験もさせてもらえなかったのかと思うと、胸が締めつけられる。やがて、ウェイターが姿を見せて、メニューを差し出してきた。
「本日は特別コースをご用意しております。ご希望がなければ、こちらでお任せを」
「……では、それで」
ルイスが、少し不安そうに私を見た。
「大丈夫だ。君が好む味を出してくれるだろう」
そう微笑むと、ルイスの表情が緩んだ。そして、料理が静かに運ばれてくる。食器の音さえ心地よく、香ばしい匂いがふわりと広がった。
「殿下、このお肉、すごく柔らかくて美味しいですっ……!」
ルイスが目を輝かせながら、ナイフとフォークを手に感嘆の声を上げた。
その姿は、まさに花が咲くようで。表情が、言葉が、喜びに満ちていて、それを自分が引き出せているという実感が、胸を温かく満たしていく。
「……口元に、ソースがついている」
「えっ?! ど、どこですか?!」
「動くな。……取るから」
そっとナプキンで拭った、指先に残った熱が名残惜しくて、私は静かに呟いた。
「君の笑顔が咲く姿を見るのが、私は好きだ」
「なっ、なんですか……もうっ……」
顔を真っ赤にして俯くルイスが、たまらなく愛しい。だが、その余韻を破るように、ザインが低い声で尋ねた。
「殿下、午後の予定は?」
「礼服の仮縫いだ」
「……了解しました。私は少々、王都での調査がございますので、仮縫いには途中までしかご一緒できません」
「……ああ、分かっている」
(……ブランシェ家について、探ってくれているのだろう)
ザインがルイスを見つめるその視線に、何か思うところがあるのを感じた。
「ルイス、午後は予定通り、礼服の仮縫いに行こう。君に似合う衣を、仕立ててもらおう」
「で、でもっ、いいんですか? オーダーメイド、なんて……!」
「ああ、構わない。私もお揃いで作るから」
かあっと頬を染め、ルイスが手で顔を覆った。その仕草のひとつさえ、私の胸をいちいち、かき乱す。
(……ルイスを、婚儀で傷つけることはしたくない)
ただ今は、隣で笑っていてほしくて。でも、それすらも我儘なのかもしれないと思いながら、静かに微笑み返した。
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