ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒

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第二十話

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「西区、敵勢力捕縛完了!」
「南区、残党狩りに移行しました。制圧目前です」
「東三区にて領民交戦中。大変盛り上がっているので応援は不要とのこと」

 執務室は窓から入れ替わりやってくる鳩の通信と、それを読み上げる使用人の声で騒がしかった。
 それらの報告を捌き、机に広げたベルガー領の地図を見ながら必要な指示を出すのはミア・ゼットである。

「北区はどうした」
「ミア様! 北区に新勢力発見! 詳細を確認しています!」
「やれやれ、本当に数だけは多いな……。領内の被害状況は」
「あー、西区で畑の柵が壊されたのと、鶏小屋の壁が壊れて鶏が脱走、東区で調子に乗った若いのが勢いで家屋の扉を破壊しちゃったとか、その手の報告が何件か」
「そうか。北区の情報を確認しつつ、残敵の捕縛にあたれ。油断はするなよ。追い詰めた鼠は自棄を起こす事もある。やり過ぎにも注意するよう再度周知しろ」
「了解! あれ、ミア様どちらへ?」
「うちの大事なお姫様の到着が遅れているからな。迎えに行ってくる」

 言いながら愛剣を佩いたミアは、一人で部屋を出てマリアの支度部屋がある別館へと足を向けた。
 避難のためにと使用人を向かわせているが、それにしても到着が遅い。
 婚姻衣装の試着をしていると聞いているから、移動前の着替えに手間取ったりでもしているのだろうか。

「……妙だな」

 しかし、屋敷内の空気が変にざわついている。
 久しぶりの鼠退治に浮かれている、という雰囲気でもない空気にミアは首を傾げた。
 執務室から出て階下へと繋がる階段に差し掛かった頃、使用人の一人を捕まえて屋敷内の状況を説明させてみれば、別館付近に配置された使用人からの応答がなく、屋敷内の雑魚敵掃討を確認しながら何人かがそちらに応援にいったのだと言う。

「屋敷内の『掃除』はほとんど完了しており、後片付けに移行しておりますが……」
「例のお姫様がいるエリアだけ情報が断絶している、と」
「はい」

 ふぅん、とミアは目を細めると「久しぶりに骨のあるやつが入り込んだようだ」と小さく口の端を上げた。
 そして階段へと足を踏み出したその時。

「ミア様! 大変です。き、北区に……」

 届いたばかりの報告を受けて執務室を飛び出してきたらしい使用人が、手にメモを握りしめたままミアを呼び止めた。
 その顔は青ざめており、それだけで良くない何かが起こったことをミアに伝えている。
 使用人は息も絶え絶えになんとか内容を伝えたが、そこから更に何かを言うことは出来ず、ただミアを見て続く指示を待つのみである。
 一方、報告を受けたミア自身も状況の悪さに額に手を当て喉の奥で小さく唸り声を上げていた。

「……これはまずいぞ。ただでさえ、屋敷に侵入を許した件で坊やから説教が待っているというのに、このタイミングで最悪の嵐がやって来た」
「ミア様。いかがしましょう」
「こうなったらやれるだけやるしかあるまいよ。執務室での状況整理を怠るな。私はお姫様を回収後、すぐ北区へ向かう。防衛に回していた隊もそちらへ向かうよう連絡を入れてくれ」
「かしこまりました」

 そして使用人は執務室へ、ミアは足早に階段を降りてマリアとその侍女を迎えに行くべくエントランスホールを駆け抜けようとした、が。

「……なんともまぁ、ベルガー領でこの手の光景は久しぶりに見たな」

 エントランスホールの反対側に見えた人影に、ミアはぱちりと目を瞬かせて足を止めた。
 遠巻きに使用人たちに包囲されながら移動する人影。
 それすなわち、マリアと、マリアを人質にした貴族青年とその護衛であった。
 なるほど、こういう状態だから下手に動けず報告が滞っていたのかと納得したミアは、人質になっているマリアの様子を見て眉根を寄せた。
 頬に涙の痕があるのはわかる。
 人質にされるなど恐怖以外の何者でもない。
 だが、それにしても彼女の表情はどこか虚ろですらある。
 まさか怪我でもしているのかとマリアの姿を確認したミアは、マリアの纏うドレスのトレーン部分がごっそりなくなっているのに気が付いて眉根を寄せた。
 不自然な裾は、そこが破られたか、無理に切り落とされたことを物語っている。
 は、と短い呼吸は自分を律するためのものだった。
 もしもあと少し人質と不埒者に距離が空いていたら、瞬時に飛び出して相手の顔を殴り飛ばしていたであろう自分をなんとか押し留め、怒りを纏ってゆっくりと一歩ずつ彼らに接近する。

「随分と自由が過ぎるお客人のようだな?」

 皮肉を込めて口にすれば、マリアが小さな声で「ミア様」と呟くのが聞こえた。
 ぽろりと頬を伝うマリアの涙を拭ってやれないこの距離が憎い。
 マリアに小さく笑い掛けてから、ミアは二人の不埒者へと冷たい視線を向けた。
 着ているものからして若い方が主人なのだろう。すぐ側に控えた年嵩の従者風の男は油断なく辺りを警戒している。

「ドレスを破ったのか」

 ミアの問いに答えたのはマリアの首筋に刃物を当てている貴族の青年だった。
 にやりと口端を上げ、得意そうな声音で青年、トビアスは言った。

「歩きにくそうだったからね。別に構わないだろう? だってマリアは僕と王都に戻ってそこで『正しい』結婚式を挙げるんだから。ふふ、新しいドレスはもっと豪華で美しいものを仕立ててあげるからね」
「そんな……、私はここでベルンハルト様と結婚を」
「まだそんなことを言っているの? 君ねぇ、こんな粗暴な人間しかいない辺境のつまらない領地に嫁ぐだなんて、一生を棒に振るようなものだ。王都で何不自由ない恵まれた生活を送る方が何倍も幸せだろう?」

 トビアスの言葉を聞いて、遠巻きに警戒していた使用人たちは皆カチンと来たが、概ねその通りの内容であったので反論が出来ず悔しそうに唇を噛んでいた。
 ベルガー子爵領ときたら主な収入は傭兵稼業であるし、領民は男も女も酒と喧嘩に滅法強く、そのせいで私闘(喧嘩)に関する法律は国内随一、王都の貴族たちからしたら辺境の蛮族扱いである。
 マリアだって愛する家族から離れ、気軽に手紙のやり取りさえ出来ないような僻地に嫁ぐより、王都でぬくぬく生活を送る方が絶対に幸せだろう。使用人たちは一応弁えた考えを持てる人間であった。
 しかし、そこで声を上げたのは誰でもないマリア本人だった。

「勝手に決めないで!」

 頬を涙で濡らし、恐怖で顔を青ざめさせながらも、マリアの声は震えも掠れもしていなかった。
 声を張ったことで刃先が肌に触れたのか、細い首筋に一筋血が流れる。
 それでもマリアは止まらなかった。

「私はベルンハルト様に嫁ぐと、一生を捧げると決めたのです! ベルンハルト様のいないところに私の幸せはありません! あなたなんて……、あなたなんてお呼びじゃないわ!」

 それは、あまりにもベルガー領民好みの啖呵だった。

(奥様ァ……ッ!)

 使用人たちが感激に打ち震え、ミアはマリアの啖呵に目を輝かせた。
 王都から来た愛くるしいお人形のようなご令嬢は、今この瞬間、この世界の誰よりもベルガー領主ベルンハルトの妻として相応しい強さを放っていた。
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