ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒

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第二十一話

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 マリアの啖呵により、エントランスホールは緊張と共に使用人一同すこぶる士気が高まっていた。
 これだけの包囲であればいくら人質がいようと、トビアスたちも容易に抜け出せもしまい。
 そんな中、ミアは何かを考えるようにチラと視線を動かし、そしてトビアスに問い掛けた。

「貴様、目的はマリアだけではないな。何が目的だ、若造」
「そう易々と言うとでも?」
「まぁ、くだらん事であるのは予想がつくから私としては別に聞かなくてもいいのだが……」

 一応礼儀として聞いとかなければならんだろうと言いながら、ミアはすらりと腰の剣を抜いた。
 反応したのは控えていた従者で、同じく剣を構えてトビアスを庇うように前に出る。
 その隙のない構えにぴくりとミアの眉が動いた。

「その構え……。お前、王国騎士団の出か」
「昔の話だ。ミア・ゼット」
「ほう、私の名を知っているか。今や隠居の身なのだがな」

 剣を構えた二人がじり、と間合いをはかりはじめる。
 従者とトビアスの間に距離が出来るが、この状態で誰かが近付こうものなら、どちらかの間合いに入ってしまうことになるのでかえって危険だ。
 その証拠に、とっ、と軽い音を立ててミアが床を蹴った次の瞬間には、その切先が従者のタイを引き裂いていた。けれどタイだけだ。
 仕留めたと思ったはずの一撃を避けられたことに、ミアは憤りではなく楽しげな表情を浮かべた。

「なかなかやるじゃないか」
「その軽口、いつまで叩けるものかな」

 そうして何度か切り結び、エントランスホールに何度目かの鋼の打ち合う音が響く。
 戦闘慣れしている使用人たちの目から見ても、従者の腕前はかなりのものである。
 だが、対するミアも今は現役を退いたとはいえ、ベルンハルトとヴォルフを鍛え上げた実績のある剣士だ。
 二人の剣戟はとても激しいのにあまりに動きに無駄がなく、なんだか剣舞のようにさえ見えた。

「あァ!? どういう状況だ、コレ!」
「……お、お嬢、様……っ、ご無事、げほ、ご無事で……っ」

 そこに飛び込んで来たのはヴォルフとローザだった。
 タタラを踏んでエントランスホールで足を止めた二人は、困惑しつつも緊迫した空気を読み取ってなんとか状況を理解しようと努めている。
 それをきっかけにしたように、ミアは後方に跳んで距離を取り、剣を構え直した。

「さて、そろそろ頃合いだな。お前の主人には大変気の毒だが……」
「もう勝ったつもりでいるのか」
「別にそういう訳でもないのだが、何しろ……」

 チラとミアの視線が閉ざされている玄関ドアに向けられる。
 その一瞬を従者は見逃さなかった。

「貰った!」

 ダン!と力強い踏み込みからの突きは、確実にミアの喉元を捉えていた。
 ──が。

「終わりだ」

 体勢を低くし、床を滑るようにして従者の必殺の一撃をかわしたミアは、そのまま床に両手をつき従者の足元から強烈な蹴りを繰り出した。
 ミアの蹴りが従者の顎を蹴り抜き、彼の脳を揺らす。
 そこから流れるように、白目を剥いてゆらりと倒れかけた従者の胴体を両脚でガッチリ挟み込み、遠心力を利用して壁際へと投げ飛ばした。
 気絶し抵抗出来ない相手にしっかりトドメの一撃までお見舞いしてから、ミアはやれやれと立ち上がり剣を鞘に収める。
 ただ、剣での一撃ではなく投げ飛ばしたのはミアなりの慈悲だったのは言うまでもない。

「……うわ出たよ。姐さんの足技」

 呟いたのはヴォルフで、彼は幼少期よりベルンハルトと共に、ミアからあの喧嘩殺法とでもいうべきベルガー領式戦闘術を叩き込まれている。
 自分がやるのはさておき、他人がやるのを見ているとやっぱりやり過ぎに見えてしまうものだなとヴォルフは思った。世に言う『おまゆう』というやつであった。

「さてと、残るはお前だけだが……お前の相手は私ではない」

 戦闘を終え、息ひとつ切らせないままミアは剣を鞘に納め、パンパンと軽く手を払ってトビアスに視線を向けた。
 従者が倒れた今、トビアスを守るものは誰もいない。
 けれどトビアスはまだ強気を保っていた。

「ふん、マリアがこちらにいる以上、お前たちは手など出せないはずだ! おい、そこのドアを開けろ!」

 この状況でまだ逃亡出来ると思っているのか、閉ざされた玄関ドアを開けるように叫ぶトビアスに、ミアはにこりと微笑んで玄関ドアから距離を取って一歩下がった。

「開くさ、あっちからな」

 ミアの言葉をかき消すように、ドォンと大きな音がエントランスホールを震わせ、ホール内は一瞬外からの土煙に視界を遮られる。
 新たな敵かと身構えたヴォルフと使用人たちの視線の先、もうもうと立ちこめる土煙の向こうから現れたのは──巨躯。
 ふー、ふー、と荒い呼吸で辺りに視線を巡らせる様はまるで飢えた熊である。
 その視線がマリアと、マリアを拘束するトビアスで止まった。

「……俺のマリアに一体何をしている」

 まさしく地を這う声音だった。
 俺の留守中に可愛い可愛い婚約者に軽々しく近付いた上に、その細くて白い首筋に刃物を当てるなど何事か。
 びき、とベルンハルトのこめかみに血管が浮いた。

「お前がベルンハルト・フォン・ベルガーか」

 ベルンハルトの放つ覇気に気押されつつも、マリアという最強の人質を盾にしてトビアスは口元を歪めた。

「武器を捨てて貰おうか」

 トビアスの言葉に、ベルンハルトはむっすりと無言のまま腰から剣帯を外してそれを床に放る。
 元から鎧は着ていなかったので、それだけでベルンハルトの武装解除は完了してしまった。
 ベルンハルトが革の胸当てひとつ着けていないのを見て、トビアスが喉の奥で低く笑う。
 そのどこか澱んだ昏い笑い声に、マリアが怯えて身体を強張らせた。
 これ以上この男をベルンハルトに近付けてはいけない。
 本能でそう思ったマリアはトビアスの腕の中で叫んだ。

「ベルンハルト様、いけません。この方、おそらく何か企んで……」
「うるさいっ!」
「あっ!」

 ベルンハルトへの忠告を叫んだマリアの頬をトビアスがピシャリと打つ。
 エントランスホールにローザの「お嬢様!」という悲鳴が響き、同時にベルンハルトが丸腰のまま大きく一歩踏み出した。

「貴様……、楽に死ねると思うなよ……」

 ずん、と身体に圧力がかかったような錯覚を感じるほどの怒気を放つベルンハルトを見て、トビアスはニタリと嗤ったかと思うとベルンハルトに向かってマリアを突き飛ばした。

「きゃっ!」

 突然背中を押されたマリアが受け身も取れずにエントランスホールの硬い床に倒れ込みそうになるのを、ベルンハルトが慌てて両腕を広げて受け止めようとする。
 ──その、一瞬だった。

「死ね」

 短く呟いたトビアスの言葉を掻き消す音量で、ダァンと銃声が響いた。

「……えっ」

 マリアの目の前で、ベルンハルトの身体が雷に打たれたように一瞬硬直し、次いでゆらりと傾ぐ。
 それでもベルンハルトは倒れ込むマリアを何とか腕に抱き込み、自らが下敷きとなって彼女を身を挺して守った。

「……ベルンハルト、さま……?」

 どさりと二人で共に床に倒れた後、マリアはすぐに起き上がったがベルンハルトはぴくりとも動かない。
 黒髪に覆われた彼の金の瞳は固く閉ざされている。

「あぁ、うそ、そんな……」

 ベルンハルトに寄り添うマリアの肩は小さく震えていた。
 マリアの大きな瞳は、先ほどの銃声と共に、ベルンハルトが胸の辺りに被弾したのを間近で目撃していた。
 ベルンハルトは、革鎧すら身に着けていなかったのに。

「あぁあ……ッ! ベルンハルトさま! いや、いやぁああああああああ!!!!」
「ははは! やった! 殺した! あの男を! はははははは!!!」

 マリアの悲痛な叫びに、トビアスの哄笑が重なる。
 床に倒れ伏したベルンハルトの姿を目にして、エントランスホールにいたヴォルフを筆頭とする屋敷の者たちは不気味なほどシンと静まり返っていた。
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