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三章 新たな世界へ

三十三 私は誰?

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 翌日、私は小さな紙切れを国王陛下の侍従から渡された。

 勿論アシュレイ様にも相談して二人で王の私室に赴いた。部屋には既に隣国第三王子のコルス様と国王陛下のお二人がいらしていた。

 そして、私は国王から自分の驚くべき出自を聞かされた。
「何と仰られましたか? 私がその……」

「そなたは隣国に嫁いだ我が王女アマーリエの娘だ。訳あって修道院で育てておったのじゃ。だからそなたは私の孫になる。カーステア伯の息子の妻より、この隣国の第三王子のコルス殿の妻になれ」

 国王と隣国の第三王子から聞かされたことは私の想像を超えていた。

「自分としては男の影で怯えるように控えている女はタイプじゃない。もっと色気のある気の強いほうが自分は好みだけどね」

 コルス王子様はおどけたように話した。

「リリー、聞くな!」

「君はいくら辺境伯の息子と言っても所詮、一貴族の子弟にすぎない。私と比べるべくもないだろう? 不遜だ。控えたまえ」

 コルス王子様は威厳のある雰囲気でアシュレイ様を一蹴した。だけどそれに怯むことなくアシュレイ様は彼らを見据えていた。

「彼女がそうだという証拠は?! それにもうその修道女は亡くなっている」

 私を頭から抱きかかえるように庇って、国王たちに吐き捨てるように言い放った。

「アシュレイ様……」

 私が呆然としていたところに扉が開け放たれた。扉を守っていたものたちは床に転がされていた。

「……いい加減、うちのものを返してもらいたいものだ」

 静かに怒りを表しているところは親子でよく似ていた。それぞれが声を上げてその名を呼んだ。

「カーステア伯?」

「父上!」

「一体。これは何の馬鹿騒ぎですかね。陛下?」

 カーステア伯のそのセリフの最後は低く地に響くような声だった。

「こ、これは、私の気持ちだけでなく……」

 王がやや慌て気味に弁解しだした、カーステア伯は、はああと溜息をすると、

「先日、私は忠告しましたがね。陛下はうちと本格的にことを構えるおつもりか?」

「か、彼はドナテアの次代の王となる。だから王妃となれるのだ。悪い話ではないだろう?」

 何気に王は隣国の最高機密を口にしていた。しかし、それさえもカーステア伯にとっては何でもないことだった。彼は王の言葉を鼻で笑った。

「第一、それをネタにドナテアを脅して来たくせに、今更、掌を返すおつもりか?」

 リリーとアシュレイを丸め込めばいいだろうと安易に考えていた王はカーステア伯の昔を知っているがゆえにこれ以上はもはや何もできないことを悟った。

 息子とは桁違いの眼光の鋭さでカーステア伯はコルス王子を見据えた。

「ドナテアの若造、……ああ、何なら、河口の封鎖でもやろうか? それとも今年の農作物の輸入制限を掛けようか?」

 海と山の様子から彼は長年の経験でその年の気候を読む。彼の作付けは各国の指標にもなっていた。それが、敵に回るというのだ。それは国の、いや国民の生活に着実に響く。

 そうなるとゆくゆくは国自体をも蝕むということになることは広く知られていた。

 カーステア伯は更に運輸の力からも揺さぶろうと言うのだ。それはもはやドナテア国自体の存亡にも関わってくる。コルス王子は顔面蒼白となっていた。

 蛇に睨まれたどころではなかった。もはや伝説のドラゴンの咆哮だった。

 みるみる青ざめる王子を見て、それ以上の冷たい視線でカーステア伯は眺めた。

「ボーヤ、どうやらケンカを売る相手を間違えたようだな」






 無事に私達は御前を離れることが出来たものの馬車の中では気まずい雰囲気のままだった。

「アシュレイ様は、知っていらしたのですか?」

「……」

「私を騙して?」

「それは! そんなことは……」

「さぞかし、滑稽なことだったことでしょう。身寄りもない孤児だと言っていた私を見て……」

「……」

 何も言わないアシュレイに私は続けた。

「もしかして、逆に……あなたが、結婚を決めたのは、私が王の……」

 それ以上は、言えなかった。自分が惨めになっていくだけだったからだ。

「違う! 断じてそれはない」

 アシュレイ様の叫びは私に響かなかった。アシュレイ様は不安げな口調で確かめるように続けた。

「君は私のものだ……」

「……私は誰のものでもありません」

 弾かれたように彼は私の方を見た。あの英雄が泣いているような気配がした。勿論そんなことはなかったけれど、私は極力、自分の表情を消した。

「さようなら、アシュレイ様、今までありがとうございました」

「リリー……」

「カーステア伯も……」

 本当の父親と思っていた。だから私は頭を下げて別れを伝えた。

「せめて、身を寄せる先だけでも我々に教えてくれ」

 カーステア伯はそんな私に心配げに言ってくださいった。

「では、メロウ様のところへ、……それでよろしいでしょうか?」

 今思えば、夫人も舞踏会でも、なにくれともなく世話をやいてくれた。多分、最初から彼女も私が王孫だと知っていたのだ。でもそれを恨む気持ちはなかった。あそこでの生活は私にとってかけがえのないものだったからだ。



 カーステア伯は一度馬車を止めて御者に指示していた。私はもうアシュレイの方を見ることはなかった。

 途中でカーステア伯が手配してくれたメロウ夫人の馬車に移る。私が馬車から降りるとアシュレイ様が叫んでいた。カーステア伯が彼を押しとどめているようだった。

「リリー! 愛している! 側にいると誓ったじゃないか」

 私は振り返らなかった。いえ、振り返れなかった。

「君を愛しているんだ!」

 アシュレイ様の悲痛な叫びは辺りに響いた。メロウ夫人も心配そうな顔をしたが何も聞かなかった。私は何も話したくなくて馬車に乗ると目を閉じた。ここ数日でいろいろありすぎて少し考える時間が欲しかった。
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