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バトラーとしての品格とは?
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いつの間にか一颯さんの車で寝てしまっていた私は、どうやらお姫様抱っこをされて部屋まで移動したらしい。
鍵を開ける時に目が覚めて、一颯さんの腕から降ろしてもらった。普段ならドキドキしちゃうシチュエーションも…何故か、胸の高鳴りはなくて、気付いたら手が震えていた。
一颯さんのマンションに着き、ヒールを脱いで部屋に上がると腰が抜けた様にペタンと床に座り込んだ。何だろう?気力が保てない。
「どうした?大丈夫か?」
一颯さんが私に触れようと手を伸ばしたのだが、身体がビクッと反応して少しだけ恐怖感を覚えた。そんな私を見て一颯さんは手を伸ばすのを止めた。
「……身体に力が入らないんです」
先程、穂坂様に押し倒された時の事を思い出してしまい、寒くもないのに身体までもが震え出した。
「さっきは高見沢が居たから詳しくは聞かなかったが、やっぱり何かされたんじゃないのか?……自分じゃ気付いてないかもしれないが、ホテルの部屋を出てからずっと震えてるぞ」
「何かされた訳じゃないんです…。でも、ブラウスのボタンをちぎられて…ベッドに押し倒されたんです。その後は何もなかったんですが…思い出すと怖くて…」
手の平を見返すと震えているのが分かる。
「ごめんな、早く駆け付けられなくて…。怖い思いさせてしまい、すまなかった…」
一颯さんは私の震えを押さえ込むように強く、強く抱き締めてきた。ずっとずっと欲しかった温もりなのに、震えている手を背中に回す事が出来ずに、ただ抱き締められていた。
一颯さんと高見沢さんが到着するまでに時間がかかったのは、穂坂様からの電話が来る前にナイトフロントから穂坂様のお連れ様の女性が到着したから案内して欲しいと言われたからだった。その後にナイトフロントから一颯さんの会社のスマホに電話があり、穂坂様が私を呼び出したと聞かされて、時間差が出来てしまったらしい。
「恵里奈が落ち着くまで、傍に居るから。抱き締められるのが嫌なら、しない。……傍に居ない方がいいならホテルに戻る」
「……本当は怖くてどうしようもなかったんです。気が抜けたら思い出しちゃって…。男の人の力って強くて怖かった…。い、ぶきさ…ん…、離れて行かないで…!」
今の私には一颯さんさえも拒絶反応を示してしまう程に怖くて、けれども…一颯さんに傍に居て欲しい。一人になったらもっと怖いから…、離れて行かないで。
「恵里奈が寝付くまで、添い寝してやる。シャワーは起きてから浴びて、その後に制服を取りに行けば良い」
ヒョイッと軽々しく持ち上げられ、再びのお姫様抱っこでベッドへ連れて行かれる。一颯さんはスーツの背広だけを脱ぎ、私の横にゴロンと寝転がった。
「ほら、ここにおいで」
お言葉に甘えて一颯さんの広げた右腕に頭を乗せて、寝る。左手は私の髪の毛を撫でてくれている。心地良くて震えも治まってきて、自然に涙が溢れた。
「……私、一颯さんが大好きです。これからも…ずっと一緒に居たいです」
「俺も同じ気持ちだから、安心して寝なさい」
恐怖感も消えてきて、私は一颯さんに抱き着いた。一颯さんの心臓の音が良く聞こえる。髪の毛を撫でていた手は私の手を取り、握りしめた。
目が覚めた時も一颯さんは隣で寝ていて、「ぐっすり眠れたか?」と言って微笑んでくれた。
時計を見たら、まさかの10時過ぎだった。慌てふためく私を見て、一颯さんは意地悪を言った。
「穂坂様にチェックアウトは12時まで…とか言ってた奴が居たけど、どうしたのかな~?」
「あ、あ、あ…そうでした!言ったんでした!早く用意しなきゃ…!あー、ブレザーのボタンつけないと…シャツも…」
「もう遅いよね?」
「………はい、どうしましょう?」
「大丈夫だよ、高見沢にお願いしておいたから。穂坂様とお連れ様が恵里奈に会いたいって言ってたから、チェックアウトの時までに出勤すればいいよ」
「分かりました…。あぁー!」
「今度は何?」
「一颯さんも遅刻じゃないですか?だ、大丈夫?」
「午後から出勤にしたから大丈夫」
───クスクスと笑う一颯さんの近くで身なりを整え、ボタンをつけてから、ホテルに出勤した。ロビーには穂坂様とあすみ様がいらっしゃって私を見つけるなり、深々と私に頭を下げた。
周りには他のお客様も居て、サングラスをかけていても穂坂 一弥と分かるらしく、コソコソ話も聞こえてきたが、二人は気にしていないらしい。
「恵里奈ちゃん、本当に申し訳なかった。どうお詫びしたらよいのか…」
「いえ、二人共、顔を上げてください」
あれだけ世間の目を気にしていたお忍びの穂坂様だったが、幸せいっぱいなのか、他人の事を気にしていないらしい。
「……明日美が結婚をOKしてくれたんだ。お互いの生活の違いはあるけど…支え合って行くつもり。光を消さないように…努力するよ」
「えぇ、何時の日か、光がもっと沢山増えますように願っております」
「挙式はこのホテルで挙げたいな。ね?明日美?」
「はい、このホテルがご迷惑でなければ…是非ともお願いします。こんな素敵なホテルで挙式を挙げれたら、一生の思い出になります」
あすみさんは謙虚な方だな。迷惑なんて、これっぽっちもないよ。
「その時は是非、お手伝いさせて下さいませ」
二人は「有難う」と言って、タクシーも呼ばずに手を繋ぎ、堂々とホテルの外へと出て行った。
「穂坂様の挙式の約束まで取り付けるなんて、さすが篠宮だな!」
「……悔しいけど、なかなかやるね、篠宮さん」
お見送り以外は私を見守っていた一颯さんと高見沢さんが、私を茶化す。
怖い思いもしたけれど、穂坂様が幸せになれて良かったと心から思った。近い将来、二人の晴れ姿を見れますように───……
鍵を開ける時に目が覚めて、一颯さんの腕から降ろしてもらった。普段ならドキドキしちゃうシチュエーションも…何故か、胸の高鳴りはなくて、気付いたら手が震えていた。
一颯さんのマンションに着き、ヒールを脱いで部屋に上がると腰が抜けた様にペタンと床に座り込んだ。何だろう?気力が保てない。
「どうした?大丈夫か?」
一颯さんが私に触れようと手を伸ばしたのだが、身体がビクッと反応して少しだけ恐怖感を覚えた。そんな私を見て一颯さんは手を伸ばすのを止めた。
「……身体に力が入らないんです」
先程、穂坂様に押し倒された時の事を思い出してしまい、寒くもないのに身体までもが震え出した。
「さっきは高見沢が居たから詳しくは聞かなかったが、やっぱり何かされたんじゃないのか?……自分じゃ気付いてないかもしれないが、ホテルの部屋を出てからずっと震えてるぞ」
「何かされた訳じゃないんです…。でも、ブラウスのボタンをちぎられて…ベッドに押し倒されたんです。その後は何もなかったんですが…思い出すと怖くて…」
手の平を見返すと震えているのが分かる。
「ごめんな、早く駆け付けられなくて…。怖い思いさせてしまい、すまなかった…」
一颯さんは私の震えを押さえ込むように強く、強く抱き締めてきた。ずっとずっと欲しかった温もりなのに、震えている手を背中に回す事が出来ずに、ただ抱き締められていた。
一颯さんと高見沢さんが到着するまでに時間がかかったのは、穂坂様からの電話が来る前にナイトフロントから穂坂様のお連れ様の女性が到着したから案内して欲しいと言われたからだった。その後にナイトフロントから一颯さんの会社のスマホに電話があり、穂坂様が私を呼び出したと聞かされて、時間差が出来てしまったらしい。
「恵里奈が落ち着くまで、傍に居るから。抱き締められるのが嫌なら、しない。……傍に居ない方がいいならホテルに戻る」
「……本当は怖くてどうしようもなかったんです。気が抜けたら思い出しちゃって…。男の人の力って強くて怖かった…。い、ぶきさ…ん…、離れて行かないで…!」
今の私には一颯さんさえも拒絶反応を示してしまう程に怖くて、けれども…一颯さんに傍に居て欲しい。一人になったらもっと怖いから…、離れて行かないで。
「恵里奈が寝付くまで、添い寝してやる。シャワーは起きてから浴びて、その後に制服を取りに行けば良い」
ヒョイッと軽々しく持ち上げられ、再びのお姫様抱っこでベッドへ連れて行かれる。一颯さんはスーツの背広だけを脱ぎ、私の横にゴロンと寝転がった。
「ほら、ここにおいで」
お言葉に甘えて一颯さんの広げた右腕に頭を乗せて、寝る。左手は私の髪の毛を撫でてくれている。心地良くて震えも治まってきて、自然に涙が溢れた。
「……私、一颯さんが大好きです。これからも…ずっと一緒に居たいです」
「俺も同じ気持ちだから、安心して寝なさい」
恐怖感も消えてきて、私は一颯さんに抱き着いた。一颯さんの心臓の音が良く聞こえる。髪の毛を撫でていた手は私の手を取り、握りしめた。
目が覚めた時も一颯さんは隣で寝ていて、「ぐっすり眠れたか?」と言って微笑んでくれた。
時計を見たら、まさかの10時過ぎだった。慌てふためく私を見て、一颯さんは意地悪を言った。
「穂坂様にチェックアウトは12時まで…とか言ってた奴が居たけど、どうしたのかな~?」
「あ、あ、あ…そうでした!言ったんでした!早く用意しなきゃ…!あー、ブレザーのボタンつけないと…シャツも…」
「もう遅いよね?」
「………はい、どうしましょう?」
「大丈夫だよ、高見沢にお願いしておいたから。穂坂様とお連れ様が恵里奈に会いたいって言ってたから、チェックアウトの時までに出勤すればいいよ」
「分かりました…。あぁー!」
「今度は何?」
「一颯さんも遅刻じゃないですか?だ、大丈夫?」
「午後から出勤にしたから大丈夫」
───クスクスと笑う一颯さんの近くで身なりを整え、ボタンをつけてから、ホテルに出勤した。ロビーには穂坂様とあすみ様がいらっしゃって私を見つけるなり、深々と私に頭を下げた。
周りには他のお客様も居て、サングラスをかけていても穂坂 一弥と分かるらしく、コソコソ話も聞こえてきたが、二人は気にしていないらしい。
「恵里奈ちゃん、本当に申し訳なかった。どうお詫びしたらよいのか…」
「いえ、二人共、顔を上げてください」
あれだけ世間の目を気にしていたお忍びの穂坂様だったが、幸せいっぱいなのか、他人の事を気にしていないらしい。
「……明日美が結婚をOKしてくれたんだ。お互いの生活の違いはあるけど…支え合って行くつもり。光を消さないように…努力するよ」
「えぇ、何時の日か、光がもっと沢山増えますように願っております」
「挙式はこのホテルで挙げたいな。ね?明日美?」
「はい、このホテルがご迷惑でなければ…是非ともお願いします。こんな素敵なホテルで挙式を挙げれたら、一生の思い出になります」
あすみさんは謙虚な方だな。迷惑なんて、これっぽっちもないよ。
「その時は是非、お手伝いさせて下さいませ」
二人は「有難う」と言って、タクシーも呼ばずに手を繋ぎ、堂々とホテルの外へと出て行った。
「穂坂様の挙式の約束まで取り付けるなんて、さすが篠宮だな!」
「……悔しいけど、なかなかやるね、篠宮さん」
お見送り以外は私を見守っていた一颯さんと高見沢さんが、私を茶化す。
怖い思いもしたけれど、穂坂様が幸せになれて良かったと心から思った。近い将来、二人の晴れ姿を見れますように───……
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