21 / 137
第一章 婚礼編
第二十一話 式後
しおりを挟む
「大将、本当にルコットさんを行かせて良かったんですか? このまま新居に向かうはずだったのでしょう」
怪我人を担架で運び出しながら、フリッツはホルガーに尋ねた。担架に乗せられている男も、「そうですよ」と同意する。
「ルコットさんとの同衾解禁日じゃないですか」
「元気そうだな。歩いて医療棟まで行くか」
「いててててて、刺された太ももが……」
急に脚を押さえた男を、ホルガーははたいた。
「しかし、不幸中の幸いですね。近衛兵のときとは違い、大した怪我人はいないようです」
周囲をぐるりと見回し、フリッツは呟く。
ステンドグラスは粉々に割れ、内装は見る影もない大聖堂。
しかし、担架で運ばれる者は皆意識もはっきりしており、めでたい日よりに当てられたのか、冗談が飛び交い、あちこちで笑いが起こっている。
「今回は目標がはっきりしていたからな。他の者を嬲る暇がなかったんだろう」
「相手にもされてなかったってことか」
そばで「疲れた」と言わんばかりに転がっていた男がうずくまる。
「女の子に蹴っ飛ばされた自分の体幹を呪う」
リヴァル中将が「まぁまぁ」と柔和に笑いながら助け起こした。
「中将が無傷なのが余計に傷つく」
「その優男は鍛え方が違う。諦めろ」
リヴァルは「心外だなぁ」と苦笑した。
「ハーディだって無傷でしたよ」
「ハーディ大佐は普段のあの礼儀正しさからは想像もつかない戦い方をしますよね……」
「それを言うならフリッツだろう。インテリ眼鏡詐欺もいいところだ」
ついホルガーが乗ると、フリッツは大げさにため息をついた。
「大将のためにこれだけ必死に戦ったというのに、その言い草ですか。礼の一つでも聞きたいところですよ」
するとホルガーは、決まり悪そうに頭をかいた。
「礼は今晩酒が入ってから言うつもりだったんだが」
「今晩って、大将まさか帰らないつもりですか!」
信じられないと目を見開く皆に、ホルガーは当然だと言わんばかりに頷く。
「この件の処理が終わるまでは帰れないだろう。しばらくは仮眠室通いだ」
呆れてものも言えない皆の代わりに、フリッツが頭を押さえて口を開く。
「処理は私がしておきますから、大将はルコットさんと一緒に過ごして差し上げてください」
「いや、皆に任せて一人休むわけにはいかないだろう。それに、殿下も快諾してくださった」
夫が夫なら、妻も妻であった。
「……大将は、その、ちゃんとルコットさんのことを、愛してるんですよね?」
聞いてもいいものかと遠慮がちに尋ねる部下に、ホルガーは静かに目を閉じた。
まぶたに浮かぶのは、色々な笑顔を浮かべた彼女ばかり。
朗らかな声、纏う空気。
全てがまるで運命のように景色を明るく照らした。
「あぁ、とても大切な方だ。この先の俺にとっても、恐らくこの世界にとっても」
大袈裟な表現ではあったが、ルコットを知る者にはその意味が何とはなしにわかった。
「皆、彼女を守ってくれて、ありがとう」
いつのまにか静まり返っていた聖堂に、その声は染み入るように響いた。
皆茶化そうと口を開きかけては、潤む目を抑えるように唇を噛む。
余裕ある風態で警備についていた彼らは、誰よりこの任務の重要性を理解していた。
この式が中断されれば、ルコットはホルガーの妻だと認められない可能性さえあったのだから。
皆ルコットが好きだった。
見下されても見下さず、貶されても貶さず、騙されても騙さぬ彼女。大らかで朗らかで、美味しいものが大好きな彼女。
そんな彼女がもし、この式の末に死んでしまうようなことがあれば、きっと悔やんでも悔やみきれない。
皆余裕な仮面の下に、緊張と不安を隠していたのだ。
それが今、一気に解放された。
式は無事に、終わったのだ。
「……はぁ、全く、世話の焼ける大将だ」
「大将、幸せにな」
「あー羨ましい……俺も早く結婚してぇ」
涙声で騒ぐ男たちを、スノウとハルは遠目に見ていた。
「まったく、賑やかな人たちね」
「手厳しいな」
愉快そうに笑うハルに、スノウは冷たい視線を向ける。
「何故助けたの」
その声は、余計なことをと言わんばかりだった。
強いて気づかなかった風を装い、ハルは微笑む。
「『あなたには、為すべきことがある』から」
スノウは決まり悪そうに視線を逸らすと、そのままその場を後にした。
* * *
「宜しかったのですか? 新郎殿をお一人にしてしまって。その、今日が結婚初日なのですよね……」
医療棟を歩きながら、フュナさまは遠慮がちに口を開かれました。
陶器のような肌に肩口で揺れる墨インクのような髪、伏せられた目。それから、華奢で小柄な体。
全てが彼女の後悔と消沈を物語っていました。
どう言えば、フュナさまの心は軽くなるのでしょう。
私は迷いながらも口を開きました。
「……もし、私が結婚したのがホルガーさまでなければ、あのまま流れに従って二人で新居へ向かったかもしれません」
これまでの私なら、きっとそうしました。
何か手伝いたいと思っても、それが和を乱してしまうことを一番に恐れていたからです。
流れに従って動くことが、末の王女に課せられた唯一の義務であるかのように思っていました。
でも、それは間違いでした。
こんな私に逐一状況を報告してくれた彼。
待っていると言ってくれた彼。
何の特技もない、強くもない私を、ホルガーさまはまるで、自分と同等の力を持っているかのように接してくださるのです。
だから、私は少しだけ、自分を信じてあげられるようになりました。
「……私は、彼に恥じない私でいたいのです。自分が正しいと思うことを信じて、少しでも追いつけるように、一歩でも前へ進んで行きたいのですわ」
そう申し上げると、フュナさまの瞳に、次第に強い光が宿りました。
「……私も、進みます。少しでも、前へ」
過ちを償って、少しでも、皆さまのお役に立てるように。
フュナさまの静かな決意には、熱い思いが滲んでいました。
怪我人を担架で運び出しながら、フリッツはホルガーに尋ねた。担架に乗せられている男も、「そうですよ」と同意する。
「ルコットさんとの同衾解禁日じゃないですか」
「元気そうだな。歩いて医療棟まで行くか」
「いててててて、刺された太ももが……」
急に脚を押さえた男を、ホルガーははたいた。
「しかし、不幸中の幸いですね。近衛兵のときとは違い、大した怪我人はいないようです」
周囲をぐるりと見回し、フリッツは呟く。
ステンドグラスは粉々に割れ、内装は見る影もない大聖堂。
しかし、担架で運ばれる者は皆意識もはっきりしており、めでたい日よりに当てられたのか、冗談が飛び交い、あちこちで笑いが起こっている。
「今回は目標がはっきりしていたからな。他の者を嬲る暇がなかったんだろう」
「相手にもされてなかったってことか」
そばで「疲れた」と言わんばかりに転がっていた男がうずくまる。
「女の子に蹴っ飛ばされた自分の体幹を呪う」
リヴァル中将が「まぁまぁ」と柔和に笑いながら助け起こした。
「中将が無傷なのが余計に傷つく」
「その優男は鍛え方が違う。諦めろ」
リヴァルは「心外だなぁ」と苦笑した。
「ハーディだって無傷でしたよ」
「ハーディ大佐は普段のあの礼儀正しさからは想像もつかない戦い方をしますよね……」
「それを言うならフリッツだろう。インテリ眼鏡詐欺もいいところだ」
ついホルガーが乗ると、フリッツは大げさにため息をついた。
「大将のためにこれだけ必死に戦ったというのに、その言い草ですか。礼の一つでも聞きたいところですよ」
するとホルガーは、決まり悪そうに頭をかいた。
「礼は今晩酒が入ってから言うつもりだったんだが」
「今晩って、大将まさか帰らないつもりですか!」
信じられないと目を見開く皆に、ホルガーは当然だと言わんばかりに頷く。
「この件の処理が終わるまでは帰れないだろう。しばらくは仮眠室通いだ」
呆れてものも言えない皆の代わりに、フリッツが頭を押さえて口を開く。
「処理は私がしておきますから、大将はルコットさんと一緒に過ごして差し上げてください」
「いや、皆に任せて一人休むわけにはいかないだろう。それに、殿下も快諾してくださった」
夫が夫なら、妻も妻であった。
「……大将は、その、ちゃんとルコットさんのことを、愛してるんですよね?」
聞いてもいいものかと遠慮がちに尋ねる部下に、ホルガーは静かに目を閉じた。
まぶたに浮かぶのは、色々な笑顔を浮かべた彼女ばかり。
朗らかな声、纏う空気。
全てがまるで運命のように景色を明るく照らした。
「あぁ、とても大切な方だ。この先の俺にとっても、恐らくこの世界にとっても」
大袈裟な表現ではあったが、ルコットを知る者にはその意味が何とはなしにわかった。
「皆、彼女を守ってくれて、ありがとう」
いつのまにか静まり返っていた聖堂に、その声は染み入るように響いた。
皆茶化そうと口を開きかけては、潤む目を抑えるように唇を噛む。
余裕ある風態で警備についていた彼らは、誰よりこの任務の重要性を理解していた。
この式が中断されれば、ルコットはホルガーの妻だと認められない可能性さえあったのだから。
皆ルコットが好きだった。
見下されても見下さず、貶されても貶さず、騙されても騙さぬ彼女。大らかで朗らかで、美味しいものが大好きな彼女。
そんな彼女がもし、この式の末に死んでしまうようなことがあれば、きっと悔やんでも悔やみきれない。
皆余裕な仮面の下に、緊張と不安を隠していたのだ。
それが今、一気に解放された。
式は無事に、終わったのだ。
「……はぁ、全く、世話の焼ける大将だ」
「大将、幸せにな」
「あー羨ましい……俺も早く結婚してぇ」
涙声で騒ぐ男たちを、スノウとハルは遠目に見ていた。
「まったく、賑やかな人たちね」
「手厳しいな」
愉快そうに笑うハルに、スノウは冷たい視線を向ける。
「何故助けたの」
その声は、余計なことをと言わんばかりだった。
強いて気づかなかった風を装い、ハルは微笑む。
「『あなたには、為すべきことがある』から」
スノウは決まり悪そうに視線を逸らすと、そのままその場を後にした。
* * *
「宜しかったのですか? 新郎殿をお一人にしてしまって。その、今日が結婚初日なのですよね……」
医療棟を歩きながら、フュナさまは遠慮がちに口を開かれました。
陶器のような肌に肩口で揺れる墨インクのような髪、伏せられた目。それから、華奢で小柄な体。
全てが彼女の後悔と消沈を物語っていました。
どう言えば、フュナさまの心は軽くなるのでしょう。
私は迷いながらも口を開きました。
「……もし、私が結婚したのがホルガーさまでなければ、あのまま流れに従って二人で新居へ向かったかもしれません」
これまでの私なら、きっとそうしました。
何か手伝いたいと思っても、それが和を乱してしまうことを一番に恐れていたからです。
流れに従って動くことが、末の王女に課せられた唯一の義務であるかのように思っていました。
でも、それは間違いでした。
こんな私に逐一状況を報告してくれた彼。
待っていると言ってくれた彼。
何の特技もない、強くもない私を、ホルガーさまはまるで、自分と同等の力を持っているかのように接してくださるのです。
だから、私は少しだけ、自分を信じてあげられるようになりました。
「……私は、彼に恥じない私でいたいのです。自分が正しいと思うことを信じて、少しでも追いつけるように、一歩でも前へ進んで行きたいのですわ」
そう申し上げると、フュナさまの瞳に、次第に強い光が宿りました。
「……私も、進みます。少しでも、前へ」
過ちを償って、少しでも、皆さまのお役に立てるように。
フュナさまの静かな決意には、熱い思いが滲んでいました。
0
あなたにおすすめの小説
そのまさか
ハートリオ
恋愛
「そのまさかですわ、旦那様!」
ーーベナ・マギネは、16才の誕生日の前日、ギネオア邸3階からロープで脱出しようとして失敗、その際、残念前世をうっすら思い出し、今世をちゃんと生きようと、先ずは旦那様を色仕掛けで骨抜きにしようとトッチラカル・・!
前世が残念な事もある・・・何のスキルも無い事だってある・・・そんなベナが全力でトッチラカリます!
設定ゆ~るゆるです。緩い気持ちで読んで頂けると助かります。
第15回恋愛小説大賞にエントリーしました。
読んで、良いなと思ってもらえたら、投票お願いします。
短編ではないので長編選びますが、中編だと思います。
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?
ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。
イケメン達を翻弄するも無自覚。
ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。
そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ…
剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。
御脱字、申し訳ございません。
1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。
そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて……
表紙はかなさんのファンアートです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
恋詠花
舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。
そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……?
──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。
【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中
白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。
思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。
愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ
向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。
アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。
そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___
異世界恋愛 《完結しました》
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる