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左手の人 2
しおりを挟む美那子と舞が缶ビールを持ち、良助はラムネを持って展望台に立っている。先客は向こうに二人いるきりで空いていた。夜景を見ながら舞がしゃべりまくる主任の悪口を黙って聞いた。しばしば以前に何度も聞いたエピソードだったけれど、美那子は無責任に合いの手を入れてどんどんしゃべらせた。
ようやくさっぱりした舞が、何気なく向こうにいる先客のほうを見やると、両脇の美那子と良助をつっついた。つっつかれて二人も見やれば、先客は二人の女性で、そのうちの一人は左手の人だった。
声は聞こえないけれど、動作を見るに、どうも左手の人がお金を返しているような様子だった。相手の女性はあくまで遠慮するふうだったけれど、押し問答のすえ紙幣と思しきものを遂に受け取ると、つかのま葛藤したすえ荒々しく折りたたんでポケットに突っ込み、なにか無慈悲らしいことを言う様子だった。そうして帰って行った。
左手の人は立ち尽くしていた。その位置から崖のほうへ直進したあたりの柵にバッグがかけてあるのを舞が見つけて、左手の人のものだと直感するらしかった。良助が止める間もなくバッグを取りに行き、左手の人に渡しに行った。
後ろから「あのう」と声をかけたのだったが、我知らず力が入ってしまって変に大きな声だった。不意をつかれた左手の人が小さな悲鳴を上げてふり返ると、舞もそれにビクッとして、持っていた缶ビールを落とした。
良助が苛立たしげに舌打ちして、「なにしてるんだ」とつぶやきつつ、舞の元へ行き、左手の人に謝った。しゅんとした舞がバッグをさし出したけれど、それは左手の人のものではなかった。とたんに不気味になった謎のバッグを元通り柵へ戻して、痛ましいほど小さくなった舞が、ふたたび謝っていると、左手の人は缶ビールを見下ろして、
「弁償します」と言った。
舞と良助は断ったけれど、頑として聞かなかった。それで一同は露店のある広場まで戻った。
ぞろぞろ歩き出した一行に美那子がすっと加わると、カップル二人だけだと思っていたらしい左手の人はちょっと驚いたようだったが、とりあえず会釈した。美那子も会釈を返した。
缶ビールを弁償してもらうと、激しい羞恥や後悔のために突き破られるものがあって、妙にハイになっている舞が「一緒に飲みませんか」と誘った。
良助がまた苛立たしげになったけれど、意外にも美那子が一緒になって誘った。無責任に成り行きを楽しむようであった。
左手の人の顔について、たいそう可愛らしい造作であること、なんというのか美麗な子どもが、なにかに心底怒ってしまって、二十年後――みたいな顔だという美那子の論はのちに舞と良助も賛同したところであった。
良助だけラムネで、あとは缶ビールを手に手にブランコのある薄暗い小広場の藤棚のベンチに腰かけて、四人で話している。腰かける際、虫がいないか舞が携帯電話のライトで入念に調べた。小学生時代に日本脳炎の予防接種を受け損ねたことをやたら気にしている良助が常備の蚊よけスプレーを噴射しまくったにおいが充満していた。
「お仕事はなにをされてるんですか」と舞が聞いた。
良助は舞の無遠慮さに不服そうだったけれど、先ほど美那子が舞についたのでもうリアクションしないことに決めたらしかった。左手の人はなにやら歯切れが悪かったが、言うことには、現在アルバイトをしているのだけれども、もっとかたい仕事を探している最中なのだそうな。
舞は、それからも根掘り葉掘り質問したが、さっきお金を返していたらしいことや、左手については、一生懸命に触れていなかった。
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