縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

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左手の人 3

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 左手の人が勤めているアルバイトというのは、早い話が、占いなのだった。繁華街の雑居ビルの三階に骨相学という看板を立てて、顔の骨格からその人の質や柄を見る。隠れた病気や、人生のトラブルの原因や、今後の如何もわかると言う。

 そのころには良助も質問に加わり、面白がって聞いていた。骨相学という学問は興味深い、面白い、としきりに言っていると、よろしければと提案してくれたので、見てもらった。

 左手の人は良助、続いて舞と、顔をためつすがめつ眺めて、それから「ちょっと失礼します」と言うや、右手で以て逡巡なく顔に触れ、目を閉じてけっこう執拗になで回した。

 良助も舞もされるがままで、なにか恥ずかしいような、変に嬉しいような顔をしていた。それから左手の人は、色々と述べたのだったが、良助にしても舞にしても、驚くほど当たっているらしかった。

 良助がうなって、「けっきょく占いっていうのは統計学で、こういう顔の人はこういう傾向だという、法則なんだな。そうなるともう、立派な科学だよ」とのたもうた。「昔はしかし占いっていうのは、そもそも占われる側も、何日か何週間か知らんけど、精進してな、ちゃんとお清めをしてからやったんだ。そうすれば絶対に当たるもんだったんだ。それをキチンとやらなくなったから、うさんくさくなったんだよ」
 と御高説だったけれど、聴衆の反応はかんばしくなかった。

 左手の人は苦笑して、

「あくまでも当たるも八卦、当たらぬも八卦と思ってくださいね」と言った。
「骨相学って、整形で運勢を変えれる?」

 と舞が聞けば、左手の人は大マジメに、

「うちの流派では表情も重視しますから、美容整形は表情が抑制される場合もあるので、けっきょく良し悪しですね」
「じゃあ、もしずっと運勢のいい表情してたら、福来たるんだ」
「はい。表情によって運勢はある程度意識的に変えて行けます。――それと、骨相学って看板は出てますけど、厳密には、人相占いですか。骨相学っていうと、頭蓋骨のかたちから性格や能力を割り出すっていう、十九世紀ヨーロッパで爆発的に流行って、解剖学の発達で廃れた、まあ学問とも呼べないかもしれないようなものですね」

 変な成り行きだったけれども、妙に落ち着いて来たなと思いながら美那子は聞いていた。なにか旅先にでもいるような現実離れした気分だった。

 左手の人……このたぶんいくつか年下の、どことなく妙な凄みのある女の子は、我々との関わり合いを楽しんでいるように見えるけれど、そういう場当たり的なものは、舞などは天性の素質だけれども、この人はもう少し理性的なふうに見えるものを――占いなんぞという商売をしていると社交に強くなるのかしら。とかく強い立場における接客業であろうから――云々と考えていた。

 舞と良助があまり次々占ってもらうので、美那子が「そんなに見てもらうんだったら、ちゃんと聞き賃を払いなさいね」と言った。

 すると左手の人は、ほとんど間髪を容れずに
「いりません」

 と言った。なんだかとっさに、まるで憤ったかのような声になってしまったようだなと思って見れば、ちゃんと憤っている顔なのだった。あまりに早く沸騰したものがあった。場がとたんに白々しくなった。

 舞と良助は美那子をうかがうようなふうだった。美那子は別になにをしくじったとも思わぬが、さてどうしたものかと考えていた。すると左手の人は、沸騰したものをやわらげて、

「ごめんなさい……でもほんとに、いらないんです」

 いらないわけを説明しそうだった。自分の信念をわかってもらうために。けれどもけっきょく、言葉を飲み込んだ瞬間が見て取れた。ああ、放棄したんだなと思われた。

 それから舞と良助の陽気さは帰って来なかったし、美那子も左手の人も、もとより奇妙な関わり合いを修復するすべを持たなかった。せいぜい円滑に解散するのが最善に思われて、そうした。

 帰りの道々、舞が左手の人と骨相学について、

「やっぱり、インスピレーションとかが発達するのかなァ」
「そんなこと言うもんじゃないよ」

 と良助が言ったけれど、舞が「どうしてよ」と聞いても、答えなかった。

 それで舞は自力で考えるらしかった。やがてどのような結論に達したのかわからないけれど、たいそう反省するらしかった。


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