縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

文字の大きさ
23 / 93

手繰り戻して恩師の洋館 1

しおりを挟む



 舞と良助がなにか二人にゆかりのところへ二泊三日の旅行に行ったので、メールを送って招待してみると、間髪を容れず返信があり、命子が泊まりに来た。

 美那子こだわりの少々くつろぎにくいアンティーク調な椅子の上で、命子はたいへん安らいで見えた。

「そういえば、弟さんはまた嗅ぎつけて?」

 と美那子が尋ねると、ほとほとウンザリの吐息をついて、

「どうしてああ受信するんでしょうね。わたしそんなに飛ばしてるのかな。今度はさすがに一晩だけ泊めて、まあすぐ追い帰しましたけど」

 と軽口をたたいてはいるものの、かなり水気が抜け、やつれてぱさぱさしているので、

「私たちもどこか行きたいね」

 それはまったく言葉だけの、その場で咲いてその場でしぼむ気晴らしの台詞のつもりだった。ところが、命子は異様な熱心さで賛成した。どこか行きたいところがあるというわけでもないらしかったが、明日にも出発したいというような張り切りようで、ガスの元栓やら休暇願やらと具体的なものを整理し始めるから、

「今すぐは駄目よ。舞が休んでる分、私は休めないから。舞が帰ってからも、三日も休み取った大罪のほとぼりが冷めるまでしばらくフォローしとかないと、いじめ殺されちゃうから」

 命子は見るからにガッカリしたけれど、旅行に行くという話をこのままうやむやに流す気はないらしかった。すぐにも行かなければならないような切羽詰まった観すらあった。追われの身ででもあるかのような。その胸中に吹き荒れている「御用だ御用だ」の声とけたたましい足音と無数の提灯のうごめきが美那子にまで漏れ聞こえて来るくらいの。

 先ほど少し触れてみただけで、顔を曇らせ言葉を濁したので話題を変えたけれども、命子の仕事はうまく行っていないらしかった。凛々しい顔が卑屈にゆがみそうだった。そう見れば命子の顔は簡単に醜くなれそうな気がした。

 美那子は舞が帰って来たら入れ違いに休暇を取る約束をした。易しからぬこと想像に難くない諸々は、舞には自力で切り抜けてもらうことにして、さて具体的にどこへ行くか。命子は痛々しいほど喜んで、

「美那子さん行きたいところはないの」
「これと言ってないのよ。ないのに行ってもね。それとも、ないくらいのほうがいいのかしら」
「期待しないから?」などとうきうきして尋ねる。「期待しないから幻滅もない?」

 それで美那子は、そもそも旅行に求めらるべきものは新鮮さか懐かしさか、刺激か安らぎか、静やかな快癒かいったん滅びる復活か、拾いに行くのか捨てに行くのか、逃げ込むのか立ち向かうのか、そこへ帰るのかあとで帰るところを作るのか、そもそも旅行とは人間の欲望や本能にどうからんだもので、ほんらいどう楽しむのが正解なのか云々云々、漫然と並べ立ててあわよくば熱を冷まさせようと試みるけれど、命子は腹を決めている気色であった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...