縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

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手繰り戻して恩師の洋館 2

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「それなら命子の行きたいところにしようよ」
「わたしは美那子さんのゆかりの地がいい」
「私のゆかりの地はこのへんじゃないの」
「どこかにないの? なんか特別な、思い入れのあるようなところ」
「思い入れってもねえ。なかァないけど、あるってほどのものでもないわね」
「小さくてもいいの。家族旅行の思い出とか、親戚の田舎とかでも」

「親戚の田舎なら、」
「あるの?」
「――いや薄いな。小学生の時に、一回だけ夏休みに行ってね、夜になると大きな蛾が家の中にも飛んでるから蚊帳かやを吊ってもらって、私だけ蚊帳の中に入って、兄貴やイトコたちとみんなでテレビ見てた。そんくらいの思い出しかないわ」
「そこには行けないの?」
「どうかな。何年も疎遠だから。――それより『私だけ蚊帳の中』って、これいかに」

 美那子の不真面目も不熱心も命子はどしどし許し続けた。そのうちにとうとう話が決まって、美那子が前々からいつかは会いに行こうと思っていた中学生時代の恩師を訪ねることになった。

 前々から会いに行きたかったという心情は、じっさいには今この時に芽生えた。けれどもこう芽生えてみれば、確かに前々から根を張っていたらしかった。

 颯爽とした女の人で、英語の先生だった。美那子が三年生の時に退職されたが、定年には数年早かったはずである。折しも退職金が大きく減る時節だからだったか、誰かご親戚の具合が悪かったからだったか、判然としなかった。そのことについて生徒のあいだでは色々と憶測も持ち上がり、しかしすぐにしぼんだ。少々辛辣なところもあって、大部分の生徒からはあまり人気のない人だった。

 しかし美那子は先生が好きだった。先生の仮借ない言葉を聞いていると、たいへん素直に、自分はもっとシッカリしよう、強くなろうという気分になれた。それは先生が言うからなのに違いなかった。ほかの人が言ったのならただ白々しく思ったのに違いなかった。

 今も年賀状だけやり取りしていた。高校生の時に美那子から送ってみて、返って来て、始まったやり取りだった。内容は極めて淡々としたもので、双方の喪中で一度ずつ途切れたけれど、きちんと再開されて続いていた。それでこのたび、お訪ねしてもよろしいでしょうかと手紙を出した。

 一人では絶対にしなかった決断だった。キッカケを持ち込んだ命子は、翌日美那子が出勤しているあいだも美那子の部屋にいた。仕事から帰る道々ぼんやり予想していたのには反して荷物を運び込んだりまではしていなかったけれども、歯ブラシなどは買って来ていた。

 さっそく先生から楽しみにお待ちしていますという旨の返事が来、前後して舞と良助が帰って来ると、すでに用意万端整っていた二人はすぐに出かけた。

 舞は命子の帰還に驚き喜び、同行したがったけれどそういうわけにも行かず、名残惜しげに送り出した。


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