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手繰り戻して恩師の洋館 3
しおりを挟むでんぱたや山川やちらほら点在する日本家屋の景色の中を、単線の二両列車に揺られつつ、
「その先生は、舞さんにとっては恩師じゃないの?」
「さあね。先生けっこうお茶目なんだけど、ほとんどの人はそう思ってなかったから。温室育ちの現代っ子が露骨に嫌いな、厳しい先生だったし、舞なんかはむしろニガテだったんじゃないかな」
命子は尋ねておいてあまり聞いていないらしかった。流れ去る景色を見ながらはしゃいでいた。美那子も美那子で先生に会いに行くなんて嬉しいやら気恥ずかしいやら、はたから見れば自分もはしゃいで見えるんだろうなと思った。
閑散とした無人駅に降りると、迎えに見えていた。馴染みらしいタクシー運転手にこちらを指さしてなにか話していた。清雅な身なりの老婦人に挨拶する美那子の溌剌とはにかんだ若々しさを命子はしげしげ見つめて、手放しの喜びからだんだん畏まるらしかった。
先生は命子にもよく来てくれましたねと言った。命子が自分は生徒ではないことを伝えると、どうしても思い出せなかったので安心したわと打ち明けてほほ笑まれた。
高いアカマツ林を背負って建つ古い大きな洋館に美那子も命子も目を丸くした。喫茶店のような内装のリビングは強いて電灯をつけず、ステンドグラスから射し入る窓明かりだけのノスタルジックな薄明るさ。使われていない部屋を一人ずつ広々と借りて、それぞれ少ない荷物を置き、戻って来ると芳醇な香りのコーヒーが入っていた。
クラシカルなテーブルに美那子と命子が並んで座り、先生は向かいに座った。先生が手ずから作ってくれていたというアップルパイをご馳走になった。
美那子は学生のころ、先生のことを苗字だけで覚えていたけれど名前が安喜子であることは年賀状で知っていた。安喜子さんは、さぞ美那子の記憶の中にある印象にちぐはぐであろう洋館について白状するように、じつは自分は大きな船の船長の娘で、いい御身分の御令嬢だったのだけれども、自分の力だけで一から人生を切り拓いて行くという情熱に燃え、若者の教育という漸進的な革命にたずさわる使命感のまにまに周囲の反対を押し切って教師になったのだと言った。
生涯結婚はしなかった。今はこの洋館を譲り受けて独りで住んでいる。
それから屋敷周辺はしばらく敷地内であること、その中でもある区画はとりわけ丹精を凝らしている庭で、ぜひ散歩をおすすめすること等々伝えると、心配御無用と前置きし、少々体がツラいのでちょっと横になると言って寝室へ下がって行かれた。
安喜子さんの健康状態が気にかかるけれども心配御無用と先手を打たれていたので、二人はいただいたものの後片づけだけ軽く済ませると、庭を探検することにした。
お屋敷の裏手へ出ると、遠く近く時代を帯びたガゼボやパーゴラの点在する豊かなイングリッシュガーデンに煉瓦の道が敷かれていた。ゆるやかに湾曲する道沿いに白いかちりとした小さな花が点々と咲いているのをとりわけ美那子はかわゆく愛でて「ドクダミだ」とつぶやいた。
命子はいつだったかの「立葵だ」が思い出されて、美那子にいくつか嬉しくなる花のあるらしいことを発見し、いずれつまびらかに知りたく願われた。
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