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安喜子さんの驚くべき冒険譚 1
しおりを挟む安喜子さんは五十八歳で職を辞して、老母が独り管理していたこのお屋敷へ帰って来た。それから母娘二人で世間と没交渉な、庭いじりと読書と映画鑑賞の日々を送り、母が他界してからはまったく独りで暮らしていた。
親戚との交際も断っていたけれど、一瞬だけ中学一年生になる姪(じっさいには又姪すなわち姪の娘だけれども安喜子さんは面倒くさがって姪と言った。)が同居した。しばらく学校を休ませるので住まわせてはくれないかという両親からの頼みであった。
一見したところではトラブルがあるようにも見受けられないけれども、安喜子さんは詮索しない伯母(じっさいには大伯母)であるべきか、親身な聞き手になるべきか、思い迷ったけれど姪の出方に任せることに決めた。
三日目の朝を迎えて、ようやくくつろいで来たらしい姪は、楽しげにあちこち探検し始めた。ひどく内向的だという話だったけれども、その原因はむしろある種の過剰さにあるのではないか――たとえば留学だの国際結婚だので、あっという間に母国を飛び出して行くような潔さが胎動しているようにも感ぜられた。
それなので英語に興味を持つようにと、安喜子さんは謎の英文の日記――内容は学生時代に愛読した恋愛小説から拝借したもの――をこしらえて、屋根裏部屋の真ん中に置いた小箱の中へ隠しておいた。
けれども姪はけっきょく謎の英文の日記を見つけなかった。とつぜん飄々と帰って行った。そのわずかな期間でなにか癒えたものがあったのかどうかはわからなかった。しばらく耳を澄ましていたけれど、それきり音沙汰なしだった。
ぼんやりした期待の中では、姪はその後もしばしば訪れて、悩みを打ち明け、作庭など手伝い、親友のようなものになり……落胆までは行かないけれど、肩すかしな気分だった。
それから以前よりも加速して独りの生活に慣れて行き、すっかり安定したと思われたところで無実の脱走女囚という怪人物が登場する。
ある夜中、眠っていた安喜子さんは、曲者の気配で目が覚めた。そのころの安喜子さんは、天寿や余生ということに対して、すでにたいそうすんなりとしたものがあったのだったが、自分でも驚くくらい、がばと跳ね起きて、気づけば鬼のように荒々しい心持ちで以て立ち向かっていた。
暗闇の中、おたがいに刃物を構えて対峙していた。すると曲者が、どうか聞いてくださいと言うから、緊迫した姿勢のまましゃべらせてみるに、たいそうやるせない身の上話。むろん嘘かもしれなかったし、たとえ真実であっても、同情してやる義理はない。
けれども母の葬儀に際して胸中に自分の葬儀も済ませ、遠洋の潮の香のする分不相応な財産の雲の上で、人にも物にも心残りなく、神仏・霊界のたぐいも縁遠く、凡庸な生涯の追懐もし尽くした、なにを惜しむものがあろうかと、先に包丁を置いた。すると曲者も鉈を置いた。
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