縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

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照れながら、やり切る 1

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 安喜子さんがお風呂に入っているあいだ、お客さまだからとすすめられて先に湯上がりの二人が、くだんの尖塔の螺旋階段を上っている。事前に承諾を得ていた。ぽつぽつと壁にくり抜かれた窓から夜風が入り、どこかで蛙が鳴いているのが聞こえていた。

 その蛙も一般の田んぼで騒がしく喚き散らしているのとは違って、コロロ、キャララ、と上品なボリュームで。そこいらの沼にいるモリアオガエルの声なのだそうな。

 明かりがないので懐中電灯を渡されていた。とんがり屋根の内部には梁が渡されて、天井に這う影が太かった。石の床にはロッキングチェアが二つあった。座ってみることははばかられた。

 探すと確かにツバメの巣はあったけれど、お化けと呼ばれていたなにかの鳥はどうやら不在らしかった。

 二人は引き返して、それぞれの寝室を覗き合った。どちらも壁を埋め尽くすように絵画がかけられてあった。船長だった御父上が長年かけてあちこちから集めたレプリカだそうな。

 美術の教科書や展覧会のチラシなどで目にする有名なものもあったけれど、初めて見るものがほとんどだった。ふと知らない画家の知らない絵にハッと心が吸い寄せられて、短からぬおのが沈黙に気づけば、芸術なんぞ解し得ないとあきらめていた凡骨の網膜にも灯されるものの誇らしさ。作風も年代もまちまちなレプリカの、原画はなんだかもうこうなると絶対に見たくなかった。

 翌朝安喜子さんはたいへん早く起きていて、三種類のキッシュを焼いてくれていた。

 食後のコーヒーを飲みながら、あらためて二人がどのような友人であるのか尋ねられ、縁日ヶ丘で出会ったと言うと、安喜子さんはしかし縁日ヶ丘を大して懐かしくも思っていないらしい浅さで、それよりも蚊について美那子が話した小噺のくだりに強く反応した。

 瞳をきらりと光らせて、なにか話して欲しいとお願いされた。それで美那子が照れて困り果てながら、これはやらないわけにも行かないか、やるからにはどのようなものがあったろうと思い出し思い出し、喉をぐっと締めて声色を用いて

「『――ェえ、物を見るのに目を二つ使うのはもったいないというので、片方を温存しようと、若い時分に眼帯をつけまして、年を取っていよいよ見えなくなったので、温存していたほうの目を使おうと眼帯を外したらば、誰を見ても知らない顔ばかり』――」

 安喜子さんは最初涼しく喜んでいただけだったけれども、命子がどうしても美那子の声色まじりが可笑しくて顔を赤くして笑う、美那子はそれに超然としている、そういう雰囲気が気に入ったらしく、強いてワガママなふうを装って「もっともっと」。

 美那子もなにか吹っ切れたものがあって、カンネンしたふうに髪をかき上げると

「町内で一番足の速い男が泥棒を追いかけている。
『おう、どうしたァ』
『泥棒ォ追っかけてんだ!』
『おめえがかァ? おめえから逃げるなんてえのは、どんな野郎だ』
『あとから来るよ』――」

 もっともっとと煽られて、記憶を手繰り手繰り、

「『俳句の会に行って来ました』
『ほォそうかい。どんな題が出た?』
『カワズなんてえのが出ましたな』
『あァカワズなんてえのはいいな。それで、どんなの作った?』
『がまぐちを忘れてなにも買わずかな』
『……ヤダねこの人は。カワズてえのは蛙のことだよ』
『へえそうですか。――英語ですね?』
『英語じゃないよ。それで、ほかにはどんな題が出た?』
『ほかには、クチナシなんてえのも出ましたな』
『ほおクチナシもいいね。どんなの作った?』
『クチナシや鼻から下はすぐにあご』
『…………なんだって?』
『いえね、クチナシてえから口がないんでしょう? だから鼻の下はすぐあごになってんですよ。で、そうなるってえとアゴナシてえのもありましてな、ええ。アゴナシや口から下はすぐにへそ。……そうなるってえとヘソナシてえのもあって、』
『もうおよしなさい』――」

 これは、口から下がってあご、あごから下がってへそ、へそから下がって――とやや艶笑めいた軽い考え落ちに女三人、世間に内緒で大いに笑う。


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