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血を抜いて、草の上で寝る 1
しおりを挟む命子の左手の先端へ徐々に溜まる血を抜くために病院へ来ている。
一時は自らカッターで切って抜いていたのだが、いちど黴菌が入ってえらく膿んでしまったのだそうな。その時は手首から肩までキンキンと強い痛みが走り、そのままこめかみにまで達して難儀した。今でも気圧なのか体調なのか、なにかのはずみでキンと痛む。
待ち時間に備えて文庫本を持って来ていたけれど、なんだか文章が目で止まってしまって頭に入らず、二人で中庭やら屋上やら、こっそり諸々の入院病棟を覗いてみたりなんぞして待った。
ようやく呼ばれると美那子も診察室へ一緒に入った。処置をしてもらい、先生にお礼を言って診察室を出ると、また長々と待ってお支払いをし、長々待って薬をもらうと近くの喫茶店でオムライスを食べた。それから向こうに大きな公園があるらしいのが命子はずっと気にかかっていたと言うので、そこへ行って散歩した。
木々の背がたいそう高い、きれいに手入れされた広やかな公園だった。人間はベビーカーを押しているご婦人やゆっくりとランニングしている老人などがちらほらいるくらいだった。
花壇や池やあずまややぶどう棚や、あれこれ指さしては感想を述べ合いながらすたすた歩き回って、おおかたぜんぶの道を踏み尽くすと、広い芝生の中央へずんずん向かい、一本だけ離れて仁王立ちしている巨大な樅の木陰に寝ころがった。
「なんにも敷かないで寝て、毒虫とか大丈夫かな」
と命子が言うと、美那子はそうねェ、
「ツツガムシに刺されると、ひどい場合には死に至るんだってね。『つつがなく』っていうのは、ツツガムシにやられないってことで、昔はいかに恐ろしかったかってことをね、いつだったかお父さんに聞いたわ――」と話しながら、仔細を確かめんと検索して、「――俗説だって。そもそも『つつが』っていう言葉自体が、病とかの災いって意味だって」
死に至りたくはなかったけれども、二人とも起き上がろうとはしなかった。そのまま目をつむった。
やがて大量の幼稚園児と引率の先生と思しき騒音が現れて、樅ノ木に向かっているようである。だいぶ接近して来た。こんなところに寝ている大人に対する園児たちの憤慨がすぐ頭上で聞こえたけれど、二人とも目をつむったままでいた。
やがて騒音は離れて行って静かになった。子どもの想像力では死体にも思われたろうか。樅ノ木のまわりで遊ぶはずだった園児たちの楽しみを奪ったのかもしれないが、古木を守護する二匹の精霊のつもりでなくもなかった。
頭上から降って来る葉擦れの音と、時おり一瞬間だけチクリと射す木漏れ日と、肌を優しくなでてゆくそよ風と、強い草の匂いと、ほのかな土の匂いと。そのまま二人ともすやすや眠った。
大きな機械を用いた騒々しい剪定作業が始まって二人は目を覚ました。さっきより人がいたけれど、誰も二人に注目してはいなかった。
青空に白雲が流れてゆく。叩き起こされはしたけれど、この充足感はどうだ。昼間に草の上で眠るというのはたいへん重要なことのように思われた。これは積み重ねて行くとなにか根源的な郷里が立ち現われ、人類の狂気を治療し得るかもしれないという話になって、これをこの先どう習慣づけるか相談の結果、すぐに結論を出そうとするのが忍耐不足な現代人の悪い癖ね……。
のそのそと起き上がり、背中や髪の毛にあえて二、三の草を残したまま、モーターによる伐採のような剪定の騒音から離れた。
そのまま帰りのバスに乗った。
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